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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
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オルデンブルク城防衛3

 三十日近い籠城戦から解放され、外の情報に触れると、あまりの事にめまいがするほどだった。

 まるで異郷で三年を楽しく過ごして帰れば、故郷では三十年が経っていたという昔話の主人公になった気分だ。

 キム・ケルジャコフ。エルンスト・オルデンブルクによって討たれる。蒼州(そうしゅう)に激震が走ったのは、これで何度目だろう。

 要は、初めから全て、オルデンブルクの描いたシナリオ通りに動いていたのだ。

 反乱を計画し、それをわざと漏らし、討伐に来たケルジャコフ軍を、影武者と傭兵の守る、自身の知恵の限りを尽くした要塞で引きつける。

 そしてオルデンブルク本人とその配下の兵は、手薄になったケルジャコフ本人を急襲し、その首を討ち果たしたと言う訳だ。

 主力をほぼこちらに投入しているケルジャコフを討つなど、我が殿には目をつぶっていても容易い事だろうとは、(くだん)の影武者の言だ。

 とんでもないのは、この計画を蒼州公家にも秘密にしていたという事だ。公家は、公家の支援の下でオルデンブルクが反乱を起こし、ケルジャコフの首を獲ると言う計画を信じていた。

 反乱計画の露見は、公家にとっては全く知らない事。オルデンブルクめ、口ほどにもないと、本気で悪態を吐いていたようだ。

 つまり、公家も騙されていた。公家が騙されているから、ケルジャコフも露見した反乱計画を事実と確信して、オルデンブルク討伐に主力を投入したのだ。

 ゲオルクが何度か関わった不可解な依頼も、オルデンブルクの偽装工作の一環だったということだろう。公家を騙すための偽装だ。

 あえて公家からの援軍を要請する事により、公家を当事者にする。反乱の確証を掴みたいアイヒンガー家の軍勢と交戦する事により、オルデンブルクが本気で反乱を計画している事を、公家は疑わなくなる。だから支援を出そうという気になる。

 公家の軍が存在している事で、反乱が事実であるとアイヒンガー側にも確証を得させる。それでアイヒンガー家は、躍起になって反乱の確証を掴もうとする。

 公家とアイヒンガー家が、それぞれお互いを確認する事で、自分達の考えに間違いはないと確信する。

 オルデンブルク一人だけが、反乱など起こす気がなかったのだ。起こす気の無い反乱を周囲に信じ込ませて、散々に振り回していた。

 公家もアイヒンガー家も、オルデンブルクが反乱するつもりが無いとは、夢にも思わない。だから存在しない反乱計画が露見したとき、どちらもそれを本気にした。それ以外見えなくなった。

 オルデンブルクの存在と真意は、その瞬間、敵の目からも味方の目からも消えたのだ。

 そうして、誰も見ようとせず、誰も気に留めなくなったオルデンブルクは、無防備なケルジャコフを討った。

 ケルジャコフの討死が衝撃的だが、オルデンブルクの計略が真に恐ろしく、優れているのは、その後の展開だろう。

 元々、ケルジャコフ家第一の重臣だったオルデンブルクは、他の家臣の間にも、相当な根回しを済ませていたらしい。ケルジャコフ亡き後、大部分がオルデンブルクに忠誠を誓った。

 ケルジャコフの旧領と家臣団は、大部分がオルデンブルクのものになった。ほぼ完全なケルジャコフ家の乗っ取りである。

 黙っていないのがアイヒンガー本家である。当主オットマールにしてみればケルジャコフは伯父であり、一門の最有力者だ。

 すぐさまオルデンブルク討伐の軍を起こした。しかし、これがあえなく撤退に追い込まれた。

 オルデンブルクにしてみれば、アイヒンガー本家を敵に回すのは、火を見るより明らかであり、備えは十分にしていた。

 一方のアイヒンガー本家にしてみれば、青天の霹靂であり、軍を起こしても、備えが十分とは言えなかった。

 オルデンブルクはゲリラ戦と焦土戦術を駆使して真っ向勝負を避けた。そしておそらく謀略の手を回したのだろう。アイヒンガー家の内部で、不穏な動きが出始めた。

 アイヒンガー家当主の座を巡っての争いを勝ち抜き、反対派を粛清して権力を確立したオットマールだが、不満を持つ者が全滅した訳ではない。足元を固めるために、退くしかなかった。

