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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
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リントヴルム市再々奪回2

 ゲオルクはヴァインベルガー率いる白隊と共に、地下の拠点を優先して回った。

 地下室一つを始末するのに、大隊は必要ない。迅速に目的を果たすために、兵はルートの確保に大部分を回す。

 敵は地下室と資料の存在は気付いていないらしく、妨害を受ける事は無かった。むしろ、地上施設の方が大変だろう。分かりやすい物資の貯蔵庫は、真っ先に抑えられているはずだ。

 拠点の建物にたどり着く事も、隠された地下室の入口を見つける事も、問題ではなかった。

 むしろ面倒なのは、資料の処分だ。火事への備えとして、石造りの棚に小分けにして保管してあるなど、防火、盗難対策が念入りに施してある。

 それが処分する段になっては、かえって面倒なものになるのだ。まとめて火を掛けるという事ができない。

 頑丈な金庫に入っていて壊せず、鍵を探し回る。地下室にさらに隠し小部屋が無数にあって、部屋中を探る羽目になるなど、とにかく手間がかかる。

 白隊の手で二つの地下室を処分し、三つ目に向かって移動をしているとき、凄まじい地響きと轟音がした。音源の方を見ると、盛大に炎が上がっている。


「火薬庫に火が入ったか」


 地上施設の一つに、火薬庫があった。それほど大規模な物ではなく、保管している火薬の量も高が知れているが、まとめて火が着けば花火と言うには派手だ。

 三つ目の地下室に入り、残されている資料を処分する。棚が虫食い状に空いていたが、これはこちら側の人間が、重要機密を持ち出したのだろう。敵が押収したのなら、もっと部屋の中が荒れているはずだ。

 持ち出した先で機密を奪われていない事を願いながら、残りを処分した。

 紙の資料は読めなくなればそれで良いので、焼く以外にも、インクや泥水をぶちまけたり、粉々に刻んだりもする。

 三つ目の拠点を完全に処分し、地上に戻った。夜空が赤く照らされるほど、街中で火の手が上がっている。

 火柱の位置から、地上の四つの拠点は全て火が掛けられたはずだと見当を付けた。時間的に見て、残り一つの地下も、別の隊が処分している可能性が高い。

 使者を走らせて、処分状況の確認を取った。

 地上地下合わせて八つの拠点は、全て処分を完了していた。まずは傭兵団の任務は完了だ。

 だが市内の戦闘は未だ続いている。そしてどうも、騎士家軍は苦戦を強いられているようだ。

 都市を放棄する事は決まっているとは言え、敵を撃破し、都市を奪回する事は必要だ。傭兵団も応援に向かう。

 各大隊は、それぞれ市内戦闘の中心地となっている地点へ向かうように指示を出した。現地で合流できるはずだ。

 しかし、いくら指揮系統があいまいとは言え、七騎士家から集めた精鋭一千百が、六百の朱耶(しゅや)軍に苦戦しているというのは、ただ事ではない。嫌な予感がした。

 市内の大通りが、両軍の主力がぶつかる激戦地だ。そこへ近づくにつれて、聞き覚えのある音が散発的に聞こえてきた。

 銃声だ。騎士家軍にも傭兵団にも、銃兵はほとんどいない。

 現場へ駆けつけると、大通りの向こう側、朱耶軍が陣地を築いている所で、見覚えのある兵器が道を塞いでいた。


装甲馬車(ウォーワゴン)


