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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter2・大地の息子たち
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輸送部隊要撃1

 オステイル解放戦線リーダー、オイゲン・ノイベルクが討ち取られてから数ヶ月。解放戦線は、僅かな残党を残してほぼ壊滅していた。

 解放戦線と言う脅威がなくなる一方で、蒼州(そうしゅう)公派と総督府派の争いは、時折小競り合いを繰り広げながら、水面下での抗争が続いていた。

 蒼州公家を総督府軍が攻撃し、返り討ちに遭った事件に関しては、軍の独断・暴走であり、総督府の意思ではない。責任者を処分して詫びる。という形で、表面上は決着が着いていた。

 負けてしまったので、総督府が慌てて穏便に事を治めようと、軍に全責任を被せた形だ。その甲斐あっての事か、一応は平穏が保たれている。

 その間に蒼州公派は、旧領の奪回を進めていた。蒼州公家が正式に再興された以上、その領地も当然元に戻る。押領していた総督府派諸侯にしてみれば、法的に正当性が向こうにある以上、面白くないが従うしかない。

 だが面従腹背は珍しくなく、あれこれと理由を付けては居座ったり、どうせ手放すならと、焦土にしてしまう事件も多発している。戦も無いのに難民は増える一方だ。

 それでも蒼州公家は、奪還した旧領の各地に軍を置いて固めている。その配置を見れば、総督府派との再びの全面戦争を意識しているということは、明白だ。

 もちろん、ユウキ家も旧領の奪回を進めている。こちらは再興が認められた訳ではないので、完全なる不法行為だ。が、それを蒼州公家が公認しているような状態だ。

 総督府派も手をこまねいている訳ではなく、各地の要害を固めつつある。だが総督府派は、一枚岩と言う訳ではない。先頃も、総督府とティリッヒ侯爵家の間で、橋の所有権を巡って小競り合いが起きたようだ。

 南は比較的安定しているが、これはオステイル解放戦線がいなかった事と、アイヒンガー伯爵家がにらみを利かせていることが大きい。下手に小競り合いが無い分、緊張は高かった。

 そんな緊張状態の中で、傭兵団は戦力の倍増を行った。兵六百人体勢になり、数だけは下手な領主を上回る、大規模傭兵団になった。

 ゲオルクの下に参謀兼事務方責任者としてテオが就き、指揮系統にはハンナとワールブルクが、それぞれ騎士団長に相当する大隊長に就いた。

 イリヤやデモフェイは、小隊長のままだ。彼らには、そのくらいの地位の方がやりやすいだろう。信頼と地位は別だ。

 組織が大きくなった事で、大隊単位に分かれての戦術行動も多くなるだろう。兵の所属大隊を識別できるようにする必要が生じた。

 ハンナ隊は赤、ワールブルク隊には青い衣服を支給し、一目で所属が分かるようにした。色衣装を手配したのは、テオの差配だ。


「派手すぎやしないか?」


 色で部隊を識別するというのは、珍しい事ではない。しかし、それにしたって必要以上に派手な色彩だ。


「騎士だって、戦場で鎧や装束の煌びやかさを競うでしょう」

「まあ、そういう事もあるが」

「格好だけでも騎士に匹敵する事で、自分たちが決して騎士に劣るものでは無いという、誇りが生まれます。それに、目立って注目されれば、勝手に逃げ出す様な事もやり辛いでしょう」

「そうかもしれないが、あんまり派手なのは、上が良い顔をするまい」

「勝手に顔をしかめていれば良いのですよ。運営資金などは、とっくに自主財源がほとんどになっていますし、口だけ出される筋合いはありません」

「おいおい、勝手な事を言うな。お前は良いかもしれないが、私は歴としたユウキ家の家臣なんだぞ。主家の命令に従うのは、当然の事だ」

「分かっています。でもそれはゲオルク殿だけで、傭兵たちはそうではありません。だから、傭兵団を臣下と同じ様に扱ってもらっては困る。そう、主張すべきところは主張しておくべきです」

