ファーストプレゼンテーション2
蒼州で一般的な軍制は、騎士団制という。
騎兵二十五人。槍兵六十人。弓兵三十人。銃兵三十人。指揮官、旗持ち、伝令、軍法官などが五人。合せて百五十人を一個の中隊とする。
二個中隊以上を一つの騎士団と呼び、これが基本的な戦術単位だ。運用の都合から、騎兵が切りの良い数になる様に、偶数個の中隊で騎士団を編成する例が多い。
だがこれはあくまで騎士だけの部隊だ。騎士団だけでは実戦はできない。騎士団ごとに百二十人の輜重隊が必要になる。単に食料等を運搬するだけではなく、その調達も担う部隊だ。
調達方法は様々で、買い上げることもあれば、略奪で賄うこともある。基本的に輜重隊長の裁量次第だ。多くの場合、行商人が同行して買い付けを担当したり、将兵に嗜好品などを売る酒保商人を兼ねたりする。
その他、補助戦力としての雑兵もここに加わる。雑兵の輜重は基本自弁だ。
こういった輜重兵、雑兵は戦のある時だけ召集される。普段は領民としてそれぞれの生業に就き、税の一種として定期的な軍事調練を行ったりする。あるいは傭兵だ。
ユウキ公爵家にも当然こういった領民がいたのだが、公爵家が断絶するほどの敗北を喫したことで、ほぼ全員が散ってしまった。
かつての領民に呼びかけても、いまさら集まって来るとは期待できない。傭兵に至っては、負けそうな領主には就きたがらない。
だから騎士団以外の兵を、一から編成し直す必要があると言う訳だ。
「それを、私にやれと?」
「そうだ」
「一つ尋ねますが、必要な経費はどれほどいただけるので?」
「まだはっきりとした数字は出せないが、騎士の装備の更新が優先される」
雀の涙ほどもあれば良い方だろう。
「私ではその任に堪えかねると思うのですが」
「その場合は、しばらく待機という事になるだろう。その際武器防具等は一旦回収して、任務のある者に再配分することになるだろう」
断れば永遠に閑職送りと言うことだ。いまさら閑職も何も有ったものではないが、拒否権がないことには変わりないだろう。
「謹んで、拝命いたします」
◇
まだ予算も権限も何もないが、幹部となる人員は数名好きな者を選んでも良いと言われた。とは言え、好き好んで傭兵団の立ち上げに参加する者も、なかなかいないだろう。
「ゲオルク殿、話は終わったみたいですね」
ネーター兄妹とワールブルクがやって来る。当てと言えば、彼らくらいだろう。
ゲオルクに下された命令について説明し、駄目元で協力を頼めないかと尋ねてみた。
「いいだろう。私はぜひ加えて欲しい」
ハンナが迷い無く答えた。これにはゲオルクも少し面食らう。
「いいのか? こう言っちゃなんだが、予算もなく弱卒を率いて苦労するのは目に見えているぞ?」
「そのくらいの苦労は承知の上だ。むしろ、騎士団にいてはなかなか実戦に出られない」
「実戦に出たいのか?」
「困窮する民を一人でもこの手を救う。そのために戦いたいのだ。戦わずに城に籠り、我が身の安全だけを図るなど、論外だ」
「お父上がどう思うか」
「父上は、私が決めた事なら認めてくれるさ」
どうやら決意は固いらしい。実戦に出た経験はないはずだが、戦場は見たことがあるはずだ。それに個人の武勇も優れている。悪くはない。だがやはり、本当にいいのかという思いがある。
「ワールブルク殿は、師としてどう思われる? 彼女は将校としてやっていけるだろうか?」
ワールブルクはすぐには答えなかった。考えるように少し間を置いて、それからおもむろに口を開く。
「良い、と思う。初めから上手くはいかないだろうが、ハンナならば大丈夫だろう。私も共に一隊を預かって、協力しよう」
