秘密工場保守2
『こちら五番。敵部隊侵入!』
『こちら八番。敵部隊侵入!』
中央に戻ると、立て続けに伝声管が叫ぶ。最初の攻撃とは、中央から枝分かれする通路からして違う方面に敵が現れた。
「敵は、山中探しまわって入り口を見つけているようですね。凄い執念だ」
「のんきな事を言っている場合ではないぞ、テオ。相手はアイヒンガー家の騎士だ」
「アイヒンガーの?」
「そうだ。お前の推測が正しければ、どういう訳か内乱らしいな」
「だとしても、今考えるべきは敵の撃破です」
「同感だ。また引き込んで挟み撃ちにしてやろうか」
五番口と八番口は、通路を家系図に見立てればいとこ同士だ。敵を引き込んでも、互いに悪影響はない。
二か所の交戦地点にそれぞれ一個小隊を援軍に送る。そのうち五番口への援軍は、ゲオルク自身が率いて向かった。
狭い通路での戦いである以上、一度に大軍を投入する事は出来ない。そうすぐに突破されることは無いはずだ。
しかしそれは、こちらが敵を撃破するのも容易ではないという事だ。長期戦になるだろう。
幸い中央に待機させてある兵力は三個小隊なので、一番口に援軍に行った小隊は、今回は待機させた。可能な限り順番に休ませて、疲労を貯めない様にするのが良いだろう。
中央に待機している部隊を、敵の侵入が無い出入り口の守備隊と交代する、という事も考えられる。敵が未発見の出入り口なら、疲弊した部隊を置いていても問題無い。
ただ敵が新たな出入り口を発見し、突入して来たとき、休ませるつもりで疲弊した部隊を置いておくと、突破を許す恐れがある。
そうなると、中央の部隊が迎撃に忙しく駆け回る事になり、消耗が速く大きくなる。それをまた、仕方なしに余力の有る守備隊と交代すれば、守備隊の戦力は落ちる一方だ。そしてその分、迎撃部隊の負担は増えていく。
多少無理があっても、余力の有る部隊を敵の来ない所に無駄に置いておく事になろうとも、安易に防衛線の戦力を低下させる様な事は、避けた方が良いかもしれない。
五番口の交戦地点に到着した。引き込んで挟撃の基本方針は変わらないが、まずは敵を知った上で行動すべきだ。
「情況は?」
「ここを守るだけなら、問題ありません」
予想通りではあるが、守っている限りは問題は無さそうだった。狭い通路一杯に槍を並べ、槍の壁のようになった防御を、敵軍は攻めあぐねている。
しかし、予想外の事もあった。ここを攻めている敵は、騎士ではない。傭兵だ。敵は、騎士と傭兵の混成部隊の様だ。
騎士団が主攻として攻め、傭兵が側背を突いて防御を崩す作戦だったのかもしれない。だとしたら、敵の狙いはとうに崩れた事になる。
だが敵の作戦が成功したのか失敗したのかを、この段階で勝手に判断するのは危険だ。本当に優れた敵将がいれば、作戦が失敗しても、その場で次の手を打つ。
作戦通り、分かれ道まで敵を引き込んで挟撃する。しかし、先程は騎士だったので殲滅したが、傭兵ならばわざわざ危険を冒して殲滅する意味も無い。
分かれ道を利用して、敵の先鋒が左右から挟撃されるようにタイミングを計って攻撃する。
それで敵は、初めは後退も出来ずに味方と押し合って身動きを失い。やがて後方の味方を踏み越えて退却を始めた。
敵を撃退すると、残された敵の死体は、味方に踏みつぶされて死んだ者が少なくなかった。
『こちら八番。敵の撃退に成功した』
五番口に設置された伝声管の口から、そういうアナウンスが流れてくる。
「よし、一時下がるぞ」
伝声管に叫んで八番口の援軍に向かった隊へも命令を出し、中央に戻る。
