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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
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橋奪回部隊要撃2

 橋戦は、ヴィルヘルミナ・ホフマンの入念な準備のおかげで、こちらに有利に進んでいる。

 敵の第三派として、二十騎の騎兵が橋の向こうから駆けてきた。僅か二十騎と思いきや、これが意外に手強かった。

 全員が、騎射の技を身に着けているのだ。弓を引くのは両手を使う。馬上で弓を引くには、手を使わずに馬を自在に操れなければならない。弓を引いている間、馬がただ直進していては、良い的だ。

 北部は良馬を産し、精強な騎兵を輩出する事で名高い。さらに北の変州(へんしゅう)では、農民でも少し大きな家ならば、馬を飼っているという。

 だから騎射のできる騎兵が二十騎というのは、むしろ少ない方なのかもしれない。

 とは言え、騎射が高等技術である事には変わりない。全国的には騎兵が多いとされる蒼州(そうしゅう)でも、騎射ができる騎士は、二人に一人いるかどうかだ。

 ただ珍しいだけではない。騎射は相手にすると、やはり手強い。馬上の高い位置から矢を射て来るので、バリケードの頭上を越えて後ろの兵を射抜かれる。

 正面からの攻撃に対しては万全でも、少し上からの攻撃は防ぎきれない。ましてやこちらも反撃しなければならないのだ。正面も頭上も守りを固めているばかりでは、反撃ができない。

 その上、弓矢による間接攻撃であるため、反撃も難しい。槍の届かない位置から射られるので、こちらも敵の突撃に合わせて、弓の斉射を浴びせるくらいしかない。

 しかしそれでは、どうしても後手を引く。敵が来たと思い、矢を放つと、とたんに敵の先頭が反転して避けたりする。そして、次の矢を(つが)える間に後続の敵が射こんできたりする。

 主導権を取られっぱなしなのだ。とうとうこちらの抵抗が弱まった隙に柵に縄を掛けられ、引き倒された。

 すわ、騎兵の突撃が来ると思った。騎士家軍もさるもので、素早く槍兵を並べ、騎兵を迎え撃つ準備をする。ここでも、ゲオルクの始めた戦法は真似されていると思った。

 だが意外にも、敵騎兵はそのまま退却していった。そして騎兵に代わり、歩兵からなる敵第四波が攻め寄せてきた。

 第四波は、第一波とほぼ同じだ。およそ八十。特別変わった武装は無い。あるいは、再編した第一波かもしれないが、そこまでの判別は着かなかった。

 ここで騎兵に備えた歩兵が下がり、次の防衛線の後ろに入れば、そのまま敵の侵入も許す。橋の上で、初めて両軍が正面からぶつかり合った。

 今まで入念な策で戦いを進めてきた騎士家軍だが、正面からぶつかっても、決して敵に劣るものではなかった。

 正面からのぶつかり合いで、騎士相手にここまで戦えるというのは、大したものだ。ゲオルク自身傭兵を率いているので、それがどれだけ大変な事か、良く分かる。

 だがやはり、傭兵と騎士では力量に差がある。初めは互角に戦っている様だったが、徐々に騎士家軍の方が押され始めた。

 傭兵なのに騎士家軍と言うのもややこしい、などと考えているうちに、本格的に退却を始めた。逆に敵は勢いづき、後方からさらに増援もやってきた。

 救援が必要か。ゲオルクは出撃の号令を下しかけて、声を呑みこんだ。橋上の交戦部隊は明らかに敗走しているが、それ以外の部隊に、動揺が全く見られない。

 敗走は本物だが、これも想定の内という事だろうか。傭兵団はいつでも動けるように備えている。もう少し、様子を見る事にした。

 橋上の部隊が、せっかくの防衛線も捨てて後退する。敵はこのまま一気に突破せんと、猛然と突進してくる。ついに増援も合わせて百五十はいる敵が、橋の入口付近まで迫ってきた。

