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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
43/105

闇夜の襲撃1

 三年目だった。

 ゲオルクが傭兵団を立ち上げてから丸二年が過ぎ、三年目に入ったのだ。長かったのか。短かったのか。考えても良く分からない。

 本拠襲撃の後、傭兵団はさらに人員を増強し、九百人の兵力を抱える様になった。

 編成も三個大隊になり、新しい大隊は赤隊、青隊に続き、白装束の白隊として編成された。部隊長は、ヴァインベルガーを抜擢した。元々、それだけの実力は持っている男だ。

 蒼州(そうしゅう)の戦乱は、一向に終息の気配を見せない。むしろ、これから戦に適した季節が始まると、新任の総督は間違いなく動き出すだろう。

 それに対して蒼州公派がどう対応するつもりなのか、ゲオルクには分からない。

 各家が個別に戦っていた状態から、代表者による会議で方針を決める体勢に移ったようだ。その分現場には、命令として下される以上の情報は届きにくくなった。

 元々、そうである方が普通だったのだ。末端まで詳細な情報が流れてくるのは、混乱期の一時的なものにすぎない。

 しかし、今まで入っていた情報が入らなくなると、目を塞がれた様な、嫌な感覚がする。それを嫌だと感じている自分を見つけて、驚いたりする。

 余計な事に気を取られている。思考を断ち切り、馬腹を蹴った。馬が駆け出す。暖かくなってきたが、疾駆するとまだ風は冷たい。それが心地良かった。

 ゲオルクの後ろを、六十騎の騎馬隊が続いた。ゲオルク直属の兵として、歩兵とは別に新たに組織した部隊だ。

 騎馬隊の機動力があれば、戦術の幅は大きく広がる。最初から分かりきった事ではあったが、昌国君(しょうこくくん)鴉軍(あぐん)蹂躙(じゅうりん)されて以来、その思いはより強くなっていた。

