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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter2・大地の息子たち
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本拠防衛2

 すでに砦は、ほぼ完全に包囲されていた。

 厳密には敵陣の所々に隙間があるが、今の情況では何の気休めにもならない。

 砦に籠る傭兵団五百は、負傷者こそ多くは無いものの、皆一様に疲労していた。だがまだ砦の防衛を戦うだけの余力は残っている。

 敵だって疲労してもいい様なものだが、初めから敵は憎悪や執念と言った精神的要素を燃料にして動いていた。

 そうである限り、最後の最後まで肉体的疲労は、足を止める鎖にならない。

 それどころか、すでに二百以上は死傷者を出していると言うのに、一向に士気が下がる様子すらも見せなかった。

 それでも、五百が籠る砦を、八百で攻略するのは、一朝一夕で出来る事ではない。最悪でも一月耐えれば、敵は飢えて撤退する。こんな真冬では、食糧の調達も出来まい。

 そう言ってゲオルクは、兵たちを叱咤した。兵たちもそれに、意気高く答える。

 砦を攻める敵の攻撃は、弓矢による援護も無く、ひたすら城壁に取りついてくる攻め方だった。

 八百の敵兵全てが一度に攻め寄せられる様な造りでも無い事から、砦を守る兵の負担は重くはない。五百のうち百くらいは、交代で休ませる余裕もある。

 しかし、四方から同時に攻め寄せて来るので、指揮を取る将校の負担は大きかった。ゲオルクが全体を把握するのは当然だが、ハンナとワールブルクが、城壁のそれぞれ二面を、かなり細かい所まで把握しなければならなかった。

 敵に弓矢は無いが、ときおり大型弩砲(バリスタ)から手槍の様な矢が飛んで来る。野戦のときにすでに見かけていたが、敵を打ち払うのが精一杯で、放置せざるを得なかった。


「あんな物があるという事は、やはりどこかの勢力の支援があるのだろうな」


 応える者はいなかった。テオがいる事に慣れて、思った事を口に出すのが、癖になっているのかもしれない。

 返答が無い事に一抹の寂しさを覚えたが、それ以上は固く口を噤んだ。誰にも相談できず、一人で全てを処理しなければならない。戦の指揮とは、本来そういうものだ。それを忘れてはならない。

 今、百の兵を休ませている。全て赤隊だ。部隊を再編して、臨時にゲオルクの手元に置いていた混成部隊を、原隊に帰した。今は赤隊と青隊、それぞれ二百五十だ。

 赤隊の百を休ませているのは、反撃に出るなら猛将型のハンナの方が良いからだ。全体的な指揮の巧みさならワールブルクだが、ここ一番の要点をゲオルクが判断し、急所に兵を投入するのなら、やはりハンナだ。

 問題は、いつその機が訪れるかだ。逆転の機会をただ待つのは賢いやり方とは言えないが、自ら機会を作る余裕はない。

 いっそ守兵を減らして、青隊二百五十に防戦を任せてしまうか。敵の攻め手からして、守りきれない事は無いはずだ。そうすれば赤隊は完全に自由に使える。

 とは言え、リスクが増大する事も確かだ。外から好機が来る事を期待せず、危険を冒してでも自らの手で情況の打開を図るか。それとも先の見通しが立たないからこそ、不用意な博打は避けるべきか。


「南方向に部隊を確認。味方です!」


 喜色を隠しきれない声が上がる。ゲオルクは城壁から身を乗り出して、そちらの方を遠望した。

 確かに百名いるかいないかと言う規模の部隊がいる。いかにも在り物で作った風の旗に、テオドールの名前が描いてあった。


「兄上! たまには役に立つではないか!」


 いつの間にか隣に来ていたハンナが声を上げる。物言いは辛らつだが、声音は嬉しそうだった。

 援軍はこちらに急進してくる。ようやく砦を包囲していた敵の一部がそれに気付き、反転して新手に当たろうとする。


「ハンナ、待機させてある百を率いて、いつでも出られるようにしろ。その他の部隊指揮はワールブルク殿に預けろ」

「心得た」


 砦の包囲が半分解かれ、敵軍がテオの部隊に向かって行く。テオの部隊は三つに分かれ、そのうち一つが最初に反転した敵と交戦を始めた。

 元々百名いるかどうかの部隊を更に三分したので、どうしても押されている。しかし、あれはむしろ押させているのだと思った。後退しながら、巧みに敵を砦から引きはがしている。

