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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
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物資貯蔵基地強襲2

 基地の正門を出たところで、遠くに土煙を認めた。軍勢が移動している。


「黒煙に気付いて、付近の部隊が急行してきたか。避けられるか?」

「難しいな。騎馬隊が混じっている」


 ゲオルクにはただの土煙にしか見えないが、ワールブルクは僅かな砂塵の立ち方の違いから、歩騎混成の部隊だと見抜いたようだ。その眼力には、舌を巻く。

 ともあれ、素早く戦闘態勢を取らせた。敵に騎兵がいて、真っ直ぐこちらに向かってくるのであれば、逃げたところですぐに捕捉される。

 歩兵は密集して長槍を構え、ゲオルクは騎兵を率いてどうとでも動けるように備える。得意の戦法に構えた。土煙の様子からして、敵はこちらよりよほど多いという事は無い。

 すぐに敵の騎兵が見えた。五十騎ばかりだ。止まる事無く真っ直ぐこちらに向かってくる。その背後から、歩兵も現れた。


「馬鹿な。朱耶(しゅや)軍だと!?」


 肌が粟立った。騎兵は、間違いなく朱耶家の騎兵だった。鴉軍(あぐん)ではない。

 しかし、蒼州(そうしゅう)の最も南に位置する地域に、北の変州(へんしゅう)に領地を持つ朱耶家の軍勢がいるなど、毛ほども考えていなかった事態だ。


「落ち着け、団長。騎兵は確かに朱耶軍だが、背後の歩兵はどこぞの傭兵の様だ。精鋭ではない」

「そうか。いや、その様だな」


 取り乱した。朱耶軍を無条件に恐れている訳ではないが、どうにもこちらの意表を突かれてばかりいる。

 それこそが昌国君(しょうこくくん)の、軍才と眼力を示すものであるのだが。


「ただ……面倒なのがいるな」

「また、あれか」


 歩兵と共に進軍しているのは、もう何度目になるだろう、装甲馬車(ウォーワゴン)だ。もちろんご多分に漏れず、内部は銃兵で一杯に違いない。


装甲馬車(ウォーワゴン)が動き出す前に、速攻で潰したい」


 それこそ本来は騎兵の領分なのだが、敵の騎兵に妨害を受けるだろう。


「私の歩兵で装甲馬車(ウォーワゴン)を始末すればよいのだな」

「そう願いたいが、できるか?」

「やるしかない。ならば、どんな困難な任務であれ、やってのけるさ」

「では、頼む」


 装甲馬車(ウォーワゴン)の対処はワールブルクに任せ、ゲオルクは旗下の兵と共に、敵騎兵とぶつかった。

 ぶつかった、と言うのは少し違う。お互いに駆けながら、相手の隙を窺っている。

 敵は五十騎、こちらは六十騎。質の点でも、こちらが半歩劣るかもしれないが、決定的な差はない。お互いにそれを悟ったので、真正面からのぶつかり合いは避ける。

 案ずるより産むが易し、と言うが、ゲオルクは先程よりも冷静だった。昌国君がおらず、鴉軍でも無い騎兵だが、互角に戦えている。それが、冷静さを取り戻させた。

 負けはしない。その自信はある。ただ、勝つのも難しい。

 ここで勝ちを急がなくても、まずは装甲馬車(ウォーワゴン)の始末をする時間が稼げればいい。だが、少しでも打撃を与えておくに越した事はない。

 かと言って、無理をして逆にこちらが大打撃を受ける事は避けなければならない。

 右から敵の横腹へ突っ込む。逆に敵が、こちらの右に回り込んでくる。なればと(かわ)しながら敵の周りを一周して、今度は左から突っ込む態勢を取った。

 敵はすかさず、こちらの左側面を取った。下手に奇をてらった機動は(まず)いようだ。敵は常に最小の動きで、こちらに張り付いてくる。

 やられる様な隙は晒していないが、攻撃するそぶりを見せられれば、対応しない訳にもいかない。これでは、こちらだけ無駄な動きが多く、早く疲れる事になる。

 こちらも最小の動きで敵に張り付き続ける。しかしこれでは、お互いに自分の尻尾を追いかけ回している様なものだ。(らち)が明かない。

 歓声が上がった。見ると、装甲馬車(ウォーワゴン)が白煙を上げ、敵兵が飛び出して逃げて行く。やってのけると言ったが、ワールブルクはもう三台の装甲馬車(ウォーワゴン)を無力化してしまった。

