開発地区救援1
蒼州公派と総督府派の対立は、和平交渉により一時休戦となった。
果たして和平がまとまるかどうかは怪しい所ではあるが、全面戦争を目前にして、僅かな猶予が与えられた事は確かだ。
どの陣営も、思惑はどうあれ一旦は武器を置き、交渉の行方を注視している。この時期に露骨な軍事行動を起こすのは、自らの立場を悪くするだけだ。
だが傭兵団には、和平交渉などお構いなしに仕事の依頼が持ち込まれていた。
「七騎士家のシュルツ家からの依頼だ。領内の開発地区に大規模盗賊団が出現。数が多すぎて、シュルツ家の軍勢だけでは対処しきれないそうだ」
盗賊退治の依頼は久しぶりだ。和平交渉が行われていても、盗賊の横行は止む事が無い。
「数が多いという事ですが、具体的にどの程度なのかは分からないのですか。ゲオルク殿」
「数が多いという以上は、何も無いな」
「全く。情報が甘いですね」
テオが苦々しげにつぶやく。同じ騎士家として、情報収集がいい加減な事は不愉快の様だ。
「シュルツ家の兵力は五、六百でしたから、大規模盗賊団とやらも五百程度でしょう。さすがに一千という事は無いはずです」
一千の軍勢が略奪を繰り返しながら移動を続けていれば、相当目立つ。
シュルツ家が五百の兵を抱えていても、一ヶ所に集める訳にもいかないから、盗賊団が五百でも対処しきれないというのはおかしくはないだろう。
ましてや被害地域は、開発地区とある。新たに荒野を開拓しようとしているのなら、兵の駐留が少なく、手薄なのも肯ける。
「正直この依頼は気が乗らない。しかし、困っているのを見捨てる訳にもいかないし、和平交渉は決裂するだろうという見方が大勢だ。ならば、あまり実戦から離れすぎないように、この依頼を受けるのも悪くない。そう思ってこの依頼を受けた」
「珍しいですね、ゲオルク殿がやりたくない仕事だとこぼすとは」
「向こうが出してきた条件を読んでみろ」
テオはシュルツ家から送られてきた依頼文を読むと、たちまち顔をしかめた。
報酬が安い。傭兵団もある程度依頼をこなして、この仕事なら報酬はこれ位と言う相場を確立している。シュルツ家が提示した報酬は、相場より一割は安かった。
大規模盗賊団が相手だというのなら、報酬は通常の盗賊退治よりも高めに設定されても良いはずだ。
その上、追加事項として、開発地区の損害に応じて特別減算を報酬から差し引くとある。
「なんですかこれは」
テオが冷たい怒りのこもった声を上げる。傭兵団の財務を預かる身としては、ふざけるなと怒鳴り散らしてもおかしくはない。
「こんな依頼を受けて、傭兵団が安くこき使える存在だと思われたら、たまったものじゃありませんよ」
「テオの気持ちは分かる。だがここは金ではないものを、名声を稼ぐと割り切ろうじゃないか。我らは金さえ積まれれば何でもする集団ではない。金が無くても、力を貸す理由があれば動く存在だと示しておくのは、損ではないだろう」
「そう都合の良い評判が広まりますかね?」
「そこはそれ、お前が上手く広報してくれれば、上手く行くんじゃないのか?」
テオが盛大な溜息を吐いた。
「ゲオルク殿も、人使いが荒くなりましたね」
「なんなら役目を交代しようか?」
「やめておきましょう。いくら忙しくても、団長よりはマシでしょうから」
「ネーター家の跡取りが言う科白か」
テオが笑った。ゲオルクも笑う。
結局、最初からテオはゲオルクのやる事を支持するつもりでいたのだ。信頼されている、という事なのだろうか。なぜ自分がそんなに信頼されているのかと思う。
あるいは、信頼されているというのは、ただの思い込みなのかもしれない。だがテオがゲオルクのやろうとしている事を、上手く行くように陰日向に助けてくれている事は事実だ。
