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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
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リントヴルム市再々奪回3

 リントヴルム市を失った難民の大部分は、アンハルト郡各地に入植させられた。

 戦乱で耕作者を失い、放置された農地はいくらでもある。それらの土地を難民に与え、農地を再生しようという計画だ。

 行く当ても無く彷徨うしかない難民よりは遥かにマシだろうが、彼らに与えられたのは荒れ果てた土地だけだ。

 家も、種籾も、農具も、それらを贖う金もない。いくらか財産を持ち出せた者は良いが、本当に身一つしかない者は、どうしろと言うのだ。

 金が全く無い訳ではない。総督府派との戦争を続けていくための戦費は、十分とは言えないまでも、戦争を続行できる程度には蓄えられている。

 しかしそれを、民の為に放出しろとは、ゲオルクにも言えなかった。総督府派が必死で態勢を立て直す時間稼ぎをしている今、一気に攻め立てて決着を着ける事を、何よりも優先すべきなのは確かなのだ。

 それに、こちらだけ武器を置こうとしたところで、向こうは我らの息の根を止めるか、向こうの息が切れるまで、攻撃を止める訳がない。常に戦費は必要だ。

 そういう抜き差しならぬところまで、すでに情勢はひっ迫している。もはや、自分達の意思だけで、自分達の行動を決められる段階ではないのだ。

 難民の件を、ゲオルクは腹の奥にしまい込んだ。この件は最初から、ゲオルクにはどうしようもない事だったのだ。

 顔を上げた。ここは、蒼州(そうしゅう)公政権の首都。かつてのゲオルクの主家、ユウキ家の本拠。インゴルシュタットの城内奥の間だ。

 上座にまだ幼さの残る蒼州公の遺児ユリアンが座り、その左右に政権の要人達が並ぶ。すでに、朝廷の形を成していた。

 ゲオルクも今や、その末席に席を持つ身だ。名目は未だ傭兵団長だが、実質はすでに、独立遊撃軍を率いる将だ。


「リントヴルムの早期奪還に成功し、重要書類が敵の手に渡る事態も、ほぼ間違いなく避けられました。物資の損失はありますが、来年には総督府派との全面対決、州都攻略作戦を発動できるでしょう」


 揚々と語るのは、旧ユウキ家四遺臣の一人、最過激派のツィンメルマン卿だ。

 ザルツブルク戦でもう一人の主戦派、ツィーグラー男爵が戦死して以来、旧ユウキ家勢力はほぼ完全にツィンメルマン卿が掌握していた。消極派のディートリヒ卿、降伏派のケーラー男爵は、今や小さくなってツィンメルマン卿に従っている。


「しかし、だ。リントヴルムでは、思いがけず貴重な戦力を消耗した。その点について、騎士家のお歴々はどうお考えか」


 どことなく嫌味なのは、蒼州公家を実質的に取り仕切っている、メルダース男爵だ。政権の事実上の宰相と言って良い。

 ゲオルクも知らぬ人ではないが、ゲオルクの知っているメルダース男爵は、戦場ではもっとさっぱりした人格だった。しかし、公家を再興まで漕ぎつけた人物が、そう単純でもないだろう。


「その件については、騎士家としてすでに合意に達している」


 答えるのは、カッシーラー家の当主だ。騎士家中最大のシュレジンガー家当主は、沈黙を保っている。下手に彼が出ると、いろいろとこじれかねないという配慮だろう。


「まず騎士家はそれぞれ、先の戦で保有戦力に小さくない打撃を受け、これ以上直接的な戦力提供は、難しい情況にあると言わざるを得ません」

「騎士家はもはや、政権に兵を出さぬと申すか」

「我らの領地の安全と治安を、そちらで保証してくださるのでしたら、喜んで兵を出しましょう」

「兵を出さぬというのなら、代わりのもので償いをするのが筋と言うもの。よもやただで庇護を受けようなどとは、思ってはおられぬでしょうな?」

「滅相もない。我ら七騎士家、他人の庇護など当てに致しませぬ。七家同士の協力で、千年家を守ってきたのです。そちらこそ、我ら無しで政権を保てるとでも?」


 二人がにらみ合った。蒼州公政権は、蒼州公家と七騎士家。それぞれの名声二本立てで諸侯の支持を得て、成立している様なものだ。

 万が一、七騎士家は離反すれば、蒼州公家のみの名声で政権を保たなくてはならない。しかし蒼州公家は今、二つある。帝都の政府が蒼州総督を、正当な蒼州公家の後継者と認めているからだ。公家の名声は、半分に割れる。

