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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter2・大地の息子たち
30/105

輸送部隊要撃3

 アイヒンガー家の輸送部隊を撃破するはずが、シュレジンガー軍という思わぬ相手を先に対処することになった。

 シュレジンガー軍は壊滅させたが、肝心のアイヒンガー軍はまだ健在だ。


「ゲオルク殿、ヴァインベルガー殿が、意見具申をしたいそうです」

「聞こう。連れて来い」

はい(ヤー)


 程無くして、ヴァインベルガーがやって来て、踵を揃えて敬礼をした。ゲオルクもそれに返す。


「お前の策は見事に当たった。しかし、お前の頭には更なる展開がある様だな」

はい(ヤー)。敵が渡河を試みた目的を考えるに、我が軍を混乱させ、その隙に輸送部隊を突破させるのが目的と思われます。そこで、我が軍が混乱を装えば、敵を誘引して決定的な打撃を与える事が可能ではないかと愚考します」

「まさしくその通りだ。この霧で、敵は混乱が本物か偽装か区別する事が難しいはずだ。必ず上手く行くだろう」

「戦場に、必ずは無いものと思いますが」

「分かっている。分かった上で、言っている事だ」

「過ぎた事を申しました」


 お互いに対岸は見えないが、斥候は当然出しているはずだ。こちらが混乱を装えば、その真偽は別として、事実は必ず伝わるだろう。

 アイヒンガー軍がシュレジンガー軍の壊滅をまだ知らなければ、誘いに乗ってくる可能性は高い。


「赤隊は混乱を装え。青隊は後方で、敵の襲撃に備えろ」


 誘いだと気付かれたとしても、それは敵が動かないだけで、何も失う物は無い。試みて損はない策略だ。

 赤隊が混乱を装う。後方に下がった青隊の一部がシュレジンガー軍を装って鯨波(とき)の声を上げ、偽装をもっともらしく見せた。

 五分よりは分があると思った。アイヒンガー軍は、大橋を渡ってきた。

 敵の先鋒が猛然と赤隊に襲い掛かる。混乱している赤隊はそれを支えきれず、散り散りに逃げた様に見せる。実際は霧に紛れて、綺麗に左右に分かれている。

 敵の先鋒に続き、本隊も橋を渡りきった。そしてその後に、物資を満載した荷馬車が何十台、何百台と続く。

 合流した敵軍が、待機していた青隊とぶつかった。予想外の敵に一瞬鼻白んだようだが、いまさら引き返す訳にもいかず、強行突破を試みてきた。この程度の事は、ある程度予想していただろう。

 敵は二百、だが荷馬車を無防備にする訳にもいかないので、実数は百五十相当か。青隊は三百だが、しばらくは勢いに押されて後退するように戦った。

 流石ワールブルクは、戦いながら下がるという、難しい戦を見事にやってのけている。傭兵団の戦果は、ワールブルクの指揮能力によって支えられている部分が大きい事は明らかだ。

 女だてらに歴戦の傭兵で、指揮能力にも長けている。ワールブルクがどんな過去を持っているのか気になる所だが、あまり他人の過去を詮索するのは、趣味が良いとは言えない。

 青隊の後退が止まった。少しずつでも進んでいた敵の前進が止まる。動きを止めた敵の輸送部隊を狙って、一度離脱した赤隊の半数が、左翼から攻め寄せた。

 敵も素早く護衛に兵を回してくる。しかし、護衛に兵を割いた分、正面を突破する力は弱くなる。

 押す力が弱まったのを見越して、青隊も半数を右翼に回した。これで敵は三方を囲まれ、しかも兵力は倍以上の開きがある。

 敵が退却を始めた。荷馬車のいくつかは捨てる事を覚悟して、全力での退避だ。荷馬車の前後に兵を展開して護衛しながら、大橋へ戻る。

 追撃は緩くして、逃げさせた。退却する敵の先頭が橋までたどり着く。荷馬車隊も、その後に続く。

 そこで敵部隊の動きは止まった。追撃に備えていた後備の兵は何が起きているのか分からず、早く戻れと味方を押している。

 赤隊の半数が、橋の途中で堅陣を組んで待ち構えていた。橋の途中で待ち構える事で、敵は反転する事が出来ない。加えて後方の敵は、前の味方が橋を渡ったので、待ち伏せは無いものと思う。

 前後を挟まれながら、挟まれた事にも気付かず、敵は身動きの取れないまま討たれて行った。

 橋まで踏み込めない後備の兵はまだ散り散りになって逃げられるが、橋の上で逃げ場を失った兵は悲惨だった。川に飛び込む者もいたが、そこは蒼州第一の大河だ。ほとんどが溺死だろう。