 とはいえ、騎兵の維持には途方もない金が掛かる。馬は人間の九倍の量を食べるのだ。乗り手と合わせれば、日々の食費だけで歩兵の十倍もかかる。

 テオの手腕でどうにか健全経営をしている、万年金欠の傭兵団には重すぎる負担だ。それでも、どうにかこれだけの戦力を揃えられる所まで漕ぎつけた。

 だが、念願かなった喜びはない。正規の騎士団なら、六人に一人の割合で騎兵を揃えるのが普通だ。数では及ばない。

 主家を失い浪人となった騎士を集めたので、蒼州の騎兵としては決して質に劣らない。しかし、鴉軍と比べると、比べる事すら馬鹿らしいほどの差がある。

 ゲオルクの後ろに続く騎兵は皆、片手で槍を構え、片手で手綱を取っている。ゲオルクもそうだ。

 だが鴉軍は、武器を両手で構えていた。手を使わなくても自由に馬を御せるという事だ。もちろん両手が使える分、武器にも力がこもる。

 停止の合図を出した。皆一斉に手綱を引き、馬を止める。


「本日の調練はここまで。帰還する」


 鴉軍の姿をチラつかせながらでは、焦って無理な調練を課してしまいそうだった。戦場でも、調練でも、焦りこそ事を誤る最大の原因だ。

 心を鎮める様に、帰りはゆっくりと馬を歩かせた。

 砦の近くまで来ると、歩兵の一隊と出くわした。五十人ほどの赤隊の小隊で、雪解け水でぬかるんでいる広野を、泥をはね上げながら走っている。新兵の基礎鍛錬の様だ。


「張り切っているな。ゴットフリート」

「これは、団長。調練帰りですか」

「まあな。お前も、あまり新兵に無理はさせるなよ」

「心得ていますが、実戦よりも温い調練に意味はありません」


 ゲオルクは苦笑して、やりたいようにやらせた。兵の表情を見るに、厳しい調練ではあるが、本当に無理はさせていない。

 ゴットフリートも、二十歳になっていた。先日、正式に騎士として叙勲を受けて来たばかりだ。

 騎士であろうとなかろうと、二十歳になったら将校に上げる。そう決めていたし、約束もしていた。

 まだ早いと言う思いは常にあったのだが、すでに一兵卒として実戦経験を積んでいる以上、昇格を引き延ばす理由は見つからなかった。

 こんなご時世でなければ、ようやく初陣が許可されているはずだった。今の情況は、本人にとって良かったのか、悪かったのか。

 砦の正門をくぐると、テオが小走りに駆け寄ってきた。何かあった。そう思い、馬を降りる。テオが耳打ちをしてきた。


「先程、使者が密命を持って来ました」

「奥で聞こう」


 馬の世話を従者に任せ、埃を落とす間も無く執務室へ直行した。


「それで、何と言ってきた?」

「出動命令です。砦防衛の援軍、という事ですが」

「部外秘の密命として下った以上、ただの砦と言う訳ではなさそうだな」

「以前の、武器工場防衛と同種の任務でしょう。探りを入れますか?」

「やめておけ。知ったところでどうなるというものでもない。無意味に危険に首を突っ込むだけだ。余計な事は考えず、出動準備に掛かれ」

「ゲオルク殿がそう仰せでしたら」


 話を付けてしまうと、汗を流しに中庭に出た。先に汗を流している騎士たちに交じって井戸水を汲み、頭からかぶる。まだ水は暖かいと感じた。

 水を浴びながらも、傭兵団に回ってくる、いかにも裏仕事な命令について考えた。

 傭兵団だけがこの任務に携わっているのか。それとも他にも関わっている者がいるのか。

 これらの任務にはどういう意味があるのか。深入りは危険だと思いつつも、全く気にしないでいられるほど、太い神経をしていない。

 そもそも、どうにも陰謀の臭いが付きまとう任務は、ゲオルクの好むところではなかった。

 もちろんそういったものはなしに、正々堂々でなんでも上手く行くとは思っていない。必要なものであるとは認識している。

 しかし、戦場での騙し合いと違って、どうにも好きになれない。こういった事に関わるなら、なにも自分でなくてもと思う。

 だが命令が下されてしまった以上、否応は無い。自分の率いる傭兵団にやらせるのが適切。そう判断されたからこその命令なのだろう。

 それでも、疑う事無く信じられる命令であればいいと思っている。なぜそんな命令が下るのか。なぜ自分なのだ。そんな不信感を抱かずにはいられない命令を、不信を抑え込みながら遂行するのは、気持ちの良いものではない。

 己がどう思うにせよ、最後には割り切るしかなかった。最終的には主家を信じているし、今は納得できなくても、信じて従うのが忠義というものだ。そしてそれこそが、騎士として大事なものだと、自分は思っている。

