オルデンブルク城防衛1
傭兵団に、依頼が入った。
蒼州公政権を経由して、依頼主はエルンスト・オルデンブルク。大至急、ゲオルク傭兵団の力を借りたいという。
どういう事か、苦り切った表情をした政権の中心人物達から説明を受けた。
以前から、オルデンブルクの蒼州公派への寝返りは計画されていたという。蒼州公派はそれを支援し、対価としてキム・ケルジャコフの首を獲る密約が交わされていたようだ。
確かにアイヒンガー伯爵の伯父であり、一族の重鎮であるケルジャコフが討たれれば、アイヒンガー家にとっては大打撃だろう。蒼州公派としても、大きな戦果となる。
その為に密かに反乱の準備を進め、隠蔽工作も入念に行ってきたという。
以前にゲオルクが請け負った不可解な依頼は、隠蔽工作の一環だったのかもしれない。
しかしその甲斐なく、ここに来てオルデンブルクの反乱計画は漏れ、彼の本拠オルデンブルク城へ、ケルジャコフの大軍が進攻を開始した。
オルデンブルクはケルジャコフ家第一位の重臣だが、主君と家臣では動員兵力に天地の差がある。そこで急遽救援を要請してきたという事らしい。
評価されているのか、ゲオルク傭兵団を指名して、派遣してくれと言って来たらしい。
しくじっておきながら図々しいと、公家の面々は苦い表情をしていたが、公家としてもこれまでに相当の投資をしたのだろう、見殺しにもできないという事で、ゲオルクに命令が下った。
そういう経緯で、傭兵団はオルデンブルク城に急行し、城主エルンスト・オルデンブルクに拝謁した。
「お初にお目にかかります。ゲオルク・フォン・フーバー、及び我が旗下、馳せ参じましてございます」
「よくぞ来てくれた。そなたらの活躍は以前より良く知っておる。頼りにしているぞ」
オルデンブルクは四十を過ぎた、割と小柄な男だった。噂として聞いていた通りの容貌だが、これが本当に戦場で無敗を誇り、ケルジャコフ家第一の重臣に成り上がった戦巧者なのかという気がした。
「早速ですが閣下。敵を防ぐにあたっての作戦はどのように?」
「そなたに任せる」
「はっ?」
「城に籠り、籠城する。それ以外の事は、そなたの好きなようにやれ」
「そう言われましても」
「そうだ。どうせならば、全軍の指揮もそなたに任せてしまおう。うむ、それがいい」
「何を――」
「ゲオルク・フォン・フーバー。そなたにこの戦の全権を預ける。傭兵ならば、依頼主の命を、ゆめゆめ違える事の無いように」
「お待ちください! 某は――」
「面会はこれまで。私は昼寝でもするとしよう」
さっさと奥の部屋に引っ込んでいくオルデンブルク。追いすがろうとしたが、護衛の者に阻まれた。ここで護衛と乱闘騒ぎを起こすのもまずいので、引き下がるしかない。
「一体どうなっているのだ」
これが本当に、無敗の戦巧者の采配だというのか。訳が分からないが、ともかく部下達には、ありのままを説明した。
「とにかく、まずは全軍の把握をしましょう。撤回されない限り、ゲオルク殿が総指揮を執るしかありません」
テオが言う。確かに、ここでゲオルクがごねれば、総指揮官不在のまま戦をする事になる。それは避けなければならない。
「分かった。今は命じられた通り、私が総指揮を執ろう」
敵が城下に迫るまで、あまり時間もない。大急ぎで防戦の準備を整える。それ以外の事にかまけている余裕は、正直ない。
籠城、とだけ指示を受けた。敵の正確な数は、今斥候を放って調査中の様だが、こちらを大きく上回るであろう事は確かだ。下手に会戦は挑めない。
しかし、籠城してその先はどうするのか。援軍の当てはあるのか。敵軍が攻めあぐねて撤退するというのは、望み薄だ。何せここは、ケルジャコフ家の領内なのだから。