「ありがたい。ワールブルク殿のような歴戦の傭兵が協力してくれるとは、心強い」
女性ばかりになったが、とにかくこれで二人確保した。
「そういう訳だから兄上。帰って父上によろしく伝えてくれ」
「馬鹿を言うない。いくら何でも俺一人帰ったら、さすがに父上にどやされる。俺も参加させてもらうぜ」
「テオ、無理をすることはないのだぞ。家宝の剣と鎧を妹に与えても、ネーター家の次期当主はお前なんだ。領主自ら戦に出なくとも、それは恥ではない」
「いいえ、ゲオルク殿。ネーターの家は領主である前に、騎士です。それに俺だって、妹を戦場にほっぽり出して帰らない程度のプライドはあります」
「プライドだけで戦場に出ると、死ぬぞ」
「死にたくないので、死なない様に手を尽くします」
ここまで言うなら仕方がないだろう。それに、戦士としてはやや頼りないが、人の上に立ち、まとめる才能は決して悪くはない。そういう意味では、テオは戦士としては不合格だが、騎士としては合格だった。
「ふっふっふ。二十歳前で、しかも女性のハンナ殿が新しく立ち上げる傭兵団の幹部ですか」
いつの間にか、ゴットフリートが背後にいた。
「なら、俺も参加させてもらっても、何の問題もありませんよね?」
「むう、仕方がない」
ハンナの参加を認めてしまった以上、ゴットフリートを拒絶できる理由はなかった。
「ただしお前は兵卒からだ。いい機会だから、鍛え直してやるからな」
「はっ。よろしくおねがいします。ゲオルク殿」
立派に礼をしているが、顔はにやけていた。
四人部下ができると、何やら俄然やる気が出てきた。始めてしまったのだから、こうなればやれるだけやってしまおうと言う気持ちだ。
予算が支給されたが、案の定、雀の涙だ。最初はこれで賄うしかないが、ある程度の規模を持つ傭兵団を維持していくには、とても足りない。
「どうしたものかな。支給される金は少ない上、いつ滞るか知れたものではない。となると、独自財源を持つしかないが」
「そんなの、それこそ傭兵をやればいいでしょう」
テオが事も無げに言う。
「あのな、そこらの傭兵団とは違うのだぞ? ユウキ家専属という事で予算を貰っているんだ。他家に仕える訳には――」
「それはあくまで、ユウキ家が戦をするときには必ず馳せ参じろ。という事でしょう? それに反しなければ、何も問題はないと思います」
「どういうことだ?」
「どう見ても今のユウキ家は、すぐに戦ができる状態じゃありません。ならその間、例えばうちが仕事を依頼して報酬を払う」
「ネーター家か」
同じ陣営であるネーター家、その他騎士家の依頼ならば、確かに認められる可能性が高い。むしろ、ユウキ家から騎士家への援助になるとして、積極的に推奨されるかもしれない。
「あとは、旧ユウキ家・蒼州公家領の村落から依頼を受けて、治安維持をするとか。今ならば、そういう依頼は多いでしょう」
旧領からの依頼を受ければ、ユウキ家は領民を見捨ててはいないというアピールにもなるだろう。これから戦を続けるのに、領民の支持を保ち続けることは、大きな意義がある。
それに元々、税を取って領内の治安を維持してきたので、村落からの依頼で傭兵料を取って村を守るのは、見た目は変わったが実質は同じ、と言う事もできる。
「なるほど。そうやって傭兵団の維持費を稼ぐのなら、上も納得する。むしろ積極的に推奨するかもしれんな」
「でしょう?」
「テオ。お前は剣を振るうよりも、こういう事を考える方が向いている様だな。会計なんかを任せても良いか?」
「それで、実戦に出なくてもいいのなら」
思わず笑ってしまったが、テオとしては至極真剣なようだ。