 主君の命令を信じる事は、主君を信じている自分自身を信じる事だ。ゲオルクは、自分に不信感を抱く様な、後ろめたい男にはなりたくなかった。


 防衛すべき砦は、ほんの小さな物だった。ザール、アンハルト、シュレースヴィヒ、ニーダザクセンの四郡の境界に近い。地理的には、急所と言って良いだろう。

 砦自体にも守兵はいて、傭兵団はとても全員は中に入れないから、砦の周囲で野営をして欲しいと頼まれた。

 全軍で九百六十に膨れ上がった傭兵団では、無理もない。野営をする事自体も、問題はなかった。

 ただそれを口実に、砦の中に何があるかは秘密にされたのではないか、という考えがよぎった。

 砦の守兵と、防衛に関する打ち合わせだけはしておく。身元を隠しているが、やはりアイヒンガー家の関係者なのだろうか。推察する手掛かりは得られなかった。


「敵は、来るかもしれないではなく、近いうちに必ず来る。そう言いう認識でいるのですな?」

「はい(ヤー)。絶対とは言えませんが、ほぼ間違いなくここを狙ってくると、私どもは考えております」

「敵の戦力や編成については、なにか情報なり、推察は?」

「それは何とも。しかし、時間を掛ける事はないと断言できます。小さな砦ですし、一息に飲み込もうとするでしょう」

「ほう。その根拠は?」

「それは、ご容赦願いたい」


 物言いは丁寧だが、砦の指揮官の表情は、無表情だった。決して教える事は無いと言う、(いわお)の様に(かたく)ななものを感じさせる。


「一息に落とそうと言うのなら、急襲を掛けてくると見るべきでしょうな」


 優勢な兵力を揃え、その上で奇襲を掛ける。それが最も効果的な戦術である事は、異論は無いだろう。

 傭兵団が援軍に加わった事で、すでに敵の数的優位は無いはずだ。一千を大きく上回る兵力を揃えようとすると、今度は奇襲が難しくなってくる。


「我らも、そう思います。特に今は、新月が近い。闇に紛れての夜襲が最もあり得ると考えています」

「それで、近日中に必ず敵が来ると?」

「それもまあ、一つの理由ですな」

「よろしいでしょう。近日中に奇襲がある可能性が高い。それが分かっていれば、それ相応に備えるだけの事」

「お頼みいたします。こちらには、打って出るだけの兵力はございませんので、野戦は全てお任せするしかございません」

「構いません。夜間の戦闘となれば、同士討ちの恐れがありますからな。はっきりと担当を分けてしまった方が良い」

「全く持って」


 会談を終え、警備の兵を配置した。特に何かあると言う訳ではなく、砦の周囲に兵を配置しただけだ。


「ゲオルク殿、よろしいですか?」

「どうした。テオ?」

「砦の方から、灯台を設置するので活用してほしいとの事です」

「灯台?」

「すでに砦の守兵が設置作業をしているので、見た方が早いでしょう」


 見に行くと、砦の周囲各所に、土台を組んで一段高くし、その上に床を張った物が建てられていた。その上に丸太に近い薪が組まれている。火を着ければすぐに燃え上がる様に、油を染み込ませた布やおが屑が仕込まれているようだ。


「なるほどな。まあ、ある物は使わせてもらおう。しかし……」

「説明も無しとは、ずいぶんですな」

「始めから全て、向こうの計画で進んでいる。そういう事なのだろうな」

「砦の守兵も、もっと多くを常駐させられるはずです。あえて寡兵にして、敵を誘引しているとも取れます」


 テオが一旦言葉を切り、声を低めて続けた。


「ゲオルク殿、お気を付けください」

「呼び寄せた敵と、我らを戦わせて、どちらかあるいは両方を消耗させるのが、真の目的かもしれないと?」

「杞憂で終われば、それに越した事はありません。が、しかし」

「分かっている。身内に我らを疎ましく思う者がいたとしても、なんの不思議もない。それくらいは心得ている」

「ならば、なにも言う事は有りません」

「あまり私を舐めるなよ、テオ」

「失礼。どうにもゲオルク殿は、そういった事には疎いような印象があるもので、つい」

「好いてはいない。できれば、そんな考えとは無縁でいたい。しかし、個人的な心情と、現実の出来事は別だ。考えるべき事は考え、打つべき手は打つ。私とて、みすみす姦計に陥れられる気はない」