 装甲馬車(ウォーワゴン)が敗れると、敵騎兵も一旦引き上がった。こちらも一度退き、歩兵と合流する。


「どんな魔法を使った?」


 今まで散々手こずったあの堅牢な装甲馬車(ウォーワゴン)が、こうも簡単に無力化されるとは、それこそ魔法を見る思いだった。


「なに、種を明かせば簡単なものだ。まずは、兵と兵の間を広く取って接近した」


 銃撃はこちらが密集しているほど、被害が大きくなる。密度を下げる事で、鉄砲の斉射に因る被害を減らして接近した、という事だろう。

 ワールブルクは説明していないが、おそらく、横一列をすかすかにした分、縦に長い陣形を組んだのだろう。


「しかし、近づけたとしてその後は?」

「見ての通りだ。燻し出してやったのさ」

「燻し出す?」


 確かに装甲馬車(ウォーワゴン)は中で何かが燃えているらしく、白煙を上げている。しかし、火の気はあまりない。


「火を着けた(むしろ)の束を、銃眼から差し込んでやったのだ。銃の暴発ももちろんあるが、それ以上に煙が充満して、たまらず敵は逃げ出したという訳だ」

「実に妙案だ。だが一つ分からない。(むしろ)など、どこにあった?」

「倉庫だ。敵の物資貯蔵基地の倉庫。そこに、梱包材(こんぽうざい)として山ほどあった。適度に湿気ていて、煙幕にはちょうど良かった」

「そんな物を、回収していたのか」

「この稼業が長いとな、貧乏性になる。落ちている物はとりあえずなんでも拾い集めて、使い道はその後に考える癖がつく」


 ワールブルクが自嘲するように笑った。しかし、そのベテランの傭兵としての習慣が、まさに敵の破ったのだ。


「まあ、装甲馬車(ウォーワゴン)の対策は、このところずっと考えていた。専用の武器などを用意していては、かさ張るからな。在り物で工夫して勝つのが、傭兵流だ」

「お見事、という他ありません」

「団長、それに先生も、まだ戦は終わっていませんよ」


 後方に下がっていたテオがやってくる。いつになく堅い声だ。

 その理由はすぐに分かった。敵の陣形だ。ゆっくりと前進してくる敵の歩兵は、長槍をハリネズミのように構えた密集隊形だ。


「我らの真似。いや、有効な戦法が真似されるのは、当然か」

装甲馬車(ウォーワゴン)は、密集隊形を組むまでの時間稼ぎに過ぎなかったという訳だな。そうと気づいていれば、陣形を組まれる前に始末を着けたものを」


 ほぼ同じ兵力。兵の質もほぼ近く、その上互いに同じ戦術。これは、勝負を着けるのに酷く時間が掛かりそうだ。

 しかし、ここは敵地だ。いつ敵の援軍が現れないとも限らない。早く敵を打ち破り、この場を去りたい。


「どうしてうちはこう、いつも時間に追われるような戦ばかりなんだろうな」

「嘆いていても仕方がない。団長。テオドール。策があるならすぐに言え」

「申し訳ありません、先生」

「残念ながら私もだ。こんな日が来ることを、考えてはいたのだが。実際、同じ条件で相手にしてみると、どうやって破ったものやら」

「ならば、せいぜい奮闘するしかないな」

「ごもっとも。皆、行こうか」


 ゲオルクは馬腹を蹴り、ゆっくりと走り出した。徐々に加速がつき、敵との距離が急速に縮まる。

 敵の騎兵と馳せ違い、すかさず反転した。

 これは、昌国君との対決だ。ここにはいないが、現地で集めた傭兵に槍衾(やりぶすま)を取らせるのは、昌国君が指示した事に違いない。

 ならば単なる思い付きではなく、この戦法の長所も短所も研究し尽くされているはずだ。ならば、どうやってこちらを打ち破りに来るか。

 敵の騎兵が右手に回り込んできた。先手を取られた格好だ。しかし、慌てずこちらも敵の右手に回り込む。

 無駄な動きはせず、落ち着いて対処を続ければ、大きく負ける事は無い。

 敵は逃げずに、正面から向かってきた。このままぶつかるべきか、否か。

 右に動き、敵とすれ違った。すれ違っただけで、凄まじい圧力を感じた。まともにぶつかっていれば、やられていただろう。覚悟の決め方が尋常ではない。

 反転した敵が、右から襲い掛かってくる。今度はこちらが覚悟を決めて、正面から向かって行った。向こうは、一度肩透かしを食った分、気が張り詰めていないはずだ。

 敵は、避けなかった。初めて正面からぶつかり合う。ぶつかった瞬間に、双方共に二、三人が馬から叩き落とされた。

 ゲオルクも槍を構えて突っ込み、一人の敵の目を狙って突き出した。確かな手ごたえ。一人を、確実に絶命させた。

 敵を多く討ち取ろうという欲は出さず、一人討ったのを良しとして、そのまま駆け抜けた。相手は朱耶家の騎兵だ。甘く見る事は厳禁だ。

 双方とも、痛み分けと言った被害だった。互いに距離を取り、その距離を保った。こんなぶつかり合いを何度も続けては、相打ちだ。ぶつかる前から分かっていた事だが、ぶつかってみて、確信に変わった。