 こうして、シュレースヴィヒ郡の北部三分の一がオルデンブルクの支配下にあるという、既成事実ができあがってしまった。

 公家政権にしてみれば、悪くはない結果だろう。良い様に利用され、オルデンブルクが中堅勢力として独立する事を許したのは計算外だろうが。

 しかし、これでアイヒンガー家は威信にかけてオルデンブルクを潰す事が最優先になり、他の事にかまける余裕はない。総督府派の主要勢力が一つ、脱落したのだ。

 果たしてオルデンブルクが今後も信用できるかどうかは怪しいが、少なくとも、両者に敵対する理由は無いはずだ。


「ところで、影武者殿。一つ聞きたいことがある」

「なにかな?」

「オルデンブルク殿は、いつから影武者とすり替わっていたのだ?」

「さあ? 影が(それがし)一人とは限らんが、他の影とは会った事が無いのでな」


 とぼけている、という様子ではない。あるいは、初めて蒼州公家と接触したときから、影武者だったという事も考えられる。

 だとすれば、オルデンブルクは文字通り、影も形も掴ませなかったという事だ。


「結局今回、我々は脇役だった訳だな」

「それを言うなら、主演はオルデンブルク殿で、他はみんな脇役か、間抜けな道化ですよ。それに、主役だろうと脇役だろうと、我らには関わりのない事です。なぜなら――」

「我々は傭兵で、傭兵は報酬をもらって依頼をこなすだけだ」

「そういう事です」


 テオが笑った。実際、ここまで誰かの思惑通りに踊らされていたとなると、いっそ清々しくて笑えてくる。あれほど必死になって、城を守って戦っていたのにだ。


「オルデンブルク殿は、蒼州公派にも、総督府派にも当てはまらんな。今は、蒼州公派の看板を掲げているというだけだ」

「あの方にとって属する立場を変える事など、衣服を変える様なものでしょうな。本当には、誰の下にも就かないでしょう」


 誰の下にも就かない、独立した勢力。今はまだオルデンブルクだけだが、もし今後、そういう者が増えたらどうなるだろう。

 各地に諸侯が乱立し、争いを繰り返す。それは、二派に分かれている今よりもずっと酷い戦乱になるのではないか。


「オルデンブルクに一番近いのが我らだと言う気がする」

「唐突ですね。ゲオルク殿は、複数勢力を手玉に取った挙句、主家を討つような謀略はなさらぬでしょう」

「したくでも、できやしないがな。だが、諸侯ではない者が、諸侯に成り上がった。今それに一番近い立ち位置にあるのは、我らだと言う気がする」


 傭兵の身で一千近い軍勢を抱え、砦を本拠とし、周辺の村々を警護して、報酬を受け取っている。これは、領主として土地を支配しているのに、かなり近い所にいるのではないか。


「まあ、独立した勢力として立とうと思えば、不可能ではないでしょうな。配下の傭兵達は、支持すると思います」

「お前もか?」


 テオは小さく笑っただけで、答えなかった。


「それよりも、誰も彼も勢力図の変化と、それが自らにどう影響が出るかばかりを気にしていますが――」

「当然の事だと思うが、もっと重要な事があるとでも?」

「オルデンブルク殿は、貴族はおろか騎士の格も持ち合わせていません。そういう人物が、中堅貴族に匹敵する領地を持つ領主になったのです。これは、蒼州公フリードリヒの反乱を上回る、帝国への挑戦では?」


 言われて見れば確かに、帝国政府はおろか、誰から認められた訳でもなく、オルデンブルクは小さくない領地の領主として収まっている。ケルジャコフ家の中でも成り上がり者だった、何の身分も持っていない者がだ。

 これは今の世に、帝国の支配制度に、根本から挑戦を叩きつけている。今の世の、帝国政府の定める価値観の、完全否定だ。

 だが、誰もそれを問題にする者はいない。おそらく、気付いてもいないのだろう。ゲオルクも、今の今まで気づきもしなかった。

 不意に、オステイル解放戦線が浮かんだ。既存の全ての支配者の否定と言う、無茶としか思えない理念を掲げていた。

 しかし、オルデンブルクの存在は、民衆による自治ではないにせよ、解放戦線が夢見たものが、非現実的な夢想ではないという事の証明ではないか。

 既存の支配階級ではない所から成り上がり、支配者として立つ事ができる。ならば、今の支配層が、貴族や騎士が国を治めている理由は何だ。

 国を治めるのが貴族や騎士でなくてもいいのなら、我らは何のために存在する。何のために、生きている。


「ゲオルク殿。顔色が優れませんぞ」

「そんなに酷いか?」

「蒼白な顔をしています」


 むしろ、テオは何故平然としていられるのだ。いや、ゲオルク以上に平然とはしていられないはずだ。ただ、それを表に出さず、抑え込めていると言うだけだ。

 中央のために、地方が犠牲になるのはおかしい。声を届ける事も出来ない、地方の弱き民の為の政をしよう。それが蒼州公派の理想で、ゲオルクもそれを奉じて戦ってきた。

 その根底には、自分達が、騎士や貴族がそれをしなければならない。それが責任だと言う思いがあった。

 だが、騎士や貴族でなくても、誰が国を治めても良いと言うのなら、自分達がやらなくても、誰かがやるのではないか?

 むしろ、当事者である民衆の手でなされた方が良いのではないか?