「分かった。ただし傭兵団が大きくなって、手が足りるようになったらだ。初めのうちは、そんなことは言ってられないだろうからな」
「そのくらいは妥協しますよ」
「よし、その方向でまとめよう」
テオの提案をほぼそのまま採用するような形で、新設する傭兵団の活動内容を申請した。傭兵団が運営資金を自給し、なおかつ友好勢力や領民へ恩を売れるとあって、一も二も無くこの提案は通った。
こうしてまず最初の資金で、傭兵団の人員を募集した。かつてのユウキ公爵家の下で戦った経験のある者が中心に集まり、三十人の兵が集まった。
ゲオルクはこれを十人の隊に分け、ネーター兄妹とワールブルクをそれぞれの隊長に据えた。ゴットフリートはハンナの下で一兵卒だ。
集めた傭兵に基本的な調練を始めたゲオルクの下に、ツィンメルマン卿が最初の依頼を持ってきた。
と言うよりも、この任務を果たして初めて正式に傭兵団の設立を認める。即ち、ゲオルク傭兵団の初陣にして最終試験となる任務だった。
◇
旧ユウキ公爵家領北部海沿いの街・リントヴルム。今この街には、三十人ほどの盗賊団が居座っている。
ゲオルク傭兵団の最初の任務は、リントヴルム市議会の要請を受けて、街に居座る盗賊団を征討する事だ。
下手な事をすると、市民や街の施設を人質に取られる危険があると思った。だが街の方からは、すでに気まぐれで多くの市民が犠牲になっているため、人質の心配はせずに盗賊を討伐してほしい。との事だった。
市民は一斉に避難、もしくは逃亡を試みるので、それに合わせて突入してほしいとの事だった。
「数は互角ですけど、どう戦いますか?」
テオが作戦を聞いてくる。しかし、作戦も何も無いとゲオルクは思っていた。
「俺はまだ、正規の騎士ではない傭兵の戦い方というものを知らない。少なくとも、騎士と同じ戦い方をしても、上手く行かないだろうという予想は付く。それに、言っちゃ悪いが部下の傭兵たちの戦力も期待していない。作戦を立てても、それに兵が付いて来れるか、怪しいと思っている」
「なら、正面から突っ込む」
「それしかないだろうな」
「それならそれで、腹を決めるしかないか。腕の立つ奴が何人かいるし、たぶん大丈夫だろう」
「そうあって欲しいと願っている。時間が来たら街に突入。大通りをまっすぐ進んで、中央広場にたむろしているらしい盗賊団に襲い掛かるぞ」
「了解」
テオは腕っぷしは頼りないが、一度戦場で腰を抜かしたのがかえって良かったのか、臆病さは見せない。恐怖と上手く折り合いをつける方法を確立しているのかもしれない。
市内が騒がしくなった。ただ喧噪は、ゲオルクたちのいる場所からは遠い。ゲオルクらの目の前で、街の門が大きく開かれた。
「突撃!」
剣先を天に突き上げ、振り下ろしながら叫ぶ。叫ぶと同時に走りだした。先頭切って市内に突入する。
大通りは、ほとんど人がいなかった。突入する部隊の邪魔にならないよう、市民は別の方向へ避難したようだ。同時にそれは、盗賊の目をそちらへ向ける囮にもなるはずだ。
街の中央広場に、一目でそれと分かる風体の男たちがたむろしていた。数はおよそ三十人。情報通りだ。
広場の隅には、見せしめに殺されたらしい死体が転がっている。人質を取られる様な時間は与えない。突入の勢いのまま、敵のただ中へ斬り込んだ。
中央広場全域を戦場に、乱戦が始まる。数はほぼ同数だが、不意を撃たれた格好の盗賊の方が押されている。
「一人も逃がすな、囲め!」
そう叫んだが、ほとんどの兵は目の前の敵に精一杯で、敵を囲むような動きにならない。だが賊も、数では負けていないことに気付いたせいか、逃げずに応戦してきている。