それにしてもだ。今の敵は、少し拍子抜けしてしまった。もちろん傭兵が、騎士に比べるべくも無い戦力でしかない事は重々承知しているのだが、粘り腰が無いと言うか、本気ではないような気がした。
報酬を受け取って働くだけの傭兵が、命まで張ろうとしないのは分かっている。だがそれにしたってあの攻めには、士気の高さと言うものが無かった。
ここまで念入りに偽装と警戒を施して隠していた施設の存在を暴き出し、攻め寄せて来るのに、そんな士気の低い兵を充てて来るものだろうか。
「それとも、何か見落としが?」
士気が低い事の理由など、考えればいくらでも考えられる。つまりは考えても意味がないという事だ。敵の士気が低くて困る事は無いのだから、この事はもう考える必要は無い。
考えるべきは、別の可能性だ。士気が低い事を装っている可能性。そうして何かを隠している。
あるいは、本当に指揮の低い兵をまず充て、精鋭を温存して機を窺っている。
最初に騎士団が突入してきた事との整合性が取れないが、最初の作戦に失敗したがゆえの作戦変更とも考えられる。
いずれにせよ、敵が何かを、手の内を隠しているのだとしたら、こちらには何も備えがない。万一の可能性を考えて行動するべきだ。
中央部に一番近い分かれ道まで戻って来た。そのとき、中央の方から兵がやってきた。傭兵団の兵ではなかった。
「――敵だ!?」
誰かが叫ぶ。敵も味方も、事態が飲み込めずに慌てふためいている。
「突撃!」
ゲオルクはとっさに剣を抜き、敵に斬り込んだ。味方がそれに引きずられ、敵に突撃を掛ける。
敵の方がこちらの倍はいたが、誰もそんな事を冷静に見ている余裕はなかった。傭兵団は遮二無二突っ込み、敵はただ慌てふためきながらやられて行く。
「退け! 退け!」
たまらず敵が退却を始めた。施設の奥の方へ下がっていく。
追撃はしなかった。遭遇戦は、とにかく相手が動揺しているうちに突っ込んでしまうのがセオリーとされている。
今回はまさに、とにかく突っ込んだこちらと、突然の事に指示を出せずに狼狽えた敵の差が出た。
しかし冷静さを取り戻せば、敵はこちらが少数である事に気付くだろう。兵力の差が出にくい隘路とは言え、冷静に対処されてはやはりこちらが不利だ。一撃を加えた隙に、こちらも退いて体勢を立て直す。
だが事態は深刻だ。すでに中央部は敵に制圧されたと考えるしかない。中央に残した兵は約四十。指揮はテオだ。とてもではないが、三つの広間の工廠を守りきれない。
一刻も早く敵を追いだし、工廠を奪還しなければならない。しかし、敵の兵力も編成も不明のまま、一個小隊で突っ込むのは危険すぎる。
「戻るぞ!」
一番近い伝声管の口は、さっきまで戦っていた五番口だ。そこで情報を得るしかない。
走る足音の反響を聞きながら、情況を整理する。廃坑のさらに奥を掘り抜いて作ったこの施設に、秘密の抜け穴の様な物は無い。新たに掘ったと言うのも、非現実的だ。
ならば敵は、少数でどこかから警備の目を潜り抜けて侵入して来たのではない。精鋭で連絡をさせる間を与えず警備も守備隊も突破して、一気に中枢まで入り込んだのだ。
事前に相当の内偵をしていたという事だ。そしてこちらの油断を誘い、一気に急所をえぐりに来た。
それほどこの施設は、何としても潰したい存在だという事か。しかし、今はそんな事はどうでもいい。
五番口の伝声管にたどり着く。守備隊が狼狽えていた。伝声管が、すでに何かを叫んでいる。
『こちら工廠。テオドール。敵の攻撃を受けている。長くは持たない。大至急援軍を!』
思いがけず僅かな兵で交渉を死守する羽目になったテオが、救援要請を繰り返していた。
だがこれはまずい。救援に応じて、各所の守備隊が持ち場を離れれば、出入り口はがら空きだ。そこに敵が来れば、無抵抗で中枢まで侵入される。