 分厚い装甲で守られた箱型の車両が、道を塞いでいる。その中から、銃兵がひっきりなしに銃撃を浴びせて来るので、騎士家軍はこれ以上前進できないでいた。

 路地から回り込もうにも、狭い路地では兵力を生かせず、そちらも突破できないでいるのだろう。


「朱耶軍も装甲馬車(ウォーワゴン)を持っていたとは」


 言ってから、必ずしも朱耶家が保有している者ではないかもしれないと思った。物自体は、総督府派のどこかの諸侯から徴発してきた物か、総督府に有った物しれない。

 しかし今は、それどころではない。あの装甲馬車(ウォーワゴン)をどう攻略するかだ。

 以前の様な、力攻めは避けたい。と言うよりも、今回は駄目だ。

 前は闇に紛れる事ができ、銃撃の命中率も低かった。背後から牽制を掛けて、歩兵を近付かせるという事も出来た。

 今回はそうはいかない。騎士家軍の放火で街は明るく、正面以外に攻め手がない。このまま突っ込めば、間違いなく以前とは比べ物にならない犠牲が出る。


「一度街から出て、外から包囲を……駄目だ、時が掛かりすぎる」


 時間を掛ければ被害を抑えながらの撃破も不可能ではない。だがそれなら昌国君は、こちらがゆっくりと装甲馬車(ウォーワゴン)を攻める手に出た時の備えも、しているのではないか。


「団長。僭越ながら、あれの攻め方に困っておられるとお見受けします」

「ヴァインベルガー、何か良い策があるのか?」

「団長は昌国君を大きく捉え過ぎております。そのため、本来なら見えてしかるべき他の事が、目に入らなくなっております。それでは昌国君には勝てないでしょう」

「御託はいい。戦場では、用件だけ言え」


 軽い苛立ちを覚えながら、急かした。


「朱耶軍の左右の建物に、火を掛ければよろしいのです。それで敵は、たまらず退くでしょう」

「それは」


 唖然とした。確かにそれをやれば、敵は退くしかなく、追撃で打撃を与えられるだろう。

 市街地ならではの戦法であり、それに気付かなかったのは、周囲の情況を見ていないという(そし)りを免れない所がある。

 しかし、だ。放棄命令が出ている都市とは言え、民家を焼き払って敵を追い立てるなど、昌国君ならば、おそらくやらない事だ。

 昌国君を意識するあまり、無意識に同じ戦法で戦わなければならない、と思っていたのだろうか。

 同じ土俵に立っては、昌国君に勝てると思えない。しかし、勝たなければならない。ならば、手段を選んでなどいられない。

 ヴァインベルガーは、それを当たり前の事として指摘してきた。指摘されて初めて、ゲオルクはその覚悟が無い事に気付かされた。

 今、覚悟が問われている。


「民家に火を掛けろ。敵を派手に燻り出せ」

はっ(ヤー)


 通りを塞ぐ敵の左右の民家に、火が掛けられた。すぐに盛大に炎が燃え上がる。火と熱と煙が、すぐ傍の朱耶軍に容赦無く襲い掛かる。

 たまらず敵が退却を始めた。火の粉が盛大に降り注いでいるので、鉄砲が暴発する危険があるはずだ。不用意に使えば、自分の身が危なくなる。鉄砲を封じた。

 すかさず追撃。攻めあぐねたうっぷんがあるのか、騎士家軍の勢いが盛んだった。追撃戦の大部分は、騎士家軍に任せた。わざわざ勢いに水を差す事もない。

 朱耶軍は街から追い立てられていった。騎士家軍がさらに追撃に向かう。傭兵団は全軍集結し、市内の制圧を行った。もう敵は逃げ遅れた負傷兵くらいしかいないが、街を空にする訳にもいかない。


