闇夜の襲撃3
砦への侵攻部隊を撃破後、傭兵団は直ちに拠点へ帰還した。そうしろと言う命令が下されたからだ。
結局、何が起きているのかは知らず、ただ命令された事を忠実にこなしたという事だ。
それで良いという気持ちもあるが、何も知らないままでいいのだろうかという思いも消えない。
少なくとも、襲撃した側もされた側も、共にアイヒンガー伯爵家かそれに連なる家に属していると考えるのが妥当だろう。同じ様な事が、複数の家中で同時に起きているというのは、出来過ぎている。
特に襲撃側は、兵の動き、鉄砲や装甲馬車といった装備からして、明らかにそれなりの勢力を持つ家の手の者だ。そこに夜討ちに長けた傭兵を加えた編成、と言ったところだろう。
傭兵の方は、特に気にするべき事も無い。傭兵よりも盗賊と呼んだ方が近いような連中なら、夜討ちは慣れたものだろう。そういう傭兵は、そこら中にごろごろしている。
「ゲオルク殿、よろしいですかな?」
テオが入ってきた。その様子から、なんとなく察する。
「人払いを――」
「すでにしております」
「では早速聞こうか。また、危ない橋を渡ったのだろう?」
「釘を刺されましたので、今回はちゃんと人を使いましたよ」
「で? 何か掴んだか?」
テオが首を振る。
「結論を申し上げれば、何も。例の砦を、しばし見張らせてみようと人を送り込んだのですが」
「始末されたか?」
「砦自体がもぬけの殻になっていました」
「なに? どういう事だ?」
「さあ。あるいは初めから、囮だったのかもしれません。敵の目をくらますための、無意味な拠点であったのやも」
あり得る事だ。囮とは知らず、傭兵団が本気で砦を守る事で、敵にもそれが本物であるかの様に思わせる事が出来る。
守りたかった何かが、持ち運びやすい物だったとしたら、あの後、移動したとも考えられる。
だがその場合は、わざわざ砦に籠らずとも、都市の民家や、山奥の小屋など、もっと良い隠し場所があったはずだ。
「ここだけじゃない。敵の指揮官らしき男が、最後にそう言っていた」
「囮の拠点が複数あったのか。それとも一つ一つは処分しても惜しくはない規模で分散していたのか。判断に困る所ですな」
「何が目的かは分からんが、やけに手の込んだ事をしている。そう思わんか?」
「確かに。手が込み過ぎている、という気がします。だからと言って、それ以上何かが分かる訳でもないのですが」
襲撃側は、かなり本気で潰そうとしている。それは明確だ。
傭兵団が護衛をした側は、何やら幾重にも手の込んだ事をしている。だが、それ程手の込んだ事をするのならば、傭兵団に護衛を頼むのも妙な話だ。
護衛など必要のないくらい、完全に隠蔽してしまわないのはなぜか。少なくとも傭兵団が依頼を受けた二件は、『敵の襲撃がある可能性があるから』護衛を依頼している。つまり、隠蔽に失敗している。
襲撃側の調査能力が高いという事かもしれないが、それなら自前で十分な護衛を用意するべきだろう。その程度も出来ないで、陰謀を巡らしているのか。
どこかちぐはぐなのだ。綿密な計画を立てている様で、どこかが抜けている。そのくせ、致命的なミスは決してしていない。
「それとも、あえて穴の有る計画を作っている?」
「穴?」
「いや。わざと行動を漏らしているのではないか、という気がしてな。しかし、そんな事をする意味はないだろう」
「いや。そうとは限らないかもしれません」
テオが真剣な表情で考え込む。
「自ら秘密をばらして、何か得があるのか?」
「まず、敵の出方を見る事が出来ます。本命の計画を始めたとき、敵がどう出るか。計画の一部をほのめかし、その対応から推測する事が出来ます」
「威力偵察の様なものか」
「次に囮としての効果。事実である計画の一部を漏らして食いつかせ、徐々に偽情報に誘導していく。初めから偽情報を掴ませるよりも、効果的です。最初は、間違いなく事実なのですから」
「ふうむ。そういう手があるか」
「そして、一種の『空城の計』としての効果。事実をあえて漏らす事により、果たしてそれが事実なのか、疑念をかきたてる事ができるかもしれません」
「なるほど。あえて掴まされたとなれば、それが事実かどうか、不安になるのが心情というものだ」
「以上の理由から、彼らがあえて末端の情報を隠さずにいるというのは、十分にあり得る事です」
「その彼らと言うのはやはり、エルンスト・オルデンブルクなのだろうか?」
「確かに、オルデンブルク卿の姿が、おぼろげながら浮かんではきます」
「オルデンブルク卿が噛んでいるとして、他に関わっている者がいるのかどうかだな。少なくとも、襲撃側の投入してきた戦力は、もはや家中の内乱と言う規模ではなかった。本格的な戦争のレベルだ」
あるいは襲撃側がアイヒンガー家。反乱側のオルデンブルクと仮定して、オルデンブルクの後ろにさらに何者かがいると考えて、あれだけの戦力を投入したとも考えられる。
そう考えた場合、総督府派のアイヒンガー家から、蒼州公派に寝返ると考えるのが妥当だ。総督府派内部での争いならば、傭兵団が駆り出されるのはおかしい。
だが蒼州公派にしても、積極的に介入する理由が良く分からない。オルデンブルクが寝返りに成功して、こちらにやってきたら迎え入れる。もし失敗して潰されれば、端から知らぬふり。それで良いはずだ。下手に首を突っ込めば、かえって火傷しかねない。
危険を冒して首を突っ込んででも、なんとしても成功してほしい理由が何かあるのでなければ、静観で良いはずだ。
