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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
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炎上1

 オステイル解放戦線の残党が、再集結しつつあるという。

 またしてもティリッヒ侯爵家の策略か。そう思ったが、どうやら違うらしい。単純に、一度は散った解放戦線残党が、そこそこの指導者を得て集まり始めたという事の様だ。

 散り散りになっていれば気に留める必要もない残党も、集団となれば看過できない。単に数が戦力となるというだけではなく、集団となれば食糧の確保も問題になる。

 その結果、付近の集落なり、軍の施設なりを襲撃し始める可能性があるのだ。被害が出る前にこれを叩き、未然に防ぐ必要がある。

 この任務が傭兵団に回ってきたのは、解放戦線が強盛を誇っていた頃のリーダー・ノイベルクを討ち取った功績を認められての事だろう。

 どうせもう手を汚しているのだから、もう一、二件増えても同じ事だろう。そんな思惑も腹の内には秘めているに違いない。

 農民反乱を鎮圧するというのは、できればやりたくはない仕事だ。昨日まで無辜の民だった者を手に掛けるのは気が引けるというより、ろくに武器も持てない女子供老人まで殺さなければならない事が堪えるのだ。

 人殺しができる精神を作り上げた騎士ですら、そういう、兵とすらいえないような者達を何人も、何十人も殺し続けるのは、気が狂いそうになる事だ。

 それにしても、解放戦線はついにティリッヒ家にまで捨てられたかと思うと、哀れなものだ。

 元々、道具としか思われていなかったのだろうが、本当に役に立たなくなった物同然に捨てられた。

 その捨てられた『もの』達の処分をするのが、今回の任務と言う訳だ。任務だからという理由に逃げ込まなければ、やっていられないという気がする。

 この任務を上級将校達に告げると、皆さすがに言葉にも顔にも出さないが、場の雰囲気は何とも言えない重苦しいものになった。


「皆、思うところはあるだろうが、任務だ。やってもらう」

「我らは傭兵。どんな事情が在れ、依頼を受けるか否かはこちらの胸三寸であるのが形式であると思っていましたが」


 ヴァインベルガーが、皮肉たっぷりに言う。


「別に、上から命じられたから盲目的に従っている訳ではない。傭兵らしく、損得を考えて受けているさ。誰もやりたがらない仕事なら、高い報酬を要求できるだろう?」


 ゲオルクの回答に、ヴァインベルガーは低く笑っただけだった。

 この仕事を、他の誰かにやらせたくないと思ったのは確かだ。どうせ、誰かがやらなければならない事だ。それなら、傷つくのが初めてでもない、傭兵団がやるべきだ。

 この手の任務は、心が傷つく。立ち直っても、傷は傷として残る。傷を負う者を、あえて増やす事はない。

 体に負った傷が、深い所までは癒えず、手足の動きが悪くなる事がある。それは、戦士として死ぬという事だ。

 心に負った傷も同じだ。癒えたようでも、深い所の傷は消えず、戦場から去らざるを得なくなる事もあるだろう。

 自分は、傷を乗り越えられたのか。もう一度、乗り越えられるのか。それを、確かめに行くのだ、という気がする。


「勝てるだろうか」


 ふと、呟いていた。


「らしくない弱気ですな」


 テオが意外そうな顔をする。


「兵の質、量、指揮官の力量。どれをとっても、我らが勝っています。だから絶対に勝てる、とは言えませんが」

「兄上、そういう事ではないのだ」


 ハンナが呆れた様に言った。


「なら、どういう事だというのだ?」

「それが分からんから、兄上は駄目なんだ」


 それからしばらく、テオがどういう事だか説明しろとハンナに言い、ハンナが説明しても無駄だと返す押し問答を続けていた。

 ハンナは、理解しているのだろう。戦には、まず間違いなく勝てる。しかしそれで自分の何かが壊れてしまえば、負けなのだ。

 自身の手で、武器もろくに使えぬ女子供を殺した経験の無いテオには、それが理解も想像もできない。

 テオは、それでいいのだ。こういう事が理解できない人間というのは、多分、必要なのだ。


 原野に、黒いものが見えた。進むたび、僅かずつだがそれは大きく、多くなる。黒いものが、人間の頭だという事が分かる頃には、おおよその数も見てとれた。五百。そのくらいだろう。

