害虫の群れ2
賊はこの先の村を荒らし尽くし、しばらく腰を据えるつもりらしい。偵察を放ったところ、略奪品や攫って来た女などは、かなりの数の上るようだ。
「賊どもめ。調子づいていられるのも今のうちだ。すぐに討ち果たしましょう」
ハンナが息巻くが、ゲオルクはそれを押さえた。
「報告によると、村にいる賊は二百程度だそうだ。こちらより多い。それに、事前に聞いた話では、賊兵は三百はいるということだった。百が別行動をしている、という事になる」
「おそらく、交替で周辺の村を襲いに行ったのでしょうな」
テオの意見に、ゲオルクも頷いた。
「調練はしているとは言え、まだ兵の力を過信するべきではないと思う。こちらより数の多い相手に正面から当たるのは避けるべきだ。最悪、戻って来た別働隊と挟み撃ちにされる恐れもある」
「なら、どうすれば?」
ハンナがやや不機嫌そうに聞いてくる。今すぐにでも賊を討ち果たしたいところを止められて、焦れているのだろう。
「まずは斥候を放って、賊の別動隊の捜索かな。別働隊を見つけたら、まずはそちらを叩く」
「数の少ない所から、各個撃破と言う訳か。ならば、殲滅するのではなく、何人かは逃がすと良いだろう」
ワールブルクが考えていることが、ゲオルクにもすぐに理解できた。
「村に居座っている賊を、誘い出そうって訳ですか」
「罠の一つでも仕掛けておくのが良いだろうな」
ゲオルクは肯き、四方に偵察を放つとともに、テオと共に罠を考え始めた。
やがて賊の別動隊を発見したという報告が入った。数は予想通り、百人前後のようだ。しばらく斥候を張りつかせ、賊の行動を監視する。
賊は本隊の居座る村を中心に、付近の村を片端から順番に襲撃している様だった。
「まだ襲っていない村を、近い所から順番に。という動きだな。ならば今後の進路は、こうか?」
ゲオルクが地図に線を引き、賊の今後の進路予想図を作る。
「ここです。この辺りで進路を塞いで、こちらに賊を追い込みましょう」
テオが地図上のある地点から線を引く。線の先には、狭い峡谷があった。
「なるほど。兵学に則っているな」
「賊は略奪を繰り返し、略奪品も携行しているから脚は遅いはず。仕込みをする時間は、十分かと」
「そうだとしても、急ぐに越したことはない。全軍これより、作戦行動に入る。実戦だ、気を抜くな!」
ゲオルクの一喝で、兵に緊張が走る。やはり、まだ慣れていない兵が多かった。
◇
ゲオルクの傭兵団が行く手を遮ると、賊は戸惑った様子だった。正規の騎士団ではないので、逃げるべきかどうか迷ったのかもしれない。
そんな賊兵の躊躇いを突いて、傭兵団は猛然と襲い掛かった。不意を突いた上、百の敵に対してこちらは百五十。その上こちらには、ハンナやワールブルクのような腕の立つ者も何人かいる。
瞬く間に賊は逃げ惑うばかりになった。ゲオルクは賊を三方から囲み、一方向に逃げるように上手く誘導した。
誘導された賊の先に待っていたのは、狭い谷間の道だ。一度に大勢が通れず、渋滞が起きる。逃げるに逃げられずにいる賊を、後ろから傭兵団が斬りまくった。
特にハンナは憎悪を込めて、賊を次々と斬り倒している。元々素人に毛の生えたような実力、しかも今は戦意を失っている賊が相手とは言え、その腕前は目を見張るものがあった。
「もういいだろう」
ゲオルクは戦闘停止の指示を出した。すでに賊兵の半数近くは討ち果たしている。谷間を抜けて逃げた賊兵も、一部は散り散りになって逃げるだろう。残りは、敵を引き寄せるために必要だ。
「予定通り、次の配置に就け」
「ゲオルク殿、賊が残して行った略奪品と、それに攫われていた者も何人かいますが、どうしましょうか?」