ゲオルクは一旦下がり、全体を見るように努めた。三十人程度の小隊を率いた経験はあるが、あくまでそれは上から命じられたことをただこなす役職だった。
今は、自分で全体を把握して、判断を下さなければならない。
賊にも中心となる者がいるはずだ。一歩引いて観察すると、乱戦の中でもなんとなくそれが見えてくる。
賊の中核と思われる人間は、三人いた。そのうち二人は、それぞれハンナとワールブルクが相手をしていた。
勝負はゲオルクの見ているうちに着いた。ハンナを相手にした賊は、相手を小娘と侮ったのか、動きに緊張感がなく、油断が見られた。
ハンナはそれを見逃さず、家宝の騎士剣を手にして、賊の首を一太刀で刎ね飛ばした。
もう片方の賊はワールブルクと対峙していたが、こちらは見るからに押されていた。ハンナの師であるワールブルクが、弱い訳がない。
ワールブルクが実際に戦っている所を見るのは、初めてだった。彼女はレイピアを得物に使っていた。
重装鎧も貫通できる、刺突に特化した剣だが、機動的な戦闘にも適する。賊はとても敵わないと悟ったか、背を向けて逃げ出した。
ワールブルクはそれを追わず、背負っている物を取り出した。クロスボウだった。すでに弦は引かれている。
矢を装填し、狙いを定めた。賊の背に狙いを定めて、放つ。矢は賊の背中から胸を突きぬけ、石造りの壁に突き刺さった。
あれは携行できるサイズとしては、最強クラスの弦の強さだろう。人力では引けず、滑車を必要とするはずだ。だから弦を引いた状態で携行していたのだろう。
普通は弦が痛むと嫌われるはずだが、即応性を重視した結果だろうか。
感心している場合ではない。リーダー格と目される賊は、あと一人残っている。そいつを中心に、雑魚も集まりつつあった。体勢を立て直される前に、勝負を着けたい。
賊の頭とも、誰かが剣を交えている。見ればそれは、よりにもよってテオだった。進んで挑みかかった訳ではないだろう。考えるよりも早く、足が動いていた。
賊の頭に押され、少しでも崩されれば殺されてしまいそうなテオを庇うような格好で、ゲオルクは二人の間に割って入った。
「無事か!?」
「助かりました」
テオが肩で息をしながら答える。
「俺が引き受ける。援護をしてくれ」
隙さえ見せれば斬りかかる。形だけでもそういう風にテオが構えてくれれば、一対一よりもずっと戦いやすくなる。それに、賊の頭も疲れはじめていた。
「くそっ、二対一じゃ不利か」
「悪いが投降は認めん。貴様らの所業は、裁くまでもなく死罪に値する」
「ケッ! そう簡単に殺されてたまるかよ! 先生! やっちまってください!」
空気が変わった。一人の男が、ただの通りすがりでもあるかのように現れた。盗賊よりは綺麗な身なりをしているが、まともな人間とは思えなかった。目つきが、盗賊などよりもずっと危険な人間のものだった。
気を抜くとやられる。そう確信した。息を整え、その男だけに集中する。幸い、他の賊が介入してくる様子はなかった。あるいは、その方がやりやすかったかもしれない。
じっくりと対峙して、相手を見極める余裕はない。剣を腰だめにして、体ごとぶつかっていった。
剣先が腹に入りそうなぎりぎりで、男は躱した。そしてゲオルクの脚を払うように低く剣を振るってくる。
脚を斬られる。そう思ったゲオルクは、とっさに横へ転がった。起き上がろうとするところに、追撃が来る。
片膝立ちになりながら、水平に剣を振るった。確かな手ごたえ。男の腹から、腸が零れ落ちた。男がうつ伏せに倒れる。
「そんな」
賊の頭が蒼い顔をしている。自分でも信じられないくらい体が素早く動き、賊の頭を斬り捨てていた。