 炸裂音。鉄砲でもない。大砲でもない。その中間の様な、初めて聞く高さの音だ。しかし、何かはすぐに分かった。オルガン砲が火を噴いたのだ。

 砲声は間隔を置いて次々と上がる。砲の連射を受けて慌てる敵に、岸沿いの長屋から弩兵隊の斉射が浴びせかけれらた。バタバタと敵が倒れる。

 慌てて敵が退却しようとする。が、防衛線に設けられたバリケードが邪魔をして、一目散には逃げられないでいる。そこへ、騎士家軍の反撃部隊が突撃した。

 進も退くも思うようにいかず、敵は一方的に討ち取られて行った。ようやく逃げ帰った頃には、敵の死者は八十近くに達していた。

敵の半数を討ち取るという、騎士家軍の大勝利である。

 最初の橋上部隊が敗走したのは、偽装でも何でも無く、本当には敗走だったのだろう。しかしその時点で、その敗北を逆に利用して、敵を引き込む策を立てた。あるいは、この情況も最初から想定の内にあったのだろう。

 しかし、傭兵団が運んできたオルガン砲を、ここでこの作戦の要に使う洞察と胆力は、驚愕に値する。まだどれほど実戦で役に立つかも分からない兵器を、ぶっつけ本番で切り札にしたのだ。

 ただの賭けではなく、確信があっての事だったのだろう。たまたまオルガン砲が実戦で使用された例を知っていたのか、それとも見ただけでその威力を洞察したのか。

 いずれにせよ、傭兵団の援軍など不要ではないかと思うほど、騎士家軍は。いや、ホフマン女史の策は、どんな事態にも対応できる様だ。

 この一戦で手痛い打撃をこうむった敵は、以後ぱたりと鳴りを潜め、対岸に布陣しているだけとなった。

 空の陣ではない様だが、何か策があるのか、それとも策が無くて動けないのか。動きが無いまま、数日が経過した。

 この間に天候が悪化し、ついには猛吹雪となった。まるで紙の切れ端であるかの様な大粒の雪が舞い、遠くが霞むなどというものではなく、はっきりと視界を塞いでいる。


「目も耳も塞がれているな」


 もし敵に動きがあるとしたら、今日をおいて他に無いだろう。しかし、その程度の事はホフマン女史も百も承知のはずだ。


「申し上げます。敵部隊の奇襲により、大橋が突破された模様!」

「なにっ」


 やはり、と言う思いと、まさか、と言う思いが同時に去来する。


「奇襲への備えをしていなかったのか」

「混乱していて、詳しい事は分かりません。ですが、どうやら敵に先立ち、馬の群れが橋の向こうから突っ込んできたため、対処に戸惑ったようです」


 馬だけで奇襲をさせた、とでも言えるだろうか。無人の馬が群れで飛び込んできたので、対処に迷ったのだろう。その僅かな隙を突かれた。

 さすがのホフマン女史の策略も、この雪に目と耳を塞がれた状態では、突発事態に対応しきれなかったのだろう。


「全軍戦闘用意をして陣前に整列。同時に、戦況の確認を急げ」


 満を持しての攻撃なら、これで終わるはずがない。

 傭兵団の全軍が整列する。騎士家軍の方は、まだ混乱しているようだ。


「御報告。敵は大橋を完全に抑え、入り口に装甲馬車(ウォーワゴン)を配置して確保の構えです」


 橋の入口を装甲馬車(ウォーワゴン)(やく)したとなれば、これは理想的な使い方だ。すぐに奪回するのは、難しいと言わざるを得ないだろう。


「敵の一部が、騎士家軍の陣地に対して突撃した模様です」

「救援に向かう。が、我が旗下だけだ。各隊は待機。私の指示を仰ぐ余裕も無い危急と見れば、各隊長の判断で対処せよ」


 ゲオルクは馬腹を蹴り、六十騎を引き連れて騎士家軍の救援に走った。

 視界が悪い中、なんとか戦況が見えてくる。騎士家の陣地の中を、いくつかの騎馬隊が駆け回っている。ほとんどはただ駆け回り、混乱させているだけで、ほとんど兵の被害は出していない。

