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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
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物資貯蔵基地強襲1

 コストナー伯爵家は蒼州(そうしゅう)の南西、ポンメルン郡の太守職を代々世襲する、アイヒンガー家に並ぶ名門である。

 ユウキ合戦においては、養子と実子が家督を争ってそれぞれ総督府派、蒼州公派に分かれて戦った。

 最も、実子ニコライは当時まだ五歳であったので、家臣団が実子を担ぐグループと養子を担ぐグループに分かれて争った、というのが実態だ。

 そこが自ら第一線に立って戦い、戦後反対派を粛清して専制を確立したオットマール・フォン・アイヒンガー伯爵とは違うところだ。

 そのため総督府派の養子クラウスがコストナー家を継いだ後も、ニコライとそれを担ぐ派閥は残り続け、コストナー家は何年もぐずぐずと内乱を続けている。

 コストナー家の泥沼はどちらにとっても悩みの種だったが、ここに来て蒼州公政権には無視できない不安要素となった。

 蒼州南三郡のうち、東のニーダザクセン郡は完全に制圧し、中央シュレースヴィヒ郡は、オルデンブルクが兵力差をものともせずアイヒンガー家を抑え込んでいる。

 唯一ポンメルン郡だけが不安定。蒼州公派のニコライがやや不利という情況だった。北への大攻勢を計画する政権にとっては、足元を盤石にしたい思いだろう。

 ところがだ、当のニコライ派はオルデンブルクのクーデター以来、蒼州公派が攻勢を強めている事に気を良くして攻勢を仕掛け、あえなく返り討ちに合って救援を求めてくる始末である。

 ゲオルク傭兵団に下された命令は、この情けないニコライ派への救援だった。

 と言っても、直接ニコライ派と合流して、クラウス派と戦うのではない。政権も、そこまで面倒見きれるかという気分が強いのだろう。

 クラウス派の軍需物資貯蔵基地を破壊する事。それが今回の作戦だ。基地もろとも大量の軍需物資を焼き払ってしまえば、クラウス派は当分身動きが取れない。政権にとっては、それで十分という事だ。

 大規模な物資の集積基地ならば、相当の警戒をしているのが普通だ。しかし政権の密偵が調査したところによると、規模の割に無防備と言っても良いほど手薄だという。

 そんな事があるのかと、信じられない思いだが、そんな事があるような有様だから、内乱に決着を着けられず、三年も戦いを続けているのだろう。

 無論、情報を鵜呑みにはしない。警戒と情報収集は怠らず、気を引き締めて任務にあたる。

 敵地への潜入・奇襲なので、率いる兵力は絞った。ワールブルク率いる青隊三百と、ゲオルク旗下の六十騎。今回はこれだけだ。


「薄気味悪いくらい簡単にたどり着けたな」


 標的の基地が見える位置まで、入念に斥候を出し、身を隠しやすい地形を選んで進んできたのだが、敵の一部隊とも遭遇しなかった。


「余程巧妙に兵を隠して我らを誘い込んでいる……と、疑えた方がまだ良かったような気すらしますね」


 テオも呆れ返っている。道中、コストナー家の兵には出会わなかったが、盗賊には嫌と言うほど遭遇した。

 ろくに取り締まっていないので、治安が乱れきっているのだ。それは、村落の様子を見ても明らかだった。


「領内の治安維持もまともに行っていないとは思わなかった」

「原因はまあ、調べる間でもないでしょうね」


 担ぎ上げた当主に実権が無いのを良い事に、重臣達が私腹を肥やすか権力争いに熱中しているのだろう。容易に想像が付いた。


「先入観と言うのは、恐ろしいものだな。いくら泥沼の内戦を続けていようと、蒼州の名門コストナー伯爵家は、侮れない実力を秘めているものだと、微塵も疑わずにいた」


 しかし、現実を見てみればこの有様だ。もちろんこれがまた、コストナー家恐れるに足らずという、新たな先入観を形成する可能性がある。よくよく自戒しなければなるまい。


「領を接するオルデンブルク卿が、なぜ併呑しないのかが不思議だな。あの御仁なら、コストナー家の内実くらい、とっくに掴んでいそうだが」

「無闇に領地を拡大して、治めきれなくなる事を避けているのかもしれませんね。あるいは、治安の悪化と荒廃が酷くて、獲る価値が無いか。それとも……」

「それとも?」

「何もしなくても、自然に手に入ると読んでいるのか。熟れた果実が落ちてくるように」

「ありそうな事だ」


 どちらにせよ、ポンメルン郡を誰が押さえるかは、蒼州全体の戦局に影響する。西隣の陽州(ようしゅう)と接し、そのまま帝都まで道が続く、蒼州の玄関口なのだから。

 ここが総督府派で安定すれば、帝都から大軍が陸路で進軍できる。蒼州公派で抑えるか、今のまま混乱が続いてくれた方が都合が良い。だからこそ、政権も切り捨てる訳にはいかないのだ。

