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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter2・大地の息子たち
32/105

開発地区救援2

 戦況は動かなかった。いや、動かさなかったと言う方が正しい。

 動けば動くほど、どう動いても犠牲を出してしまう盗賊団は、しかし動かなければ情況を打開も出来ず、一人二人と犠牲を出し続けていた。

 傭兵団は囲まれながらも、ただ攻められたら打ち払うだけで良かった。敵を突破しようと思えばできる。しかし、敵を殲滅するにはそれ相応の好機が必要だ。今の情況を保ちながら、時が来るのをじっと待っていた。

 囲まれているという精神的な圧迫感はある。しかし、明らかに攻めあぐねているのは盗賊の方で、優位に戦いを進めている傭兵団の兵には、余裕が見られた。

 一方の盗賊団は、囲んでいるのに攻めきれず、むしろ犠牲を増やし続けていることへの焦りが見てとれた。攻め方や行動が、稚拙になってきている。

 かと言って逃げれば、追撃される。半分以上は逃げきれるだろうが、何割かは追撃で討たれるだろう。自分がその討たれる何割かにならないとも限らないので、誰も退却を言い出せないでいるのだろう。

 ここは我慢比べだと思った。我慢できなくなって先に動いた方が、おそらく目的を達せられない。傭兵団は盗賊の過半を逃がし、盗賊は大打撃を受ける。

 もちろん、絶対にそうだと決まった訳ではない。意を決して行動に出れば、思いがけず大勝する可能性もある。

 自分が勝つ事よりも、敵が勝つ事の方が、重く圧し掛かってくる。敵が先に動けば、自分が勝つ。そのはずだが、予想外に動いた敵が勝ち、待ち続けた自分が負けないとも限らない。

 待てば待つほど、その不安は思考の大きな部分を占めてくる。その恐怖に抗いきれず下手に動けば、最初の予想通り、負けるだろう。

 結局、動こうが待とうが、どちらを選んでも、どういう結果になるか、本当には分からないのだ。だから、どちらでもいいから決めてしまう事だ。

 迷いながら、中途半端な行動をする事が、一番悪い。


「案外、敵も堪えますな。ゲオルク殿。もっと腰砕けになるかと思いましたが」

「あれは腰が据わっているのではないぞ、テオ。ただ迷っているだけだ」

「迷っている、ですか。動かないと決めた訳ではなく、ただ決めかねていると?」

「おそらくな。動かず、今の小競り合いを限界まで続けると将が決意したなら、兵の動きや顔つきも、もっと強い意志を感じるはずだ。だがそれが無い」

「動かないと決めた訳ではないのなら」

「いずれ動くはずだ。ただそれも、決心したのではなく、ちょっと試してみようという気で動くだろう」

「そのときが、好機ですか」

「さあ、それはその時になってみないと分からん」


 試す、という事はない。全ては行動したか、しないかだ。本気だろうと、ちょっと試そうという気でも、行動する事には変わりない。

 行動してしまえば、それによって生じる事が、否応無くその身に降りかかる。試してみようと言うのは、取り返しがつくと言う気持ちがある。しかし、行動してしまえばそれはもう、取り返しなどつかないのだ。