大きく息を吸い、伝声管に叫んだ。
「黙れ! 全員持ち場を離れるな。団長命令である。違反者は死罪!」
しん、と全ての音が消えたような気がした。
「各隊の情況を報告せよ。一番口、応答せよ」
一番口から順番に、情況を確認していく。敵と交戦中の隊。異常の無い隊。すでに中央の救援に動き出してしまっていた隊など様々だったが、なんとか皆掴まった。
「十番口、応答せよ。十番口!」
十番口だけ応答がない。おそらくここから突破されたのだろうが、どうなったのか。確認を取ろうにも、ここからでは中央を経由しなければたどり着けない。
『こちら、十番口』
ようやく応答があった。だが声は苦しげで、無理をして叫んでいる感じだ。それでも、情況を知らなければならない。
「十番口。現状、敵兵力など、分かる事を全て報告しろ」
『十番口守備隊。戦死者八名。負傷者多数。残存兵力は、二十四名』
負傷者多数と言う割に、半分以上はまだ戦えると申告してきた。だがこれは、敵の突破を許した自責から、相当無理をしているのだろう。
『敵兵力は、推定四百』
思わず口を歪めた。四百もの敵に中枢まで侵入されたとなると、事態は相当深刻だ
「こちらゲオルク。全部隊に通達。動ける者は全員、施設中枢に侵入した敵の排除に当たれ。ただし、十番口のみは負傷者を連れて施設外に脱出。部隊の保全を図れ」
賭けの様なものだ。全軍で敵に当たれば、兵力はまだこちらが上だ。しかし、ここではどれだけ意味があるか分からない。それに、外部からの敵の侵入に無防備になるという事でもある。
ただ伝声管通信は、敵にも聞こえているはずだ。こちらが全力で敵を包囲・排除に掛かる。しかし十番口だけは開いている。十番口が分からなくても、自分たちが侵入してきた場所だという事は分かるだろう。
これから包囲するぞと宣言して、実際にその様に動く。敵は果たして、包囲されるまでに脱出を図るか。図ればこちらの勝ち。身を捨ててあくまで施設破壊を優先すれば、負けるかもしれない。
各所の守備に就いていた部隊が集まってくる。ゲオルクの手元には、二百四、五十の兵力が集まった。
兵を連れて施設中央部に戻って来ると、敵部隊も待ち構えていた。引く気はないのか、それとも味方を逃がすための殿か、ここからでは判別できない。
どちらにしても、敵を撃破するだけだ。隘路での戦いならば、こちらの方に一日の長があるはずだ。
狭いと形容するには広いが、戦をするにはやはり狭い通路で、両軍が激しく押し合った。負傷したら後方に下がる事も困難なので、自然慎重な戦い方になる。そこをどう勇猛に戦わせるかだ。
前衛を交代させながら、敵を押し続ける。敵と接触しない後方の兵にも、盛んに鯨波の声を上げさせる。
声が反響するこの洞窟内では、士気が増幅されるのだ。勢いもそうだし、恐慌もまた反響して増幅される。一度崩れれば手に負えない可能性が高いので、兵を鼓舞し続ける。
こちらに一日の長があると思っていたが、敵もなかなか頑強だった。退いたと思いきや、一気に押し返してくる。押し引きの呼吸が巧みだ。
何か、以前にも戦った事がある様な気がした。この戦の呼吸は、確かに覚えがある。
工廠の方はどうなっているのだろう。テオが率いている小隊がいなくても、元々ここを守備する兵がいるが、僅かなものだ。
全体の情況が把握できず、焦りを生じる。しかし、いくら焦ったところで何かできる訳でもない。
ここで敵を押している限り、背後の戦況を無視して工廠の破壊にも専念できまい。そう自分に言い聞かせて、なんとか指揮を執り続ける。
