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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter2・大地の息子たち
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兵站基地襲撃2

 攻め寄せてくる敵に対し、傭兵団は小さくまとまり、長槍を突き出して対抗した。

 槍衾(やりぶすま)を前にして敵は、足を止めずに斜めに針路を変えて、傭兵団の側面に回り込もうとして来る。

 敵兵力はおよそ三百。傭兵団と互角だ。これだけの人間が一斉に走り出せば、先頭の集団だけが立ち止ろうとしても、後続に押されて容易には止まれない。

 止まろうとしても止まれず、味方の手によって槍衾(やりぶすま)に押し込まれる。そう判断した敵の先頭集団が、とっさに進路を変えた。

 この一事を見ても、敵兵は相当な練度を誇る精鋭だと思われた。兵の質で言えば、間違いなく傭兵団を上回っている。

 側面に回り込んで来ようとする敵に対して、傭兵団も向きを変える。だが動きがいつも以上に悪い。将校が叱咤する声が聞こえる。

 寒さが、兵の動きを鈍くしているのだ。強風が防寒具の上からでも、容赦なく兵の体力を奪って行く。雪に反射する陽光も、こうなると厄介な要素だ。

 一方敵は、雪や寒さなどものともする様子を見せない。冬季の雪中戦に慣れている。

 条件が最悪だ。ここでの戦いは、敵に対して有利過ぎる。とは言え今更、戦場を変えることなどできない。第一、どこに移ろうとこの風と雪からは逃れられない。

 敵は側面からも攻撃を掛けず、背後に回り込んでくる。傭兵団も、今度はそちらへ槍の穂先を並べようとするが、長槍は素早い転換には不向きだ。

 こちらが備え切るより先に、敵が突っかけてきた。最初の陣形から、敵に背後に回られたので、ゲオルク自身も前線に立つ格好になる。

 一度剣を交えて、こいつらは騎士だと直感した。身なりはどんなに正体を隠していても、太刀筋などは明らかに騎士のそれだ。

 同数の騎士からなる敵部隊と、こんな所で初交戦する事になろうとは。

 兵の質ではどうしても劣り、数の優位も無く、思い描いた戦法も思う様にいかない。敵の攻撃に、傭兵団は明らかに押し込まれていた。


「テオ、まだ生きてるか」

「勝手に殺さないでください」

「このままではまずい。何か手はないか」

「と言われても。ただ、敵の兵装に、見覚えがあります」


 それは、ゲオルクも感じていた。身元を特定されない様にはしているが、剣や鎧は普段使っている物と近い形状の方が、当然戦いやすい。そして敵の兵装には、見覚えがある。

 ゲオルクだけではなく、テオも見覚えがあるということは、ユウキ合戦で交戦した事のある敵だ。二人とも交戦経験があって、正規の騎士となれば、そのときしかない。


「ゲオルク殿、危ない!」


 とっさに馬から落ちる様に飛び降りた。ほぼ反射的に体が動く。


「ハラショー!」


 掛け声とも叫び声ともつかない、腹の底から出していることだけは確かな声。続いて、轟音が一発轟いた。

 一瞬で何かが視界を跳び抜けていく。小さめの砲弾サイズの弾だということを理解したのは、弾が飛んで行ってからしばらくしてからだった。

 身を起こして、弾の飛んで来た方を見ると、敵の部隊長と思しき人物が、大口径のハンドカノンを脇に抱えていた。


「貴様らティリッヒ家か!」


 北部の言葉遣い。雪中戦への慣れ。蒼州北部の高原地帯を領する諸侯の手の者で間違いない。その中でゲオルクとテオが共に交戦経験がある相手と言えば、ティリッヒ侯爵家しか該当しない。


「ん? そういう貴様は、ユウキ家の落ち武者か」

「落ち武者とは、ずいぶんじゃないか」

「事実を言ったまで。落ち武者がいくら流れ者を集めたところで、勝てはせん。吾輩には守るべきものがある。貴様らに守るべきものなど、もはやない。貴様らはただの腹を空かせた野良犬よ!」

「何が守るべきものだ。帝都に尻尾を振って、自分の取り分だけ守っている(いぬ)が」

「ふん。弱い犬程良く吼えるもの。すぐに吼え面かかせてやる!」


 ユウキ公爵家とティリッヒ侯爵家は、蒼州で一、二を争う有力諸侯であり。代々の蒼州公派と総督府派であり。因縁の深い仲だ。

 互いの憎悪はユウキ合戦で爆発し、しばしば戦略的合理性よりも、感情的理由で戦略が決定された。

 それだけに何度も交戦し、互いに相手の強さは良く知っている。

 最もそれは、騎士団同士の戦での話だ。ゲオルクが率いるのは傭兵であり、実力差は歴然としている。それは身に染みて理解している。

 啖呵を切ったものの、にわか仕込みの戦法で勝てる相手ではない。

 しかも厄介な事に、長槍を用いた密集隊形は相性が悪い。ティリッヒ家の騎士団は、比較的軽装で機動的な戦いを得意とする。どうしても鈍重になりがちなこの戦法では、その機動力に対応しきれない。

