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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter2・大地の息子たち
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荒野の狼狩り1

 対オステイル解放戦線戦、最終作戦が発令された。

 標的は解放戦線のリーダー、オイゲン・ノイベルク。大規模勢力と化した解放戦線が統一した指揮系統を保っているのは、彼個人の能力に負うところが大きいとされている。

 どこまでそれを額面通りに受け取って良いかは不明だが、元が農民一揆である解放戦線に、上位の指揮官・将校が務まる人材が大勢いるとは考えられない。

 組織のトップを討つことは、指揮系統に大打撃を与えることが出来るはずだ。ノイベルクの首級を上げると同時に最終攻勢を掛け、解放戦線を壊滅させる。

 そのため、ノイベルク討伐はゲオルク傭兵団のみで行わなければならない。

 解放戦線のリーダーであるノイベルクの所在を掴む事自体は、そう難しい事ではなかった。しかし、確実に彼を討てる機会は、なかなか訪れなかった。

 その千載一遇の機会が、ついにやってきた。ユウキ家の間諜が、ノイベルクが僅かな兵を連れて、秘密裏に移動するという行動計画を掴んだ。おそらく、支援者であるティリッヒ家との密談に赴くのではないかと思われる。

 その道中を待ち伏せし、これを奇襲。確実にノイベルクの首を上げよ、というのが傭兵団の任務だった。

 失敗は許されない。しくじれば、ノイベルクの身辺警護は厳しくなる。そうなれば解放戦線の軍勢を、正面切った会戦で撃破する以外の方法は無くなる。

 総督府派との対決を控えた情況で、損害を免れないその様な大会戦は、何としても避けたいところだ。

 傭兵団の働き如何によって、どれだけの戦力を持って総督府派との決戦に臨めるかが決まり、それがそのまま蒼州(そうしゅう)公派の運命に直結する。と言えば言い過ぎだろうか。

 どちらにせよ、これが今までになく重要な作戦であることは、間違いない。

 傭兵団は蒼州北部バーデン郡の荒野で網を張った。ノイベルクは解放戦線の勢力範囲から離れて北に向かい、バーデン郡に入る。そこから西に進路変更し、バイエルン郡のティリッヒ家の領内に入る。あるいは、その途中に密会場所があると思われる。