例えテオの本心がどこにあろうと、その事実が在るならば、こちらがテオを信頼する理由としては十分だろう。
遠征の準備を整え、傭兵団は現地へ向けて進発した。
もうずいぶん各地を転戦したが、今回は過去最長距離の遠征になる。シュルツ家はプファルツ郡の中でも、フリート郡に接する最西部だ。その上、開発地区という事は、その中でも更に辺境で、道路状況も悪いだろう。
直線距離でも100㎞以上、現地で食糧等の補給ができるかどうかも分からない。盗賊と戦うより、そちらの方に気を配る方が重要かもしれない。
行軍に四日かけてシュルツまで着き、詳しい情報を聞いた。討伐すべき盗賊団の正確な数は把握していなかったが、証言を聞く限り、テオの推測したおおよそ五百と言う線が強いと思われた。
はるばる行軍してきたが、シュルツ家から食糧の提供などは全くなかった。予想はしていたことなので、経費で食糧を買い集める。
ラウ川の上流、水源に近い地域なので、飲料水に事欠かないのは助かった。
補給を済ませると、開発地区を巡回する。フリート郡を囲む山脈の麓に、未開の荒野が延々と広がっている。
確かに未開のまま放置しておくには、惜しい地域だろう。開発すべき土地がいくらでもあった時代なら、もっと下流域の方が交通の便が良い。
しかし既に開発が進んだ現代なら、残された未開地域のうち、最も将来性のある地域の一つに違いない。
「まずは賊の捜索だが、すぐに見つかりそうだな。これは」
地区には数か所の開発拠点となる集落が作られている。当然、これらの集落が賊の獲物として狙われるだろう。ならば集落を張れば良い。
片手に収まる数なので、それぞれに斥候を放って見張らせた。傭兵団は、どの集落に賊が現れても即応できる場所を選んで待機する。
一時に比べれば、近頃は盗賊も減った方だ。最もそれは、以前は盗賊をやっていた者達が、今は傭兵をやっているというだけの話だ。
それでも、略奪をしながら移動を続けられるよりは良いのかもしれない。中には略奪の専門業者のような傭兵もいるが、大抵は略奪よりも、契約と言う名の恐喝が中心だ。
それでも無用の人死が出るよりは、いくらかマシなのだと思いたい。
それに、村落も傭兵を雇って自営をする様になったので、以前よりは盗賊も襲いにくいというのもある。
だからこそ、今回のような大規模盗賊団が出現したのだろう。小さな盗賊ではもう、街道で旅人を襲うくらいしかできないのだ。
斥候が駆けてくる。
「盗賊団、確認しました!」
「行くぞ!」
号令一下、傭兵団が整然と隊列を保ったまま、動き出した。始めたばかりの頃に比べれば、ずいぶんと様になったものだ。
今回は相手が盗賊なので、長槍は使わずに、機動力のある軽装を取らせた。せっかく導入した長槍と集団先鋒なのに、なかなか活躍の機会に恵まれない。
襲撃を受けている開発集落が見えてきた。盗賊は、ざっと見たところ三百だ。予想よりも少ない事が気にかかったが、今は躊躇わずに盗賊へ攻撃を開始した。
背後から攻撃した形だが、盗賊は集落の中に入り込んで、傭兵団の突撃をいなした。なかなかに戦い慣れている。
集落の入口に、守備兵の死体が転がっていた。守備兵は十人足らずのはずなので、どうやら全滅したようだ。守備兵とは言っても、警察的役割しか想定していなかったのだろう。
集落の中に入ると、まず左右を確かめた。建物の影で、何かが光った。
強く手綱を引いた。馬が棒立ちになる。上げた前足の前を、矢が抜けて地面に刺さった。
「伏撃があるぞ、身を隠せ!」
言うや否や、左右から矢が飛んできた。数は多くない。何本か斬り払った。兵の被害も軽微なようだ。
