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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
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リントヴルム市再々奪回1

 蒼州(そうしゅう)公派の攻勢が各地で強まる情勢の中、総督府派の反撃は、意外な一手だった。

 リントヴルム市が突如として占拠されたのだ。しかも占拠したのは、朱耶(しゅや)軍だという。

 なぜここでリントヴルム市なのか。そもそも、すでに前線とは言えない立地のリントヴルム市を、どうやって朱耶軍は突如占拠したのか。蒼州公派は恐れるよりも先に、戸惑ったくらいだ。

 しかしすぐに、これが容易ならざる事態である事を悟った。それは、ゲオルク傭兵団にも深く関わる事だった。

 言うまでも無く、リントヴルム市はゲオルク傭兵団の初陣の地だ。そして今日までの蒼州公派の勝利には、傭兵団が深く関わっている。

 今や蒼州公派の精鋭部隊と目されるゲオルク傭兵団の初陣の地を、敵に奪われたまま放置する事は出来なかった。

 ゲオルク傭兵団の栄光が始まった地が敵の手に落ちた事は、ゲオルク傭兵団の終焉を予告するものである。何の根拠も無くても、そう吹聴される事は、諸侯の心を大きく揺さぶる。

 リントヴルム市は戦略的意義よりも、象徴的な意味で、決して敵の手に渡す訳にはいかない都市になっていた。

 また、アンハルト郡北部に位置するリントヴルム市は、前線ではなくとも、前線に近い都市として、それなりの価値があった。

 そのため、来たるべき総督府派との全面衝突に備えて、物資や重要資料の集積がなされていた。

 物資はまだしも、資料の中には敵の手に渡れば、戦略を根本から見直さなければならなくなる様な、重要資料も含まれるという。

 敵の手に落ちる前に、これらを処分しなければならない。

 資料を『奪回』ではなく『処分』せよと命じた辺り、政権上層部の慌てぶりが見て取れる。下手に回収の欲をかいて敵の手に渡すくらいなら、最初から全て灰にしてしまおうと決意するほどの非常事態という事だ。

 それだけならまだ良かったのだが、リントヴルム市そのものも処分する事が決定された。

 傭兵団の初陣以来、リントヴルム市が戦禍に巻き込まれるのは、これで三度目だ。度重なる戦禍の影響で、市街そのものの破壊が激しいため、都市そのものを破棄せよと命令が下った。

 都市を追われた住民の受け入れ先は用意してあるのか。彼らが新たな土地で生活していくのに必要な物資や資金はどうするのか。

 言いたい事は山ほどあるが、軍事なら多少は発言力を持つようになったゲオルクも、政治に口出す権利は無く、黙って従うより他に無かった。

 朱耶軍が動いている以上、この作戦には昌国君(しょうこくくん)の意思が働いているのだろう。実際、リントヴルム市というのは、絶妙な一手だった。

 ゲオルク傭兵団にとって、そして蒼州公派にとって放置の出来ない場所であり、奪還しなければならない。

 奪還のために軍を動員する間、他の戦線にその軍は送れず、劣勢に追い込まれている総督府派が、態勢を立て直す時間を稼ぐ事ができる。

 リントヴルム市は海に近い。蒼州の中央から外れた、ある種の辺境であり、時間稼ぎのために引き付けるには、好立地である。

 しかも今は前線ではないが前線に近く、戦略的価値の低さも相まって、防備は手薄だった。朱耶軍の急襲に、ろくに戦闘も行わずに都市を明け渡している。

 加えて敵地を長距離移動する危険を冒さなくても良い。

 まさに今、このタイミングにおいて、これ以上ない一手を的確に突いてきた。昌国君の軍才が窺える。

 その昌国君本人がいないのが、こちらにとってはまだマシと言うべきか。

 しかし、これは向こうにとっては時間稼ぎであり、元より昌国君が出て来るはずもない。昌国君は今、次の手に備えて準備を進めているはずだ。

 一刻も早くリントヴルム市を奪回し、できるだけ敵に猶予を与えないようにするしかない。

 リントヴルム市奪還軍として、ゲオルク傭兵団と、七騎士家連合軍一千百が組織された。

 長く総督府派として行動をとっていたシュレジンガー家も、こと事に至ってはもはや独自路線を行く事も出来ず、三百の軍勢を出した。

 騎士家の兵はいずれも、各家の精鋭だ。騎士家としては、今までの不始末を行動で詫び、自分達の価値を知らしめておく機会と捉えているのかもしれない。

 ネーター家の兄妹に、そこの所どう思うのかと振ってみたが、明瞭な返答は得られなかった。

 蒼州公家と旧ユウキ家から兵が出ないのは、どちらもザルツブルク港の戦で受けた損害から立ち直れていないから、だそうだ。

 七騎士家だけ痛い目を見ていないので、しばらく矢面に立たせたいという内心がある様な気がする。

 ともあれ、こちらの総勢は二千という事になる。

 対するリントヴルムの朱耶軍は六百、全て歩兵だという。

 都市を占拠している郡なので、歩兵が主体になる事は当然だ。しかし、リントヴルム市の周辺は、騎兵に適した平野部が広がっている。朱耶家の騎兵の精強さを考えると、どこかに五十騎が潜んでいても危険だ。