 ノイベルクの一行が、ドネウ川を渡ってバーデン郡に入った事までは、確実な情報として捕捉していた。だがここから先の進路は、傭兵団で掴むしかない。


「大きな迂回はないと思います。会合にも期日と言うものがありますし、遠回りすればそれだけ発見される危険も増しますから」

「だがあまり直線距離を取ろうとすれば、総督府の直轄領を掠めるな。その危険は冒さない。それとも、意表をついて直轄領を横切るか?」

「いえ、小領主の支配領域を縫った方が、安全だと判断すると思います」

「その前提に立てば、大分絞り込めるな」

「とは言っても、全ての地域に目を光らせるのは、たとえ一線でも無理です。もう少し絞り込まない事には」


 蒼州北部は高原地帯で、険しい山も多い。通行可能な場所が限られるところに見張りを立てれば、捕捉できる可能性は高くなるはずだ。


「相手も一応は軍勢なのだろう?」

「報告によれば、三百ほどは連れていると」

「ならば、あまり細い山道は避けるはずだ。軍勢が移動するには目立つし、隊列が細く伸びて伏兵にも弱い」

「ある程度、広い街道を選ぶと」

「流れの傭兵か盗賊団を装えば、それ程不審がられることもないだろう。意外と堂々と進むのではないかな」


 細い山道を候補から外す。それでもまだテオは、難しい顔をしていた。


「もう少し、絞り込めればいいのですが」

「奴らの目的地は見当がつかないか?」

「難しいですね。会談場所を用意したのはティリッヒ家の方でしょうから、隠蔽は更に徹底していると見るべきです」

「ならそちらの線は、諦めるしかないだろう。この動きを掴めたのだって、幸運に助けられた様なものだ」


 不確実な事が多すぎるが、決めなければならない。こういうときは、これさえ分かれば、という事に引きずられないことだ。

 どんなに細い糸でも、分かる事だけを頼りに決めて、それ以外の事には惑わされないことだ。


「こことここ、それにここだ。この三ヶ所に見張りを立てる。どれかには引っ掛かるはずだ」

「どこにも掛からなかったら?」

「諦めるしかないな。五分五分よりは勝ち目はあるさ。七分くらいか」

「取り逃す確率が、三割ですか」

「捕捉しても、それで終わりじゃない。その先の進路を予測して、どう待伏せるかも決めなきゃならん」

「分かっています。七分の賭けに勝ったら、後は確実に仕留めて、逃したくはありません」

「まあ、その辺の仕込みは頼りにしている」


 ゲオルクの極めた三ヶ所に、二騎一組の見張りを立て、傭兵団本隊は後方に兵を伏せた。

 三つのポイントを通過した後も、それぞれいくつか想定されるルートがある。それぞれに対策を用意して、ノイベルクが現れるのを待った。

 いつ現れるかは分からない。三ヶ所のどれかを通るという確証もない。だが待つしかない。

 傭兵団は、ひたすら息を潜めて、獲物が狩場に現れるのを待ち続けた。

 六日待った。まだ敵の姿は無い。あるいは、すでに別のルートから通り過ぎてしまったのではないか。そんな不安が胸の大きな部分を占めてくる。

 日の出だ。この場所で何度日の出を見ただろう。


「ゲオルク殿。また起きていたのか」

「ワールブルク殿」

「気が高ぶるのは分かるが、寝なければ持たんぞ」


 確かに気が高ぶっている。いや、神経がささくれ立っていると言った方が正確か。なにか、微かな痛みを伴う不快感がある。


「嫌な予感がしてな」


 平たく言えば、そう言う事になる。


「秘密裏の移動だ。思わぬ事故で予定より遅れる事もあるだろう」


 違う。敵が別ルートで、こちらの哨戒網を抜けて行ってしまった事を、危惧している訳ではない。もっと別な、嫌な予感がする。それが何かを言葉にできないから、嫌な予感としか言い様が無い。


「ワールブルク殿。標的がこちらの網に掛かったとして、その中で一番望ましくないのは、どのルートを通られる事だ?」

「具体的だな。そんな質問をするという事は、すでに答えを持っているのではないか」

「ポイントCに敵が現れること。そして、C-3ルートを選ばれる事だな」

「C-3は細い崖底の道で、待ち伏せるにはうってつけだと思うが?」

「危険な場所だということが、あまりにも分かりやす過ぎる。見えている危険など、警戒すればいいだけだ。このルートが、一番危険が見えやすい。分かっていて聞いているのだろう?」