 もちろん政権が名声だけで保っている訳ではなく、軍事力による裏付けを、こちらの公家は持っている。

 しかし軍事的には大した事の無い騎士家が今離脱すれば、政権の名声は激減。軍事力のみを頼りにした、軍事政権となる。

 それは、一敗地に塗れれば崩壊する危険を常にはらんでいるという事だ。


「なに、我らも兵を出さぬとは言っておりません。騎士家の共同出資で傭兵を雇い、それを戦力として提供いたします」

「左様か。それならば異論は無いが、兵力はいかほど?」

「最終的には、四千五百を目途に。それと、今後騎士家軍に関しては、こちらで雇った指揮官を代表に立てます。ご了承のほどを」


 リントヴルムの戦で、指揮系統に問題を抱えた事からの教訓だろう。騎士家は金を出して傭兵を雇うが、傭兵からなる騎士家軍は、騎士家が信任した指揮官に全権を委任する。

 傭兵に頼らなければならなくなった事を逆手に取った、上手い手だと思った。騎士家同士の争いを、戦場に持ち込まずに済む。


「よろしいでしょう。今後騎士家軍の運用は、そちらの選任した将と協議して決定する事に致しましょう」

「実はその指揮官を、すでに控えさせております。よろしければ、この場であいさつを」

「よろしいでしょう」


 七騎士家の傭兵隊長が呼ばれる。しばらくして姿を現したのは――。


女子(おなご)だと」


 ワールブルクの例もある。女の傭兵である事には、ゲオルクは驚かなかった。しかし、七騎士家が選び出した、新たな騎士家軍の指揮官が女と言うのは、やはり驚きだった。


「お初にお目にかかる。ヴィルヘルミナ・ホフマンと申します」


 挙措に優雅さがある。良家の出だろう。しかし、戦場に立てる様には見えなかった。


「私がか弱い女子であるので、皆様傭兵隊長が務まるのか、(いぶか)しんでおられる事でしょう」


 どきりとした。まさに今考えている事を、言い当てられたのだ。たじろいだのはゲオルクだけではないようだ。


「御心配なく。私は、戦略戦術を立てること。皆様方と協議する事が役目であり、現場の指揮は別の者が執ります」


 事も無げに言うが、それだけ智謀に自信があるという事だ。


「騎士家の軍は現在、徴募と編成の最中ですが、ご要望とあれば演習をご覧に入れます。一度、ご確認されてはいかがでしょうか?」

「そうだな。一度、どれほどのものか確かめておくのも良いだろう」

「では三日後、ここの練兵場でご覧に入れます」


 ホフマンの提案通り三日後、インゴルシュタット城の練兵場に、騎士家の傭兵二百が集結し、軍事演習を始めた。

 所詮傭兵の演習、と舐めていた者は、軒並み度肝を抜かれる事となった。ゲオルクでさえも、驚きを禁じ得なかった。

 二百の兵は、全て銃兵だったのだ。傭兵でこれだけの鉄砲を備えている部隊など、前代未聞と言って良い。

 もちろん、ただ数だけではなく、軍として基本的な規律。さらには銃撃の速さと正確さも、十分戦力として価値のあるものだった。

 おそらく、銃兵と言う一点に絞って集中的に調練を施し、短期間で実戦レベルの兵を育て上げたのだろう。一点集中による成果だ。

 ゲオルクが考えていたことを、より先鋭的に為したと言える。一点特化で騎士を上回る事を、ゲオルクも考えていたが、ここまで思い切った事はできなかった。

 そして、この部隊を率いているのもまた、女傭兵だった。


「撃ち方止め!」


 演習を終え、兵を整列される。指揮官の女傭兵が、上官に当たるホフマンに報告をし、次いで観戦していた政権要人達に挨拶をした。


「以上で、演習を終わります。弾幕、薄く無かったですか?」

「い、いや。結構だ」

「オルガ」


 ホフマンが、銃兵を率いていた女傭兵を小突く。


「あ、失礼。オルガ・ウリヤノフと申します」


 要人達は、通り一遍の挨拶を済ませると、ほとんどがそそくさと帰って行った。戦力として申し分ない兵が加わるのは頼もしいが、落ち目になると思った騎士家の発言力が増しかねないのは面白くない。そんな、政治的思惑が透けて見える。