 護衛を磨り潰したところで、無防備になった荷馬車を始末すれば良かった。敵の一部が積み荷に火を放ったので、密集していた荷馬車の群れは、たちまち燃え盛った。

 逃げる事も出来ずに、焼き殺される馬だけは哀れだった。

 二百両の荷馬車が燃え尽きる頃には霧も晴れ、戦果が良く視認できるようになっていた。敵の輸送物資は全焼失。敵軍への被害は少なくとも、シュレジンガー軍の戦死者三十、アイヒンガー軍は半数は戦死した。

 川に飛び込んで溺死した者は確認できないので、実際の被害はそれ以上だろう。全滅に近いと言って良いはずだ。

 わざわざ南部シュレースヴィヒ郡のアイヒンガー家から、北部バーデン郡への輸送物資であった事を考えると、この戦果は数字以上の打撃となるだろう。

 また、シュレジンガー家が明確に総督府派として軍事行動をしている、確かな証拠も得た。テオに言わせれば、シュレジンガー家を弾劾して動きを封じるには、多分十分な証拠になるという。

 この戦いは、濃霧に助けられた部分が大きい。それでも、大きな意味を持つ勝利には違いなかった。


     ◇


 傭兵団は輸送部隊撃滅に成功し、大戦果を上げた。しかし、同時に作戦行動を行っていたユウキ家本隊によるザルツブルク港奪回は、攻めあぐねて退却を余儀なくされていた。

 ザルツブルク港の防衛には、総督府軍とティリッヒ軍が共同して当たっており、予想以上の兵力の多さだったという。ただし総督府軍と言っても、実態はほとんど傭兵だ。

 ユウキ家上層部では、この失態をかなり深刻なものとして捕らえていた。と言うのも、そもそもザルツブルク港奪還は、蒼州公家からの指示だったらしい。

 海路で帝都からの討伐軍が送り込まれてくるという危惧はもちろんあるが、蒼州公家は今、艦隊の創設を進めているらしい。

 強力な艦隊を持ち、制海権を握れば、帝都から討伐軍を送ろうにも兵站の問題が生じて、大軍を送り込む事が出来ない。と言うのが狙いらしい。

 確かに輸送力において、船に勝るものは無い。陸路では荷馬車が最も効率が良いが、一台の輸送量は一トン、馬の飼料として、日に九キロの穀物が必要とされる。

 一方船の輸送力は、少なくとも一隻当たり百トン。船一隻を動かすのに必要な船乗りは、最低で数十人だ。量も効率も桁違いに多い。

 だから艦隊を創設し制海権を得て、海路からの輸送を断つと言うのは、戦略としては理に適っている。

 艦隊創設に必要な莫大な費用は、蒼州公家と七騎士家が負担していたらしい。ユウキ家は何もしなかった。と言うよりも、何も提供できるものが無かった。

 だからせめて、ザルツブルク港奪回はユウキ家でやれ、というのが蒼州公家の意思だったようだ。しかし、その大事な任務に失敗した。上層部が慌てふためくのも、無理の無い事だろう。

 ゲオルクのところにも、なんとかならないかと泣きつく様な問い合わせが来たが、どうにもならない。

戦から帰ったばかりの傭兵団は疲弊しているし、敵も二度目に備えているだろう。傭兵団が加わって、第二次攻撃を掛けたところで、上手く行く保証は無い。


「最初からザルツブルクに専念していれば良かったものを、下手にどっちも一度に始末しようとするからこうなるのです。同情の余地はありませんな」


 テオが辛辣な事を言う。ユウキ家とは対等。いや、遺臣たちによって維持されている、今のユウキ家よりは格上という意識があるからか、容赦が無い。


「そう言うな。名ばかりとは言え、自分の領地を敵の輸送部隊が通るのを、黙って見過ごす訳にもいくまい」

「まあ、ティリッヒ家がはるばるザルツブルクまで軍を出していたと言うのは、予期せぬ事態ではありますが」

「蒼州公家がザルツブルクにこだわるのは、あそこを海軍基地にしたいからだろう。でなければ、敵の上陸さえ阻止すればそれでいい。例えば港に、古い船などを大量に沈めてしまえば、入出港はできなくなるはずだ」

