ファーストプレゼンテーション3
盗賊を殲滅し、リントヴルム市を解放したゲオルク傭兵団は、正式に部隊としての発足を認められた。その戦力的価値に懐疑的だった上層部も、この結果には満足を覚えたようだ。
予算の増額が可決され、中隊規模に拡充するようにと言う命令が下った。
人員に関してはリントヴルム市での活躍が広告になり、すぐに目標の人数に達した。しかし、それを養い続けるには、与えられた予算だけではとても足りない。
傭兵団を維持し続けるために、永遠に依頼を受け、戦い、報酬を受け続けることが必要になると言うことだ。それは、戦争を必要とし続けるという事でもある。
いつか蒼州に平和が戻れば、傭兵団も必要無くなる。その時は解散すればいいだけのことだ。ゲオルクはそう思い、大して気には留めなかった。
それよりも今は、新兵の調練を急がなければならない。頭数こそは揃ったが、ほとんどが武器の使い方も知らないような素人だ。
十三年の修業を経て一人前になる騎士には及ばないにしても、ある程度の兵に育て上げないことには、依頼をこなして報酬を得、傭兵団を維持していく事ができなくなる。
ゲオルク傭兵団は、勝ち続ける存在でなくてはならないのだ。組織を維持するためにも。そして何より、求められ、ゲオルクが果たすべきと考えている役割を果たすために。
兵の調練は、まず駆けさせる事から始めた。完全武装に食糧なども携行したと想定した重さの重りを身に着け、起伏の激しい土地を何度も往復する。
農民など、肉体労働が多い職業の出身者はそれなりに体力があったが、騎士に比べたらまだまだ軟弱だった。
補助戦力として騎士団と行動を共にできなければならないので、体力だけは騎士と同等に付けさせなければならない。
早く兵を育て上げなければならないと言う焦りはある。しかし、焦っても急に強くなれるものではない。焦れる思いを抱えながら、地道に調練を続けていくしかない。
ところで、ある意味で傭兵らしいと言えるのだが、武器装備の不統一はどうにかならないものかと思った。
質の良い武器や鎧は騎士団に回され、傭兵団に回って来るのは戦場で拾い集めた様な中古品だ。当然、数も十分ではなく、中途半端に鎧を着た者や、武器を持たない者が出る。
なので武器を自作したり、農具や包丁を武器にしている者もいる。こう装備がばらけていては、部隊として統一した行動を取ることも難しい。
できるだけ早く、武器くらいは統一したいところだが、そのための資金は傭兵業をこなして稼ぐしかない。しかし、こんな状態で依頼をこなせるのだろうか。
いくら考えても、金は湧いてこない。何か金策をするか、もしくは今の傭兵団の状態で勝てる方法を見つけるかだ。
十五人ほど、体力に関しては申し分のない者がいた。彼らには個人的な武芸の調練を課すことにした。
教官をワールブルクに頼んだ。元々ネーター家お抱えで、ハンナやテオに武芸を教えていたので、適任だろう。将来的には、この十五人が他の者に武芸を仕込めばいい。
集団戦の調練もしたいところだが、今はまだ、それができるような状態ではなかった。そもそもゲオルク自身、指揮官としては小隊長までの経験しかない。まず自分が指揮を学ばなければならない。
武芸の調練を受けるレベルに達している者の中に、さらに何人か腕の立つ者がいた。剣や鎧も良い物を持っていたので、もしやと思って声を掛けてみた。
案の定、彼らも騎士だった。それとも、元騎士と言うべきか。小領主に仕えていた身で、主家が完全に潰れて浪人となった者達だった。
ユウキ家も情況は同じだが、大家だったお陰で、有力な家臣だった四人が遺臣をまとめている。しかし小領主ではそうもいかず、他に当てもなく流れてきたらしい。
正式にユウキ家の騎士になることを望んだが、叶わず、傭兵団の募集に応じたらしい。
苦しい時だからこそ、気心の知れた身内だけで固まっていたいと言う心情と、あまり多くの人数を抱えても、養う手段がないのが理由だろうと思った。
調練は今のところ原野を駆けるばかりなので、ゲオルクは時々様子を見るだけで良かった。その分、戦術シミュレートで自身の指揮官としての能力を鍛える事に専念した。
テオを相手にすることが一番多く、次がワールブルク。手の空いている者がいなければ、一人でも駒を動かしたり、地面に図面を書いて実戦の想定をした
なかなか上手くはいかなかった。数に勝る精鋭の騎士団を相手にして、今の傭兵団でどうやって戦えばいいのか、これまで考えたことも無いことだった。
そもそも、仮想敵を敵対勢力の騎士団をすることは正しいのか。敵軍を撃滅し、勝利するという目標の立て方は、問題無いのか。あるいは、全く別の何かを求めるべきなのか。
正式に発足したとは言え、ゲオルク傭兵団は何処へ向かえばいいのか、見通しは濃霧の中にいる様に、まるで見えなかった。
それでも、立ち止まっている猶予は与えられていない。行先も分からぬまま、とにかく進み続けるしかなかった。