 かと言って、敵と同じ土俵に立とうものなら、それこそ敵の独壇場だ。

 ゲオルクに敵兵が斬りかかってくる。剣が交差した。さすがに、容易く斬り伏せられる相手ではない。何合か打ち合い、僅かな隙を突いて浅手を負わせた。それで敵は退いた。

 まずこの喰らいつかれた情況をどうにかしないことには、身動きが取れない。敵は軽装と言っても、それは騎士としてはだ。このまままともに戦い続ければ、こちらが持たない。

 四騎の騎兵が、敵の脇から突っ込んだ。敵が混乱する。すかさず兵を後退させて距離を取り、隊列を整え直す。


「ハンナ、ワールブルク、兵を二つに分けろ!」


 中隊ごとに分けた。敵は機動力に優れると言っても、所詮は歩兵だ。二つの中隊が互いに助け合えば、幾分かは対応できるはずだ。

 こちらは守る限り、その場で常に敵の方を向くように動けばよい。一方敵は、こちらの側背を取ろうと動けば、こちらの周囲を大きく動き回ることになる。動きが速くても移動距離の分遅くなる。

 騎兵ならともかく、歩兵ならばこれでも十分事足りるはずだ。

 敵も部隊を二つに分けてきた。相変わらず機動力を生かしながら、一撃離脱を繰り返してくる。

 敵も味方も二つに分かれて、情況は何も変わっていない様に見える。だが実際は、守る方が少しだけ有利だ。

 密集して防御するこちらは、人数が半分になっても、敵と接する陣形の外周の人数は七割ほどだ。

 一方敵は、攻める人数は半分になったのに、一度に相手にする人数は、まとまっていたときの半分よりも多い事になる。

 最もこの有利は、防御している限りにおいてしか機能しない。そして守っている限り、ジリ貧だ。敵が被害が大きくなりすぎるとして諦めない限り、いつかは負ける。

 つまりこれは、時間稼ぎの姑息な手段でしかない。

 その上、あまり部隊を細かく分けすぎると、兵一人一人の力量の差がものを言ってくる。小隊まで分散するのは、危険だろう。騎士に対抗するには、集団戦を挑むしかない。分かっていた事のはずだ。

 敵がこちらの側面を突こうとして来る。こちらは常に正面に敵を捕らえる様にする。その際に、長槍で殴りつけてやる。多少は効果を発揮しているようだ。


「ゲオルク殿、敵の動きにばらつきがありませんか?」

「その様だな」


 ゲオルクとテオ、ハンナの隊に向かっている敵は、ワールブルク隊に向かう敵に比べて、動きが悪い様だ。


「先程の敵将が、向こうにいるからの様だな」


 騎士団を基本的な単位とする正規軍は、中隊規模での行動に一歩劣るのだろう。一方傭兵団は、中隊規模での行動に一番慣れている。


「とは言え、敵を崩す決定打には弱いな」


 指揮能力で勝っていても、兵の質で劣る分を差し引いて、互角といったところだ。

 手強い方を相手にしているワールブルク隊は、実に健闘していた。歴戦の傭兵の面目躍如といったところか。

 今は、とにかく守りに徹する以外の方法が見つからない。

 執拗に側背を突こうとして来る敵に、円陣を組みたくなったが、耐えた。円陣は放射状に外側を向く事になるので、隙間が多い。

 槍を並べてみれば、それは良く分かる。全周防御できるので一見堅そうだが、その実ぶつかり合うと弱い。

 それに、敵と点でぶつかることになるので、兵の力の差が如実に出やすい。むしろ攻守が逆の場合に有効な陣形だ。

 幸いにも、敵も徹底的に押しては来ないので、なんとか持ちこたえられている。

 騎士としては軽装なので、あまり攻めれば自分も傷を負う事を嫌っている。加えて、やはりユウキ合戦以降の、騎士の損失を嫌う風潮も影響しているのだろう。こんな所で騎士数百人を失うのは、どう考えても痛恨の損失だ。

