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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter2・大地の息子たち
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兵站基地襲撃3

 オステイル解放戦線の武器庫を襲撃し、数千の武器を焼き払った。加えて、ティリッヒ家の輸送部隊と交戦し、これを撃破。解放戦線を裏から支援している事を突き止めた。

 ユウキ家が求めた以上の大戦果だった。重要情報を掴んだという事もあり、ゲオルク自身が参上して、詳しい報告をする事を求められた。

 それは予想していた事であるので、すぐに参上して報告を上げ、大戦果を称賛された。もうしばらく滞在して、細かい質問に答える日々がしばらく続くだろう。

 それにしてもだ。解放戦線の蜂起を最初に聞いたときは同情と、申し訳ない気持ちになったものだが、全てはティリッヒ家による陰謀だったとなると、やるせない気持ちになる。

 全てが陰謀だったというのは過言かもしれない。元々土壌があり、ティリッヒ家は不満に火を着けて煽ったに過ぎない。何もしなくても、いつか蜂起自体は起こっていたのだろう。

 それでも、困窮する民の不満を一方的に利用しようとするティリッヒ家には、そこまでやるかという怒りを覚える。農民自治と言う解放戦線のスローガンを見る限り、暴れるだけ暴れさせておいて、最後には潰す気でいるのは間違いないだろう。

 しかし、怒りを覚える分、不甲斐無さも覚える。ユウキ合戦当時、ゲオルクは小隊長を務める一介の騎士に過ぎなかったが、蒼州(そうしゅう)公派の敗北が現状を生んでいる、その責任の一端。いや、一片くらいはある。

 要は、自分たちにもっと力があれば、こんな事にはさせなかったはずなのだ。そうであれば、民が困窮の果てに蜂起し、全ての諸侯から容認できない敵として討たれる事も無かった。

 総督府派の軍や傭兵と戦うならば、迷いは微塵もない。騎士として、戦場で敵を殺せる精神はとうにできているし、自らの属する蒼州公派の正義も信じる事が出来る。

 ここで言う正義は、蒼州公派の理論の方が、総督府派よりも多くの者の幸福に役立つという事だ。争わず、全ての者がそれなりに満足できる方法がもしあるならば、その方が良いに決まっている。

 ただ、全体のために弱者を犠牲にする、総督府派の理論は容認できない。だからそれに対する、現実に取りうる手段として、蒼州公派の掲げる理念の下で戦うしかない。少なくとも、黙って受け入れるよりは正しく、理屈に合っていると思っている。

 だが、総督府派のティリッヒ家の工作とは言え、困窮の果てに怒りを燃やして立ち上がった、利用されている民衆を討たねばならないというのは、迷いを生じずにはいられなかった。

 我が身を守るためには、解放戦線は滅ぼさねばならない。彼らが武器を取った時点で、血を流さない解決の機会は失われたのだ。

 しかし、その罪は誰にある。民衆を利用したティリッヒ家か。それともユウキ合戦に敗れ、民が苦しむ原因を作った我々か。

 解放戦線の兵を斬るのは、我が身を切り刻む様な痛みを伴わずにはいられなかった。だがこれが、自らの罪に対する罰だというのなら、受け入れるしかないのか。

 罪の在る我らが痛みを感じるのはいい。だが、蜂起するしかなかった民衆に、死ななければならない罪など無いはずだ。

 それでも、殺すしかない。彼らの跳梁を許し、生き残った蒼州公派が潰えれば、これまで戦ってきた全ては無駄になるからだ。何一つ変わらず、中央の論理で蒼州が苦しみ続ける。

