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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter1・針路不確定
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害虫の群れ3

「いや、期待以上の成果だ。三百からなる賊を、殲滅してしまうとは。正直なところ、領外に追い立てることが出来れば十分だと思っていた」


 ネーター卿は満足気だった。


「それに、苛烈な処置が噂になったようで、他の賊も我が領内を避けている様子だ。何と礼を言って良いやら」

「いえ、その場で必要と思われる処置を取ったまでです」

「報酬の上乗せ、という訳には行かないが、君たちの事は他の騎士家にも話しておこう。それでいくらか、仕事も増えるはずだ。こんな事しかしてやれないが」

「いえ、十分です。ネーター卿。今後とも御贔屓(ごひいき)に」

「うむ。それで、息子たちの事だが」

「やはり、お返しした方がよろしいでしょうか?」

「いや。今回の件で、戦の嫌な部分も大分見たのだろう。それは必要な事だ。特に、騎士家に生まれた身としてはな」


 テオとハンナは、まだネーター卿とあいさつをかわした程度だ。子を見るに親に如かずと言うが、我が子の事は良く分かるものらしい。


「我らは傭兵団として活動しておりますが、本来の目的はあくまでも、ユウキ公爵家の正規軍を助けるための部隊です。つまり、今は亡き公爵や蒼州公の抱いた理想を受け継いで戦うことに存在意義があります。それは、ご理解の上でのことですな?」

「無論だ。蒼州公の思いと、我ら騎士家の利害は一致している。我らにとって大事なのは、帝国ではない。先祖が切り開いたこの土地だ。この地を離れることも、この地の民を苦しめることも、受け入れられる事ではない。それが脅かされるときは、皇帝相手であろうと反旗を翻す」


 ゲオルクはやや面食らった。こちらから覚悟を確かめたが、皇帝を相手にしてでも戦うと明言するのは、並大抵の事ではない。

 蒼州公は皇帝に反旗を翻したが、蒼州公家も皇族だ。ユウキ公爵家は、蒼州公の遺児を担いだ。

 単独でも皇帝を、この国全てを敵に回すと明言するのは、独立独歩の気風が強いこの蒼州に人間にしても、恐ろしいことだ。

 それに、例え蒼州を完全に征服し、独立したとしても、帝国内九州の一つでしかない。単純に考えても、八対一の力の差で潰しに来る。それに徹底抗戦するというのは、無謀としか思えなかった。


「どうした。怖気づいたか?」


 ゲオルクの心の内を見透かしたように、ネーター卿が笑いかける。


「いえ。私とて、中央のために地方を犠牲にし、政府のために小領主や民を苦しめる今のこの国が、間違っていると思う事には、人後に落ちませぬ」


 本心からのはずだが、言葉にするとどこか、虚勢を張っている様な気がしてならなかった。


「まあ、そうでなければ、主君を失い断絶したユウキ公爵家に、今もなおついて行くことなどできまい」

「他に行き場が無いだけですよ。ユウキ公爵家の騎士として仕える事、見習いとなってからなら二十年を越えます。いまさら別の生き方など、私には見当もつきません」

「いやいや、ゲオルク殿ほどの騎士ならば、どこへ行ってもそれなりの待遇で迎えられるでしょう」

「どこも人員削減に汲々としている、こんなときにですか?」

「こんなときだからこそ、質の高い人材は欲しがるところも多いだろう」

「買いかぶりすぎです。自分は、ただ不器用なだけの男です」

「不器用な男に、傭兵団長が務まるものかね?」

「有能な補佐が多くいますから、なんとかやっていけているというだけです。それに、うちの兵は皆、私と同じ様に不器用な生き方しかできない者ばかりですよ。だからこそ、仕官も出来ず、賊にも身を落とせず、こんな中途半端な傭兵に身を落ち着けているのです」