そういう諸々の疑問をぶつけようにも、オルデンブルクは奥の私室に籠ったまま面会謝絶で、碌に会う事も出来ない。
それどころか、オルデンブルク家の家臣すら碌にいないのだ。使用人が避難するのは当然として、兵すらもいない。護衛に少数の兵がいるだけで、彼らは話しかけても、返事すらしない。
つまり城を守るのは、ゲオルクらを含めた、傭兵だけという事だ。
傭兵を盾にして、自分達だけ逃げる気か。しかしそれならば、なぜオルデンブルクがここにいるのか。
そもそも敵は、何よりもオルデンブルクの首を最優先に狙うだろう。ならば城を傭兵に預けて逃げれば、敵はこの城など無視して、オルデンブルクの行方を探す。だから、逃げたところで意味はない。どこまでも追われるだけだ。
こちらとしても、いない人物をいると言い張って、ケルジャコフ軍と事を構える気はない。自分達は傭兵だ。悪いが、オルデンブルクのために死ぬほどの義理は無い。オルデンブルクが逃げれば、その日のうちにそれを敵に告げて、城を明け渡してやる。
逃げるにしろ、戦うにしろ、無敗の戦巧者がやる事とは、とても思えない。
そもそもオルデンブルクの正規兵はどこに行ったのか。各地で反乱の用意に携わっていたので、この事態に間に合わなかったのか。
それも、あまりに間抜けすぎる話だ。
余計な詮索をしている余裕はない。戦の前に、城の防備を確認して回った。見知った城ではない、どこに何があるのか、詳しく書き留めながら覚えていくしかない。
ちょうど傭兵団でも鉄砲を六十丁仕入れ、銃兵の訓練を終えたところだ。城に拠って守る戦なら、威力を発揮するだろう。
オルデンブルク城は、かなり広大な山城だ。山頂に本城が建ち、谷によって攻め手が限定されている。
山の中腹に二か所、防衛戦が敷かれている。それ以外の所を通ろうとすると、罠が無数に仕掛けられているようだ。
そして山裾にもう一枚防衛線が敷かれ、さらにその外郭にも一枚防衛線が敷かれている。本城を含めて五枚の防御。広大な城郭だ。
あまり広大な城は、守る側にもそれなりの兵力が無ければ、防衛施設を生かせないものだが、この城に限ってはその心配はない。
どこからでも攻められる様で、大軍を送り込むのに適したルートは、二、三本しかない。それも、本城に近づくにつれて狭くなる造りだ。
外側の防衛戦で防ぐ間は、守る側が広い領域を生かして機動的に戦う事ができる。退いて守りを固めれば、一度に大軍を投入できず、守る側が常に優位な地形だ。
これだけ堅牢な城塞は、ゲオルクも見た事が無かった。戦術的に完璧と言って良く、難攻不落と言えるだろう。
この城に拠って守りきれなければ、むしろ守将を任された自分の恥だ。内通者でも出ない限り、この城は決して落ちないだろう。
そんな堅牢無比な城を守る兵力は、ゲオルクの傭兵団を含めた総勢一千五百の傭兵だ。三分の二がゲオルク傭兵団なので、ゲオルクが総指揮を執るというのも、順当と言えば順当ではある。
問題は、これだけの兵力を指揮して、しかも総指揮官として指揮を執るのは、ゲオルクにとって初めての経験だということだろう。
しかも、自身の配下以外の傭兵も指揮下に置かなければならない。これは、傭兵団を動かすのとは勝手が違うだろう。
この情況で、果たしてどれだけ戦う事が出来るか。
「我らだけで戦うしかありませんな」
どうしたものかとテオに相談すると、そういう答えが返ってきた。
「他の傭兵は、防衛線の大軍を投入できない地点に分散配置。敵の主力が攻撃を掛けて来るであろう箇所は、我らだけで守りきる。そういうやり方をするしかないでしょう」
「やはり、そういう事になるか」
「下手に連携を取ろうとすると、むしろ混乱を招きかねませんから」