 騎兵でなくても、何も無しとは考えにくい。どうせ引き付けるのなら、ついでに大打撃も与えるに越した事はない。何か隠し玉があると考える方が自然だ。

 しかし、用心して敵情を探る事に時を掛ければ、時間稼ぎをしたい敵の思う壺だ。それに、重要資料の処分も急がなくてはならない。

 要は、警戒しながら突っ込むしかないという事だ。

 二千の軍勢が、リントヴルム市近郊で停止した。まだ敵にこちらの存在を気づかれてはいないはずだ。軍議が開かれた。


「しかし、この軍の総大将は誰なんだろうな?」


 小声でテオにぼやく。


「シュレジンガー家の事がありましたから、少々こじれている様です」


 七騎士家はそれぞれの家の軍を率いる将がいるが、各家の当主は一人も出てきてはいない。

 ゲオルクは傭兵団長なので、普通は正規軍を率いる彼らより格が劣るはずだ。しかし今回は、ゲオルクが蒼州公政権から直接命令書を預かっている。

 受け取りようによっては、ゲオルクを総大将に任じたとも取れるが、命令書に総大将について言及した文言は無い。もちろんゲオルク自身も、口頭でそれらしい事を言われた覚えはない。

 結局、七騎士家中最大のシュレジンガー家の将が総大将という事になったが、『前科』があるため信用されておらず、他の六家の賛同が無ければ命令を下せない、事実上の全会一致合議制となった。

 そこに加えて、傭兵団にはネーター家の嫡男と長女がいる。ネーター家の軍を率いてきた家臣の将が、ことあるごとに二人の意向。つまりは傭兵団の意向に沿おうとする。どちらが上だか分かったものではない。

 つまり傭兵団が否と言えば、ネーター家も否と言い、決議が流れる。傭兵団まで加えた全会一致制だ。まとまる物もまとまらない。


「私としては、軍議がこじれるよりももっと頭の痛い問題が」

「心中察する」


 テオが軍議よりも頭を抱えるのは、一応の総大将となったシュレジンガー家の将が、嫡子のシルヴェスターだという事だ。

 ハンナの元婚約者である。二人が顔を合わせたらどうなるのか。テオとしては、このまま永遠に軍議が続いて、二人が顔を合わせる事がないまま終わって欲しい心境だろう。

 しかし今は、そんな事よりも軍議だ。とは言え、指揮系統が明瞭ではないこんな状態では、詳細な作戦計画など立てようがない。


「とにかく、市内にある物資と資料の処分は、命令書通り我が傭兵団が行う。必然的に市内を占拠している敵の撃破は、騎士家の方々にお願いするしかない。そういう分担がよろしいと思うのだが」


 それでよかろう。と、総大将が一言言えば済むはずの事だが、こんな事にすら騎士家の負担が多くないかだの、しかし命令書を無視しては公家との関係がこじれる恐れがあるだの、散々紛糾した。