 そこまで読み切った上で泣きついてきたのだとしたら、ニコライ派は案外強かなのかもしれない。


「団長。偵察が戻った」

「分かった」


 基地の様子を探らせていた偵察隊が戻る。

 基地の外観は城壁で囲われているが、その内側に城や櫓は無く、大小の倉庫が立ち並んでいる。

 配置は正門から入ると、中央が広場、左右と正面に倉庫群という配置の様だ。倉庫に混じって、警備兵の兵舎も建つ。

 兵舎の数と規模からして、詰めている兵は総勢三百程度と見られる。倉庫の中身が全て食糧で一杯なら、五千の兵を一年は養える規模だから、確かに無防備に近い。

 警戒を厳しくしている様子はもちろん、わざと警備を甘くして罠へ誘い込もうとしている様子も無かったという。

 疑えばきりがないものだし、偵察の者もそれなりにベテランだ。ここは信用していいだろう。


「問題は、どうやって突入するかだな。奇襲を掛けても、籠城されてしまえば面倒だ」


 敵兵は緩んでいるとは言え、堅牢な城壁がある。門を封鎖されてしまえば、突入には手こずるだろう。その間に援軍が来ないとも限らない。


「テオ、何か良い知恵は――」

「ありますよ」

「早いな」

「まあ、このくらいは。一応、傭兵団の参謀と言う肩書ですので。書類と格闘ばかりもしていられません」


 テオが苦笑いの様な笑みを浮かべた。


 早朝、ようやく水平線が明るくなり始めた頃。傭兵団は隊列を整えて、基地正門の前に立った。


「開門願う!」


 ゲオルクが門に向かって叫ぶ。しばらく待つと、眠気の抜けない声で返事が返ってきた。


「何用だ。どこの者か」

「オルデンブルクが我が領地を犯してきた。迎撃のため、緊急に蓄えている物資を引き取りに来た」

「証はあるのか」

「ここに命令書がある。確認されたし」

「分かった。少し待て」


 鈍い音を響かせて、正門が人一人分開いた。中から人が出てくる。


「書状を確認」

「そんな物は無い」

「えっ」


 一閃。ゲオルクの抜き打ちで首が飛んだ。同時に傭兵団の兵が門に殺到し、一隊は中へ突入し、残りは門を押し開ける。


「上手く行ったな。テオ」

「ええ。ここまで上手く行くとは。せっかくいろいろと想定していたのに、残念です」

「勝ち易きに勝つのが上手い用兵だというではないか。誇る所であろう」


 門が大きく開け放たれる。ゲオルクは馬腹を蹴り、基地内部に突入した。

 基地内に建ち並ぶ倉庫は、土壁で窓も小さい、防火のしっかりした造りで、まとめて火を掛ける訳にはいかない。


「左から順に行け!」


 全軍で左に倉庫群に殺到する。敵は、ほとんどが夢の中にいた所を叩き起こされて、訳も分からず右往左往していた。

 倉庫の門を開ける。この辺りの倉庫には、食糧や兵の衣服、毛布など。それに現金が積まれていた。

 倉庫は中に火を掛けても、全体に火が回りにくい構造になっている。外で火を燃やし、物資を運び出して火の中に放り込む。

 駄目にしてしまえばいいのだから、燃やす以外の方法もある。食糧ならば地面にぶちまけたり、泥水を掛ければ良い。布ならば、剣でずたずたに引き裂いてしまう。

 基地の守兵は適当に追い回して、作業を妨害させなければそれで良い。敵の始末よりも、物資を駄目にする方が優先だ。

 まとめて焼き払う事が出来ないので、思った以上に時間が掛かった。左側の区画を粗方始末した頃には、とっくに陽が昇っていた。


「全軍、隊列を組め。戦闘用意!」


 さすがに敵も立ち直りつつあった。ここで一撃加えておくべきだろう。

 見たところ敵は軽装兵が二百、重装兵が七十と言ったところだ。まだ隊列は組めていない。まとまりきる前に、攻撃した。

 歩兵が密集隊形を組んでぶつかり、ゲオルク以下騎兵が背後に回って突っ込む。軽装兵は剣または柄の短い槍を武器にしていたので、騎兵にも、長槍を並べる歩兵にも、ほとんど為す術なく討たれていった。

