兵站基地襲撃1
オステイル解放戦線の、武器貯蔵庫を襲撃する。
内偵の結果、解放戦線は何者かから武器や兵糧の供与を受けているらしい。支援者が何者かまではまだ不明だが、ゲオルクの予感は的中した訳だ。
解放戦線が急速に勢力を拡大したのも、影からその支援者が手を回していたからだろう。
そうして解放戦線を育て上げ、利用しようとしているからには、武器の供与だけで済むとは思えない。訓練将校を送り込み、戦のやり方を訓練している可能性も高い。
放置すれば、より一層危険な存在になるであろう事は、想像に難くない。いち早く解放戦線を討伐し、できればその背後にいる存在も突き止めたいところだ。
季節は最後の厳冬期で、普通はこの時期に戦などはしない。早くても、あと一月は待つのが普通だ。
だがゲオルクは、即座の攻撃を決めた。時を置くと、拠点を移動させられる恐れがある。向こうも身動きが取れないうちが好機だ。
防寒具を全員分用意して、戦に備えた。厚手の冬服は、簡素な防具代わりにもなる。
「無謀だと思うか、テオ?」
「本当に無謀だと思えば、止めています。力ずくでも、と言いたいところですが」
ゲオルクは笑った。テオがゲオルクに組みついたとしても、容易く引きずられるのがおちだろう。剣を抜いて立ち会えば、一撃でテオの剣が弾き飛ばされる。
「止めないという事は、悪くはないと思っている訳だな」
「手放しで賛同もできませんが、奇襲効果はあるでしょう。敵はやはり、数でこちらを大きく上回っているでしょうし」
「どのみち、奇襲は必要になるという訳か」
「質で勝る少数で戦うのでしたら、奇襲以上に良い方法はありませんから」
農民一揆と言う性質を持つ解放戦線は、非戦闘員も常に同行している。それは前回の戦で確認した事だ。だから、純粋な戦闘員の集団よりも、奇襲の効果は大きい。
「ところで、ハンナの様子はどうだ?」
「次の戦にも、出陣する気でいるようです」
「大丈夫なのだろうな?」
「ワールブルク先生が何も言ってきませんから、先生は大丈夫だと判断したのでしょう。私としては、実家に帰ってくれた方が安心できるのですが」
「兄妹で話し合ったりはしていないのか?」
「私が何か言うと、意固地になるでしょうし」
そうかもしれないが、兄妹で話し合っていないというのも、良いとは言えないのではないかと思った。
ハンナは、武芸がからきしなテオを不甲斐無く思い、不満を抱いている。テオもそれを負い目と感じているのか、ハンナを避けようとしているように思える。
しかし互いに、相手の事を思いやっていない訳でも、ましてや嫌っている訳でもない。それは、見ていてもはっきりと分かる。
兄妹と言う近すぎる関係だからか、どうにも腹を割ってというか、素直になって話し合えないでいる様なのだ。
もっとも、そこにゲオルクが割って入ったところで、何かできるとは思えない。それにゲオルクも兄とは疎遠だから、あまり人の事は言えない。
「団長として言わせてもらうのなら、戦に支障を出さないのならば、それで良い」
「では、ゲオルク殿個人としては?」
「言わせるか?」
ゲオルクが首を突っ込まなければならないほどこじれる前に、兄妹でよく話し合って決めろ。だ。
「いえ、今の発言は、無かった事にさせてください」
「らしくない失言だが、大目に見てやる」
ゲオルクに言わせてしまえば、兄妹で正面から向き合うしかなくなる。そう感じ取ったのだろう。どこかに、逃げる気持ちがある。
「ハンナは今や我が傭兵団の中隊長だ。その責務を果たせないと思えば、自ら身を退くさ。だから私は、心配していない」
「礼を言っておくべきでしょうか」
「正当な評価をしているだけだ。わざわざ礼を言われる様な事は無い」
出陣の用意が整う頃には、ある程度敵の情報も調べがついた。やはり警備は固く、二千人程度が警戒に当たっているらしい。
警備を厚くするのは当然だが、これは過剰だと思った。二千人もいれば、狙われては困る拠点を、わざわざ教えている様なものだ。
だからこそ、武器庫の存在を掴めたのだろう。となれば、支援者の忠告によって過ちに気付き、場所を変えて隠蔽される可能性がある。やはり、そうなる前に襲撃を決行しなければなるまい。
直ちに出陣した。武器庫を大きく迂回して一旦北側に回り込み、そこから南下して襲撃するルートを取る。
北のバーデン郡方面からは、大河ドネウ川を渡らなければ侵攻できない。だから、川沿いや橋の警戒が厳しいはずだ。その分、境界より内側の警戒は、南よりも薄いはずだ。
その予想が当たったからなのかどうかは分からないが、目標地点の北1㎞までは、敵に発見された様子も無く到達できた。
ここから先は、さすがに敵も警戒しているだろう。斥候を放ちながら、慎重に進軍した。
案の定、各所に敵の見張り小屋があって、迂回して直線距離の何倍も歩かなければならなかった。
しかしこれだけ警戒しているということは、まだそこに武器が山積みされているという、何よりの証拠だ。