 取り返しがつくと思い、試してみようと行動して、取り返しなどつかない事に、後から慌てふためいても、もう遅い。

 だから行動するときは、必ず決心しなければならない。


「団長、新たに一軍の接近を確認しました!」

「どこの所属だ?」

「確認中です。少々お待ちを。敵に遮られて、視界が利きません」


 包囲する盗賊の背後に、土埃が見える。土埃の立ち方から、数百はいるだろう。付近にそれだけの味方はいない。それに、盗賊に動揺も見られなかった。


「盗賊の増援のようです」

「やはりな。数は?」

「ここからでは詳しくは。しかし、二、三百と推定されます」


 まあ、そんなところだろう。これで盗賊の総数は五、六百。事前情報から推測した数と、ほぼ一致する。むしろ、ここにいる三百で全てと言う方が、少なすぎたのだ。


「ゲオルク殿、どうしますか? 敵に増援が来てしまいましたが」

「なに、これでやっと数は互角。まともに戦えば、兵の質はこちらが上だ。慌てる事は無いだろう」

「しかし、せっかく消耗させたのに、また包囲が厚くなってしまいますね」

「兵が動揺しない様に、しっかり統制させるだけでいい。一時的に敵は勢いづくだろうが、援軍を得ても戦況が変わらなければ、かえって動揺は増すはずだ」


 包囲を続ける事が出来なくなるまで消耗させ続ける事は、これで不可能になった。しかし、一度掴んだ希望の糸が切れてしまう方が、最初から希望が無いよりも、絶望は深くなる。

 そういう意味では敵の増援は、むしろこちらにこそ有利を運んで来たかもしれないのだ。


「みな、怯むな。いくら賊の数が増えようと、昌国君(しょうこくくん)の万分の一も恐ろしくはない。そうだろう?」


 兵が鯨波(とき)の声を上げる。


「いいぞ。むしろ手柄首が増えた様なものだ。思う存分戦果を上げろ。賊の首一つは安いからな。数を上げんと戦果にならんぞ」


 方々から笑い声が上がる。兵の心には、十分余裕ができていた。

 援軍を得て気を強くした賊兵は戦法を切り替えて、まともな包囲殲滅を目論んで攻め寄せてきた。四方から一斉に賊兵が攻撃してくる。やはり、数はこちらとほぼ同数まで増えているようだ。

 形としては包囲されているが、全く怖くない包囲だった。包囲する事に依る利点は主に二つ。敵と接しない中央の兵が遊びになる事。武器を振るう空間も無く押し込まれる事に依る、戦力の低下。

 つまりどちらも、軍勢の規模に応じた空間を確保できれば、解決すると言う事だ。

 盗賊は兵力が少ない事を考慮して、最初から押し潰そうとしなかった事に依り、こちらに十分な空間を確保する時間を与えてしまった。

 包囲されてはいるが、兵を無駄なく戦わせる事ができる。武器を振るうにも余裕がある。包囲など形ばかりの事で、これではほとんど意味がない。

 むしろ包囲の内側にいる事で、かえってこちらが優位に戦える事もある。

 ゲオルク、ハンナ、ワールブルクがそれぞれ三十から四十の小隊を率いている。どこか押されている戦線があれば、すぐに救援に駆けつける事ができる。中央に待機して、どこへでも直線で駆けつける事ができる。