「中途半端な傭兵か。まあいい、君たちがどういう存在になるかは、いずれ分かるだろう」

「はあ」


 自分はネーター卿に高く評価されているらしい。それは構わないが、いくら戦果を上げようと所詮傭兵団に過ぎない組織が、大した存在になるとは思えなかった。


「ところでこの後は、すぐに帰るつもりかね?」

「まあ、ご迷惑でなければ一日くらいは兵を休ませたいと思いますが」

「一日と言わず、二、三日はゆっくりしていくと良い。その間に子供たちとも腰を据えて話をしておきたいし、何より――」

「なにかありましたか?」

「総督府軍がアイヒンガー家と小競り合いをして、退却したそうだ。今帰ると、退却中の総督府軍と鉢合わせしかねん」

「総督府軍とアイヒンガー伯爵家が? 同じ総督府派陣営でしょう」

「それだけ連中の利権を巡った対立は、深刻化していると言うことだ」

「つけ込める隙になるのでしょうか?」

「どうかな。共通の敵を得て、団結するかもしれん。まあ、そういう駆け引きの話は、今は止そう。何ももてなしはできんが、しばらく休んでいくと良い」

「お言葉に甘えさせていただきます。ネーター卿」


     ◇


 久しぶりの実家だが、あまり帰ってきた喜びのようなものは無かった。

 実家が嫌いという訳ではない。ただ、まだ五十日に満たない傭兵団での生活の方が、自分の本来の生活である様な気がしている。

 領内の盗賊討伐の依頼を受けてきたときは、それ程ゆっくり話す機会も無かった。テオドールはそれでもあまり気にしなかったが、父の方は案外寂しく思っていたのかもしれない。兵を休ませるという名目で、しばらく滞在している間に父に呼ばれた。


「父上、御用事でしょうか」

「テオドール。ハンナ。とりあえず掛けなさい。ごく私的な話だ。堅苦しくなる必要はない」


 言われて長椅子(ソファ)に腰かけた。兄妹横に並び、父と向き合う格好だ。


「傭兵団のおかげで今回は助かった。お前たちも、活躍したそうじゃないか?」

「いえ、大した事は。活躍したのはむしろ、先生で」

「歴戦の傭兵であるワールブルク殿が活躍するのは当然だ。比べる対象が間違っている。ハンナなど、実戦は初めてだろう?」

「いえ父上。その前に一度、リンドヴルム市にのさばる賊を討ちましたので、二度目です」

「ほう、そんなことが。知らない間に、子は育つものだな」


 そういう事を嬉々として語るから、妹には一向に嫁の貰い手が無いのだと思ったが、どつかれるのが怖いので口には出せなかった。


「テオドール。そしてハンナよ、良く聞け」


 父の口ぶりが、急に重みを増した。自然に背筋が伸びる。


「ユウキ合戦は、空前の大乱だった。それ以前にも帝国全土で、何度か戦が起きる事はあったが、ユウキ合戦はそれとは桁違いの大乱となった」

「良く、分かっているつもりでいます」


 テオドールも父と共に、ユウキ合戦の戦場を見た。双方共に万を超える軍勢の合戦など、何百年も無かった事のはずだ。


「ユウキ合戦以来、何かが変わった。まだはっきりとは言葉にできんが、そう感じる。ゲオルク殿を団長として新たに組織された傭兵団も、新しい流れの中で生まれたものの一つだという気がする」

「新しい流れ」

「お前たちがゲオルク殿の傭兵団に加わったのは、良い機会かもしれない。これから先、今までになかった事が多く起こるのではないかと私は思っている。お前たちはそれを見る、一番良い所にいるのかもしれない。お前たちはこれから色々なものを見て、自分なりの答えを見つけて来い」