 重装兵は流石に粘り強く、軽装兵の半分もいないが、むしろこちらの方が手強いと感じた。

 ただ一人一人の練度が良くない。武器を力任せに振り回す様な兵が多く、隙も多いし、連携も拙い。時間は掛かったが、難敵とまでは言えなかった。


「よし、中央!」


 逃げる敵を追う必要はない。敵を撃破すると、今度は中央の倉庫群に取り掛かった。敵の捨てた槍などを薪にして火を(おこ)す。

 扉を開けた瞬間の罠にだけは注意しながら、ゲオルク自ら倉庫に突入する。重要度の高い物資があれば、優先的に処理を指示するためだ。


「止まれ!」


 ゲオルクが鋭く叫ぶ。倉庫に入った瞬間に感じた臭いに、心当たりがあった。手近な箱をこじ開けて中を確かめると、黒い粉が詰まっている。


「火薬庫か。この辺りは」


 うっかり松明を持って入ろうものなら、吹き飛んでいた所だ。しかし、積み上げられている火薬の量は、大変なものだ。警備はザルだが、やはり名門コストナー家の底力は、侮れない。


「縄を持って来い。それと、付近の倉庫も調べろ」


 自爆しない様に簡単な時限発火装置を作るとして、火薬庫がどれだけあるかはきちんと確かめなくてはならない。うっかり自爆するような間抜けを演じたら、笑い事では済まない。

 正面区画の全ての倉庫を調べ、火薬庫とそうでないものをはっきりと識別した。

 飛び火を警戒して念のため、火薬庫以外にも火は使わないでおく。

 全ての火薬庫に時限発火装置を仕掛け、退避する。火薬庫は密集しているので、連鎖爆発を起こすかもしれないが、確実を期した。

 しばらくの間、無意識に息を潜めて待った。やがて、轟音と共に地が震え、倉庫の屋根が宙を舞った。

 爆風と、巻き上げられた砂塵と、降り注ぐ破片から顔を庇う。それが収まり、顔を上げると、三十メートル四方が跡形もなく吹っ飛んでいた。

 爆発の飛び火で周囲の倉庫にも火が入っていた。衝撃で半壊して、火の回りが良くなっている上に、この一帯の倉庫には火薬の他にも、灯火用油など燃えやすい物が多かった。


「ここはもういいだろう。次!」


 最後に残った右区画の倉庫群に向かう。散り散りになった敵兵の残党が、必死になって立ち塞がってきた。しかし、多勢に無勢。障害にはならなかった。

 この一帯の倉庫の扉にだけ、頑丈な鍵が掛けてあった。火薬を少し拝借すればよかったかと思いながら、扉を叩き壊させる。

 案の定、中には重要度の高い物品が貯蔵されていた。資料類、武器、医薬品などだ。他にも工業用の劇薬など、取扱に注意が必要な品もあるらしい。

 薬品類は火にくべると、色の着いた煙を上げる物もあった。吸い込まないように注意する。


「大方、始末いたしました」

「大方ではない。残らず焼き尽くせ!」


 この区画の物が、コストナー伯爵家にとって重要な物資だというのは明白だ。ならば一つでも多く燃やした方が、敵への打撃は大きくなる。


「団長。城壁上にあるあれは、なんでしょうか?」

「うん?」


 見れば城壁上に、板で覆いを着けられた何かが、三ヶ所にあった。外から見たときは影になって、それほど目立たなかったのだろう。


「ワールブルク殿、ここは任せる」

「分かった。じきに全ての方が付く。あまり時間を掛けるな」

「心得ている」


 旗下の六十人だけ連れて、城壁に上った。覆いはいかにも簡素で、とりあえず風雨に晒さない様に、といった感じだ。

 覆いを外すのは、簡単だった。


「これは」


 大砲だった。以前リントヴルムで見た物よりはいくらか小型だが、二門の大砲が据え付けられていた。

 表面に錆びどころか、くすみも無く輝いている。ごく最近製造されたばかりの新品だろう。

 城壁上の覆いは三ヶ所。その全てに二門ずつ、計六門の砲があった。


「コストナー家は、独自に大砲の生産をしているのか?」


 そうだとしたら、これは大きな脅威になりかねない。この基地を破壊した意味は、単にコストナー家の蒼州公派を援護するだけに留まらなくなる。


「団長。どういたしましょう?」

「知れたこと。叩き壊せ!」


 梃子(てこ)を使い、数人掛かりで砲を城壁の下へ落とす。大砲が釣鐘を強打した様な音を立てて割れた。

 大砲を破壊した頃には、右区画倉庫群の物資も根こそぎ火の中にくべられていた。


「残りの建物すべてに火を掛けろ。撤退する」


 黒煙がもうもうと上がり、中天近く上った太陽も覆い隠さんばかりだった。

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