 ならば騎士は、ゲオルクは、なんのために戦って来たのか。そしてこれから、何のために戦えばいいのか。あえて戦う、その理由はなんだ。

 自分達がこれまでしてきた事は、思い上がった考えに基づいた、無意味どころか、無用な戦乱をまき散らす、有害なものだったのだろうか。


「テオ。私は、どうしていいか分からなくなりそうだ」

「私もですよ。しかし、少なくとも私は、家を守らなければなりません。そうでなければ千年近くネーター家を続けてきた先祖に、顔向けができませんから」


 家と、先祖と言うものがある者は、まだそれを守り続けると言う理由で戦える。

 では、そういうものを持たないゲオルクの様な者は?


「理由など無くても、戦わなければならない。傭兵は、戦わなければ生きていけないからだ」


 絞り出すように言った。今は、生きる糧のために、戦いを続けるしかない。


 オルデンブルクの独立を機に、蒼州全域は混沌の渦に叩き込まれた。

 シュレースヴィヒ郡ではオルデンブルクとアイヒンガー家の戦いが絶え間なく続いている。

 オルデンブルクは傭兵の活用に積極的だった。サムイル・イワノフも、オルデンブルクの送り込んだ、獅子身中の虫として働いていたらしい。

 戦が続くので、傭兵は常時雇いっぱなし。それを良い事に、オルデンブルク自ら傭兵に調練を施し、急速に質を上げている。

 さらに急速に拡大した事で人材不足なオルデンブルクは、傭兵を家臣として召し抱え、領地を与える事すら始めた。元来オルデンブルクも、ほぼ徒手空拳の身から戦功で成り上がった者なので、そういう事に抵抗が無いようだ。

 戦乱が続けば、治安は悪化する。特にシュレースヴィヒ郡をアイヒンガー家がしっかり押さえていたのが、南蒼州の安定に大きく寄与していた。

 それが崩れたのだから、南蒼州に盗賊が急増するのは、特に驚きも無い事態だった。

 その余波で、比較的治安の良い蒼州中部。公家政権の支配領域に人が流れ込む。これも治安の悪化にはなるが、それ以上に潜在的な生産力が上がる事になる。

 危機感を抱いたのが、総督府だ。ただでさえ安定した諸侯として頼りにしていたアイヒンガー家が脱落したのだ。この上、公家政権が強化されるような事態は、断じて容認できるものではない。

 領境での小競り合いが激増した。しかも総督府は、村々を襲っては焼き払い、無差別に殺しまくると言う、実に短絡的な人減らし攻撃を仕掛けてきた。

 戦場はますます悲惨になってゆく。もちろんその主力は、金さえ積めば何でもやる傭兵だ。

 その報復として、いわゆるまともな戦争も度々行われる様になる。もはやどの勢力も、騎士からなる正規軍の損害を(いと)って、出し惜しみをしている余裕はなかった。

 騎士も傭兵も惜しげもなく投入しての、総力戦が展開される様になった。戦争の規模が、桁一つ大きくなる。

 一応、総督府派の蒼州南部が混乱した結果、蒼州公派と総督府派が、それぞれ中部と北部に割拠してにらみ合う、ある意味分かりやすい戦況が現れた。

 中央から大規模な援軍派遣の計画もある様だが、今のところ計画だけの様だ。ただ、蒼州の諸侯と縁故がある他州の諸侯が、それぞれ数百を率いて加わってくる事は、偶に見られるようになった。

 そんな煮えたぎる釜の様な情況で、ゲオルク傭兵団はすでに、一介の傭兵団ではなくなっていた。

 すでに爵位持ち貴族に匹敵する、一千近い兵力を有する傭兵団は、もはや傭兵と言うより、公家政権の独立遊撃部隊と言った方が適切な立ち位置になっていた。

 実際、ゲオルクの政権内での扱いも、末端貴族並みの扱いをされる様になった。もはや誰もゲオルクを、ただの傭兵隊長とは思っていない。

 味方だけではなく、敵からもゲオルクの傭兵団は、蒼州公派でも一、二を争う精鋭部隊と認識されているようだ。

 いまさら降りる事など、決して許されないのだ。何のために戦うのか、いくら悩み、迷おうと、否応なしに戦場に引きずり出されてしまい、それに抗う術は無いのだ。

 運命、とでも言うべき何かによって、強制的に戦場に引きずり込まれる。気付いたときにはそうなっていた、としか言いようがない。


「なら、戦うしかないか」


 避けられない事を、いつまでも嫌だとごねても何にもならない。避けられないなら、正面からぶつかってゆくしかない。

 理由がなくとも、戦いが避けられないのなら、戦うしかない。斬りつけられて、死にたくなければ、戦うしかない。それと同じだ。

 自分の意思などお構いなしに戦に引きずり出される。それこそ、本当の乱世と言うものなのかもしれない。

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