「答えと言われても、何が答えなのでしょう」

「自分なりの戦う理由か、あるいは新しい戦いのやり方か。お前たちが答えだと感じれば、それで良い」

「戦う理由なら、すでに心に決めています、父上」


 ハンナが間髪を入れずに答える。


「今を生きる弱き民の為。彼ら一人一人の命を守るため。私は彼らを脅かすものは、誰が相手であろうと戦います」

「まあ、ハンナならそう答えるだろうと思っていた。お前がこの先、その信念を貫いて行くというのなら、それでもいい」


 父が、テオドールに顔を向けた。


「お前はどうだ。テオドール」

「私は」


 言って、口ごもった。ハンナの答えは、騎士家の生まれた者の信念としては、模範解答だ。ただしそれは、ユウキ合戦以前ならばの話だ。

 世の中が動揺している。それが父の言う様に、新しい流れの兆候なのか。それとも一時的な混乱の産物に過ぎないのか。判別するには心もとない。


「私は、まだ何も分かりません。今が混迷である事だけしか、私には分かりません。何が正しいのか。どうすればよいのか。何かが変わるのか、それとも結局は元通りなのか。何も、今は何も分からないとしか言えません」


 結局、分からないという事を正直に言う以外に、言葉が見つからなかった。


「今は、それでもいい。私だって分からんのだ。そして私は、後はもう、時代に取り残されて行く一方だろう。だからお前が、分からないなりに答えを探すしかない」

「はぁ」

「何がはぁだ。兄上はいつもそうやって、ものを決められないでまごついて。そんな事では戦場では生きていけないぞ!」


 横からハンナの叱責が耳に突き刺さる。まごついてものを決められないのは確かに欠点だと自覚しているが、不安要素があるのにそれに目をつぶって決断するなど、それこそ不安で出来ないのだ。


「まあまあ。ハンナ、お前には我が家の剣と鎧を授けただろう。それで兄を守ってやればいい」

「それもそうですね。おかませください父上。兄上は私がしっかり守りますので、どうかご安心を」


 何やらずいぶん情けない扱いになっているが、実際ハンナの方がよほど強いので、大人しく守られているしかないだろう。


「二人とも、生きて帰ってこいよ。父から言う事は、後はそれだけだ」

「はい、父上。決して先立つような不孝はいたしません」


 ネーター家の嫡男としても、生きて帰ることが、何よりも自分の責任だと、テオドールは心に刻んだ。


     ◇


 兵を休ませ、ゲオルク傭兵団は帰路に就いた。無論、帰路の行軍も調練の一環である。

 行きとは道を変え、大街道を避けて道の悪い農村地帯を行軍した。この程度の荒れ地の行軍はものともしない様では、実戦の役には立たない。

 しかし農村は、どこも荒廃が酷かった。蒼州公家が潰れて統治者不在となったザール郡では、小規模な盗賊が無数に横行している。


「酷いものだな。何もしてやれぬのが歯痒いことだ」


 ゲオルクが憐みに満ちた表情でつぶやいた。


「いえ、ゲオルク殿。ひょっとしたら、彼らにしてやれる事があるかもしれません」


 沈むゲオルクに、テオがそう言った。


「どうするのだ? ただで賊を打ち払ってやるような余裕は、我らには無いぞ」

「ただで賊から守ってやる様なことはしません。傭兵として、金を受け取って村を守るのです」

「しかし、小村に採算が合うだけの傭兵料を払えるとは思えん」

「一村だけならば、そうでしょう。しかし、盗賊も一つの村だけを襲う訳ではありません。複数の村が、同じ盗賊の被害に遭っています。十の村から一ずつ傭兵料を取れば、十の収入になります。それでいて討つべき賊は、何村から同時に依頼を受けても増えません。つまり、費用は据え置きになります」

「なるほど、それならば払えるだけの傭兵料で、村を守って採算も取れるという訳か」

「実際に採算が合うかは、試してみないことにははっきりしませんが」

「いや、十分検討に値する。良い事を聞かせてくれた。実際活動資金も、安定した定期収入が欲しい所ではあるし」


 ある地域を恒久的に守ってやる代わりに、それに見合うだけの資金を支払わせる。長期的で安定した収入が確保できる妙案だ。

 だがよく考えればこれは、つまり各地の領主なり、もっと言えば国がやっていることではないか。領民なり国民なりを守ってやる代わりに、必要資金として税を取り立てる。それと同じだ。