 一方盗賊は、こちらから少し押し込んでも、すぐに押されている場所に兵を集める事が出来ない。

 突破されそうな箇所に、別の箇所から兵を回すにしても、包囲の外を回って移動しなければならず、即応できない。

 あちこちで突破を試みて、その度に賊兵を振り回してやった。やがて盗賊の方が、明らかにこちらよりも、疲労の色を見せはじめる。

 兵力が増えたのに、むしろこちらに主導権を握られている事に因る、士気の低下も生じているようだ。こちらの読み通りという事になる。

 勝負どころだと思った。


「ハンナ、包囲を突破して背後から襲え。できるな?」

「問題無い。待ちくたびれたくらいだ」

「援護を」

「不要だ。私だけで良い」


 言うや否や、ハンナは旗下の小隊を率いて、猛然と敵に突進した。瞬く間に包囲を突き破り、敵の後方に出たようだ。

 兵の質の差ももちろんあるだろうが、何より騎士剣(レイテルパラッシュ)を手に、先頭切って敵に突っ込む戦乙女の存在が大きいのだろう。

 包囲を突破したハンナ隊が、少し場所を変え、敵の背後から攻撃を始める。内側からもそれに呼応して、ゲオルクとワールブルクが中心となって攻め立てた。

 包囲しているはずが、挟撃を受けた事に因る敵の動揺は大きかった。それがたった数十の兵でも、後ろを取られたという恐怖は大きい。

 敵は僅かの間は耐えたが、結局統制を失って逃げ始めた。すぐにそれが周囲に伝播して、全軍の潰走に陥る。

 ハンナが逃げまどう賊兵を突っ切って、本隊に再合流してきた。次に自分がするべき事を、よく理解している。


「ハンナ。ワールブルク。敵を散らすなよ」

「心得ている」

「まあ、見ていろ」


 盗賊はもはやただ逃げ惑う群衆と化したが、この荒野で四散されては、せっかくここまで耐えた甲斐が無い。一方向に逃げるように誘導し、徹底的に追撃しなくてはならない。


「ゲオルク殿、方向を決めてくれ」


 肯いて、周囲を見回した。まだ比較的統制を保っている賊兵の一団を見つける。旗下の小隊を率いてその集団を襲い、追い立てた。

 追い立てた集団が逃げる方向に、他の賊もつられて逃げ始める。赤隊青隊の指揮に戻ったハンナとワールブルクが、他の方向へ逃げないように兵を展開して、追い立て始めた。

 追い立てるだけでは完全に方向を制御することはできないが、先に誰かが逃げ、他がそれにつられる動きがあれば、ほぼ逃げる方向は固定できる。

 後は、追撃しながら徹底的な掃討戦を繰り広げるだけだった。敵を逃がす理由も、余力を残す理由も、警戒しなければならない事も無い。

 日没までの間、生きている賊兵の姿が見える限り追い討ち、生きた賊兵の姿が見えなくなれば、草の根分けても駆り出した。

 後には延々と、賊兵の亡骸が横たわった。この分なら、ほぼ皆殺しに近いだろう。

 広範囲に亡骸が広がっているので、処分する事は難しい。そもそも、そんな事に使う様な余力は、兵には残っていなかった。

 直接土に還るか、あるいは烏か獣に食われ、糞となって土に還るか。どちらにせよ、開発地区の肥やしとして役に立つだろう。


「終わってみれば、あっけない戦でしたね。ゲオルク殿。耐える戦と、掃討戦だけだった。苦戦する要素もありませんでした」

「騎士に及ぶべくも無い傭兵としては、いつの間にか精鋭と言って良いほどにまでなっていたのだな。蒼州でも、最強の傭兵団かもしれないな。テオ」

「ならば、世界一ですな。蒼州で一番強い傭兵という事は、世界で一番強い傭兵という事です」

「そうかもしれんな。まあ、あくまで傭兵と言う範疇の話でしか無い」


 精鋭と言えるだけの傭兵団を作り上げ、一角の戦力として蒼州公派に貢献する事が目標だった。

 貢献はともかく、傭兵団を作り上げる事に関しては、すでに最初の目標に届いてしまったのかもしれない。だとしたら、次の目標を見つけなければならないだろう。

 だが果たして、自分は、そして傭兵団は、どこを目指せばいいのだろうか。


     ◇


 盗賊団を壊滅させ、依頼主であるシュルツ侯に復命した。

 復命してからの方が、ある意味では盗賊団を相手にするよりも面倒だった。シュルツ侯は本当に盗賊が壊滅したのかとか、契約にある特別減算を持ち出して、とにかく報酬を値切ろうとして来る。

 しかしまあ、そう来るであろう事はとっくに予想していたので、テオがすでにこちらに有利な証拠を揃え、シュルツ侯の言い分を一つ一つ丁寧に潰していく。

 こちらから譲歩することは何も無い。その方針は決めてあるので、テオの論陣は完璧で、シュルツ侯をぐうの音も出ないほどに叩き潰していた。

 テオと論戦をして勝ち目が無いと悟ったシュルツ侯は、何度かゲオルクの方に助けを求める様なまなざしを向けて来るが、冷然と見返した。それでシュルツ侯も、観念した様子だった。