「まあ、私ならそのルートを選ぶだろうな」


 なぜ、こんな事を話したのだろう。考えたところで、意味の無い事だ。そう振り切った。

 朝食が終わった頃、見張りの騎兵が駆け戻って来た。肌が粟立った。


「ポイントCにて敵部隊確認! 歩兵およそ三百」

「全軍戦闘用意!」


 テオ、ハンナ、ワールブルクが来る。彼らの顔を見るや否や、ゲオルクは叫んだ。


「C-3隘路で敵を待伏せる。急げ!」

「まだC-3に来ると決まった訳では――」

「来る。必ず来る!」


 テオの言葉を遮って叫んだ。根拠はないが、なぜか確信があった。神経にやすりを掛けられている様な、嫌な感覚が続いていた。

 隘路には、定番と言える落石の用意がしてある。


「いつでも落とせるようにしろ。すぐにだ」

「ゲオルク殿、そんなにせかされても、限度と言うものがあります」


 無視した。遅すぎるという事は有っても、早すぎるという事はない。


「敵です! 敵部隊、すでに間近に迫っています!」

「馬鹿な。早すぎる!?」


 テオが狼狽えるが、ゲオルクはむしろ落ち着いていた。予想した通りの事が起こった。そんな思いだ。


「岩を落とせ!」

「急がせています」

「早くしろ!」


 眼下を解放戦線の兵が駆け抜けていく。手の空いている者が弓矢や投石で攻撃するが、微々たる損害しか与えられていない。

 地鳴りの様な音がして、岩が落とされた。岩が人を潰し、道を塞ぐ。だが半分以上、二百人ほどに先へと抜けられた。混乱している様子もない。

 標的のノイベルクは、先頭集団の中にいる。さらに相手は、ただの農民反乱兵とは思わない方が良いだけの実力を備えている。それは、一連の動きの早さから見てとれた。


「追うぞ!」


 全軍でノイベルクを追った。奇襲で容易く仕留められるとは楽観していなかったが、予想以上の相手だ。なればこそ、確実にここで仕留めなければ、間違いなく大きな禍根となる。

 崖の上から崖下を通る道に合流するには、いくらか遠回りをしなければならない。その間に距離を稼がれて、見失うのは不味い。そう思い、急いだ。

 だがノイベルク率いる解放戦線の兵およそ二百は、逃げるどころか待ち構えていた。


「ほう。やる気か」


 下手に逃げれば、後ろから追い撃ちに撃たれる恐れがある。だからここで傭兵団を撃破して、安全を確保してから改めて進む気だ。

 だがそれはつまり、勝てるという自信があるという事だ。


「隊列を組め。長槍構え!」


 傭兵団が密集隊形を取り、槍衾(やりぶすま)を形成した。


「進め!」


 そのままじりじりと、壁が迫るように前進した。それに対して敵軍は、正面からぶつかるのは不味いと直感したのだろう。こちらの右手に回り込もうと動いた。

 だがその程度の事は、すでに想定済みだ。回り込もうとする敵軍の横腹に、イリヤの小隊が弓矢の斉射を浴びせる。

 浴びせる矢の数こそ少ないが、牽制には十分だ。その間に部隊を旋回させ、敵軍と正対する。部隊規模が小さい事が幸いして、騎兵が相手でなければこれで十分に間に合う。

 迂回は難しいと判断したのか、敵が(くさび)型の陣形を組み、正面からぶつかってきた。ようやく始めて、この密集隊形が正面切った戦いができる。

 両軍がぶつかり合う。という形にはならなかった。長槍を突き出しながら前進するこちらに対して、敵は避けながら下がるばかりで、それ以上踏み込めない。

 たまに槍の間に踏み込んでくる兵がいても、第二列の槍に突き殺される。


「よし、叩き落とせ!」


 後列の兵が前に出て、立てていた槍を敵兵の頭上に振り下ろした。敵が混乱し、陣形が乱れる。ここで押せばと思ったが、この陣形では素早く押す事が出来ない。敵が乱れる前と同じように、じりじりと押し込むだけだ。