「人は保護だが、とりあえずはどこかに隠れているように言っておけ。略奪品は、餌に使えないかな?」
「やってみましょう」
「ワールブルク殿に、危険な役目を任せることになるが」
「この程度の事は、難無くこなせる人です」
「確信があるのか?」
「私だって一応、先生の弟子ですよ。囮くらいは簡単にこなす人だということは、良く知っています」
「そうだったな。ハンナの師匠と言う印象が強くて、忘れていた。同じ師についても、お前は腕っぷしはてんで駄目だからな」
「否定はしませんが、もうちょっと言い方ってものがあるでしょう」
「その分、別のところで期待している。それで良いだろう」
テオが諦めたような息を吐く。
「さっさとしないと、賊が逆襲に来ますよ。兵の動きはまだ遅すぎます。急がせましょう」
賊の別動隊を撃破してからしばらくして、四十の兵を率いて、賊の捨てて行った略奪品を運んでいたワールブルクが、こちらに向かってくる賊兵を認めた。
数は百より多い。百と二、三十と判断した。村に居座っていた賊兵のうち、すぐに動ける者だけで急行してきたのだろう。敵を分断するというこちらの目論見は、上手く行っていることになる。
約三倍の敵を認めたワールブルク隊は、即座に荷物を放棄して逃走を始めた。賊は放棄された荷にちょっと関心を示したが、量が少ないからか、あるいは後で回収すればいいと判断したか、ワールブルク隊の追撃を優先してきた。
まだ調練を始めて日の浅い兵だが、駆けさせる調練だけは十分に積ませてきた。一定の距離を保ったまま、谷間の道に逃げ込む。
あるいは躊躇うかと思ったが、賊は脚を緩めずに谷間に突入してきた。それを認めると、ワールブルクは兵を全力で駆けさせた。賊との距離が開く。
崖の上から岩が大量に落ちてきた。ワールブルク隊とそれを追う賊兵の間を塞ぐ。賊が反転するよりも早く、後方も落ちてきた岩石で塞がれた。
「やれ!」
崖の上から岩を落とした傭兵団が、今度は燃える木材などを大量に、逃げ場のない賊兵の上に落とした。
今の傭兵団には弓矢の備えはそれほどないし、これ以上大量の岩石を崖の上に用意するのは、時間的にも容易ではなかった。
木材や藁束ならば、賊の手によって廃墟となった村々でいくらでも調達できた。だからそれを利用した火攻めと言う形になったが、やはり百人以上が生きたまま焼かれて行くのは、気持ちの良いものではない。
谷間に焼き殺される賊兵の絶叫がこだまする。惨い光景だった。どうにか道を塞ぐ岩石を乗り越えて逃げようとする者もいるが、良く重傷の火傷を負っていて、長く持つとは思えなかった。
耳の奥にいつまでも残る様な叫び声も、いつしか静かになっていた。賊兵およそ百三十人は、全滅だろう。
「慰めにもならん」
ハンナが吐き捨てた。今まで無辜の民を大勢殺した報いとしては、この程度の事は当然だと思っているのだろう。
一方テオは、やや離れた場所でうずくまっていた。どうやら凄惨な光景に耐えかねて、吐き戻していたようだ。
情けないとは思わない。ゲオルクは何度か凄惨な戦場をすでに見て、耐える術を身に着けているというだけだ。気持ちの上では、テオと大差はない。
それに、自分と関わりの薄ければ、凄惨な光景も案外平然と見られるものだが、自分がこの手でこの地獄を作ったとなると、耐え難い思いがして当然だ。
敵をおびき寄せる役を担っていたワールブルクが、崖の上まで上がってきた。
「大した地獄じゃないか、これは」
「そうですね。できれば俺も目を背けたい光景です」
「だがお前は、全て分かった上でこの策を選び、今も直視しているな」