「それはそうかもしれないが、それと派手な格好と、何の関係がある?」

「一目で傭兵団が、ユウキ家や蒼州公家の言いなりになる存在では無いという事が、伝わるでしょう?」

「それは捉え方によっては、脅しではないのか? 良くて威嚇だ」

「正当な示威行為ですよ」


 テオがあからさまに悪い笑みを浮かべて見せる。


「呆れた奴だ」


 だが理屈としてはその通りだ。ゲオルクも団長として、配下の傭兵たちの事をできる限り守ってやらねばならない。都合の良い駒として使い捨てられるのは、それを覚悟した騎士だけで良い。

 ただやり方が、ゲオルクの場合は正面から正論を持って談判し、説得をするべきだというのに対して、テオはやや後ろ暗い手段を躊躇(ためら)わないという違いだ。


「衣装はもういい。どうせもう、発注してしまった事でもあるしな。それよりも、調練は進んでいるか?」

「順調です。ただ、新たな将校の選出は、もう少し時間が掛かりそうです」

「多くは望まん。腕が立って周囲から人望があれば、小隊長で構わん」

「小隊長はそれでもいいでしょうが、中隊長となると、あまり新参者を抜擢すると、周囲との軋轢も心配ですし」

「上下関係の強固な騎士団ではないのだぞ。そこまで気にする必要があるか?」

「蟻の穴から堤が崩れるとも言います。目が行き届く以上、些細な不協和音も無い様にしたいのです」

「細心だな」


 神経質、とも言える。小心で、何事も丁寧にやっておかないと、気が済まないのだろう。

 もっと大胆で良い。細かい事など、その場の流れで大体は上手く行く。そう思うが、その細心さを頼りにしてもいる。先の事など、驚くほど良く見ているのだ。


「ところで一人、これはという人物がいます。まずは小隊長と思っていますが、会ってもらえませんでしょうか?」

「テオの眼鏡にかなった男なら、是非も無い」

「少々癖の強い所もありますが、素質を持った男だと思います」


 テオの推薦した男と、さっそく会ってみる事にした。

 小柄な男だった。だがその存在感は、ちょっと圧倒されるほど大きい。戦場を長く経験した者に時折見られる、嫌な気配を漂わせていた。

 目鼻立ちは悪くない。だがその顔には、人間不信が刻み込まれている。目は、こちらを値踏みするようなまなざしを向けている。総じて凶相という印象を与える。戦場で味方に裏切られた事があるのではないかと思った。