 軍勢を止めた。敵は逃げる様子も、向かってくる様子もない。陣を敷いた。やはり、動かない。

 こんなものか、という気がする。かつて解放戦線は、一万人を擁していた。あまり数多い相手とぶつかることは避けたが、一千近い敵とはぶつかった。あの頃はそれが、傭兵団の倍近い数だった。

 今は傭兵団の方が一千に近くなり、解放戦線の五百は、酷く少なく、頼りなさげに見える。

 しかし、だ。その五百は、異様な気配を放っている。そしてそれは対峙している間にも、刻々と大きくなっていった。


「これは、一日も早く潰さねばならないものだな」


 恐怖。それも、昌国君(しょうこくくん)の様な強敵と対したときとは、また別種の恐怖。そして嫌悪を、あの兵からは感じる。予想はしていたが、こうして対峙すると、肌が粟立ってくる。

 スヴャトスラフ・エフィムキン。それがあの一団を率いている男の名だ。僧侶だそうだが、それ以上の事は分からなかった。多分、解放戦線の蜂起前は、なんでもない小さな村の寺院に居たのだろう。

 僧侶であるがゆえに、散ってしまった人間を集めるために、信仰の力を利用したらしい。それ自体は、手持ちの札を有効に使ったと評価すべき事だろう。

 だが宗教を利用したせいか、思想が過激化を始めているらしい。解放戦線自体が、既存の支配者層の全否定と言う、過激な主張を唱えていたので、素地はあったのかもしれない。

 それにこういう場合、集団が過激化するのは、ある種当たり前の現象だ。明確な中心を失った集団は、より明確で威勢の良い主張に人が集まる。穏健な主張より、過激な主張の方が人を引き付ける。

 そのため、誰もがこぞって過激論を唱える様になる。そうすると他との差別化のために、さらに主張が過激になっていく。宗教は、その流れを加速したに過ぎない。

 そうして、狂気の集団と言うものが誕生する。


「一人残らず殲滅する」


 軍議で、ゲオルクはまずそれを宣言した。


「一応、理由を聞いておこうか」


 ワールブルクが言う。説明をしておく必要はあると思っていたので、渡りに船だ。上手い具合に誘導してもらった、と言うべきか。


「敵の思想が過激化していることは、間違いない。そこに、死を恐れぬ信仰の力も加わっている。ここで連中の半分。いや、二、三割でも逃せば、それを核として、各地に小さな過激集団が出来かねん」

「その場合、過激化の度合いはさらに高まっていくだろうな。無差別殺戮くらいは、時間の問題だろう」

「だから、完全に再起の目を潰す。死灰に水を撒き、僅かな熱も残らないようにしなければならない。でなければ、またいつどこで燃え上がるか分からん」

「その度に駆り出されたくもないからな。良く分かったよ」


 ワールブルクは多分、説明するまでもなく理解していたのだろう。疑問として挙がりそうな事を、先んじて全部説明するために、代表して尋ねた。そういう事だろう。


「作戦は? 殲滅と言うのなら、包囲を狙うのだろうが」


 ハンナが言う。


「とりあえず、右から赤隊、青隊、白隊と展開して、敵に当たれ。おそらく敵は退かないから、作戦と言うほどのものも必要はないと思う。突破さえ許さなければいい」

「正面で当たるのが先生なら、要らぬ心配だろうな」


 ハンナが笑った。ワールブルクも、あるかなきかの笑みを浮かべたようだ。

 兵に食事を取らせ、軍議で指示した通りに兵を展開した。ゲオルクはやや後方で、騎兵を率いて全体を見ている。

 傭兵団が陣形を組むと、今まで動かなかった解放戦線軍も前に出てきた。陣形はある様で無い。形だけは陣形を組んでいるが、それを生かした運用はできそうに見えない。だから、形だけの無意味なものだ。

