都市再奪回1
ユウキ家上層部から緊急の命令が来た。ゲオルク傭兵団初陣の地であるリントヴルム市が、所属不明の傭兵団によって占拠された。これを奪回する作戦だ。
とは言え、事はそう単純ではなかった。ゲオルクらが盗賊を掃討して以来、リントヴルム市も無防備であった訳ではない。多いとは言えないが、都市防衛の部隊が配置されていた。
防衛部隊は未だ市内にて交戦中で、傭兵団はその救援と言う形になるのだが、すでに都市の半分を占拠されているという。
防衛部隊があっさりと苦境に立たされているのには、理由がある。敵は大砲を三門持ち出して来ているというのだ。情報によれば、半カルバリン砲だという。
ただの傭兵が、そんな兵器を持っている訳もない。どこぞの勢力の支援があるのは確実だ。
「そのため今回の任務は、大砲の破壊が最優先目標とされている」
鹵獲することは考えなくても良いという。今のユウキ家には、大砲を鹵獲しても運用するだけの余裕がないのだろう。
そもそも訓練された砲兵がいなくては、狙った場所に当てられるものではない。ユウキ合戦の前は砲兵がいないことも無かったはずだが、仕事の無い今のユウキ家からは、とっくに離れていることだろう。
あるいは、大砲を運用している敵は、そんな職にあぶれた元ユウキ家の砲兵なのかもしれない。砲兵など、そうそうどこにでもいるものではない。
「団長。大砲の破壊はいいですが、誰も大砲を相手にした経験はありません。そこのところはどうしましょう?」
「知識のある人間を探して、半カルバリン砲について情報を聞いてきた。役に立つかどうか分からんが、とにかく説明しておく」
半カルバリン砲は、9ポンド弾(約4㎏)を撃つ、長砲身の命中率に優れた砲だ。通常のカルバリン砲が18ポンド弾を使用するので、半カルバリン砲と言う。
射程は最大6,000mだが、狙って当てられる距離は1,800m前後だという。それでも十分脅威的な射程だ。弓矢や鉄砲とは比較にならない。
「ま、石もしくは金属の塊が飛んでくるのだから、人間を殺せる代物では無い様だが」
「攻城兵器と言う訳ですか。それでも十分脅威的ですよ」
それに、めったに当たるものでは無いとは言え、砲弾が飛んできたら兵は逃げる。それはどうしようもない。そうして陣形が乱れた所に敵の攻撃を受ければ、十分脅威になりうる。
「防衛部隊が苦戦に陥っているのも、おそらくだが防備を大砲で破壊されては突撃されるのを繰り返しているのだろう」
「大砲は暴発の危険があると聞いたことがありますが?」
「最新の砲ならば、その心配はないそうだ。百発以上撃っても砲身が持つように設計されているらしい。砲の自壊は期待できん」
砲身が百発撃っても持つのならば、弾薬もそれ相応に持ってきているだろう。弾切れになる前に、都市を占拠される可能性の方がずっと高い。
だが逆に言えば、大砲さえ破壊してしまえば、敵は特に注意すべき点も無い傭兵部隊に過ぎないという事だ。上層部も、案外冷静に戦況を分析しているのか。
「大砲についての情報は、こんなところだ」
「これじゃあ、対策の立てようがないですね」
例えここで何かしら対策の様なものを思いついたとしても、実際に大砲に対した事が無い以上、考えた通りに動けるかは怪しいものだ。
「実際に相手をしてみて、対策を練るしかないな。要は、行き当たりばったりだ」
悩んでも仕方がない。どうせ戦は、行き当たりばったりという要素を完全に排除はできないのだ。
一日の行軍で現地に到着し、防衛部隊と合流した。防衛部隊は騎士ばかり四十人ほどだった。
「戦況は?」
「市内を流れる川を境界に、北部を敵が、南部をこちらが押さえている情況です。敵兵力はおよそ二百」
