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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter2・大地の息子たち
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秘密工場保守1

 取水施設の戦以来、各地の緊張と小競り合いは一層激しさを増した。

 しかし、未だ大規模な戦は起きなかった。傭兵団が出動を命じられる事も無い。

 総督府派は理解できる。明確な中心を欠き、各地の諸侯がそれぞれ単独で戦うしかない状態が続いているのだ。不用意な動きはできないだろう。

 良く分からないのはむしろ身内、蒼州(そうしゅう)公派の動きだった。敵の体勢が固まらないうちに一気に攻勢を掛けるのが、戦略としては正しいはずだ。

 今更、何の理由があって大きな動きを控えているのかが分からない。ゲオルクには、上層部の作戦計画など、知りようも無い事だった。

 意見を上申する、という事も難しかった。蒼州公家とユウキ家が事実上合同したため、組織のトップは蒼州公家という事になる。

 しかしユウキ家の家臣であるゲオルクには、公家に直接上申する権利はない。その伝手も無かった。

 せいぜいユウキ家の四遺臣。特にツィンメルマン卿などに上申書を渡し、上に伝えてもらうくらいだ。

 だがいくら評価されているとは言え、今のゲオルクは一介の傭兵団長に過ぎない。騎士身分はあるが、役職がないので平騎士。一兵卒並みと言う事になる。

 そんなゲオルクの上申書が、複数の人間の手を経由していては、どこで握りつぶされないとも限らない。

 それに落ち着いてよく考えてみれば、ゲオルクが考える程度の事を、上層部かそれに近い誰かが考えて、意見しない訳も無い。

 なんとしても上伸をしなければ、組織が方針を誤るなどと言うのは、自分だけが正しい答えを知っている。そんな思い上がりに等しいのではないか。

 結局ゲオルクは、情報を集める事はするが、それ以上の事はしなかった。

 ただその情報も、このところあまり入ってこない。上層部の考えている方針と言うものが、見えてこないのだ。もちろん、簡単に方針が悟られるようでは問題だが、それにしたって何も情報が無い。

 元々蒼州公家は、秘密主義的なところがあった。フリードリヒ大公もそうで、事前に誰にも相談せず、反乱を起こしてから諸侯に参集を呼びかけた。

 それが裏目に出て、用意の整わない諸侯が動けないでいるうちに、昌国君(しょうこくくん)の速攻に敗れ去った。

 反乱を起こした蒼州公家を再興するくらいだから、今の公家上層部も、決して無能ではない。むしろ極めて有能な集団であるはずだ。

 だから、同じ轍を踏む様な事は無いはずだ。そう信頼して、預けるより他にあるまい。

 しばらくは何事も無く過ぎ去り、季節は冬の入口に入った頃、傭兵団に新たな命令が下った。

 それは密命としか言いようの無いものだった。姿を偽った使者が、暗号化された手紙を運んできた。続いて別の使者が、暗号の解き方を記した手紙を運んできた。両方揃わないと意味をなさない仕掛けだ。

 暗号を解読した命令の内容も、酷く情報の少ないものだった。至急ある場所の防衛に向かえ。それしか書いていない。理由も、敵が誰かも書いてなかった。

 ただそのある場所と言うのが、シュレースヴィヒ郡だった。敵地の真ん中と言っても過言でもない。


「秘密の拠点でも築いたのか?」

「ゲオルク殿、あまり気にしない方が良いかと。深く詮索すれば、危険でしょう」

「分かっている。我々は傭兵だ。報酬さえ貰えれば、どんな仕事であれ、詮索せずに引き受ける。それでいいだろう? テオ」


 ゲオルクも素人ではない。これが作戦が終わり次第、すぐに忘れるべき機密性の高い任務であることは、初めから理解している。

 しかしそれにしたって、キナ臭いものがあると思わずにはいられなかった。わざわざゲオルクの傭兵団に任務を依頼した事も妙だ。関わり合いを隠したいのなら、今回だけの傭兵を雇った方が良い。