「ザルツブルク港の確保を考えなければ、ユウキ軍だけでも対処する方法はあったと言う訳ですか」

「まあ、それならそれで、敵も何かしらの手を打って来たのだろうが」

「まあ、私たちには関係の無い事。……とも言えませんか」

「何とかしようと焦って、無理難題を吹っかけられないとも限らんな。もちろんあまりに無理な命令は拒否するが」

「何かしらの手は打たない訳にはいかず、そのために無理のしわ寄せがやって来る可能性は否めませんな。御免こうむりたいところです」

「なら、どうする?」

「父上の力を借りて、何かしらの手は打ちましょう。幸い材料もあります。ただ、効果のほどは定かではありません」

「始めから、他人の力で困難を乗り越えようとは思っていない。打てるだけの手は打つが、困難は自力で乗り越える」


 そこから先は、テオに一任した。これは傭兵団にどうにかできる事ではなく、政治力の行使が必要な事だ。

 テオと、ネーター家の力。そして傭兵団が掴んだ、アイヒンガー家輸送部隊の撃滅と、シュレジンガー家の明確な敵対行為。これがどれほどの効果を発揮するか。

 ユウキ家上層部にとっては、眠れぬ日々が続いた事だろう。傭兵団にとっては、調練に励む平穏な日々だった。

 徐々に、総督府派が苦しんでいるという事が分かる様になってきた。総督府に限って言えば、窮地に立たされていると言っても過言ではない。

 まず、シュレジンガー家の行為が明るみに出て、七騎士家内で猛烈な反発を喰らったらしい。騎士家は七家が一体として行動することで、その存在を守ってきた。敵味方に分かれても、騎士家同士で戦になりかねない行為は、避け続けてきた。

 しかし今回のシュレジンガー家の行為は、一歩間違えれば騎士家同士の戦になりかねない行為だった。

 総督府派への尻尾振りにしても、度が過ぎる。そう非難を浴びてシュレジンガー家は、あれこれ弁解はしているものの、平謝りに近い姿勢を見せた。

 長い歴史を誇る名門騎士家と言えども、単独では弱小領主でしかない。他の六家と完全に切れてしまったら、シュレジンガー家もただの弱小領主として軽く扱われる。総督府派から丁重に扱われているのは、他の騎士家とつながりがあるからなのだ。

 それを理解しているので、六家の怒りを買ってはシュレジンガー家も折れるしかない。こうしてシュレジンガー家は、総督府派とは名ばかりの、局外中立になるより他無くなった。

 これで打撃を受けたのが、総督府だ。シュレジンガー家を経由した七騎士家とのパイプは、総督府が握っていた。それが価値のあるカードだったから、総督府はシュレジンガー家を丁重に扱い、シュレジンガー家も総督府に重点的に力を貸し、他の諸侯との距離はほどほどに抑えていた。自分の価値を釣り上げていたのだ。

 そのカードが、一朝にして紙くずになってしまったのだ。元々諸侯を統制しきれず、立場があまり強くなかった総督府には、大打撃だった。

 その上、アイヒンガー家からの大量の軍需物資の輸送。あれは総督府の描く戦略において、重要な位置を占めていたようだ。

 傭兵団の働きに依って、総督府の戦略は良くて遅延、場合によっては瓦解した。

 今の総督府に、傭兵以外の戦力はほとんど残っていないはずだ。元々、終わりの見えない戦乱による軍事費に耐えかねた事が、蒼州公家の再興を支持した理由だった。

 公家再興による蒼州の安定化と言う当てが外れると、軍部が独走して戦端を開き、敗戦した。これによる直接の被害はもちろん、事態を収拾するため、上級将校の罪を問う必要に迫られた。

 戦費の枯渇に、上級将校の処分。加えて各地で続いている小競り合いでも、総督府の正規軍は負け続けている。絶体絶命と言って良かった。

 ついに総督府は、蒼州公家に対して和平交渉を打診してきた。蒼州公家の返答は、交渉に応じると言うものだった。

 総督府独断での和平交渉は、総督府派の諸侯から強い反発が起こっている。しかし、総督府が矛を収めてしまえば、諸侯は戦う大義名分を失う。下手に逆らえば、今度は自分たちが逆賊だ。

 容易にまとまる交渉ではない。下手をすると、交渉だけで半年か一年は掛かるかもしれない。

 しかしその間、不測の事態が無い限り、どちらも軍勢を動かす事は出来ないと言う事だ。和平に反対して軍を動かせば、孤立化は避けられない。

 その時間を、艦隊創設にでも何でも使える。軍事行動を起こさなければ、軍備の増強は非難されない。交渉決裂に備えるのは、皆同じなのだから。

 傭兵団の功績と言うよりも、敵の失点のような気もする。だがとにかく、和平交渉と言う舞台が整った。

 交渉の行方が、今後の展開を左右する事は、間違いないだろう。

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