防衛側であることを考えれば、四十は決して少なすぎる数ではない。市の半分を占拠された事は、やはり大砲の威力が大きいのだろう。
「敵の配置は? 特に大砲はどこにどう構えている?」
「三門とも、川沿いに配置されています。反撃しようとすると、大砲に正面から挑まなくてはなりません」
「迂回は?」
「橋は一本を残して、お互いが落としてしまいました。市外から迂回しようにも、市壁を占拠されているので、どうにもなりません」
市壁をほぼ無傷のまま奪われたので、外から攻めるとこちらが攻城戦をしなくてはならない。敵と互角の兵力で攻城戦を挑むのは、無謀だった。
「正面突破しかないか」
市壁に近い、市街地の端で渡河すれば、抵抗なく敵の側面に回れるかもしれない。しかし、市街戦では路地を塞がれると、容易く進軍を阻まれる。側面攻撃で敵に打撃を与えるには、よほど秘密裏に行動しなければ難しい。
それに、あまり市街への被害を出したくもない。主戦場が河原ならば、むしろ建物なども少なく、周囲への被害も押さえられる。
とはいえ、川を挟んだ戦いは、攻めるにも守にも難しい。無理に攻めれば被害が大きくなるし、守ってもいつまでも守りきれるものではない。
川を守るのは、短期的には渡河できる点を守ればいいが、時間が経つほどに別の地点から渡る手段を講じられる。結局は、線をどこも切らさずに守り抜かなければならなくなる。
「敵の様子が見える場所はないか? 塔の上とか」
「あるにはありますが、大砲に狙い撃ちされると危険なので、近づかないようにさせています」
「なに、様子を見られた程度で撃ってきやしないだろう。大砲に詳しい訳ではないが、重くて動かすのも大変な物のはずだろう?」
渋々という感じだが、防衛部隊の騎士は市内の塔へ案内してくれた。本当に危険だと思えば、テオが止めるはずだ。何も言ってこない所を見るに、それ程危険はないはずだ。
塔の上からは、河川敷に展開する敵部隊が良く見えた。大砲も三門とも、良く見える。鴉を描いた旗が立っていた。思い当たる諸侯はいないので、傭兵団の旗なのだろう。
大砲は主に、唯一残った橋に狙いを定めているようだ。こちらから橋を渡って攻撃しようとすれば、集中砲火を受けるだろう。狭い上に、進路の限定された橋の上では、兵が直接砲撃を喰らう事も考えられる。
「橋以外の場所は、渡れないのか?」
「あの辺りでしたら、歩いて渡れないこともありません。そもそも上流の堰で、市内を流れる水量は調整されていますから」
市内で洪水が起きないように、一定量の水しか市内の川に流さないための堰があるのだろう。ならば全体的に水深は浅いはずだ。
とはいえ、歩いて川を渡るのは動きが鈍る。大砲が無くても、迂闊に渡れば弓矢の良い的だ。
現に、遠目にも敵には弩を装備した兵が多い様に見えた。となれば、ここまで敵の作戦通りに戦局が推移しているということだろう。河川防御に対しても、綿密な作戦を立てているに違いない。
防衛部隊が臨時指揮所にしている市内の建物に移り、作戦を打ち合わせた。ゲオルク、テオ、ハンナ、ワールブルクに、防衛部隊からは五人が出て、九人での作戦会議だ。
「兎にも角にも、対岸への渡河を成功させればいくらでも勝機はある。ただ、そのためには最大の障害である大砲をどう始末するかなのだが」
防衛部隊の隊長が、窺うような視線を向けてくる。
「我が傭兵団の受けた命令は、大砲の破壊が最優先となっています。それに関しては、責任を持って任務を遂行いたしましょう」
「かたじけない」
防衛隊長の態度は、どこか卑屈なものを感じさせた。元々、騎士のみで構成される正規軍の小隊長と、傭兵とは言え三百を抱えるゲオルクでは、どちらが上官になるのか曖昧な部分がある。