 あまり信用できない者に任せたくないのかもしれないが、信用できる兵を使う事と、関与がばれる事は裏表だ。

 こちらの関与を知られず、それでいて信用できる兵を使いたいなど、本当に姿を敵に知らせぬ、影の部隊でも作らない事には難しい。

 ともかく、引き受けた以上は成し遂げるのが、道理というものだ。

 今回は作戦領域が敵地なので、そこへ移動するにも神経を使った。堂々と隊列を組んで進軍などしようものなら、たちまちアイヒンガー軍の斥候に捕捉されてしまう。

 部隊を小さく分け、武器も隠して運搬しなければならない。衣服や鎧に統一性は無いので、そこはあえて何かしなくても誤魔化せる。ただ、普段の赤や青の派手な衣装だけはやめさせた。

 これが意外に反発があって、兵がちょっと派手すぎるくらいの奇抜な衣装を気に入っている事を知った。

 命令された防衛地点は、地図で見る限り何の変哲も無い山だった。現地に着いてみても、やはりただの山にしか見えなかった。

 麓の小屋に住まう老人に、教えられた符牒を伝える。どういう伝達手段があったのか、すぐに案内役がやって来て、傭兵団を先導した。

 案内役の先導に従って進むと、巧妙に隠された洞窟の入り口があった。ここに来るまでの道筋も迷路の様で、案内役無しで同じ道をたどれるかは、ちょっと自信が無い。

 洞窟は明らかに人の手で掘られたものだった。ただ掘られたのは、相当昔の様だ。鉱山の様だが、とっくに廃坑しているのだろう。

 狭い行動を奥まで進むと、急に広くなった。トンネルである事は変わり無いが、広く、そして比較的最近掘られたものだ。


「我々が守るのは、この洞窟か? 正確には、この奥にあるものか?」


 答えは帰ってこなかった。案内役は最低限必要な事以外、何一つしゃべろうとしない。

 何度も分かれ道を通り過ぎ、おそらく奥へ奥へと案内された。どれくらい進んだろうか、広間と言って良い場所に出る。

 初め、妙に明るいと思った。そして暑い場所だった。さらにうるさい。通路にも灯りはあったが、所詮洞窟だ。明るいと言うよりも、薄暗い。

 だがここは、書物が読めそうなくらいには明るかった。天井から多くの明かりが吊り下げられているが、光源は下にもあった。

 そこら中で炭が赤く燃やされ、金属が熱せられている。鍛冶仕事だと言うのは一目瞭然だが、作っているのは全て武器だ。

 ここは巨大な武器の製作所だった。風が流れているのは、窒息死しないように外気が常に送り込まれているのだろう。

 案内役の姿がいつの間にか消え、代わりにもっと年嵩の男が現れた。ここの責任者か、それに準ずる立場の人間だろう。


「よくおいでくださいました。感謝します」

「我々の任務は、ここを守る事ですかな?」

「正確には、ここを含めた三つの作業場です。今日から五日間警備していただきたい。その間何事も無ければ、それで良いのです」

「警備するには、地理に詳しくなければ勤まりませんが」

「自由な行動と、図面の提供を特別に許可いたします」


 頷いた。ただ彼らがどこの勢力に所属する存在なのかは、聞いても答えないだろう。守る以上、敵ではないのだろうが、敵ではないの意味する所は広い。

 いつ襲撃があるか分からないという事なので、構造を頭に叩き込んで、兵の配置を考える事に専念した。どうせ余計な事を考えたところで、何も知らされはしない。

 施設の構造は、中央の点から六本の通路が伸びる。そのうち三本が作業場へ続き、残り三本が外へ続く。

 外へ続く通路は途中で二度、二手に分岐し、出入り口は十二か所ある。洞窟内では方角を見失いやすく、分かれ道に立つと、どちらが奥か分からなくなってくる。

 出入り口が十二か所あるので、とりあえずその全てに兵を割り振る。幸い、狭い通路ならば一個小隊を置けば、どれほど敵がいようとも対応できる。

 今まで何度もこんな地形を攻める立場に立ったが、守る立場に立つのは初めてだ。だが攻める側が、どんな風に待ち構えられると困るかは、良く分かっている。