「市内の消火に当たれ」


 移住させられる住民の財産を、少しでも残してやりたかった。このまま市民の財産が灰になるのは、見るに忍びない。

 馬蹄の響き。騎士家の伝令が、色を失った様子で駆けこんできた。


「新手の敵の襲撃を受け、我が軍は混乱。至急救援を!」

「全軍戦闘態勢!」


 迂闊すぎる。勝ちに浮かれて深追いした騎士家軍もそうだし、それを放置した自分もだ。

 再び伝令が駆け込んでくる。


「敵軍の数は一千。所属は、傭兵ホルスト・フォン・マンスフェルト軍と思われます」

「あの、『甲冑を着た乞食』か」


 傭兵の中でも、最悪の部類だ。略奪暴行婦女凌辱の限りを尽くし、盗賊よりも性質が悪いと称される、歩く災厄だ。確か、総督府に飼われていたはずだ。

 つまりマンスフェルトが現れたのは、昌国君よりも総督府の意向が強いという事だ。間違いはないだろう。昌国君ならむしろ、あの手の傭兵などは問答無用で攻め滅ぼすはずだ。

 ともかく敵の迎撃と、味方の救援に向かった。敵は一千と言えど、戦より略奪の方が本業のような傭兵相手に負けるつもりはない。

 そのはずだった。市壁の辺りまで来たところで、敗走する騎士家の軍がなだれ込んできた。戦うどころか、隊列を組む事すらできない。その後ろから、敵軍がなだれ込んでくる。


「いかん。退け! 退け!」


 戦うどころか、一緒になって逃げるしかなかった。その背中を、容赦なく敵が斬りつけてくる。

 銃声まで混じった。敵の中に、装甲馬車(ウォーワゴン)が三両。それほどの速度は出していないが、走りながら周囲に銃撃を浴びせている。

 あれはマンスフェルト軍のものでは無く、総督府が提供した物だろう。一両でも面倒なのに、三両も相手にしなければならないというのは、厄介どころの話ではない。

 這う這うの体で市外へ逃れた。広くなったところで、ようやく隊列を組み直すことが出来た。

 敵を迎え撃つ構えを取る。だが、敵は市内から出てこない。


「なぜ、来ない?」

「略奪をしているのでは?」


 言われても、すぐにはピンとこなかった。絶好の機会に敵を見逃すなど、ゲオルク傭兵団ではありえない事だ。だがマンスフェルトの傭兵団では、略奪が何よりも優先される。逃げた敵を追うより、市内の略奪が大事という事だろう。


「反撃の体勢を整えろ。騎士家軍は何をしている!」


 体勢を立て直し、全軍で攻めかかれば容易に殲滅できる相手だ。だが、騎士家軍の動揺が一向に収まらない。


「申し上げます。シュレジンガー殿が負傷され、戦線を離脱するとの事」


 総大将が、戦線離脱するほどの負傷をしたのか。実権が無くても指揮官だ。動揺が大きいのも、無理はない。

 いや。それ以上に、ここでシルヴェスターの身に何かあれば、再び騎士家間の関係がこじれる事を危惧しているのか。


「テオ。ハンナ。お前らが行って、どうにか混乱を治めて来い」


 下手にゲオルクが出しゃばるよりも、ネーター家の兄妹が行った方がすんなりと受け入れられるだろう。

 それはそれとして、シルヴェスターの容体も気になるので、ゲオルクも同行はした。

 テオとハンナは、事態の収拾を優先したので、ゲオルク単身で面会する。取次の者に案内されると、シルヴェスターは体を起こし、思ったよりも元気そうだった。ただ、右腕には包帯が巻かれ、赤く血で染まっている。


「命に別条がないようで、何よりです」

「命は拾いましたが、利き腕をやられました。骨までは達していない様ですが、もしかすると、剣を持てなくなるやもしれません」

「いずれシュレジンガー家を継がれるお方。剣を振るうだけが役目ではないでしょう。あまり気に病まれない事です」

「そう言われても、指揮官として無様な失態を演じた事は弁解のしようもない。これでは、ハンナ嬢にも愛想を尽かされても当然です」

「ハンナが怒りを覚えるとしたら、それはあなたにではなく、騎士家全体に対してでしょう」

「だとしても、元をたどれば我が家の撒いた種でもある」


 シルヴェスターはしばらくの間、目を閉じて黙考している様だった。

 ユウキ合戦に置いて、七騎士家の中で唯一敵に寝返ったシュレジンガー家。その跡継ぎとは言え、シルヴェスター自身は生真面目で誇り高く、責任感の強い貴族的な青年であるようだ。ハンナとは、本来ならば気が合う事だろう。