今回は防衛部隊が救援を求める立場で、大きな顔をしにくいという背景がある。加えて、質に差はあってもやはり四十の部隊と三百の部隊では、数の多い方の発言力が強くなりがちである。
とはいえ、傭兵団にあまり下手に出るのも憚られる。そういう複雑な立場と心情で、どう対応するか決めかねているのだろう。
「作戦に関して、私に一案があります。まずはそれをお聞きいただいた上で、交戦経験のある皆様方の意見を伺いたい」
ややこしい腹の探り合いにならないうちに、作戦に専念させてしまう事だ。
「防衛部隊には大砲の脅威を排除した後に、対岸に突撃していただきたい。大砲を破壊したことによる動揺を突けば、それで勝負は決まるはずです」
「それはまあ、そうでしょう」
うって変わって自信に満ちた物言い。どこかで、傭兵ごときに騎士が負けるはずがないという思いがあるのだろう。
「しかしそうなると、大砲破壊はそちらのみで行うという事になりますが、本当によろしいのですな?」
「ええ、構いません。具体的な作戦ですが、これはもう、一気に距離を詰める事で、敵の懐に飛び込むしかないと考えています。大砲にしろ、弩にしろ、一度斉射を凌いでしまえば、連射は利かないはずですから」
「しかし、渡河作戦を取らざるを得ない以上、一気に距離を詰めると言っても、容易ではない」
「確かに、現実問題として、素早く渡河するのは難しい。絶対的な速さを如何ともしがたい以上、相対的に速くするしかない」
「相対的に速く?」
「なぜ速く行動する必要があるが。逆に言えば、行動が遅ければなぜ良くないか。それは行動が遅ければ、その分敵の攻撃にさらされる時間が増えるからです。ならば、攻撃にさらされる危険を減らせば、行動の遅さをある程度カバーできる」
「その様な事が」
「可能です。敵の斉射が来たとき、兵の密度が高く、密集しているほど部隊全体がより多くの攻撃にさらされる。しかし、数が同じでも分散していれば、有効な攻撃は少ない。隣の兵との間隔が広ければ、無駄に通り抜ける攻撃が多くなり、全体としての危険は減ります」
「まあ、理屈の上ではそうでしょう」
「そこで、五十ごとの六つの隊に分かれて、同時に複数の地点で渡河を試みます。これならば、敵はどの部隊に対処すればいいか分からなくなる」
「もっともらしい作戦ですが、それは無理でしょう。部隊を分散させれば、各個撃破されるのがおちだ」
「その心配はありません。今回に限って言えば」
「なぜ、そう言えるので?」
「これが渡河作戦だからです。敵は一ヶ所でも突破を許せば、川を挟んで布陣しているという優位性を失います。上陸した部隊に対処している間に、次々と後続に上陸され、崩壊する。それを避けたければ、全ての上陸を阻まなくてはならない。
そのため、全体を薄く広く守るしかなく、一点に戦力を集中して各個撃破する余裕はない。これが野戦だったら分散は、各個撃破の良い的でしたでしょうが」
防衛隊長は腕を組み、への字に口を結んで低く唸った。
「いかがでしょうか?」
「正直、どう転ぶかはまるで分からん。しかし、部隊を六つに分ければ、三門の大砲で対処しきれるものではないのは確かだ。兵力の少ない我らでは、思いついても実行できなかった策だな」
暗に兵力さえあれば、そう見栄を張っている。興味は無かった。ただこの場で最良の戦術を絞り出しただけだ。
「失敗した時の責任は」
「もちろん立案者の私、及び実行部隊である我が隊が負います」
「よかろう。作戦の実行を認める」
「はっ」