「仕方ありません。俺たちは賊よりも少なく、一部を除いで練度も賊と大差はない。ならば一方的、かつ徹底的にやるしかない。そうしないと、味方を多く殺すことになる」
「確かに、戦場では甘さこそが命取りだ。若いがなかなかシビアに現実を見ているじゃないか」
「派手に負け戦をやらかして、逃げ回って生き延びましたからね」
ゲオルクは肩をすくめてみせた。
「だが気付いているか? 最初に賊とぶつかったとき、殺すことを躊躇った兵は少なくないぞ。ほぼ全員が、まだ殺しをした事の無い新兵だが」
「そういう兵がいる事は気付いていたが、そんなに?」
「十年以上鍛錬を積み、人殺しをできる精神を作り上げた騎士とは違う。盗賊になるよりはマシという考えで集まった、食い詰め者の兵も多い。そういう兵は、自分が殺される寸前になっても、人殺しができないことの方が多い」
「それは、傭兵としての経験?」
「お前よりは多く人の死を見て来たからな。手っ取り早く根性を叩き直す方法も知っている」
「やらねばならぬかな。人殺しができない兵では、ただ殺されるだけだ」
「殺せない者は追い出す、という方法もあるのだぞ」
「それで、追い出された者は何処へ行く? この傭兵団に集まったのは、行き場の無い連中がほとんどだ。それくらいは理解している」
「全く、軍隊と酒場と風俗はこの世の吹き溜まりになりやすい。それだけはいつの世も変わらないらしいな」
「せめて前向きに、最下層民の受け皿になっていると考える事にしよう。でなければ、やってられん」
「そうか。さて、そろそろ賊の残りも、こちらへ向かっている頃だろう。待ち構えていれば、囲むのは難しくはないだろうな」
「分かった。待ち伏せて、上手く包囲するようにしよう」
「覚悟を決めたようだな」
「覚悟などない。ただ必要ならば、そうするしかないというだけの事だ」
「まあ、やることは変わらんよ」
ゲオルク傭兵団は燃え尽きつつある谷間を後にして、兵を伏せるのに手ごろな地形を選んで潜んだ。
賊が本拠にしている村と谷間の中間地点。わざわざ遠回りをする理由は何もないから、間違いなく賊はこの道を通るはずだ。
案の定、百程の賊が大急ぎでやってきた。身を伏せていたゲオルク隊が姿を現し、行く手を遮る。
賊兵は突然現れたゲオルク隊に面食らった様だが、すぐに数が少ないと見て、押し潰そうと突進してきた。
左右から鯨波の声が上がり、ハンナとテオがそれぞれ一隊を率いて襲い掛かった。突っ込む様なことはせず、拳大の石を大量に投擲する。
ワールブルク率いる一隊がその間に賊の後方に回り、後ろから追い立てるように攻撃を始めた。それに合わせて三部隊も、包囲の輪を狭めていく。
「武器を捨てて投降しろ!」
賊が武器も振れないほど小さく押し込まれたところで、ゲオルクが叫んだ。投降すれば命は助かると見た賊は、次々と武器を捨てた。
降伏した賊を縛り上げた。全員を縛り上げるだけの縄の用意は無いので、賊兵の衣服を脱がし、縄の代わりに使った。
「終わったな。いや、まだ終わってはいないのか」
「始末のための穴を掘ろう。ついでに、犠牲になった村人も埋葬してやればいい」
「案外優しい所があるのだな。ワールブルク殿も」
「死体を放置しておけば、疫病の発生源になる。疫病の被害が大きいのは、人が集まっている軍だ」
「そういう事か。まあ、とりあえず穴掘りだな」
ゲオルク指揮の下、傭兵団は穴を掘り始めた。穴と言うよりも、塹壕に近い溝だ。戦は済んだのに、なぜこんなものをとぼやく兵を叱咤して、作業は進められた。
その間、投降した賊兵は隔離して、作業を見せないように注意した。
「ゲオルク殿。賊が持っていた略奪品や、攫われていた者達を回収してきたいのですが」