目標地点まで、あと500m。一気に近づいて奇襲を掛けたいところだが、地面にはうっすらと雪が積もっていて、一面の銀世界だ。夜襲を掛けようにも、夜でも明るい。
腹をくくって、いっそ白昼の急襲を敢行するべきか。ともかく一度、兵に短い休息を取らせ、襲撃の機会を図った。
天の助けとは、まさにこういう事を言うのか。休息を取っている間に天候が急変し、猛吹雪が音も視界も遮った。奇襲には絶好の条件だ。
「今を置いて、好機は無い! 皆、決して味方を見失わぬ様に留意せよ。万一の場合は、視界が回復するまでその場に留まる様に。掛かれ!」
傭兵団が、小さくまとまったまま走り出す。兵が鯨波の声を上げるのも、止めなかった。風のせいで身を刺すような寒さで、声を出さない事には力も出ない。
傭兵団に気付いた見張りが、慌てて半鐘を打ち鳴らしたが、遅すぎた。鐘の音が響く頃には、傭兵団はすでに武器庫の中に斬り込んでいた。不意を打たれた敵兵が、慌てふためいている。
「火を掛けろ! 全て燃やしてしまえ!」
火種には不足しなかった。そこかしこで敵兵が火を熾して、暖を取っている。
ようやく立ち直った一部の兵が、武器庫の武器を引っ掴んで、火を掛けさせてなるものかと抵抗を始めた。
廃城の戦と同じく、女子供も多くいた。彼らも武器庫から慣れない武器を取り出し、闇雲に振り回しながら抵抗してくる。
「くそ。何をてこずっている!」
武器の豊富さからか、思いがけず苦戦している。早くしなければ、混乱している敵が立ち直ってしまう。
風上から煙が流れてきた。それと共に、鯨波の声も風に乗って流れてくる。敵が浮足立った。
その隙を見逃さす、一隊が猛然と敵を押し始めた。先頭に立って敵に斬り込んでいるのは、ハンナだった。
ハンナと一個小隊が、敵の防御を突破した。一ヶ所崩れると、敵はもう隊列を維持してはいられなかった。武器庫の奥に突入し、山と積まれた武器に直接火を掛ける。
積み上げられていた武器は、相当の量に及んだ。槍だけで数千本はある。敵のある者は火を消そうと布で火を叩き、ある者は武器を持ち出そうと抱えられるだけ抱えて右往左往している。
「焼け! 全て焼き払え!」
惜しいという気もあるが、ここは敵地の真ん中だ。奪い取ったとしても、運ぶ間に敵に捕捉されれば、元も子もない。全て灰にしてしまうに限る。
ある程度火勢が強くなると、もう消し止める事は不可能だ。いまさら数十本の武器を持ち出せたところで、その百倍はある武器が燃え尽きてしまう事に比べれば、微々たるものだ。
「十分だ。離脱するぞ」
兵をまとめ、欠けた者を確認させる。
「ハンナ」
「団長」
「犠牲は?」
「私の隊では、死者と負傷者が四人ずつです」
「負傷者は歩けそうか?」
「歩かせます」
重傷者は止めを刺して捨てろ。そう命じれば、ハンナは従うだろうか。試すような事はしたくなかった。
「風上から火を放ったのは、お前の指示か?」
「はい(ヤー)。一隊を回して、風上から攻め立てさせました」
「あれのおかげで敵が浮足立った。上手い事やってくれたな」
「大した事ではありません。私がやらなければ、団長か先生がやっていたと思います」
そうかもしれないが、実際に行動したのはハンナだ。
敵の中には、武器庫の中の武器を手に取っただけの女子供もいた。浮足立った敵に斬り込んだときのハンナは、相手が誰であろうと、容赦はなかった。
自分の気持ちに、どの様に折り合いを付けたのか。あえて聞くような事ではない。そんな事をしている情況でもない。
「敵がまだ混乱しているうちに、退くぞ」
武器庫の建物全体に火が回り、敵兵の多くはどうしていいか分からずにいる。今のうちに逃げるに越したことはない。何せ、敵は二千。立ち直られては厄介だ。
いつの間にか、吹雪は止んでいた。日が差し、陽光が白銀の大地に反射して、ちょっと目を開けていられないくらい眩しい。風は、吹雪の最中ほどではないが、まだ強く吹いていた。
炎上する武器庫を離れ、浅く積もった雪を蹴散らして進む。
「所属不明部隊を確認!」
いくらも進まないうちに、鋭い声が上がった。緊張が走る。敵の領域深いこの場所で、味方部隊と遭遇するとは考えにくい。
不明部隊は、もはや回避する事など不可能なほど至近にいた。吹雪の中でも構わず進軍して来たので、発見が遅れたとしか考えられない。
「不明部隊、輸送車両らしき物を引き連れています!」
「ではあれが」
解放戦線を支援している何者か、あるいは支援者に雇われた部隊と、鉢合わせしたという事だ。
「全部隊戦闘用意! 長槍を構えろ!」
傭兵団が武器庫を焼き払ったところなのは、一目瞭然だろう。向こうも、おそらく武器の輸送中だったのだろう。お互いに現場を見られた以上、ただで帰してもらえるとは思えない。
所属不明部隊も、素早く戦闘態勢を整えた。そしてすぐ、にらみ合う事もせずに、鯨波の声を上げて攻撃を掛けてきた。