 一隊などは、敵の矛先を寸前で(かわ)し、側面から一撃を加えて逆に痛い目を見せている。

 口にすれば悪いが、テオにできる様な用兵ではない。イリヤやデモフェイ、小隊長格の者達がいるのだろう。敵に痛撃を与えているのは、おそらくヴィンベルガーに違いない。


「ハンナ、打って出て敵を挟撃しろ!」


 命令を下すと、待ちかねたようにハンナの部隊が飛び出して行く。まず側面を取られて乱れている敵を、瞬く間に叩き潰した。


鯨波(とき)の声を上げろ!」


 砦の中で、盛大に鯨波の声を上げさせる。全軍が総力を挙げて反撃に打って出ると敵に思わせ、意識を砦に向けさせた。

 その間にハンナが敵を挟撃して潰して行き、手の空いた援軍は、また敵の背後を狙って動き出す。

 誘い出され、砦から引き離され、味方からも離れた敵は、出撃した赤隊に次々と各個撃破されていった。

 砦の包囲を続けていた敵は、今にも打って出そうに鯨波の声を上げる砦を無視できず、身動きを取れないまま背後を突かれて、混乱を始めた。

 それでもまだ踏みとどまっていたが、孤立した敵を掃討した赤隊が攻撃に加わるに及んで、耐え切れずに崩れ始めた。

 ここが決着の時だと見たゲオルクは、全軍に出撃を命じた。砦を守っていた四百の兵が、一斉に打って出る。敵は、僅かな間もそれを支える事が出来なかった。

 今まで激しい憎悪を燃料に、いくら叩いても戦い続けた敵だが、今度ばかりは持ちこたえる事が出来なかった。

 部隊は四散して、明らかに統制を失い、到底軍と呼ぶ事は出来ない群衆となり果てた。

 だがそれでもなお、彼らは戦いを止めなかった。統制も隊列も無く、個々人が勝手に無謀な戦いを続けているに過ぎない。それでも、ほとんどの敵兵は逃げもせずに戦い続ける事を選んでいた。

 赤隊百五十を一時的に指揮下に置いて打って出たゲオルクは、テオらの援軍と合流した。思った通り、テオの他にイリヤやデモフェイ、ヴィンベルガー、ゴットフリートもその中にいた。


「テオ、実に良い所に来た。助かったぞ」

「それよりも、なんなんですかこいつらは。この期に及んで、どうしてまだ向かって来るんですか!?」

「知るか。一つだけ確かな事は、奴らは我らの敵だ」


 理由など、一々考えてはいられない。戦場では事実だけが重要だ。彼らは敵であり、まだ戦う意思を失っていない。それが事実だ。

 ならばこちらも、負けて死にたくなければ、戦って敵を撃破するしかない。いや、敵はすでに軍としての統制を失っているので、撃破のしようがない。


「殲滅するしかあるまい。青隊は右翼、ハンナは左翼に就け。敵を囲むぞ」


 戦いながら陣形を組む。右翼が青隊二百五十、中央が混成部隊二百五十、左翼が赤隊百で、右に行くほど強い陣形になる。

 なので左右から押し包むのではなく、左翼を起点に敵を巻き込む様に動いて包囲する事を狙う。

 しかし、思う様に敵を包囲できない。敵兵が個々別々に戦う意思を持っているので、一方向に追い立てる様にはならず、戦う事を求めて思わぬ方向へ動きを見せる。

 何度か包囲を断念し、そのために陣形を立て直して再度試みる。群がる羽虫を追っている様なもので、統制も何も無いのが逆に厄介だった。


「ゲオルク殿、これはもう一手置いて、あえて敵に立て直す時間を与えた方が良いんじゃないですか?」


 テオがいつに無くイラついた様子で提案する。策も何もまともに通用しない。かと言って、向こうから突っかかって来るのを放置も出来ない敵を相手にしていては、地団駄の一つも踏みたくなるだろう。