「まあ、どのみち必要な配置ではあるからな。我らの内から兵力を割かなくて良いだけ、ありがたいか」
「城郭の守りはどうでした? 不安があれば、補強が必要ですが」
「不安どころか、これ以上ないというくらいの、見事なものだ。そちらは?」
「井戸。湧水。谷川の水を汲み上げる機構。雨水を貯める貯水槽。水が断たれる心配は、絶対に無いと言っても過言ではないでしょう。火攻めを受けても消火に十分です」
「食糧は?」
「我らの持ち込みとは別に、倉に大量に。この兵力でも一年は持ちそうです。その上、壁土の中などに、非常用の干物が埋め込まれているそうです」
「武器弾薬は?」
「予備の武器。矢。弓の弦の替え。鉄砲の弾と火薬まであります。鍛冶場まであって、鍛冶師がいれば簡単な修繕くらいならできるでしょう。その為の炭も有ります」
「大したものだ」
「ええ。およそ考え付く限りの、長期戦の備えをしてあります。多分、まだまだ我らの知らない備えはあるかと」
「そうか。ならば、なおのこと解せんな。この城を築いたのは、オルデンブルク卿なのだろう?」
「元々、館程度はあったようですが、今の城塞を立てたのは、今のオルデンブルク殿です」
「そのオルデンブルク卿が、城に碌な兵力も置かないで、傭兵に全てを任せておくか?」
「それは確かに疑問ですが、現にそうである以上、我らでどうにかする他ありません。それと、斥候が敵の情報を掴んで戻りました」
「聞かせてくれ」
敵のケルジャコフ軍の総兵力は三千六百。内ケルジャコフ家の正規軍が、二千二百五十を占めるという。
「正規軍だけで、こちらの総兵力を上回るか」
「ケルジャコフ家の将兵を、ほぼ全て動員したというところでしょうな。それだけ、オルデンブルク殿の反乱は許しがたいものであった、という事なのでしょう」
「敵の到着は、いつ頃になる?」
「あと一両日中には、敵の先鋒が現れるかと」
「早いな。味方の援軍は?」
「期待できませんな。公家は一応、援軍を編成する動きは見せていますが、我らを派遣した以上の事をするかどうかは、はなはだ疑問です」
「形だけ救援する振りか。どうせそんな事だろうと思ったが、窮地に立たされるのは我らだな」
「この城砦と備えからして、相当耐える事はできると思いますが、それ以上は何とも。いかがいたしましょう?」
「やはり、オルデンブルク殿に直談判をして、存念を聞いてくる。このままでは、ただ延命するだけだ。死は避けられん」
しかし、ゲオルクの必死の嘆願も空しく、オルデンブルクへの面会は頑として受け入れられなかった。
それでも強硬に食い下がり、やっと面会を許されたが、当のオルデンブルクは言を左右するばかりで、何一つ具体的な返答をしなかった。
そのうち、面会はこれまでだと打ち切られ、守衛に追い出されてしまったのだった。
それで時間切れだった。ケルジャコフ軍の先鋒が姿を現し、ゲオルクは戦の指揮に専念するより他に無くなった。
ケルジャコフ軍は三千六百。こちらは一千五百。敵軍の三分の二は騎士身分を持つ正規軍。対してこちらは傭兵のみ。質量共に劣っている。
この情況でいたずらに守りに徹しても、勝ち目は薄い。しかし、野戦に打って出て、劣勢をひっくり返す自信はゲオルクには無い。
テオも、純粋な戦術となると、机上の兵法を上回るものは持ち合わせていなかった。
結局、依頼主からの命令通り、籠城に徹して敗北を先延ばしにし続けるしかない。その間に、外の情況が変わるか、そうでなければ自力で勝機を見つけ出すしかない。
最外殻の防衛線に兵を展開した。線と言うよりも、簡素な野戦陣地が連なっているもので、本格的な籠城に入る前に、敵に一撃を喰らわせるための備えだ。