建物なり陣地なりに突入するとき、人の意識は前だけに向く。だから突入してきたところを左右から討つのが有効だし、自分が突入する場合は左右に気を配れ。そう叩き込まれていたので命拾いした。
矢の数からして、弓兵は多くは無いはずだ。左右に一個小隊を割り振って掃討させる。本隊はそのまま集落の中央広場まで進んだ。
待ち構えているには良いはずの広場に、敵の姿は無かった。いや、傭兵団が広場に入った途端、四方の物陰から賊兵が姿を現し、襲い掛かってくる。
「小賢しい真似を」
賊は決して無理に攻めては来ず、押されるとすぐに逃げる。迂闊に追えば、路地に入った辺りで囲む気だろう。
こういう戦い方をされると、まとめて一掃すると言う訳にはいかない。端から確実に、時間を掛けて制圧していくしかない。
市街戦と言うほど建物が密集している訳ではないが、数が多くても動きづらい事は確かだ。小隊ごとに戦わせる。
小隊ごとと言っても、バラバラに戦う訳ではなく、中隊長の指揮の下、小隊が連携して動く。
とりあえず四方の戦闘は、各中隊長に任せても大過無さそうだ。三個小隊を中央に待機させ、それぞれゲオルク、ハンナ、ワールブルクの指揮下に置く。
「攻めてきたら打ち払うだけで良いぞ。深追いはするな」
広場は遮蔽物がほぼ無いが、最初に弓兵を潰したので、矢が飛んでくる事は無かった。せいぜい石が飛んで来るくらいだ。
それも大した数ではない。武器になる様な石を多く備えておくと、結構な量と重さになる。いくら大きくても、盗賊団がそれだけの石を常備しているはずもない。
戦況は、悪くは無かった。賊兵は不利と見るとすぐに退いてしまうので、なかなか打撃は与えられないが、交戦する度に一人二人と確実に討ち果たしている。
装備を軽装にしていたのが功を奏して、逃げる賊兵の一人くらいには追い付くのだ。賊が弓矢を多く備えていたら、こちらの被害が大きかったろうが、弓矢は習得に鍛錬を要する。弓兵の割合が少なければ、軽装でも問題はない。斬り合いならば、こちらの方が遥かに腕は上だ。
賊は焦れているだろう。戦う度に、少しずつ出血をしているのだから。だからと言って逃げれば、荒野で追撃を受ける。大打撃を受ける事は、容易に想像がつくだろう。
つまり賊は今、自らの方が傷つくと分かっていながら、攻撃を続けるしかない。ならばこちらは、しばらくこのまま応戦しているだけでいい。
「ゲオルク殿、敵に退路を塞がれました」
賊兵が、傭兵団が突入して来た道に展開して、守りの陣形を組んでいる。それを告げるテオの口調に、切迫した物は無かった。
「そうか、退路を塞がれたか」
「随分と余裕ですな」
「あんなもの、いつでも突破できるからな。ただ突破してしまうと――」
「その間に賊兵は、反対方向に逃げるでしょうね」
「そもそも寡兵で大軍を囲むなら、もっと身動きできないほどに押し込んでしまうべきだ。囲んでおきながら、寡兵なので無理をしないゲリラ戦で消耗させようとする。強気な短期決戦思考と、弱気な持久戦思考が入り混じって、どちらも中途半端になっている。恐れる様な相手ではない」
「確かに、我らを皆殺しにするでもなく、逃げ腰でありながら逃げるでも無く。中途半端ですな」
「ちょっと知恵が回る相手だと思ったが、余計な知恵が回りすぎて、決断力に欠けるな」
「それで、どうするので?」
「せっかく囲まれたのだ。できれば敵を、内側から破裂するように撃ち破りたい。ただそれには、もう少し敵に消耗を強いなければ無理だろう。限界に達する前に、敵が逃げを決めるかもしれん」
「相手の出方次第、という訳ですか」
「戦など、ほとんど行き当たりばったりなものだ」
「身に染みていますよ。事前に立てた戦略戦術が、まるで意味をなさない」