 こちらから前に出た。すぐに敵も動き出し、ぶつかる。祈りの言葉を唱えながら向かってくる事も覚悟したが、それはまだ無かった。

 ぶつかる頃には、敵の陣形はすっかり崩れていた。一人一人が、ただ前に出るだけで、足並みも揃っていない。その代り、進む事に微塵の躊躇(ちゅうちょ)もない。前の人間が斬られようが突かれようが、平然と向かってくる。

 敵と主にぶつかっているのは、中央の青隊だ。五百に対して三百だが、まずは有利に戦っていると言って良い。


「両翼は、まだ前に出るな。側面から青隊を支えろ」


 指揮には、初めから心配はない。兵が正気でいられるかが勝負だ。倒しても倒しても向かってくる敵。殺す事が嫌になったら、そのまま崩れかねない。宗教と言う要素がある分、兵の精神は削られるのが早いはずだ。

 敵が五百で良かった。心底からそう思う。これが五千だったら、兵が持たなかっただろう。五万か、それ以上だったら、ゲオルクも潰れていたかもしれない。

 初めのうちは、鼻白んだ兵もいたようだ。以前の解放戦線戦を経験した兵から、果敢に戦えるようになる。当時を知らない兵も、やがて奮い立つ。

 だがしばらく戦っていると、兵が戸惑いだす。いくら殺しても、まるで自ら殺されに来るように、ただ前に出てくる敵。理解できず、戸惑う。やがてそれが、恐怖に代わる。

 ワールブルクは、実に上手く兵を動かしている。前の兵が動揺を始めると、後ろの兵と交代して、落ち着かせている。

 戦っている兵も、守りに回らず、とにかく攻め立てさせている。兵に、余計な事を考える余裕を与えない。三百のうち戦っているのは、常に百ほどだ。必死に戦うしか無い情況に、兵を追いこんでいる。

 練度の差があっても、流石に百では厳しい。そこは、左右の部隊を上手く使っている。

 赤隊も白隊も、それぞれ独自荷の判断で戦っているが、俯瞰して見ていると、実にいいタイミングで、青隊を助けに入っている。

 これは助けに入る側の指揮と言うより、助けられる側が、絶妙に動きやすい情況を作ってやっている。その証拠に、青隊は本当に窮地には陥っていない。

 苦しい戦況にある様に装って、助けが入る様に誘導している。兵の位置も、助けやすいように、都合の良い位置にある。

 指揮下に無い味方の動きまで、自在に操ると言うのか。ワールブルクの老練な用兵には、全く舌を巻くばかりだ。真似しようにも、できるものではない。

 ワールブルクの用兵のおかげか、そもそもこの兵力差を覆し様は無かったか、解放戦線が明らかに押され始めた。

 相変わらず、兵は前に進み続けてはいるが、全体としては、じりじりと後退している。

 ノイベルクであれば、もっとずっと巧みな用兵をした。ひたすら前に出るとしても、様々な工夫を凝らして、手こずらせただろう。

 今はすでに亡き、自分が討ち取った敵の事を思い出し、惜しむと言うのも、妙なものだと思った。

 まして、同じ解放戦線の兵とは言え、比較してみたところで、何の意味も無い事だ。二度と戦う事の無い敵がどうであったからと言って、今の敵とは関わりが無い。


「青隊に、道を開けるように伝えろ。突撃する。それで、敵は崩れるだろう」


 伝令が駆ける。本当は、突撃などする必要もない。敵はもう、持ちこたえられない。

 それでも、あえて自分の手で引導を渡してやりたいのかもしれない。感傷と言われれば、否定できない所だ。

 ワールブルクからは、了解したと言う返答が返って来ただけだった。

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