「今のところ、そういう動きがあると言う兆候は見受けられませんから、それほど恐れる必要はないと思いますが」

「なら、大丈夫だろう」

「そんなあっさりと」

「お前のやることは信頼している。それで事を誤るならば、そういう定めだったと受け入れよう。戦場で、流れ矢に当たって死ぬ様なものだ」

「敵いませんな」


 そう言ったテオの声は、どこか満足気なもののように思えた。

 普段はあまり意識しないが、月の有無で夜の明るさは相当違う。満月の夜は、明かりの無い室内の方が暗く、窓から光が差し込んでくるほどだ。

 逆に今日の様な月の無い夜は、自分の鼻先も見えない。雲が出ている様で、星の一つすら見えなかった。

 野営地には松明が灯ってるが、薄明るい程度にとどめてある。明るい方が敵の発見には良さそうなものだが、あまり明るくすると、闇の中に逃げ込んだ敵が見えなくなる。

 一晩中、砦の周辺全てを明るくしておく事など、到底できるものではない。だから、ある程度は暗闇に目を慣らしておかねばならなかった。

 風はあまりない。炎が煽られることも、火の粉が飛ぶ心配もないので、都合が良い。昼間は強風が吹きすさぶ日もあるが、春の夜は大抵穏やかだ。

 それに、風の音に物音がかき消される心配もない。守る側としては、悪くない条件と言えた。

 しかし、轟々と風の音が鳴り響く夜は恐ろしいものだが、光もなければ音もない夜も、また不安になる。

 ゲオルクは腕を組み、床几に腰を下ろして、松明の火が爆ぜる微かな音に神経を集中させた。そうしないと、落ち着きなく歩き回ってしまいそうだった。部下の前で、落ち着きのない姿を見せる訳にはいかない。

 しばらく微動だにせず、松明の音だけを聞いていた。そう思っていたが、気付くと足を小刻みに上下させていた。意識して、(かかと)を地面に着けた。

 遠くで、金属の撃ち合う音が聞こえたような気がした。聞き違いかと思った次の瞬間、間違いのない闘争の気配を肌で感じた。弾かれた様に立ち上がる。

 鉦が打ち鳴らされる。敵襲を告げる声。南。白隊の担当区域で、すでに闘争が起きている。伝令が駆けこんできた。


「団長、敵の襲撃です」

「分かっている。白隊はすぐに対処をとれ。敵兵力は?」

「不明です」


 舌打ちをした。この闇夜とは言え、いきなり戦闘に入るほど、敵に接近を許したのは迂闊すぎる。


「騎馬隊。出るぞ。赤隊と青隊は持ち場で警備を強化。それと、例の灯台に火を着けろ」


 伝令が次々と散って行く。ゲオルクは騎馬隊を率い、戦闘区域へ駆け出した。

 馬は比較的夜目が効く。むしろ、人間の目が慣れないために、あまり速く駆ける事が出来ない。

 各所に設置された灯台に火が着けられた。油を仕込んであるので、すぐに火は大きくなった。灯台を中心とした一帯が、闇夜に穴を開けたように明るくなる。

 灯台の明かりで、白隊と敵部隊の戦闘も目視できるようになった。

 白隊の隊列は乱れている。いきなり戦闘に入ったため、隊列を組む間もなかったのだろう。辛うじて乱戦になるのは阻止している、という情況だった。

 ゲオルクは認識を改めた。味方の油断と言うよりもこれは、敵の方がこういった事に慣れている。

 その証拠に、一部の敵兵は鎧の艶も消し、剣の刀身も黒く塗って、光を反射しない様にしている。彼らがまず襲い掛かり、その後ろに普通の兵が続いたのだろう。

 だが、数はそれほどでもない。およそ三百。そのくらいだ。初撃で白隊が崩れずに踏みとどまったので、一気に勝負を着けられずにいる。

 ゲオルクは敵の側面に回り、左手で槍を構えた。後続の騎兵もそれに習う。そのまま、敵の側面に突撃した。

 薄紙でも突き破る様に、あっさり敵を突破した。右手で手綱を引いて馬を反転させると、崩れた敵が白隊の反撃を受け、浮足立っている。

 もう一度突撃を掛けた。苦もなく突破し、敵は総崩れに陥った。逃げる敵を掃討する。

 心地良いほどの快勝だった。騎兵の一隊があるだけで、こうも容易く勝利できるのだという事が、新鮮な驚きだった。

 騎兵の威力は良く理解しているつもりだったが、長く歩兵のみの部隊を率いて戦い続けた後では、まさに頭ではなく、体で理解したという感じだった。

 同時に、精強な騎兵と、それを縦横に使いこなす敵が、いかに強大で恐ろしいかも、改めてはっきりと認識せずにはいられなかった。

 敵の大半は、闇に紛れて逃げ延びてしまった。さすがに、暗闇の中まで敵を追う事の無謀さは、兵も良く理解している。


「気を緩めるな。まだ終わったとは限らん」


 勝鬨(かちどき)を上げようとする兵を、そう叱咤した。

 闇夜のせいか、肌の感覚が鋭敏になった気がする。その感覚は、まだ闘争の気配を感じ続けていた。

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