 紛糾した挙句、何も目新しい意見は無し。最初の提案通り、傭兵団が処分。騎士家が戦闘と言う分担に決まったのだから、頭を抱えたくもなる。

 分担が決まると、ようやく作戦行動についての議題に移った。だがここでも、各家が自分だけ被害が増えかねない様な作戦を徹底して嫌うので、一向にまとまらない。

 最終的に、できるだけ被害無く敵を撃破するために、夜襲を掛けるという事に落ち着いた。

これならば敵の主力と正面から会する事になっても、作戦の不平等ではなく、運が悪いという事になるので、平等だからだ。

 同士討ちの恐れはないのか、という点については、棚上げされた。

 不安は尽きないが、とにかく作戦は決まった。後は作戦開始に備えて準備を進める段階だ。軍議が解散し、それぞれの将が自分の部隊に戻る。


「テオ。ハンナが来る前に、シュレジンガー家の若と話をしておいた方が良いんじゃないのか?」

「それは考えましたが、何を話せばいいものやら」

「雑談でも何でもいいから、とにかく話せ。それで見えてくるものもあるだろう」

「そうですな。とにかく、向こうがどう思っているかだけでも確かめないと」


 二人でシルヴェスターを追った。ゲオルクとしても、この機に七騎士家最大のシュレジンガー家と良好な関係を築いておくのは、損にはならない。

 シルヴェスターの後ろ姿を認め、テオが声を掛けようとした時。物陰から人影が一つ飛び出し、白刃を手にシルヴェスターに襲い掛かった。


「何者だ!」


 シルヴェスターが叫び、地を転げまわって白刃を(かわ)す。襲撃者は、顔に布を撒く覆面をして素顔を隠していた。


「素顔も晒せぬとは、何とも情けない。匪賊には、誇りも無いのか?」


 落ち着きを取り戻したシルヴェスターが、剣を抜き放って構えながら言う。名家の御曹司らしく、剣も美術品としても見事な物だ。

 ゲオルクとテオも剣を抜いて救援に出かけ、途中で足を止めた。顔は隠しているが、襲撃者が誰か一目瞭然だったからだ。


「あちゃあ」


 テオが額に手を当てて天を仰ぐ。


「こうなったらもう、成り行きを見守ろうか」


 シルヴェスターと覆面の者が、数度剣を交える。優雅な舞の様にも思えるシルヴェスターの剣技に対して、覆面の剣技は無骨と言うか、荒っぽい。

 覆面の隙を、シルヴェスターが的確に突いて行く。覆面が追い込まれ、構えを崩した。

 シルヴェスターが覆面に止めを刺そうと動く。だが覆面は、崩れたと思われる構えからシルヴェスターの足を払い、逆に体勢を崩したシルヴェスターの剣を弾き飛ばした。


「鈍ったものだな。シルヴェスター・シュレジンガー」

「その声。何故君が、ハンナ・ネーター」


 シルヴェスターが驚愕の声を上げる。ハンナが覆面を取った。


「実戦なあんな華奢な剣を持ってくるとは何事だ。すっかり腑抜けになったか」

「手厳しいな。だがまず、僕の質問に答えてくれないだろうか?」

「知らぬはずはないだろう。今の私は、ゲオルク傭兵団の幹部として参戦している」

「それは分かっているんだが。その。なぜ正体を隠して僕を襲うような真似をしたのかと」

「今になってのうのうと戻って来る騎士家の恥さらしに、灸をすえてやろうと思っただけだ」

「あれは僕の意思ではない、という言い訳はできないな。反対しなかった事は確かなのだから。だがあれは、シュレジンガー家として最善を求めた結果だ。良い結果にたどり着けたとは言い難いがね」

「判断を誤れば、良い結果など得られんさ」

「参ったな。まだ怒っているのかい?」


 シルヴェスターが降参だという様に両手を上げる。


「はいはい。そこまで」


 ゲオルクが手を叩きながら割り込んだ。ハンナがゲオルクの後ろにいるテオを一睨みすると、テオはゲオルクの背に隠れるように動いた。


「改めて自己紹介を。ゲオルク傭兵団長を務めます、ゲオルク・フォン・フーバーです。テオ。いえ、テオドールの紹介は不要ですね?」

「お噂はかねがね。テオドール殿も、おかわりない様で」

「ハンナが御無礼をいたしまして」

「いえ。変わりないようで何よりです」

「お気を悪くなされたかと、気が気でありませんでしたよ」


 ハンナの方を見ると、ついとそっぽを向いてしまった。機嫌が悪いというより、すねている様に見える。


「シルヴェスター殿。婚約も流れ、女の嗜みなど何一つできない妹ですが、できれば仲良くしていただければ幸いです」


 テオが言った傍から、ハンナに蹴りを喰らって吹き飛ばされた。慣れているのか、シルヴェスターは動じた様子が無い。


「あの頃とは色々と変わってしまいましたが、古い知り合いが変わらないのは嬉しく思いますよ。積もる話もありますが、戦陣ゆえこれにて失礼。ゲオルク殿も、また別の機会に」

「碌なおもてなしもできませんが、その時は歓迎させていただきます」


 とりあえず、シュレジンガー家の若と感情的なしこりを残す事は避けられたようだ。

 夕闇に紛れて全軍が動き出し、リントヴルム市の近郊に迫った。

 城門は閉じられているが、城壁は所々崩れかけて低くなっている。元々大した高さでもないため、敵の妨害が無ければ一息で越えられる程になっている。

 城壁にまばらに翻っている旗は、間違いなく朱耶家の紋章だ。

 鉦の音が闇を引き裂いた。鯨波(とき)の声が一斉に上がる。各所で部隊が市内への突入を開始した。

 傭兵団も大隊ごとに分かれ、それぞれ城壁を乗り越えて市内に突入を試みた。抵抗は大したものではなく、市内への突入は無事に成功する。


「目標の拠点は八つ。内四つは地下室なので、外から火を掛ける方法では処分できない。内部に突入して、確実に処分をする」


 事前に周知している事を、改めて確認する。特に重要な資料も、地下室に置かれているらしいので、まだ敵の手に渡っていない可能性が高い。

 市内の各所から火の手が上がり始めた。暗闇で同志打ちになる事を恐れた騎士家軍が、それぞれ放火して、光源を確保しようとしているのだろう。

 事前の打ち合わせ通り、戦闘は騎士家軍に任せてしまい、機密の処分だけに専念する。敵と遭遇してもできるだけ避け、市内各所の拠点へと急いだ。

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