 いつかハンナに偉そうな事を言ったが、武器を振るう腕が鈍るのは、ゲオルクも変わらない。人の事は言えないと思った。


「ゲオルク。ここにいたか」

「これは、ツィンメルマン卿。何かご用でしょうか?」

「大した事は無い。君が討ち取ったティリッヒ侯爵家の騎士の首実検が済んだので、伝えておこうと思ってな」

「名のある騎士でしたので?」

「ギュンターという名の騎士だった様だが、それ以上詳しく知っている者はいなかった。無名と言う訳ではないが、大した首でもない様だ」

「まあ、秘密裏の輸送任務に、名高い騎士は就けないでしょう」

「だが木端とは言え、騎士団長だ。以前からよく働いていると思っていたが、ついに騎士団を打ち破る戦果を上げた。我々の予想以上の働きだ」

「自分はただ、できる限りの貢献をしようと力を尽くしているだけです」

「その貢献のおかげで、最近ではディードリヒ卿がこちらに(なび)き始めたよ。いずれ、ケーラー男爵も覚悟して腹を決めるだろう」


 まず戦力拡充が第一と主張する、消極抗戦派のディードリヒ卿。それに無条件降伏受け入れ派のケーラー男爵。非戦派がだんだん立場を失い、ツィンメルマン卿ら積極抗戦派が発言力を増しているようだ。

 ゲオルク自身はそういう政治的な力関係に関わりたいとは思わないが、自分の為した事が抗戦派の立場を強くするのは、さもありなんという思いだった。

 ゲオルク自身も、気持ちとしては積極抗戦派であり、悪い気はしない。しかし、それが選択肢として正しいかどうかまでは、判断しかねる。


「ツィンメルマン卿!」


 卿の小姓が、急ぎの用事を持ってきたようだ。何やら耳打ちをしている。


「ゲオルク。君にも来てもらった方が良いだろう」

「何がありました?」

「重要報告だそうだ」


 会議室として用意された一室には、今のユウキ家を指導する四卿だけでなく、それなりの役職を持つ者達が、大抵集められていた。

 そこで報告されたのは、蒼州公家と総督府が会戦し、公家が総督府軍を撃破したという事だった。

 皇帝公認で蒼州公家が再興を果たした裏には、これ以上終わりの見えない戦乱を続ける事を嫌った総督府が、公家の再興を支持したという事がある。

 一種の講和の様なもので、蒼州公家に恩を売る事で、お互いにこれ以上は矛を収めようというメッセージだった。

 しかし蒼州公家側はこれを、自分たちの勝利と捉えたらしい。露骨な蒼州公派への優遇が始まった。

 当てが外れた総督府は、窮地に陥った。わざわざ敵を助けてしまった事で、総督府派諸侯からも失望を集めてしまったのだ。

 このままでは、もし蒼州公家と戦になっても、味方をする諸侯が誰もいないという事になりかねない。

 それでも総督は、必死に蒼州公家への抗議と、会談を重ねる事で事態を打開しようと試みた。元々これ以上の戦を避けたくて公家再興を支援したのだ。当てが外れたからと言って、急に徹底抗戦に舵を切れない。

 しかし、諸侯よりもむしろ総督府直属の軍が、それを弱腰と強く非難した。この期に及んで交渉など成立するはずもない。行動を示して見せて、総督府派諸侯の信望を繋ぎ止める事こそが重要だと声高に訴えた。

 総督の交渉が難航した理由として、軍部の強硬意見を抑えきれない事が、交渉の足を引っ張ったであろう事は、想像に難くない。

 そしてついに、総督府軍が独断で蒼州公家との開戦に踏み切った。

 再興したばかりの蒼州公家は、それ程強力な戦力は持っていないと考えての行動だった様だが、その読みは完全に外れた。

 むしろ総督府軍の方が、総督の同意を得ない独断である事への気おくれと、軍内部でも温度差があった事から、行動の統一を欠き、撃破されてしまったという事だ。

 この報告を受けて、会議室は爆発した。蒼州公家の再興に続き、蒼州公軍による総督府軍の撃破。思いがけず念願叶い、誰もが喝采を叫んだ。


「どうした、ゲオルク。こんなに喜ばしい事は無いというのに、ぼんやりして」

「いえ、あまりの事で、現実感が湧かなくて」

「無理もない。しかし、現実だ。我々は勝ったのだ。このまま総督府派の息の根を止めて、公爵様の墓前に、連中の首を並べて供えてやる日も近いぞ」


 ツィンメルマン卿も、いつになく興奮している。無理もない事だ。まさに降って湧いた様な勝利なのだから。

 しかも蒼州公家の勝利は、単に幸運に依るものではないだろう。一度だけ会った蒼州公家のメルダース男爵。彼の率いている軍は、規律も整って精強だった。あれだけの軍を、他にも多く抱えていたのなら、この勝利も不思議ではない。