 ただ施設が広すぎるのが難点だった。その上、直接各防衛点に直行できる構造になっていないので、どこに敵が現れたのか、即応しづらい。

 迅速な敵襲の察知と対応をどうするか悩んでいると、壁に妙なものがある事に気付いた。蓋をしたラッパの口の様な物で、パイプと繋がっている。

 施設の者を捕まえて、あれは何だと尋ねた。伝声管と言うらしい。蓋を開いて叫べば、パイプの中を声が反響して、全ての口に声が届くと言う仕組みらしい。

 パイプの口は、全ての出入り口付近にも設置されていると言う。これを使ってやり取りすれば、迅速に敵襲に対処できる。すぐに使用許可を求め、入れられた。元から緊急連絡用らしい。

 特定の場所にのみ声を届けるような、器用な真似はできない装置なので、急ごしらえだが通信の法則を決めた。

各出入り口と守備部隊に番号を振り、どの部隊からの報告か、どの部隊への命令かを誤認しないような言い方を定める。

 欠点として、蓋を開くと声がただ漏れになるので、押し込まれたとき敵にも通信が聞こえるという事が懸念された。

 しかし、敵はどの出入り口が何番かは知らないし、そもそも全ての出入り口を知って攻めて来るとも限らない。どこが苦戦しているかという情報は、もう一方の当事者である敵には、言わずもながの既知の情報だろう。

 結局、敵に通信が漏れたところで、大して支障はないと言う結論に落ち着いた。

 伝声管通信に因り、全体状況を把握して、必要な所へ援軍を送れるようになったので、百二十を中央に待機させて遊軍とした。

 あとはいつ来るのか。それとも来ないかもしれない敵を待つだけだった。

 四日経った。今日までは何も異常は見られない。もう敵など来ないのかもしれないと言う思いが、頭をかすめ始める。

 初めのうちは待つ間、敵が来るとしたらどう来るか。どのように対処すべきかと言ったことをテオと語り続けていたが、今はもう語るべき事も無く、黙って時を過ごしている。


「ときにゲオルク様」


 数時間ぶりにテオが言葉を発した。


「なんだ?」

「この武器工場の所有者は、誰だと思いますか?」

「お前がそんなことを尋ねるという事は、目星がついたのか」

「目星と言うほどの事もありませんが、前々から在った情報と、数日ここを観察した結果からの推測ならあります」

「ならばぜひ聞きたいな。お前の推測を」


 ゲオルクはあえて興味無さそうに横目でテオの方を見た。テオは少し間を置いて、いくらか声を低めて言った。


「結論だけ端的に言えば、アイヒンガー伯爵家か、それに連なる者の所有と思われます」

「なんだと。確かなのか」


 アイヒンガー家は敵のはずだ。なぜ敵の兵器工場を守るような命令が下されるのか。


「少なくとも、ここで働いている者達は、アイヒンガー家の息が掛かっているはずです。それに関しては、ワールブルク殿も同意見でしたので、確証に近いものがあります」

「しかしそれなら、一体なぜだ。アイヒンガー家が我らの側に寝返ったのか?」

「流石にそれは、希望的観測が過ぎるかと」

「だろうな。本気でそうは思っていないさ」


 だがそれなら、どういう真実があるのか。すでに込み入っているのだ、複雑な事情を考えれば、いくらでも疑える。


『こちら一番。こちら一番。本部へ通信』


 伝声管から反響した、微妙にくぐもったような声が聞こえてきた。


『施設職員より報告。敵部隊が付近を捜索。一番、二番、三番、四番が発見される可能性あり。繰り返す――』

「おいでなすった様だな」


 ゲオルクは伝声管からの声が止まったことを確認して、今度は自分が伝声管へ叫んだ。


「一番、二番、三番、四番は戦闘用意。それ以外の小隊も、警戒を強めろ」


 まだ敵が隠された入口を見つけて突入してくるかは分からない。しかし、わざわざ守備部隊を要請するくらいなのだから、敵も本気でここを突きとめようとしているのだろう。

 入り口が発見されても、すぐに撃退するような迂闊な真似はしない。廃坑道と見て引き上げる可能性もある。撃退するのは、新しく掘られた洞窟が確認できる位置まで、敵が侵入したらだ。