「アルブレヒト・フォン・ヴァインベルガーであります」


 礼儀作法の見本の様な、一部の隙も無い敬礼をする。


「掛けたまえ」


 イスに座るときの挙措も、隙がない。礼儀作法としてだけではなく、ここでいきなり襲い掛かっても、悠々対処するだろうという隙の無さだ。


「貴族の出の様だが?」

「なんて事の無い、下級貴族であります」

「私も同じだよ。ここは宮廷でも、騎士団でも無い。堅苦しいのは無しで行こう」

「お言葉に甘えます」


 言葉とは裏腹に、一定の警戒心は保ち続けていると思った。あるいはこれが、彼としては肩の力を抜いている状態になっているのかもしれない。


「歳は?」

「二十四になります」

「傭兵は長いのか?」

「ここ三年は、各地の戦場を渡り歩いておりました」


 ここ三年ということは、フリードリヒ大公の反乱事件のときからと言うことだ。蒼州の戦乱を、ほぼ最初から体験しているという事になる。


「二十一で傭兵になった事になるが、なぜ傭兵に?」

「州都の大学におりましたが、退学になりまして」

「何をやらかした?」

「ちょっと決闘を」


 どこか、荒んだところを持っている。おそらく周囲との摩擦も多かったのだろう。将校にするには不安要素だが、テオの推薦だ。それ以上の何かを持っているという事か。

 試してみるべきだと思ったが、この男を下手に試す事は、こちらが試されるという気がした。下手な小細工を弄するより、正面から腹を割った方が良いような気がする。


「はっきり言おう。これは面接試験の様なものだ。君を将校として採用するか、一兵卒に留め置くか、団長として私が判断する」

「はっきりと申されるのですな」


 ヴァインベルガーは、ちょっと驚いた様な顔をした。それが素なのか、作為なのかまでは読めない。


「小細工は不得手なのでな。試験内容として、君の事を聞きたい。もし一兵卒が良いというのなら、今すぐ戻って構わん」

「せっかくの機会ですから、試験は努力しましょう。僕の事とは、身の上話をすればいいので?」

「何でも構わんよ」

「そうですか。では、僕の家はフリート郡の小領主でした」


 蒼州の最西部、山に囲まれた盆地で、陽州(ようしゅう)玄州(げんしゅう)と通じる、交通の要衝だ。行政区画上は蒼州に属しているが、地理的には三州のいずれとも言えるし、いずれとも言い難い。


「フリート郡か。こう言っては何だが、田舎だな」

「否定はできませんね。実際山ばかりの田舎ですから」

「その田舎貴族の子弟が、どういう経緯でここにいるのか、興味深い所だ」

「面白い話はありませんよ。僕は十二で両親ともに失いました。しかしまあ、母方の伯父に引き取られたので、その支援の下で大学まで行く事が出来ました」

「だが退学になって、傭兵に身を投じた」

「その頃まさにフリードリヒ大公の反乱が起きましたので、手近な傭兵の募集に応じたと言ったところです。初陣はろくに戦いもせずに負け戦でしたが」

昌国君(しょうこくくん)が瞬く間に蹴散らしたからな。あれほど早く決着が着くなど、誰も予想できなかっただろう」

朱耶(しゅや)卿は予想していたはずですよ」


 皮肉っぽい事を言う。心なしか、顔がニヤついているようにも思える。


「その後は、戦があればどこにでも行きました。陣営、主義主張など関係無く、ただ兵を求める所に馳せ参じる。僕にとって戦争は、食って行くための生業に過ぎません」

「我が傭兵団が、金さえ貰えればどこにでも就くそこらの傭兵では無い事は、承知のはずだろう。いいのか、そんな事を言って」

「その場限りの美辞麗句を並べたところで、自分の性根は隠せませんから」


 なるほど、癖の強い男だ。


「この傭兵団に参じたのも、そこらの傭兵団よりも金払いが良く、かつ戦争に勝てると踏んだからです。徹頭徹尾、自分の利益を考えての事です。しかし、給料分は働く、なんて事は言いません。ここに籍を置く以上、それなりの責任を果たす義務はあると考えています。こんなところでしょうか」

「分かった。お前の処遇は、追って沙汰を出そう」


     ◇


 迷う気持ちもあったが、結局ヴァインベルガーを小隊長に抜擢した。


「私の推薦した彼はどうですか、ゲオルク殿」

「良くやっているぞ、テオ。周囲と摩擦の多い男だと思ったが、部下には良く慕われているようだ。奇抜な事をやるという意見もあるが、良く話を聞いてみると、どれも理に適っている。既成の観念に囚われる事がないのだな」

「お役に立てた様で、何よりです」

「ただどうしても、暗いものを漂わせているのが消えんな。人との関わりの中でそうなったものだろう。ならば、人との関わりの中で晴れると思うのだが」


 その関わりを拒絶すると言うか、他人を傷付ける以外に、深い関わりを持つ方法を知らない様なのだ。ただ一応の常識的な社交はできているので、すぐに問題になる事は無いだろう。