防衛線の総延長が長いため、いくつかの攻められやすい地点に兵を分散配置するしかない。大隊ごとに分かれて展開し、もっとも可能性が高いと思われる街道沿いに、ゲオルク以下六十騎も展開した。
「敵先鋒部隊、来ます。およそ六百!」
予想通り、敵の先鋒が正面から進軍してきた。これを騎馬隊と、赤隊の三百で迎え撃つ。
敵襲を知らせる狼煙を上げ、陣地の外に展開した。
赤隊は傭兵団の定石である密集隊形を取り、騎馬隊はその後ろに就く。敵はこちらが小勢と見て、鶴翼に広がって包み込む構えを見せた。
敵は陣形を保ったまま、ゆっくりと進軍してくる。こちらはその場に留まったまま、敵を待ち構える。
飛び道具を構えた兵が前面に展開した。敵は進軍を緩めない。射程距離内に入ると、鉄砲、弓、弩が一斉に放たれた。
飛び道具の兵は、全部で五十ほどだ。何人か敵が倒れたが、敵に動揺を起こすには遥かに足りない。一度斉射を終えた兵は、味方の後方に下がった。
両軍がぶつかるまであと僅か。そのとき、赤隊が突然突撃を開始した。ハンナが先頭切って駆ける。走りながら陣形を楔型に変え、敵の中央に突っ込む。騎馬隊もその後に続いて、敵に突入した。
思いがけない突撃に、敵の中央は対応しきれず、分断された。ゲオルクがハンナに追いつく。
「我ながら無茶をしていると思うが、これでいいのだな、団長」
「ああ。初戦から大人しく守る気はない。お前に守りの戦をさせる気も無い」
「そうでなくては」
敵の騎馬隊が、真っ直ぐ赤隊に向かってくる。およそ百騎。ゲオルクが赤隊の前に出て、これとぶつかった。
中央を突破された敵歩兵は、横に長い陣形であるため、回頭に時間が掛かる。陣形というものは、後ろを向くにもその場で回れ右をすれば良いという風にはできていない。
騎馬隊の介入さえ抑え込めば、赤隊が後ろから襲われるより、反転する方が早い。
傭兵団の騎馬隊は、主家を失った騎士が多い。短い間なら、正規軍とも互角に戦えるだけの腕はある。
まともにやり合うと数の差はいかんともしがたいが、歩兵への介入を封じ込めるくらいはできる。
ゲオルクも一騎を槍で突き落とし、槍を捨て剣を抜き、幾度となく敵と馳せ違った。
一騎にまとわりつかれ、何度も剣をぶつけ合う。なかなかの手練れだ。だが、後れを取るほど腕は鈍っていない。
五度目に馳せ違ったとき、ゲオルクの剣先が敵の首筋を掠めた。掠めたようだが、敵は首筋から血を噴き、落馬した。
あわよくば先鋒部隊の将を討ち取れればと思ったが、流石にそこまで剣は届かなかった。これ以上は苦しいと判断し、離脱する。
離脱を決断する頃には、青隊と白隊が到着していた。反転して赤隊に対処しようとしていた敵は、新たに現れた部隊に対する対処が遅れている。
左翼の敵は多少対処が早かったが、赤隊と白隊に挟み撃たれる格好になった。こうなってしまえば、兵力差は圧倒的だ。
しかも、突撃力では無比のハンナ率いる赤隊と、情け容赦のないヴァインベルガーの白隊に挟まれたのでは、敵に同情したくなるほどだ。
一方敵右翼は、ようやく反転を終えて赤隊を正面に捉えたところで、後ろから青隊の攻撃を受けた。
的確に敵の急所を突くワールブルク率いる青隊の攻撃に、敵は瞬く間に潰走に陥った。青隊はそれをあえて逃がしながら、追い撃ちに討っている。
流石に勝負は決した。敵の騎馬隊は、味方の撤退を援護しつつ、こちらににらみを利かせる。こちらが無理に追わない事を見届けると、彼らも引き下がった。
「やりましたな団長! 敵は壊滅です」
「それはいい。味方の損害は?」
「騎馬隊は、十二騎が討ち死にしました」
彼我の兵力差を考えると、致し方の無い所だろう。だが劣勢で守る側である以上、敵を討つよりも、味方の犠牲を少なくしなければ戦い続けられない。
戦は、ここからが本番だった。