 それでも十分な打撃は与えたはずだが、例えば十分な騎兵がいれば、もっと大きな打撃を与えられたはずだと思う。

 敵が一旦下がり、防御の陣形を取った。こちらも決して攻撃的な陣形ではないので、にらみ合う格好になる。


「なあ、テオ」

「なんでしょうか?」

「ノイベルクという敵の指揮官は、騎士なのか?」

「そういう話は聞きませんが」

「不首尾に終わったとはいえ、戦術眼は的確で侮れないものがある」


 必ずしも戦う必要の無い場面で、あえて戦う事を選んだ判断力。兵の数で劣るが、士気は高い事から、逃げるより戦う方が安全と判断したのだろう。

 少ない戦力を考慮して無理はせず、まず迂回攻撃を狙った。それが成らぬと見るや、一点突破を狙って攻撃を仕掛けてきた。

 惜しむらくは、あの楔形の陣形での攻撃は、むしろ騎兵でこそ脅威になり得るものだ。

 つまり、騎兵を指揮した経験があるのだろうか。机上の兵学でも、身に着けられない事は無い判断なので、断定はできない。

 戦況は、じりじりと押す傭兵団に対して、堅く守りを固めた解放戦線が、犠牲を出さぬようにじりじりと退くという展開を見せている。


「ハンナの中隊を迂回させて、敵を背後から挟撃させよう」

「数で勝っているのですから、それを生かさないといけませんね」

「分かりきった事を、わざわざ言うな。すぐにやれ」


 ハンナの中隊が長槍を預けて別行動をとり、敵から見えない様迂回しながら背後に移動する。その間、ここに残る本隊は、敵の反攻に備えて備えを固くする。

 本隊のワールブルクは巧みに兵を動かし、初め薄く広がって兵力の半減を誤魔化す偽装をし、徐々に兵を小さくまとめていった。

 にらみ合っていたのは、そう長い時間ではないはずだ。まだ陽が中天に達するには時間がある。敵が動きを見せた。

 敵の反攻かと身構えた。そろそろハンナ隊が敵の背後を突くはずだ。耐えるのは僅かの間で事足りる。

 だが敵は、ゲオルクらの目の前で反転し、背を向けて走り去った。


「しまった、追え!」


 命じたものの、堅く守りの体勢を取っていた状態から、急に急ぐ事はできない。それでも急げるだけ急いで敵を追うと、途中でハンナ隊と合流した。ハンナ隊は、見るからに蹴散らされたという格好だった。

 ハンナが馬を駆けて、ゲオルクらの所へやってきた。テオが微かに安堵の息を吐いた。


「面目ない。奇襲を掛けるつもりが、いきなり反転攻撃をしてきた敵に、逆に奇襲を掛けられた格好になってしまった」

「いや、向こうは初めからこういう機会を窺っていたのだろう。私が迂闊だった」


 兵力に劣るが、士気は高い。そうであるならば、奇襲は最初に考える。


「被害は?」

「多くは無い。混乱させられて、突破を許したというだけだ。良い様に蹴散らされたのは癪だが」

「まだ終わりではない。追うぞ」


 追撃すると、敵は思いのほか近くにいた。隘路の強行突破に、傭兵団との交戦。そして今の反転攻撃と、激しい行動が続いて、兵の疲労があるのだろう。

 そもそも、解放戦線に兵を鍛える様な時間は、ほとんど無かったはずだ。一方傭兵団は、繰り返し基礎的な調練を積んでいる。それが体力の差となって現れている。

 敵軍が原野に火を放った。ようやく新芽が出たばかりの原野が燃え、白煙が上がる。その向こうで、敵の姿は遠ざかって行く。


「狼狽えるな。風も無いし、大した火にはならん。叩いて消してしまえ。むしろ敵は、手の内が尽きた様だぞ!」


 別に鼓舞のための虚言でもなく、本当に手の内が尽きたとしか思えなかった。でなければ、よっぽどの秘策があって、それを隠蔽するために、手の内が尽きた様に見せかけているかだ。

 だがその危惧は、すぐに無いと確信した。燻る原野を踏み越えて進むと、数十の敵兵が待ち構えていた。

 こちらの十分の一ほどしかいない敵だが、ぶつかってみると、全く退く気配がない。むしろ一人でも多く道連れにしようという、異様な闘気に満ちていた。明らかに決死隊だ。

 ここまでのノイベルクの戦いぶりを見るに、彼の頭の中では、万策尽きたという訳ではないのだろう。だが策があっても、それを実行に移すだけの余力が、もはや兵には無い。死を覚悟する事に依る、最後の奮戦があるだけだ。

 決死隊を一つ全滅させ、さらに敵を追撃する。再び決死隊が立ち塞がった。決死の敵を相手にするのは厄介だが、決死隊を避けて迂回していては、それこそ敵の思うつぼだ。

 幸いと言うべきか、ここでも長槍が役に立った。いくら決死の死兵と言えど、手に持った武器の間合いの外から突き殺されては、為す術がない。包囲し、長槍で確実に突き殺して行った。

 二度目の決死隊を全滅させ、さらに敵を追った。すでに山道は遠くなり、荒野の真ん中を進んでいる。

 もはや決死隊を出す余力も残っていないのだろう。敵の本隊が逃げるのを止め、戦闘態勢をとった。

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