「そこはまあ、誰でもできるという訳ではないでしょうな。運命の出会いとでも申しましょうか、その人だから癒す事が出来る、と言うものがあるのでしょう」

「相変らず、若造の癖に知った風な口を利くな。まあ、それは今は良い。仕事だ」

「作戦内容は?」

「総督府が、大量に軍需物資を集め始めた気配だ。今のところ動きが掴めているのは、総督府だけだが、総督府派全てが全面戦争の用意を始めたとも考えられる」

「あり得る事ですな。どのみち、いつかは起こっていた事でしょう」

「今分かっている動きは二つ。ニーダザクセン郡南部のザルツブルク港周辺に敵軍が集結している事。敵の輸送部隊が、断続的にバーデン郡に物資を運び入れている気配があると言う事だ」

「北と南ですか。バーデン郡は、総督府派にとって安全な後背地。物資を備えておくには、妥当な位置でしょうな」

「南はどう見る?」

「港町を押さえるという事は、外からの援軍を受け入れる用意以外に無いでしょう」

「そうだろうな。ザルツブルクに帝都から派遣された政府軍が上陸すれば、今のユウキ家中枢は直接攻撃に晒される」


 そうでなくても、州の外から侵攻を受ける道が一つ、潰せるか残るかは戦力上、大きな意義を持つ。

 州外からの攻撃として考えられるのは四路。まずは北の変州(へんしゅう)から。昌国君(しょうこくくん)という最大の脅威があるが、逆に言えばそれ以外には無い。帝都からわざわざ変州を経由するのは、大回りになりすぎて、兵站が持たない。

 西からは大きく二つ。玄州からバイエルン郡に入るルートと、陽州または玄州からフリート郡に入るルートだ。フリート郡に入ってからはさらに、南のポンメルン郡に入ってコストナー伯爵家と合流するか、北のプファルツ郡に出て、いきなり七騎士家と交戦するかになる。

 この三路だけならば、州外からの敵は北か西だけ気を付けていれば良い。しかしザルツブルク港に敵の上陸を許すと、南東方面まで注意を払わなければならなくなる。

 港の規模から言って、大部隊の上陸が可能なのは、ザルツブルク港だけだろう。それ以外の港はこちらの支配下にあるか、ポンメルン郡、シュレースヴィヒ郡にあり、フリート郡から陸路を進むのと大差無い。


「ザルツブルク港攻略は、ユウキ家主力部隊が自ら行うそうだ。我々は北の、輸送部隊に対処する事になる」

「蒼州公家や騎士家は動かないので?」

「何でも別の作戦計画に注力しているとかで、動けないらしい。お前、何か聞いていないか?」

「いえ、何も。父上に聞けば何か分かるかもしれませんが」


 ネーター卿が、離れて行動する息子に伝えないという事は、よほどの機密か。伝える程の事も無い、大した事も無い事、というのは考えにくい。

 あるいは、距離を置いてできるだけ関わりたくないのか。


「しかし、バーデン郡のどこにあるかも分からない貯蔵庫を襲撃する訳にはいきません。ノイベルクを討ったときとは訳が違います。郡内に踏み込んだ途端、四方から襲われるでしょう」

「分かっている。敵の物資を全て焼き払うなどという事は、命じられていないから安心しろ」

「では、標的は?」

「アイヒンガー家が大規模な輸送部隊を送り出したらしい。その輸送部隊の撃滅だ」

「ならば、ハイルブロン大橋を押さえましょう。バーデン郡に物資を運び込むのなら、必ずそこを通ります」


 大量の物資を輸送している事を考えると、大掛かりな迂回は危険が大きい。道も、あまり険阻な場所を越える訳にはいかない。できるだけ直線距離で、素早く運び入れる事を考えるだろう。

 そうなればドネウ川を渡れるのは、ハイルブロン大橋以外にありえない。


「よし、直ちに出撃して、ハイルブロン大橋を占拠。アイヒンガー家の輸送部隊を要撃する」

「直ちに」


 しばらくすると、軍営に出撃準備の鐘が鳴り響いた。

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