 それから、どれだけ時間が経っただろうか。地下では時間の感覚が良く分からない。


『こちら一番。敵部隊、施設へ侵入。これより迎撃する』


 伝声管からの声。どうやら敵は、はっきりとここに何が隠されているかを認識したうえで来ているようだ。どれだけいるか分からないが、全て撃退するしかない。


「テオ、少し前線を見てくる。その間の事を頼む」

「ここにいた方が、全ての入口から報告が来ます。不用意な行動は慎んだ方がよろしいのでは?」

「敵は一ヶ所だけから突入してきた。他の入口をまだ知らないから、一ヶ所だけから攻撃をしてきたのだ。ならばまだ余裕がある。今のうちに、少しでも敵情を知っておきたい」

「分かりました。お気をつけて。留守の間は私が対処します」

「頼むぞ」


 一個小隊を率いて、一番出入り口に向かった。一番外側の分かれ道よりも先で、交戦している。


「情況は?」

「今のところ問題無く防いでおります。しかし、敵の数が多いですね。後ろに相当数がいます」


 洞窟での押し合いなので、後方に敵がどれだけいるか正確には掴めないが、一個中隊か、それ以上はいそうだった。


「三百数えたら、後退しろ。分かれ道の少し後ろで踏みとどまれ」


 第一小隊に指示を出すと、手勢を連れで来た道を戻り、分かれ道を第二小隊の方へ進んだ。

 第二小隊と合流して指揮下に加え、敵を待つ。初めに命令通り後退する味方。その後にそれを追って、敵が奥深くへ侵入してくる。

 敵の後備が分かれ道を過ぎた事を確認すると、ゲオルクは敵の背後に襲い掛かった。

 狭い通路で、敵は前後から挟み撃ちを受ける。逃げ場を失い、先頭は挟み撃ちを受けたことにすら気づかないまま、背後から倒されて行く。

 敵の前衛が挟み撃ちを受けている事に気付いた頃には、もはや手遅れだった。手の打ち様も無く、押し潰されるように皆殺しだった。

 敵を掃討すると、ゲオルクは各隊に持ち場に戻るように命じた。これで終わりとは考えられない。死体の始末は最後で良い。

 第一、第二小隊が持ち場に戻り、ゲオルクの直属も中央に戻る。戻る前に、敵が何者であるかを確かめた。


「これは」


 アイヒンガー家の騎士だ。間違いない。

 テオの推測では、この武器工場もアイヒンガー家の息が掛かっている。だがそれならば、同士討ちではないのか。

 一族の内乱がいまだに続くコストナー家と違って、アイヒンガー家は現当主の敵となりうる一族は、全て粛清されたはずだ。

 アイヒンガー家の内部は盤石。今までそう思われてきた。その盤石のはずの内部体制に、亀裂が生じているという事か。

 だとしても、そこに蒼州公派の傭兵であるゲオルクらが派遣されるのは何故だ。仮に内部分裂として、どちらか片方。いや、現当主が蒼州公派に寝返るとは思えないから、仮称・反乱軍が蒼州公派に接触したのか。

 だがそれならそれで、どういるルートで接触したのか。なぜわざわざゲオルクらが派遣されねばならないのか。疑惑は尽きない。

 今はただ、敵の撃破に専念するしかないだろう。アイヒンガー家の騎士ならば、強敵だ。地の利を最大限生かして戦う必要がある。

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