 とは言え、そこはやはり、戦闘訓練を積んだ騎士だ。戦い方が上手い。こちらの長槍を、横合いから攻め寄せてきて、切り落としたりして来る。

 長い槍は正面には強いが、横からの攻めには弱いということが分かった。

 無論、こちらもただやられている訳ではない。ハンナやイリヤが弓矢を射かけ、騎兵が敵を翻弄しようと駆け回っている。

 だがそれらは絶対数が少なくて、戦局に大きな影響を与えられないでいる。

 風上から、崩れ落ちる音がした。ゲオルクらが火を放った武器庫が、焼け落ちていた。焼け出された解放戦線の兵たちが、呆然と立ち尽くしている。


「あれだ。テオ。ハンナ。続け!」


 ゲオルクが馬腹を蹴ると、ハンナは素早く、テオは慌てて後を追った。まとわりついていた敵兵に一撃を加え、そのまま突き飛ばすようにして駆け抜ける。


「ゲオルク殿、一体何を!?」

「あそこにいる連中を追い立てろ。テオは右、ハンナは左に回れ!」


 二人ともそれで、ゲオルクが何をやる気なのかを察した。三つに分かれた部隊が、大量の武器を失って呆然としている解放戦線の兵を追い立てる。

 追い立てられた群衆が、ティリッヒ軍と傭兵団の戦う戦域へとなだれ込んだ。追い立てられている群衆には、脇に避けるような余裕などない。真っ直ぐ突っ込んだ。

 突如群衆に押し寄せられて、ティリッヒ軍は混乱した。利用しているだけの存在とは言え、一応味方である以上、斬ってしまう訳にもいかない。

 ティリッヒ軍が対応に苦慮している間に、ワールブルク隊が離脱してきて、ゲオルクらに合流した。


「なるほど、上手い事やったものだ」

「作戦目標は達成していますから、このまま逃げます」

「待て。あれを見ろ」


 傭兵団に追い立てられた群衆の動きが変わった。追い立てられ、とにかくただ一方に走ろうとしていたのが、混乱し、闇雲に逃れようとしている。

 轟音が一発轟き、混乱はさらに拍車が掛かった。


「ティリッヒ家の連中、解放戦線を殺し始めたか」


 このままでは身動きが取れないと焦ったのか、容赦のない強硬手段に出たようだ。一種の同士討ちだが、気にする様子もない。

 だが闇雲に逃げようと走り回る解放戦線の兵たちによって、かえってティリッヒ軍の部隊はかき乱されている。


「ハンナ。ワールブルク。左右から、絞り上げる様に攻め立てろ」


 ゲオルクの指示を受け、二つの隊が左右から混乱する群衆を攻め立て始めた。無軌道に逃げ回っていた群衆が、再び方向を持って流れ始める。

 一つの流れができると、その中で動かない人間というのは目立った。ティリッヒ軍のうち、騎士団長を中心とする一部の兵だ。

 追い立てられた群衆が流れてしまうと、その一団は傭兵団に三方から囲まれる様に位置していた。数は五十そこら。それ以外の敵兵は、群衆に押し流されてしまっている。


「槍を並べろ。突破を許すな!」


 横一線に並んだ兵が、長槍を並べる。ようやく本領が発揮できる情況だ。こうしてしっかりと構えてしまえば、騎士と言えども五十程度の歩兵など、突破はさせない。

 事態に気付いた敵は、完全に囲まれて槍で一人ずつ突き殺される前に、離脱を始めた。しかし三方を固く包囲されている以上、逃げ場は一方向しかない。

 健脚な者。体力に余裕の残る者を五十ほど選び出し、ゲオルク自ら率いて敵を追撃した。逃げる方向は分かりきっている上、敵の前には解放戦線の後備が渋滞している。

 こうなれば兵の練度も関係無い。ほとんど一方的な、背後からの屠殺だった。

 振り返って抵抗してくる敵もいるが、個人レベルでの抵抗に過ぎない。それに対してこちらは、常に数人掛かりで一人を殺していく。集団戦に徹した。

 轟音が轟いた。敵の騎士団長が、大口径ハンドカノンをぶっ放している。ゲオルクは馬腹を蹴り、剣を手に敵将へ突撃した。

 敵将が砲口をこちらに向けてくる。身を低くしただけで、真っ直ぐ馬を駆けた。反動が強いためか、命中精度が高く無い事は、すでに見きっている。


「ウラー!」


 破裂するような轟音。当たらなかった。しかし馬が驚いて、棒立ちになる。振り落される前に飛び降り、自分の脚で駆けた。

 敵将がハンドカノンを捨て、剣を抜く。切っ先が鞘から抜けきる前に、首を討った。宙を舞った首を、誰かが器用に槍で突いた。


「撤退する!」


 本来の作戦目標を大きく上回る戦果を上げた。これ以上、ここに長居する理由は無かった。

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