 だが一部隊だけ、凄まじい被害をこちらにもたらしている部隊がいる。驚いた事にその隊は、僅か十二騎しかいない。しかしその周囲でだけ、常に血が舞い散っている。

 蹴散らすとか、はね飛ばすという表現まさにそのものと言った様子で、ときたま本当に人間が宙を舞っている。あまりに凄まじい戦いぶりに、挑む者は無く、味方はただ逃げ惑うばかりだ。


「何者だ、あれは」

「旗を見るに、イエーガー家の者かと」


 とにかく、十二騎全員が手練れだ。さらにその中の三人が、一際跳び抜けている。

 先頭を駆ける二人は、当たる者を次々となぎ倒していく。無人の野を掛けるが如くとはまさにそれで、誰も足止めすらできない。

 しかもその二人が、競って前に出よう、敵を討とうとしているので、その勢いはさらに増している。

 その二人のすぐ後ろに着くのが、部隊と呼ぶ事すら(はばか)られる様なこの小部隊の隊長と思われる。しかし、一介の隊長というには、軍装が無骨ながら豪奢だ。

 その隊長らしき者の武勇は、前の二人をさらに上回っている。いや、前の二人分を合わせたより、さらに上かもしれない。

 とにかく、こちらの兵の方がその者の振るう武器に吸い寄せられていくようにしか思えないのだ。それくらい彼は、自由自在と言うか、好き勝手に武器を振るっている。それでいて、誰よりも多くの屍を生み出している。