「そうしたいところだが、兵の疲労が限界だ。一度足を止めたら、動けなくなりかねない」


 疲労というものは、動いている時よりも、休んだ時に押し寄せてくる。動いている荷車を牽き続けるより、止まっている荷車を動かす方が力が要る様なものなのだろう。


「ともかく敵を討て。向うから掛かって来るのだから、片端から返り討ちにしてやればいい」

「真っ向からの消耗戦になったら、それこそ数に劣るこちらが不利です」

「分かっている」


 兵一人一人の腕の差は、疲労の蓄積で相殺だ。まともにやり合っていたら、数の少ないこちらが先に力尽きる。

 だからこちら側に残った最後の有利な条件。こちらだけが軍としての統制を保っている事を、何としても生かさなければならない。

 しかし現状、敵の統制が無い事が、むしろ利点として機能している。このままでは、まともな戦いにならない。

 いっそ砦に引き返すか。敵がばらばらのまま砦に攻撃を仕掛けてきたら、それこそ良い餌食だ。

 しかし、敵が統制を取り戻して砦を包囲したら、全ては元通りだ。いや、外部に味方がいなくなる分、前よりも悪いかもしれない。


「団長。お話があります」

「ヴィンベルガーか。どうした?」

「敵の中に、異質な連中がいることにお気づきですかな? どうにか正体を偽ろうとしていた様ですが、こんな戦況になると、メッキが剥げる様で」

「異質な連中だと。どこだ?」

「あの辺りの一団です」


 敵中で、五、六十人ほどがまとまっている。ただまとまっているのではなく、きちんと隊列を組んでいる。隊列に見えない様にわざと崩しているが、規則正しく崩れているので、周囲と比べるとやはり浮いている。

 格好などは周囲の兵と変わらないが、明らかに周囲の兵とは違う、本来しっかりした陣形を組んで戦う兵だ。

 その一団が中心となって、敵軍に再び統制を取り戻そうとしている。好機だと直感した。


「青隊に伝令、あの一団を包囲、殲滅せよ。その余はこちらで引き受ける」


 命令を受け、青隊がその一団に狙いを定めて動き始める。赤隊がそれに先んじて突っ込み、標的までの道を作る。

 ゲオルク旗下は、敵を包囲している青隊に、後ろから個別に攻撃を掛けようとする敵を打ち払い、青隊の背後を守った。

 囲まれつつある事に気付いた敵は、青隊を振り切って逃げようと動いた。しかし、そう動いた事で隊列が明確になり、はっきりと周囲から浮いて、見失い様が無くなった。

 ここで離散してしまえば誰を追えばいいのか分からず、こちらも打つ手を失っただろう。だがまとまったまま逃げる敵は、捕らえてしまえばその中に、確実に重要人物がいる。

 一切脇目を振らず、迷う事無く敵を包囲してしまえば、後はもう確実に殲滅できる相手だった。手合せして見れば、やはりただの兵ではない。きちんとした武芸の修行を積んだ敵だという事が分かった。

 二百五十で六十を囲み、指揮はワールブルクだ。万一つも突破する望みなど与えなかった。

 敵の一団を一人残らず血祭りに上げ、敵味方にそれを知らせる様に、大きく意気を上げた。

 それがついに、敵の心までも折った。食い下がり続けていた敵が、とうとう敗走を始めた。


「追え! 徹底的に討ち果たせ!」

「ゲオルク殿、兵は限界ではないのですか」

「限界だ。だが限界以上を振り絞らせろ。散々手こずらされて、おめおめ逃がしてなるか!」


 ゲオルクは馬を駆けた。駆けながら、叫んだ。


「者共続け。これは仕事ではない。我らに直接挑んできた敵を、生きて帰しては我らの名誉に関わる。我々は舐められたのだ。その報いを、徹底的に教えてやれ!」


 ゲオルク言葉で、兵達はこれがいつもの戦とは違うという事を思い出した。

 この戦に報酬は無い。これは誰に依頼された戦でもない。傭兵団を殺し、潰す。明らかにそれを目的として、攻撃してきた何者かから、自分を守った戦だ。

 今、敵が退く事で、自分の身は守る事が出来た。しかし、身を守れたのでそれで良いと思う者はいなかった。身の安全だけではなく、名誉も守らなければならないと思った。

 無報酬の戦であるからこそ、名誉と言う報酬を兵たちは欲した。それが一時的に疲れも忘れさせ、限界まで徹底的に敵を追撃した。

 追撃の跡には、夥しい死体が折り重なった。兵の疲労が、もう精神的なもので補えなくなるまで追撃は続いた。もう少し余力があれば、敵は最後の一兵まで狩り出されていただろう。

 それでも、敵軍がほぼ壊滅した事は間違いの無い事だった。だが傭兵団の犠牲も少なくは無かった。人的被害だけではなく、砦そのものや、周辺の土地も荒れ果てた。

 荒れ果てた戦の痕跡を見て、今更のように彼らは思いだした。傭兵として戦争を稼業にする以上、恨みを買うのが仕事であると言う現実を。

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