「ゲオルク殿。我がシュレジンガー家の兵は、この戦の間、あなたにお預けする」

「よろしいので?」

「どうせ、誰かに指揮を預けなければなりません。他の騎士家の者に預けると、後々面倒な事になりかねない。かと言って、旗下の者では少々頼りない。あなたに預けるのが、一番丸く収まると思います」

「分かりました。お預かりいたしましょう」


 その場でその旨をきちんと文章化し、指揮を引き継ぐ頃には、ネーター兄妹が混乱を治めてこちらへ来た。

 懸案だったシュレジンガー軍の処遇も決まり、立ち直った軍勢は市内のマンスフェルト軍に狙いを定めた。

 街は、先程よりもさらに激しく炎上していた。マンスフェルト軍が手当たり次第に火を放ったのだ。

 連中は略奪を為すだけではない。凶暴な破壊衝動の赴くままに壊し、一時の爽快感のために何もかも焼き払う。

 彼らの通った跡には、ぺんぺん草も生えないと言われる所以(ゆえん)である。

 燃え盛る市内に、騎士家軍と傭兵団は突入した。抵抗らしい抵抗はない。

 略奪に向かったために、敵はすっかり市内各所に分散してしまっているのだ。いきなり掃討戦の様相を呈した。見つけ次第敵を葬っていく。

 褒めたものか呆れたものか、敵はぎりぎりまで略奪を続けようとした挙句に、こちらとの戦いを仲間に押し付けて逃げようとする者が続出した。略奪専門として一貫していると言えば、一貫している。

 だが、またしても思いがけない展開となった。街中が火の海になっているため、敵も火に阻まれて、逃げる事が出来なくなったのだ。

 中には、こちらが何かする前に炎に囲まれて、焼死した敵までいる。

 こちらも敵と戦うよりも、焼け落ちる建物に退路を断たれない様に気を配らなくてはならないほどだ。

 こんな有様では、三両の装甲馬車(ウォーワゴン)も意味をなさない。馬は炎に恐慌をきたし、兵は逃げ出し、空の車両は飛び火して焼け落ちてしまった。

 馬鹿馬鹿しい様だが、統制を失った軍による戦など、こうなる方がむしろ普通だ。

 夜明けまでにマンスフェルト軍は、完全に姿を消した。逃げ延びたのは僅かな者で、大半は死。その半分が討ち取られ、残り半分は焼死と言うありさまだった。

 リントヴルム市は、ほとんど跡形もなく焼け落ちていた。朱耶軍が占拠していたとき、朱耶軍の対処が良かった事もあって、市民の大半は戦の前に逃げだしていたのが不幸中の幸いだろう。

 だがそれが逆に、五万人もの難民を生む結果になった。蒼州公政権は元々彼らを強制移住させるつもりでいたが、果たして全財産を失った彼らの移住を、スムーズに行えるのだろうか。

 犠牲者は民衆ばかりではない。騎士家軍の残存兵力は、四百五十ほどしかいなかった。

 死者だけで百五十人以上。負傷者も、兵として引退を余儀無くされかねない重傷者が目立った。

 朱耶軍と装甲馬車(ウォーワゴン)相手の戦闘。マンスフェルト軍の奇襲だけでなく、その後の敗走で、味方に踏みつぶされて死傷した者が、かなり出たようだ。

 精鋭を選りすぐった騎士家にとって、これは看過できない犠牲だろう。兵がいくら優秀でも、指揮に問題があれば無残な結果になるという、典型的な例となった訳だ。

 この戦、できるだけ早期にリントヴルム市を攻略して、敵に時間を与えないという目的は果たされた。

 リントヴルム市を放棄し、市民を移住することも既定の事だ。

 戦略的には、何一つ不満などない。勝利であるはずだ。しかし、あまりにも苦い勝利だった。

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