 武神がこの世にいるとしたら、まさにあれだろう。

 とは言え、相手が武神であろうと悪鬼であろうと、敵であるからには放置できない。ゲオルクは全力であの十二騎を止める覚悟を決めた。


「そこの将、イエーガー家の者とお見受けする。その武勇、実に見事である」

「ふん。腰抜けばかりでは無い様だな。俺はイエーガー家当主、ジギスムントよ」


 バーデン郡の男爵家だ。小領主が乱立するバーデン郡では大きい方だが、蒼州全体から見れば、特に名声も無い小貴族に過ぎない。

 そう言えば家督を巡って内乱が起き、若い当主が寡兵で反対派を破ってその座を得たと聞く。それがまさに、目の前の男の様だ。


「一騎打ちを望むか?」

「いや、用兵の妙を競おう」


 正直、一騎打ちでは十合持ちこたえられる気がしない。


「ふん。まあそれでもいいわ。デアフリンガー、ノイバウアー、先陣を命ず」


 先頭を駆けていた二人の騎士が短く返事をし、槍をしごくや否や、突っ込んできた。それにジギスムントと、その他の兵も続く。

 ゲオルクは全力で横に動き、槍先を(かわ)した。あの突撃は、絶対にまともに受けてはいけない。それどころか、突撃の速さから言って、正面に立つ事も危険だ。

 とにかく、徹底的に背後を取り続ける。そうやって敵を疲れさせ、尻尾から少しずつ食いちぎっていく。それしか勝ち目はない。

 ところが、後ろを取るどころではなかった。数の差もあるだろうが、とにかく相手が速い。こちらが攻撃を受けない様に、躱し続けるだけで精一杯だ。

 それでも相手が疲れてくれば、まだ勝機はある。あいてはゲオルクと会う前から、散々戦っていたのだ。途中で力尽きてもおかしくはない。

 だが、一向に疲れを見せないどころか、このままではこちらの方が先に疲れるのではないかと思うほど、振り回されている。

 多分、この十二騎だけならば、昌国君(しょうこくくん)鴉軍(あぐん)をも上回るのではないか。

 しかし、だ。打つ手が無い訳ではない。腹の据え方次第だ。

 ゲオルクは二十騎だけを切り離して、自ら率いた。四十騎にはそのまま、敵の背後を狙って駆け続けさせる。

 そしてゲオルクは、敵の前に出て、正面からぶつかりに行った。

 ジギスムントの舌打ちが聞こえるような気がした。十二騎の敵がゲオルクとのぶつかり合いを避け、逃げた。

 ぶつかり合えば、ゲオルクらは蹴散らされていただろう。だが僅かに敵の脚は鈍る。その間に、後方から四十騎が喰らいつく事が出来た。

 二、三人掛かりで敵の一人を道連れにすれば、最後に立っているのは傭兵団の方だ。向こうは、そうまでして戦う意思が無い。だから避けた。

 最も、ジギスムントや、先鋒を担っている二人などは、十人掛かりでも道連れにできるか怪しいものだ。

 避けた事で、ジギスムントらは余計な動きをした。隙もない、完璧な戦う動きだったのが、回避の動きに変わった。

 ここからまた下手に攻撃の動きに変えれば、その動きの境目が隙になる。

 だがこれは、命を捨てる覚悟があっての戦法だ。多用できるものではない。次に来る動きの境目の隙を突いて、一撃で決められるか。最初で最後のチャンスだ。

 ジギスムントらの行く手を、歩兵の群れが遮った。彼らが向きを変えると、そちらにも兵が回り込んでいる。

 騎士家軍の歩兵が、ジギスムントら十二騎を包囲し始めていた。


「立ち直ったか」


 いかに十二騎が無双の者達でも、百人以上の兵が槍を構えて囲めば、まともに戦う事などできない。

 動きの制限された騎兵ならば、勝てる。ジギスムントらを討ち取る好機だ。そう思ったところに、伝令が駆け寄ってきた。


「上流方向より、敵増援。およそ五百。朱耶(しゅや)軍です!」

くそっ(シャイセ)! ここでか!」


 騎士家軍も、渡河は相当警戒をしていた。五百がハイルブロン大橋を渡ったのではなく、こちら側にいるという事は、かなり上流を渡って長駆してきたのだろう。

 長駆して急襲する。昌国君の得意戦術は、騎兵だけに留まらないという事か。


「歩兵各隊は、全て朱耶軍に対応しろ」

はっ(ヤー)


 伝令が行くと、この場の戦況を再確認した。百を超える騎士家軍の包囲を受けて、ジギスムント隊は動きを制限されつつある。

 しかし、縦横無尽に駆け回るジギスムント隊を、完全には包囲できてはいない。焦って囲もうとすると、薄くなったところを突破されている。

 足りないと思った。しかし、これ以上は望めない。

 ゲオルクは全軍を小さくまとめ、真っ直ぐジギスムント隊へ突っ込んだ。

 ジギスムント隊が、ぶつかる直前でこちらの矛先を躱す。


「ちっ、この勝負預けた」


 捨て台詞を残し、ジギスムント隊が大橋の方へ退却を始めた。騎士家軍が遮ろうとするが、巧みに回避され、突破され、止められない。


「団長、追撃を!」

「無駄だ。追い付けはしない」


 そう言ううちに、見る見るジギスムント隊は遠ざかって行った。もう少し。あと少し、彼らの動きを縛る歩兵がいれば、討てる目は十分にあったはずだ。

 だが騎士家軍は他の敵にも対処しなければならず、傭兵団の歩兵は朱耶軍に当てるしかなかった。ジギスムント隊に当てられる歩兵と、ゲオルク旗下の六十騎だけでは、おそらく逃げられるだろうと、最初から思っていた。

 あるいは万が一の僥倖(ぎょうこう)があるかとも思ったが、やはりそんな幸運は、都合良くあるものでは無いらしい。

 あれだけの猛将をここで討てなかったのは、今後大きな脅威になるだろう。百騎二百騎を率いて戦場に出てきたら、おそらくなまなかな将では討てはしないだろう。

 ここで討たれぬ運の強さがジギスムントにはあった。そう思うしかない。

 戦場から離脱した敵の事はもう考えず、ゲオルクは朱耶軍と交戦している味方の方へ向かって、馬に鞭を入れた。

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