ツィンメルマン卿に呼び出された。何事かと思ったが、何のことはない、盤上遊戯の相手をして欲しいということだった。
「構いませんよ。指揮の良い訓練になります」
笑いながら答えた。
「君も一隊を指揮する身になったのだからな。そういう才覚も必要になるだろう」
「一隊と言っても中隊規模に過ぎないのですが、なかなか苦労しています。何せ、文字の読めない者もいますので」
正直なところ、騎士からなる部隊を率いる事との一番の違いは、そこだと感じている。自分の名前すら書けない者は、基本的なことを分かりやすく、噛んで含めるようにしつこく教えてやらなければ、理解してもらえない。
字が読めないので、読み物を渡して読んで覚えろ、と言う方法も使えない。だから教えるのに常に人手が取られて、教育の効率が悪いのだ。
だからと言って、字を教えるところから始める訳にもいかない。早急に兵として育て上げる事が求められている今、そんな悠長なことをしてはいられないのだ。
「ツィンメルマン卿。失礼ながら、私は駒落ちで指させていただきたい」
「駒落ち? 君が望むなら、構わぬが」
「では」
数個の駒を、出鱈目に除いた。
「なんだね? これは」
普通駒落ちは、駒の種類を決めて除く。二つある駒の片方だけを除いたり、複数個ある駒を除くにしても、規則性も無く除く様なことはしない。
「今の傭兵団が、こんな状態です。私はこの傭兵団を率いて、整った敵とどう戦うべきかを考えなくてはなりません」
「そう言うことか。面白い、やってみよう」
対局を始めた。当然、駒落ちをしたゲオルクの方が不利で、それをひっくり返すだけの実力も無ければ、指針となる定石もない。何手耐えられるか、という戦いを余儀なくされた。
「ツィンメルマン卿は、お強いですな」
苦しみながらつぶやく。普通に指しても、ツィンメルマン卿の実力は公爵家内でも有数だった。
「いや、公爵様の方がお強かった。負け越したまま、勝ち逃げされてしまったわ」
ツィンメルマン卿が、ふと懐かしむように言った。
「さぞ、無念であられた事だろう。志半ばで倒れられたのだから」
「私はそうは思いません。公爵様も、フリードリヒ大公も、全ての蒼州の者のためを思って兵を挙げられました。それは、正しい事だったはずです。少なくともお二方は、自らの行いが正しいものだと信じることが出来たはずです。その最中に倒れられたのならば、悔いは無かったものと信じております」
二年前の、フリードリヒ大公の乱。昨年のユウキ公爵の蜂起から始まる、ユウキ合戦。そのどちらも、決して私欲私怨の行動ではなかった。中央からの搾取に反抗しての行為だった。
大元は、霊帝の即位だ。ゲオルクが三つか四つの年だった。その頃すでにこの帝国は、多くの問題を抱えていた。
霊帝はその改革に着手し、一定の成果を上げ、一般には名君と評されている。だがその改革の影で、より苦しんだ者がいる。それが最も顕著に表れたのが、この蒼州だった。
例えば朝廷は多額の負債を解消するために、税制の改革を行った。その結果、税は重くなった。
特に問題となったのが、貴族、諸侯への新税だ。一般民衆に直接新税を課すことを嫌った結果だが、ユウキ公爵家の様な一部の大貴族を除けば、新税の負担に耐えられるような財務状況の貴族はいなかった。
そのため貴族達は自領に掛ける税を引き上げ、結局民の負担が増えた。それどころか、徴税事務が増えて、税を取り立てる側の貴族まで困窮に拍車が掛かった。懐が潤ったのは、朝廷だけだ。
まず大黒柱を直さないことには、家が倒れる。地方には一時的に痛みに耐えてもらうしかない。全てを一度に良くする事はできないのだ。朝廷はそういう理屈を掲げていた。
だが実際は、外戚一門が新税の対象外になっていた。霊帝の権力基盤が、外戚と上手く協力していく事にあったからだ。不公平で、不平等だった。
そういう政治的な流れをゲオルクが知ったのは、だいぶ後になってからだが、民も領主も等しく困窮する現実は、この目でずっと見てきた事だ。
この朝廷のやり方に猛反発したのが、蒼州公家のフリードリヒ大公だった。蒼州公家は皇族だが、代々蒼州に軸足を置き、蒼州の利益代表者として、朝廷に反抗することも多々あった。
そのフリードリヒ大公が、もはや我慢ならぬとして、二年前に蒼州独立国家建設を目論んで兵を挙げた。蒼州公家自体は皇族の家という事もあってそれほど困窮はしておらず、完全に小領主と民の為の義挙だった。
結局、大公も、大公の後に続いたユウキ公爵も、思いを果たせずに死んだ。それでも、全ての蒼州の者のために戦おうと言う気概は、まだ多くの者の胸に残っている。もちろんゲオルクも、その一人だ。
蒼州を独立国家にするという構想が正しいのか、正しいとしても現実的なのか。ゲオルクには判断しかねる。しかし、どんな形であれ、蒼州の現状は変えるべきだ。そのためには、戦わなければならないのだ。