敵が下がった。下がった分こちらが進むと、また猛反撃を掛けてきて押し返される。そう思ったが、今度は反撃も無く、唯一開けておいた十番口のある方の通路へと下がっていく。
迂闊に中央の交差点を奪還するような真似はしなかった。四方に兵を残していれば、飛び込んだこちらが逆に包囲される。それくらいはやりかねない敵だ。
百だけ中央に送り、様子を見た。ゲオルクの指揮下に無い他の味方の合流してくる。工廠を死守していたテオの部隊も合流してきたところで、ようやく敵の伏兵はないと確信して、ゲオルクも合流した。
「テオ、生きていたようで何より」
「今回ばかりは、本当に死ぬかと思いましたよ」
テオの声にも余裕がない。本当に弱り果てたという声だった。
「ところでゲオルク殿、敵部隊ですが、率いているのは、サムイル・イワノフです」
「イワノフだと? 炭鉱奪回のときのあいつか?」
「間違いありません。この目で本人を確認しました」
道理で手強い訳だ。炭鉱のときも、結局は上手くしてやられたような格好だ。
という事は、今回もこれで終わりとは思えない。単純に攻めあぐね、敵が退き返したでは済まない。
前線に出た。敵が何を企んでいるにしろ、敵に近い所でなくては知りようが無い。
だが前線に出ると、意外な展開になっていた。傭兵団と交戦している敵は頑強に抵抗しているが、後方の敵は退却を始めていた。
踏みとどまる敵からも反攻は無く、抵抗はあくまで、味方の退却を助ける殿としての戦い方だった。
踏みとどまる敵の中に、以前一度遠目に見たイワノフの姿を認めた。面識はないが、向こうもこちらの事を知っているらしい。互いに目が合った。
「作戦タイムオーバーだ」
イワノフはそう言い残し、最後まで残っていた部隊と共に退却していった。
「追わなくていい」
追撃したところで、どうせ大した事はできない。それよりも、被害状況の確認を優先した。
被害は軽微とは言えないが、許容できる範囲にとどまっているとの事だった。
イワノフの傭兵部隊には、まんまと逃げられた。各所に配置した部隊が戻ってきて、脱出口までの分かれ道に兵を残し、退路を確保して奥まで侵攻してきた事が、ようやく分かった。
イワノフの離脱からほどなくして、外の見張りが味方の到着を告げた。到着した味方は外の敵を撃退し、施設の安全は確保されたとも告げた。
ゲオルクの傭兵団が五日間この施設の守備に当たる事になったのは、この味方の到着までという事だったのだ。急報を受けて、予定よりも一日早く到着した。
彼らが何者であるかは、言を左右にして結局はぐらかされた。それどころか、もう用済みだから早く出て行けという意思が、言外に感じられた。
ゲオルクも今は、この件にこれ以上深入りするつもりも無い。だから何も気づかぬふりをして、大人しく去る事にした。
作戦目標は果たし、報酬ももらえる。色々と怪しい所はあるが、依頼自体はユウキ家から正式に受けたものだ。何一つ問題などない。
「だが、このまま忘れてしまうつもりも無い」
「傭兵としては、その態度はどうかと思いますが」
「テオ。確かに私が率いているのは傭兵団だ。しかし、私はまだ騎士であるし、私の傭兵団も、金を積まれればどんな仕事でもする、ただの傭兵と言う訳ではない。どこの依頼を受けるか、どんな仕事をするかは、明確に選んでいる」
「分かりました。しかし今度ばかりは、まともな情報を掴めると保証はできません」
「分かっている」
事はかなり上のレベルで動いている可能性が高い。だとすると、迂闊に首を突っ込むのは、いろいろとよろしくない結果をもたらすかもしれない。
それでも、自分が当事者の端くれになった何事かに関して、何も知らぬまま踊る事を肯んずる気にはなれなかった。