「ゲオルク殿!」


 テオが単騎でゲオルクの下に駆け寄ってくる。


「テオ。無茶をするな。お前を連れてあれとやり合う余裕はないぞ」

「敵の歩兵に攻撃を掛けてください。銃兵です!」

「銃兵?」

「犠牲が増える前に、早く!」


 確かめるより早く、駆け出した。駆けながら情況を確かめる。

 敵の銃兵が、こちらの歩兵に盛んに銃撃を浴びせている。こちらにも銃兵はいるが、この規模としては、敵の銃兵は異様に多い。

 装甲馬車(ウォーワゴン)に乗っていた兵だ。燻り出して、追い立てはしたが、いなくなった訳ではない。それが味方に銃撃を浴びせている。さっきとは逆で、密集隊形には銃撃が効果的だ。

 全力で馬を駆け、敵銃兵隊に突っ込んだ。鉄砲一丁を再装填する時間があれば、馬は200mは走れる。数段に構えていても、射程外から一騎に肉薄する事が可能だ。

 武器を振るう事を考えず、全速で突っ込み、蹴散らした。蹴散らしてしまえば、接近戦のできない銃兵はただの木偶だ。散々に斬りまくる。いや、斬りまくるというほどもしないうちに、離散した。

 離散した銃兵には構わず、すぐに反転した。敵の騎兵が、銃兵を討っている我らを後ろから蹴散らそうと、至近に迫っている。ぎりぎりのところで躱し、また駆け合いにもつれ込んだ。

 しかし、今度の駆け合いは長いものでは無かった。歩兵の戦況が、はっきりとこちら有利に推移していた。

 こちらの兵が、何かを振り回している。槍にしては短い。剣にしては長い。いや、剣だ。槍の柄を半分ほどに斬り、剣の(つか)と結びつけている。

 それを振るって、敵の長槍を切り払っている。普通の剣では、長槍切り払う前に、自分が槍に突き殺される。しかしあれならば、槍が届かないぎりぎりの距離から、槍の穂先を切り落とす事が出来る。

 好機だ。はっきりとそれを悟った。槍衾の無い敵など、何ほどの事があろうか。敵の騎兵の事など無視して、突撃した。

 ぶつかった。めり込んだ、という感じだ。粘土に突っ込んでいる様な感覚がある。敵を断ち割れず、突き抜ける事もできない。

 確実に敵は算を乱し、我らの剣に、(ひづめ)に掛けられている。それでも馬が横を向く。

 味方の歩兵も押し込んできた。二方向から攻め立てられて、ようやく敵は敗走を始めた。


「追撃無用!」


 敵の騎兵。辺りを見回したが、すでに遠ざかっていた。どうやら、こちらが歩兵に突っ込んだ時点で、勝敗は決したと見切ったようだ。


「急いでこの場から離脱するぞ」

「負傷者が多い上、疲労もあります」

「テオ。これ以上ここにいるのは危険だ。コストナー領を抜けるまで、とは言わん。どこか身を隠しつつ休める場所までで良い。最低限の応急処置だけして、すぐに立つ」

はい(ヤー)


 傷の手当てをする間、ゲオルクは今の戦いを思い返した。

 騎兵がほぼ互角なのは、むしろ上出来と言っていいだろう。こちらの方が十騎多かったが、有って無い様な差だ。むしろ、戦うに当たっての覚悟の差が大きかったと思う。

 朱耶家の兵は、一人一人が死んでも構わないという覚悟を決めていると感じた。何がそうまでさせるのだろうか。兵の一人一人に、命懸けで戦う理由があるのか。

 おそらく、無い。兵の一人一人は、大層な理由など持ち合わせていないのだろう。それでも、あれだけ命を懸けさせる何かがあるとすれば、昌国君だ。

 昌国君の兵として、死んでもその名を貶める様なことは出来ない。彼らにあるのは多分、それだ。最高の名将の兵であるという、誇りが彼らを強くしている。

 最高の将が率いる、最強の軍である。そう思う事で、本当に最強になる。それが、朱耶軍の強さの源なのだろう。そしてそれは、一度や二度の敗北では揺らぎもしない、強固な根だ。

 恐ろしい。そう思ったが同時に、冷静に朱耶軍を観察できている、とも思える。

 次に繋ぐ事が出来れば、いつか一矢報いるくらいはできるかもしれない。その為にも、今は生きる事だ。


「もういいだろう。行くぞ」


 ゲオルクは馬に乗り、号令をかけた。

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