 しかし、だ。皇帝の勅命によって蒼州公家の再興が成ったというのに、朝廷の出先機関である総督府と戦に及んだ事で、完全に朝廷の顔を潰し、敵に回したという事にはなるまいか。

 いや、フリードリヒ大公の反乱事件以来、朝廷を敵に回しているのだから、いまさらか。しかし、改めて面目を潰したことは間違いあるまい。

 それに、総督府軍を撃破したと言っても、騎士からなる正規の戦力を、ある程度保有していれば、大した偉業でもない。

 心配なのは、総督府の発する諸侯への動員命令だ。それにどれだけの諸侯が従うかだ。

 総督府が声を上げれば、昌国君(しょうこくくん)が動き出す。そのとき、勝てるのか。


     ◇


 砦に戻ったゲオルクは、一連の出来事を傭兵団の将校たちに伝えた。


「なるほど。そんな事が起きていましたか」

「それを受けて、我々は一刻も早くオステイル解放戦線を鎮圧せよとのお達しだ。総督府派との全面戦争が迫った今、農民反乱などはさっさと潰してしまいたいのだろう」

「ティリッヒ家が裏にいる事も」

「無関係ではないだろうな。これ以上、余計な陰謀を巡らせられる前に、潰してしまった方が安全だろう」

「戦力としてはティリッヒ家はまだまだ強大ですが、焦りがあるようです」

「何か掴んだのか? テオ」

「ティリッヒ家の軍勢が南下して、騎士家の連合軍とにらみ合いました。プリングスハイム家と、ナウマン家が中心となって迎撃したとの事で」

「それで、戦況は?」

「ティリッヒ家が返り討ちに遭って、撤退しました。小なりとは言え、騎士家を舐めてもらっては困りますね。まあ、ティリッヒ家も大した損害ではないでしょうが」


 ティリッヒ家が焦る理由は、いくつか推測できる。北西のバイエルン郡に領地を持つせいで、せっかく宿敵ユウキ家が滅んだのに、領地の押領をして利権を得られないでいる。間に総督府の直轄領や、未だ強固な七騎士家が存在しているためだ。

 また、蒼州公家とユウキ家が滅んで、ティリッヒ家が蒼州の主導権を握れると思っていたのなら、その当ても外れている。総督府が諸侯の頭を押さえ、直接的な影響力を強めようとしたからだ。

 同じ総督府派でありながら、総督府と必ずしも利害が一致していないことは、他の多くの諸侯と変わりない。おそらく、水面下の争いはあったはずだ。

 それでも、例えばアイヒンガー家やコストナー家は、家督争いに勝利して、太守職も得たという利益がある。しかしティリッヒ家は、総督府派最大諸侯でありながら、これと言った利権を得ていない。

 その辺りの焦りが、解放戦線を扇動するという手段に出させたのだろう。現状、解放戦線の存在は、ティリッヒ家に何の害も無い。影響を与える事の出来なかった距離が、影響を受けないという形で役立っている。


「結局、全ては元通りか」


 解放戦線という共通の敵が現れた事による一時休戦は、次なる戦に向けた準備と陰謀に費やされ、念願の蒼州公家再興は、ユウキ合戦を再び引き起こす事になった。

 結局は、戦い続けるしかない。蒼州公派と総督府派、どちらかが完全に倒れるまで。そしてどちらも、倒れるのは自分ではないと思っている。

 だがそれならば、戦い続けるしかない。誰が敵であろうと、自分の立場を失わない限り。

 戦いが続く限り、傭兵団は必要とされ、戦わなければ、傭兵団に存在意義は無いのだから。

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