 テオがいて良かったと思うが、テオに助けられたのは、シュルツ侯の方かもしれない。ゲオルクとしても、あまり報酬を値切られるのは傭兵団の運営に関わる以上、満額請求したい。

 もしテオがいなければ、ゲオルクは傭兵団の武力を背景に、恫喝紛いの事をしなければならなかっただろう。それはやりたくなかったし、シュルツ侯としても、恫喝されて屈するより、論破されて屈する方が良かったはずだ。


「分かりました。報酬は満額お支払いいたします」

「ありがたい。こちらとしても、軍を維持するには資金が必要ですから。そう言っていただけると助かります」


 表面上はにこやかに、手を差し出す。シュルツ侯も苦い笑みを浮かべて、ゲオルクの手を握った。


「余計な条件など付けず、初めから満額を提示するべきでしたな」


 それでも、こなした仕事に比べれば安すぎる仕事だ。それでも受けたのは、困っている味方を、利益度外視で助ける気になったからだ。それを値切られては、こちらとしても面白いはずがない。


「今は色々出費がかさんでいるので、少しでも節約したかったのですよ。そちらはネーター家の嫡男でしょう。ならば知っているでしょう」

「何の事ですか?」


 テオが怪訝な表情を浮かべる。珍しく演技でとぼけているのではなく、本心から訝しんでいると分かった。


「御存じない? いや、そんなはずはないでしょう」

「できれば、部外者である私にも理解できるようにお話し願いたいのですが」

「蒼州公家が、大分資金を徴収していったのですよ。うちはあんまり余裕がないものだから、財産の一部を抵当に入れて借金をする羽目になった」

「蒼州公家が資金を徴収? それはもしや、艦隊を創設するという、あれですか?」

「それ以外に、何があります?」


 ゲオルクとテオは、互いに目配せし合った。


「それはそれは、大変ですな。しかしそれも蒼州のためです。さらに言えば、我らへの支払いは、また別の話です」

「分かっている。今更じたばたはしない。支払いは契約通りに遂行する」

「では、よろしく」


 ゲオルクとテオが、シュルツ侯との交渉を終えて、廊下に出る。用心のため少し歩くと、待ちかねたように口を開いた。


「どう思う、テオ?」

「キナ臭いですね。いくら和平交渉中に軍備を整える事は当たり前と言っても、公然と艦隊創設などという大事業を進めるのは、交渉の足を引っ張りかねない」

「端から交渉をまとめる気がない?」

「しかしそれなら、そもそも交渉自体しなければいいはずです。少しでも時間を稼ぎたいのは総督府派。と言うよりも総督府で、蒼州公派はむしろ、攻撃の手を緩めるべきではないでしょう。戦略だけ見ればですが」

「政治的事情。例えば帝都と水面下でなんらかの交渉をしていて、それがまとまるまでは開戦を引き延ばしたいのか」

「あるいは、時間稼ぎ以外の目的。何らかの名分を得るか、総督府の証言を引き出したいのか。どちらにしても、決裂する事は前提で、決裂後を有利にするための何かが交渉にあるのか」

「推測するにも、情報が少なすぎるな」

「戻ったら、至急情報を集めます」

「まあ、蒼州公家は和平交渉などまとめる気がないのは確かだな。分かっていた事ではあるが」


 それは傭兵団も、じきに盗賊団など追いかけている場合ではなくなるという事だ。今回の仕事など、調練代わりの様なものだろう。この先遠くないうちに、ずっと厳しい戦場を行く事になる。


「最初に傭兵団を立ち上げてから、もうすぐ一年半が経ちますね」

「もうそんなになるのか」


 果たしてそれは長かったのか、短かったのか。今のところ、蒼州第一の傭兵団と言えるだろう。だがすぐにも、後発の傭兵団も実力を上げて、追いついてくる。そして大規模戦争でどれほどの価値を持つかは、未知数だ。


「どうあれ、我らは戦うべき所で戦う。それしかないさ」


 戦うべき所がどこか、それはまだ見失っていないはずだ。

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