 傭兵が国を持つ。この金策案は、そこへ続いているのではないか。考えもしなかった事だ。もしそうなったら、その傭兵の国の王はゲオルクという事になるのか。

 自分はそんな柄ではない。今でさえ慣れない傭兵団の運営に苦労しているのだ。やはりこの考えは、妄想が過ぎるだろう。そう思い、頭の中から追いやった。


「団長。前方に武装した一団を発見しました」

「賊か? それともどこかの軍か?」


 総督府とアイヒンガー家の小競り合いを避けたはずだが、そのどちらかの軍勢だったとしたら、明確に敵対勢力の正規軍だ。


「分かりません」


 役に立たない返事にゲオルクは舌打ちをし、自分の目で確認すべく、馬を走らせた。

 すぐに武装した一団が遠目に見えてきた。隊列も整っていて、盗賊とは思えない。ゲオルクの体に緊張が走る。

 慎重に近づき、掲げている旗を確かめた。思わず声を上げそうになった。蒼州公家の旗を掲げているのだ。

 戻ったゲオルクは、ユウキ公爵家の旗を良く見える様に掲げさせて、その軍勢に向けて進軍した。

 まだ味方とは断定できない。蒼州公家が潰れた際に、家紋の入った旗や鎧は大量に流出したはずだ。

 お互いに旗を判別できる距離まで近づく。向こうもこちらに気付いたようだ。果たしてどんな反応を示すか。

 蒼州公家の旗を掲げた一団から、伴を引き連れた騎士が一人、こちらへ駆けて来た。ゲオルクも前に出る。


「ユウキ公爵家の一団とお見受けする。相違無いか!」


 断絶した家の者とは思えない、立派な身なりの騎士が声を上げた。


「ユウキ家家臣、ゲオルク・フォン・フーバー以下、ユウキ家非正規部隊である。そちらは?」

「蒼州公家家臣。ニクラウス・フォン・メルダース」


 聞き覚えがある名だ。確か蒼州公家の有力家臣で、男爵のはずだ。


「メルダース男爵、でよろしかったかな?」

「左様。この様な所で同志に遭うとは、奇遇というものだな」

「ネーター家の領内に跋扈する賊を討伐した帰りにございます。メルダース卿はなぜここに?」

「似た様なものだ。付近の賊を片端から討ち滅ぼしている」

「御立派な行為ですが、何故そのようなことを?」

「無論、蒼州公家再興のため」

「公家再興?」

「すでに皇帝にお家再興を申し出、それを実現させるためにあらゆる工作を進行中なのだ。領民の支持を得るのもその一環。蒼州公家以外は領主と認めないと領民が声を大にすれば、それを無視しきれなくなるからな」


 初耳だった。しかし、工作が進行中というからには、蒼州公家再興は思ったよりも現実味のある事なのかもしれない。


「失礼ながら、フリードリヒ公のお子は討ち死にしたはず。公家を再興したとして、誰がお継ぎになるので?」

「問題無い。ユリアン様と言う、庶子がおられる。母親の身分が低かったので、母親の実家で育てられて難を逃れたのだ」

「そうでございましたか」


 果たして事実かどうかは疑問だが、あえて言う事ではなかった。蒼州公家の再興は、ユウキ公爵家にとっても都合がいいのだ。無論、ゲオルクにとっても望むところだ。


「首尾よく事が運ぶように、祈っております」

「うむ。そこもとらとも、またいつか会おう。次は馬を並べて、戦場で」


 そう言ってメルダース卿は自分の部隊に戻って行った。ゲオルクも、行軍を再開する。

 次は戦場でと言った。蒼州公家を再興しても、それで終わりにするつもりは、無い様だ。

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