テオがそう申し出て来たので、一隊を作業から外して回収に向かわせた。回収に向かわせると今度は、さて回収した物はどうしようかと考えた。
「ゲオルク殿。念を押しておくが、賊から奪った物を領主に返上しようなどとは、考えていないだろうな?」
ワールブルクに釘を刺され、ゲオルクはどきりとした。
「やはり、駄目か?」
「綺麗事を言っている余裕はないだろう。どうせ領主の方でも、奪われた物は諦めているさ。兵にも、正規の給与さえ与えておけばいいというものでも無い」
「物資はそうだとして、攫われていた女たちは? そう人数がいる訳ではないが」
「どうせ行き場の無い者達だ。傭兵団に入れてやればいい。必要なのは、兵だけでもあるまい?」
「しかし、それでは賊と変わらなくはないか?」
「強要されたか、自分の意思で行うか、その差は大きいさ。たとえ他に選択肢が無くても、自分の意思で選んだと思えれば、受け入れられるものだ」
ゲオルク個人としては完全に納得できる訳でもないが、傭兵団を率いる身としては。良くも悪くも他に手立てはなかった。
そうこうしているうちに穴は十分に掘られ、賊の略奪品も回収された。
「賊を連れて来い」
ゲオルクがいくらかの苦渋をにじませながら命じた。
「ゲオルク殿。後は私がやろう」
「ワールブルク殿。ありがたい申し出だが、傭兵団長として、他人に任せる訳には」
「傭兵団長だからだ。下に厳しく当たるのは、頂点に立つ者以外ができるのなら、その方が良い。第一、兵の調練を担当しているのは私だ。これが必要な兵が誰かは、私が一番把握している」
「……済まない」
穴の縁に、賊兵が一列に並べられた。その背後に、ワールブルクが選び出した兵が就く。
事態を察した賊の一部が狼狽え始めたが、すでに手も足も縛られていて、どうすることも出来ない。
「なんでだ! 命は助けてくれるんじゃねえのか!」
賊がわめき始める。
「そんな事は、一言も言ってはいない。我々はただ、武器を捨てて投降しろと命じただけだ。投降すれば命を助けるなどとは、一言も言ってはいないぞ」
「くそっ! 騙しやがったな!」
ワールブルクはわめき立てる賊を無視して、自身が選び出した、殺せなかった新兵たちに言葉を掛けた。
「これより賊の処刑を執り行う。処刑人はお前たち。人殺しは初めてか? まあ、初体験と行こうじゃないか」
処刑と聞いて兵の中には、蒼ざめている者もいた。
「殺せない者は、どうせ戦場で死ぬ。ならばその前に、私が楽に死なせてやる。死にたくなければ、せいぜい気張る事だな」
ワールブルクの体から、殺気が発せられる。殺せなければ殺す。それは本気だと、震えながら兵は悟った。
「始めろ」
ワールブルクの言葉は静かだった。だがその言葉が発せられた瞬間、叫び声を上げて賊の首を落とす者も何人かいた。
最初の数人につられる様に、次々と斬首刑が執行されて行く。叫びながら首を落とす者。押し黙ったままの者。平然と首を落としたようで、腰を抜かしてしまう者など様々だ。
最後まで賊の首を討てない者が、十二人残った。
「どうした。早くやれ」
「で……できません!」
半泣きになりながら剣を落とした兵の首を、ワールブルクが即座に刎ねた。そのまま賊の首も討ち、二つの死体をまとめて穴の中に放り込む。
それで残る十一人も、ついに賊の首を刎ねた。
「案外卒無くこなすじゃないか」
最後の十一人に、ワールブルクは優しさを感じられる声で言葉を掛けた。
ワールブルクがゲオルクの方を見る。ゲオルクは小さく頷いた。
「埋めろ」
その一言の指示で、百近い賊の亡骸が横たわる穴に、土が被せられ始めた。