結局、防衛隊長には一切の責任が生じないというのが一番効いた。別に彼がこの場の最高指揮官と決まった訳ではないのだが、そんな事はおくびにも出さず、頭を下げておく。
大事なのは面子ではない。敵を撃破できるかどうかという、結果なのだ。結果さえよければ、それで良かった。
◇
正午に作戦を開始した。敵の射撃が狙いを付けられない夜襲を選ぶ事も考えたが、確実に大砲を破壊するためには、見えていた方が良い。
作戦通り五十ずつ、六つの部隊に分かれて、一斉に渡河を始めた。防衛部隊は大砲が排除され次第、盾を押し立てて橋を強行突破する用意を整えて待機している。
ゲオルクも一隊を率いて、川の中に馬を乗り入れた。すでに秋も深まり、水が冷たい。
対岸の大砲が次々と火を噴いた。石弾が着弾し、水柱が上がる。狙われた部隊の兵は、さすがに怯む様子を見せた。
砲弾が当たることはまずない。そうゲオルクは見た。川の中にいる部隊の方が、大砲よりも低いのだ。砲口を下に向けて撃つことはできないらしい。良くて水平に撃つしかない。
そのため、砲弾が兵の頭上を飛び越えて、対岸まで飛んで行ってしまう。そもそも砲口から弾薬を詰めなければならない以上、常に上を向けていた方が使いやすいのだろう。
大砲の脅威は心配要らない。後は、対岸からの斉射だ。対岸では弩を構えた敵が、こちらが十分近づくまで待ち構えている。
「焦るな。ゆっくりと進め」
盾はあるが、それ程頑丈なものではない。近距離での弩に対しては、防御に不安がある。
ぎりぎりの距離まではゆっくりと近づいて、一気に走って肉薄する。そうして、攻撃を受ける回数を一度だけに抑える。
殺気が肌を打った。来る。そう思った次の瞬間、斉射が降り注いだ。できるだけ身を低くし、それでも当たりそうな矢は斬り払う。
「突撃!」
叫び、水を蹴散らして突っ込む。弩は再装填に時間が掛かる。第二射が来るより先に、川岸まで迫った。敵も剣を抜き、応戦してくる。
目の前の指揮を執りながら、他の隊の様子を確かめた。足並みが乱れている。川底の様子の違いか、すでに渡りきっている隊もいれば、まだ川の中ほどでまごついている隊もいる。
川岸で敵と交戦に入った隊も、槍を並べた敵に苦戦する隊もあれば、比較的押している隊もある。敵の対応にばらつきがあった。
良いとは言えない。押しているとは言っても、敵も必死で突破は阻止している。備えの堅い敵に当たった部隊が敗走すれば、浮いた戦力を回されて、各個撃破されかねない。その前に、どこでもいいから突破する必要がある。
不意に、敵に一点が崩れた。そこから上陸を試みていた隊が、すかさず押しこむ。
未だ川の中にいる部隊が、当初の命令に反して味方の援護射撃を始めていた。それによって敵が崩れたのだ。
踏ん張りが利かないはずの川の中で、力強く弓を引き、的確に援護射撃を撃ち込む者がいる。猟師上がりの小隊長イリヤだ。
援護射撃を受け、足を取られる水中での戦いを巧みにこなして敵を押し込んでいるのは、元漁師のデモフェイだ。ついに敵を突き破り、河原の一角を占拠した。
突破すれば決まる。そう思っていたが、敵もなかなかしぶとかった。ぎりぎりの兵力を工面して、デモフェイ隊が空けた穴を塞ぐ兵を送り込んできた。川に叩き落とそうとする敵に、デモフェイ隊はそれ以上進めずにいる。
別の場所で歓声が上がった。二つ目の隊が上陸に成功していた。ワールブルク隊だった。デモフェイ隊を押さえる兵力が抜けたとはいえ、援護なしで上陸を成功させたのは、流石と言うべきか。
二か所を突き破られて、流石に敵の防衛戦も持ちこたえられなかった。ワールブルク隊の後は、次々と上陸に成功する。
上陸作戦は成功した。次は第二段階、大砲の破壊ができるかだ。