もっとも、やはり火傷はしたくないから、ゲオルクの傭兵団を使っているのだろう。万が一のときは、傭兵団ごと斬り捨てて、口を拭ってそ知らぬふりをするつもりだ。そのくらいの扱いをされることは、こちらも百も承知だ。
「エルンスト・オルデンブルクとはどんな人物だろうな」
「オルデンブルク卿の人柄、ですか」
「こういう事は、人柄から推測した方が、真実に迫れるのではないかと思う」
「教養深く、詩文にも造詣が深いとか。戦場では兵卒と共に過ごし、同じ物を食べるとかは聞きますが」
「それは、吹聴したい事ばかり広めている、という事ではないのか?」
「そうとも言えるかもしれません」
「つまり、本当のオルデンブルクと言う人間は、決して見せないという事か」
ならば、今知り得ている事。そしてそれに基づいて考えている事すら、オルデンブルクの目論見通りに誘導されているのかもしれない。
「もういい。考えるほどに罠の深みにはまりそうだ。やはり我らは、ただ命じられた事をこなすだけの存在に徹していよう。テオも、これ以上は手を引け」
「団長命令と言うのであれば、致し方ありませんな」
「言っておくが、傭兵団とは別に、ネーター家の者として関わるのも無しだ」
テオが言葉に詰まった。やはり、ゲオルクには内緒で、独自に調査を続けるつもりでいたらしい。
「中途半端は止めておけ。手を引くときは、きっぱりと手を引く。それで後にしくじるのならば、運が無かったと腹をくくれ」
「どうにも、何もせずに静観というのは耐えられなくて。監視だけでも、許可をいただけませんか?」
「駄目だ。部外者の観察者で通す、という訳にはいかない。気付かぬうちに、巻き込まれている」
「まるで、知っているような口ぶりですね」
「知っているさ。私自身の事では無くても、ユウキ公爵家という大貴族の家の内部には、いろんな事があった。そういう事は、表立っては口にできないが、先輩騎士から代々語り継がれる」
「分かりました。この件からはもう、完全に手を引きます」
「それでいい。多分、命拾いをしたぞ」
やや未練が残る様子だったが、テオは手を引くと言ったら引くだろう。言葉だけでその場を凌ぐような、姑息なことはしない男だ。
もしゲオルクがテオを見誤っていたとしたら、それは見誤った自分の落ち度だ。そう思っている。
しかし、だ。エルンスト・オルデンブルクと言う男をこちらに寝返らせたとして、どれほどの利益が蒼州公派にあるのか。オルデンブルクと言う男に、どれほどの価値があるのか。つい考えてしまう。
テオに手を引けと言っておきながら、自分はこれだ。頭の中で考えているだけで、何も行動は起こしていないので問題ない。すでにそんな言い訳まで用意している。
案外、テオよりも自分の方が、よほど策謀に長けているのかもしれない。愚直に生きてきたつもりが、ユウキ家という大家の中で、自然に策謀じみた処世術を身に着けたか。
ともかく、この件には自ら関わってはいけない。関わる事は危険だ。そういう臭いがする。
オルデンブルクの寝返り。それは有り得るだろう。しかし、いくら戦巧者の誉れ高かろうと、一人の将と、配下はせいぜい三百人。これだけの寝返りで、大勢に影響が出るとは思えない。
何かあるのだ。今の蒼州の勢力図を一変させるような何かが、オルデンブルクの裏切りの更に裏に、隠されている。
それだけの事となれば、近づく者は容赦なく消されるだろう。誰であろうとだ。
命令とは言え、なまじ関わったせいで、すでに危険視されているかもしれない。僅かでも不審に思われれば、傭兵団は潰され、関係者は一人ずつ、密かに消されて行くだろう。
だから、僅かな興味すら示していないように、振る舞わなければならないのだ。
調練に出た。とにかく兵を鍛え上げる事だけを考えている。そう思わせておくのが、一番いいだろう。
それに、傭兵団の兵は、決定的に騎兵との連携が経験不足だ。今後の為にも、しごけるだけしごいておくべきだ。
騎兵を率いて原野に出る。今調練を行っているのは、騎兵だけだった。無人の原野を駆けた。風。肌を打ち、流れて行く。
遮るものは無い。どこへでも行ける。だが、どこへ向かえばいいのだろうか。
悪い意味で、大人になってしまった。何度も現実にぶつかり、いつしか理想を素直に信じる事が出来なくなっていた。
それでも、理想を忘れた訳ではない。弱き者を守るために、剣を振るい、戦う。かつて抱いたそんな無邪気な夢を、忘れた訳ではない。
覚えているからこそ、その扱いをどうすれば良いか、悩んでいる。現実は、嫌と言うほど思い知った。だがそれでも、捨てきれないでいる。いっそ、忘れてしまえば楽だろうに。
風が、過ぎてゆく。時も、過ぎてゆく。いい加減、いい歳になった。それでもまだ、道を決めかねて、迷っている。
雨が降り始めた。それは瞬く間に、激しい雨になった。
「団長、帰りましょう」
「馬鹿者。戦場で、雨が降ったからといって休めるか。調練を続ける」
春の雨だ。もうそれほど冷たくはない。
ずぶ濡れになりながら、調練を終える事には、雨は上がっていた。そして、澄んだ夕日が差し込んできた。
「あの雨の中、動きがそれほど悪くならなかった事は褒めてやる」
僅かずつでも、前よりは精強な兵に育っているようだ。
この力があれば、かつての理想を、万分の一でも叶えられるだろうか。
そう思う事は、悪い気はしなかった。