 帝国と言う巨大な敵を目の前にしながら、政治権力を巡って身内に争いに憂き身を費やす。そういうものだ、と言うのは簡単だ。


「ゲオルク・フォン・フーバー殿、で間違いないでしょうか?」


 ホフマンとウリヤノフ。二人の女傭兵が、そろってゲオルクの傍に来ていた。


「そうだが?」

「お前に掛かれて光栄です。ゲオルク傭兵団の英名はかねがね」

「ああ。いや、そんな大層なものでは」


 味方の傭兵と行動を共にする機会がめったにないので実感が薄いが、傭兵が騎士に勝てる事を証明した傭兵団として、ゲオルク傭兵団の名は多くの傭兵の間に轟いている。らしい。


「ワールブルクがいれば良かったのだが」

「ディアナ・ワールブルク殿ですね? 数少ない名を上げた女傭兵として、敬意を払っております」

「あー、まあそうであろうな。機会が有ったら、引き合わせよう」

「ありがとうございます」


 どうにも、会話がぎこちない。女性と話す事は何とも思わないが、女性の傭兵となると、どんな話をしていいか、判断に困る。


「お二方は、良家の出と見受けますが、なぜ傭兵に?」


 言ってから、失言かもしれないと思った。個人の事情に関わる上、女だてらに傭兵になるのには、込み入った事情もあるだろう。


「我がホフマン家は、まあ木端貴族でして」


 ヴィルヘルミナが、とくに気にした様子も無く語り始める。


「蒼州公政権に参加しているのですが、御存じないでしょう?」

「申し訳ない」

「いえ。歯牙にも掛けられないような小さな家ですので。しかしだからこそ、ただいるだけでは家の存続もおぼつかない。何か手柄を立てる必要があります。だが我が家には、財産も無ければ兵も僅かしか無いない。しかし、この身一つに備わった知略なら、零細貴族でも用意できます」

「それで、智謀を武器に傭兵に?」

「ええ。売り込んだという訳です」


 もしやもう一人の女傭兵を見出したのも、彼女に銃兵を組織させる事すら、彼女の発案なのかもしれない。

 それを政権に直接ではなく、まず騎士家に売り込み、騎士家の後ろ盾を得て政権中枢へ進出する所まで、彼女の策略の内なのだろうか。


「ウリヤノフ殿は?」

「私はもっと単純で、実家が破産没落してしまいまして、再興のために傭兵として資金と名声を稼ごうと」

「なるほど」

「ただ兵と武器を揃えるので借金が(かさ)みまして、しばらくはカブのスープでしのぐしか……。あっ、兵糧は別にあるのでご心配なく」


 別の意味で心配だ。


「まあ、今後共に戦う事もあるだろう。頼りにさせてもらおう」


 傭兵同士があまり雇い主を無視して、横のつながりを持っても、要らぬ腹を探られかねない。良い所で切り上げた。

 そういう処世術をごく自然に考えて行動してしまう自分は、純粋な傭兵とは違うのだと思ってしまう。もっとも、彼女らや、テオやハンナも似たようなものだが。

 インゴルシュタットでの協議を全て終え、傭兵団の駐屯地に帰る段になって、テオが一つ耳打ちをしてきた。


「リントヴルム市を朱耶(しゅや)軍が急襲できた理由ですが、どうやら北のイエーガー家の影響があったようです」

「どういう事だ?」

「イエーガー家の当主ジギスムントが、反対派を一掃して家中を完全に掌握したようです。そのため朱耶家の軍勢の南下にも、万全の態勢で支援ができたようです。まあ、それがなくても昌国君(しょうこくくん)ならば、リントヴルム急襲は容易く為し得たと思いますが」

「向こうも、戦う用意は整いつつあるという事の表れだろうな」

「いよいよ本格的に、昌国君との対決を視野に入れていかなければなりません」

「テオ。私は、恐ろしいよ。今でも鴉軍(あぐん)は夢に見て、震えが止まらなくなる」

「実は、私も」

「それでも、戦うしかないな。歯を食いしばって。震えを抑えて」


 勝てない事への恐怖は尽きない。それでも、逃げたいという気だけはしなかった。最後まで、戦ってみたいと思っていた。

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