「そうかもしれぬな。しかし公爵様が悔いなく死ねたのだとしたら、それは我らが御意志を継ぐと信じての事であろう。ならば我らは、それに応えなければならない」
「ごもっともです」
「詰み(チェックメイト)」
「あっ……、参りました」
「まだまだひよっこだな」
五十二手。虫食いの駒落ちで、良く耐えた方だろう。
「まあ我らの現状としては、ユウキ家の旗を掲げ続けるしなく、そのためには戦い続けるしかない。ケーラー男爵の言う様に旗を降ろしてしまえば、その時点で我らの存在意義は失われる。そうなれば、ただの賊徒として容易く消されてしまうだろう」
「私としても、賊徒呼ばわりされて死ぬのは慙愧に堪えません。死ぬとしても、我らの掲げる正義にために戦って死んだと思いたいものです」
ツィンメルマン卿が、じっとこちらの顔を覗き込んできた。その表情からは、どんな意思も読み取れない。
「我々は、正義の味方かね?」
ゲオルクは低く笑った。
「私も良い大人です。子供のように単純に正義を信じてはいません。しかし、民の窮状を訴えるために兵を挙げる事は、誰に聞いても正義でしょう。もしこれを誹る者がいたら、その者こそ誹りを受けると思います」
「そうだな。そういう正義の味方である限り、我々を支持する者はいる。だから戦い続けることが出来る」
ツィンメルマン卿が笑った。あまり気持ちの良い笑いではなかった。
「ツィーグラー男爵やディートリヒ卿の様に、時を掛けて力を蓄えようとすれば、我々は失望される。力を蓄えるどころか、支持者を失い弱体化していくと私は考えている。だから多少無理をしてでも、早期に戦いを再開しなければならないのだ」
「その為の我が傭兵団ですか?」
「そういう事になる」
「でしたら、いつどのように戦いを始めるか、お聞かせ願いたい。それに間に合うように、兵を鍛えます」
ツィンメルマン卿が顔をしかめた。
「軍事行動の予定を、そう容易く話せるものか。敵の出方にも因るし、何より私以外の三卿がどの程度動くかで、採れる作戦も変わってくる」
「失礼しました。その通りでございますな」
「資金や兵糧の調達も一からやらねばならぬし、当面は動きたくても動けん。だがだからと言って、黙っている気もない。そのためのお前達だ。動けぬ我らの代わりに、しっかり働いてもらわねばならん」
「はっ」
言うは易いが、動くたびに活動資金や兵糧、武器や人員の補充をほぼ自前で賄わなければならない。依頼を受けるたびに、傭兵料の交渉で揉めそうだ。
気持ちの上では蒼州公派の為ならば、ただでいくらでも戦うつもりだが、実際には武器食糧が無ければ戦えない。武器食糧を得るために、必要経費は報酬として受け取らなければならない。
「当面は、ユウキ家や蒼州公家の旧領に蔓延る賊を掃討してもらう事になるであろう」
「リントヴルムの様に、ですな」
「そうだ。それにより領民に、我らは領民を見捨てるつもりはないと言うことを知らしめ、かつてのように税を納めさせ、我らの戦いに協力させる。その先兵となるのが、君だ」
「民を守るために戦うなど、光栄な任務。謹んで拝命いたします」
ツィンメルマン卿が、今度は声を立てずに笑った。声も上げずに口元だけ歪めて笑うと、より一層陰惨な笑みに思えた。
「今日はもう良い。下がれ」
「失礼いたします」
部屋を出ると、すぐにテオと鉢合わせた。テオが不意を撃たれた様に、身を硬直させる。
「テオ、どうしてここにいる?」
「いや、それは」
目が泳いでいる。
「盗み聞きか。趣味が良いとは言えないな」
「ちょっと気になりまして」
ゲオルクはテオの脇をすり抜けた。テオが小走りで追い、ゲオルクの隣に着いて歩く。
「どんな話をしました?」
「他愛のない事ばかりだぞ? 蒼州公や公爵様は、決して無念の死ではなかったはずだとか。我々の掲げる正義は、民の支持を得る。民の支持を得るためにも、早いうちから戦いを始めてそれを示すべきだとか」
「その戦いを担うのが、我々だと?」
「そんな話もしたな。言われなくてもそうしたいと思っているが」
「そうですか」
歯切れの悪い言い方だった。
「何か、気になる事でも?」
「私はツィンメルマン卿との話を直接聞いた訳ではないのでなんとも言えませんが、我々を都合の良い駒として利用しようという思惑が、卿にはあるのではないかと考えてしまいます」
「軍というものは、目的を果たすために都合の良い駒であるものだろう?」
「そう言えばそうなのですが、ツィンメルマン卿は過激な主戦派のようなので」
「そうか? いちいち最もな意見だと思ったが」
テオは、口を真一文字に結んで難しい顔をしていた。
「戦う相手が、明らかな敵だけであることを願いたいですね」
そう漏らしたのを最後に、テオドールは何を訪ねても押し黙ったままだった。
テオドールが何を危惧しているにしても、ゲオルクは自分が蒼州のために戦えれば、それでいいと思った。