「無意味ではないさ。事前の計画は、判断の基準になる」
賊兵が退路を塞いだ事など、全く予想外の事だった。しかし、向こうが攻撃してくるのだから、それに応戦して出血を強いる、という戦術を決めておけば、退路を断たれても放置して構わない、という答えが導き出せる。
集落に引き込んで消耗させるはずが、当てが外れて自分が出血を強いられている盗賊団は、次はどういう行動に出るか。
あくまで最初の作戦に固執して、無益な出血を続けるか。下策と分かっていても逃げ、運の無い仲間を犠牲にして逃げるか。それとも、別の策を捻り出すか。
どんな手に出ようとも、三個小隊が待機している。大抵の事には対処可能だ。
一方から、賊兵がまとまって攻め寄せてきた。七、八十といったところだ。
ゲオルクが指示する事無く、ワールブルクが動いた。そちらの方面の中隊長が、部隊を一つにまとめて賊を止める。そこへワールブルクは、斜めに突っ込んだ。
賊はさんざんに蹴散らされ、這う這うの体で逃げて行った。深追いはせず、ワールブルクは戻って来た。
「私は何も命令しなかったのだがな」
「団長の指示を仰ぐまでも無い。大隊長の判断で対処できる事だと判断した」
「規模の大きい攻勢の様に見えたが、私の報告するほどの事も無いと?」
「焦れた敵が、下手な攻撃に出て返り討ちに遭っただけだからな」
「そうだな」
ゲオルクは苦笑した。確かにあの攻撃は、いかにも稚拙だった。なまじまとまったせいで、奇襲性が無い。かと言って、他の三方との連携も無かった。
小部隊での攻撃が上手く行かないので、安易に兵をまとめて攻撃してきたが、まともなぶつかり合いになれば、彼我の実力は歴然としているのだ。
結局賊兵は、余計な犠牲を払っただけだ。確かに、ゲオルクに報告するほどの事でもない。敵が愚かすぎただけだ。
最も立場が逆ならば、愚かと笑えるほど冷静でいられるかは分からない。囲まれているが、実はこちらの方がずっと優位にあるから言える事だ。
「さて団長。今ので敵は痛い目を見た。ここで反撃に移る、という手もあるが?」
「いや、まだしばらく、このままでいよう。こちらは勝負を急ぐ必要はない。むしろ時間を掛けても良いから、徹底的に盗賊団を殲滅した方が良い。それができる好機が現れるまで、待とう」
「好機は、いつ来るのだろうな?」
「それは敵の出方次第。殲滅の好機無く敵に逃げられれば、それは敵が巧みで、運もあったと言う事だ」
ゲオルクの言葉に、ワールブルクはニヤリと口元を歪めた。
「まどろっこしい。情況は剣で切り開くものではないのか!」
待つ事に耐えかねたのか、ハンナが横から口を挟んできた。
「最もな意見だが、『果報は寝て待て』とも言うだろう。今は何もしなくても、敵の方が情況を作ってくれる」
「それは、向こうにとって都合の良い情況を作ろうとしているのだろう」
「もちろんそうだ。だが必ずしも思惑通りに行く訳ではないし、情況の変化には違いない。今こちらは、私たちがこうして機を窺っている。情況が動けば、すぐに対応できる様にな。つまり、剣の立ち合いと同じだ」
「こちらは動かずに待って、相手が動いた隙を先んじて撃つと?」
「まあ、そんなところだな。分かるだろう?」
「理屈としては」
「気楽に待とうじゃないか。この戦は、結構長引くと思う」
「その根拠は?」
「ここまで戦ってみて感じた事だが、相手は知恵はあるが決断力に欠ける。今頃どう情況を打開しようかと、悩んでいるだろう。それに、こちらは賊を一網打尽にしたい。小さな好機に飛びつかず、大きな好機を待とうじゃないか」
ゲオルクが笑う。ハンナも、感情は別として理解はしたようで、引き下がった。
小競り合いは、まだ続いている。




