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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter1・針路不確定
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炭鉱施設奪回3

 アイヒンガー家の軍勢は、結局動かなかった。傭兵だけで炭鉱を奪い取れると思っていたとは考えにくいので、所詮嫌がらせ程度の目的でしかなかったのかもしれない。あるいは、傭兵の実力と七騎士家の反応を確かめるのが狙いだったのか。

 傭兵イワノフの行方は、(よう)として知れない。だがまあ、雇い主の下に密かに戻ったのだろう。

 終わってみれば、大した事件でも無かった。これで報酬もきっちり得たのだから、悪い仕事ではなかったのだろう。

 しかし、まだその価値と使い方を計りかねている感はあるとは言え、アイヒンガー家が傭兵の活用を考え出したことは間違いない。今後、他の勢力にもそれは広がっていくだろう。

 ゲオルクにしてみれば、強弱は別にして騎士団を相手にした方が、ずっとやりやすい。敵としても、味方としても慣れた相手であり、その戦い方はよく心得ている。

 これまでは、こちらの戦力はともかく、敵は良く知っている相手。もしくは、ろくに戦術も持たないような賊が相手。そう思い、そこに胡坐をかいていたのかもしれない。従来のやり方で通用すると。

 しかしこれからは、相手が変わってくる。当初は予想もしていなかった相手を敵としなければならない。当然、戦術も変えて行かなければ、対応できないだろう。

 予想もしていなかった相手と言うが、自分が傭兵団を組織したときから、予想するべきだったとも言える。その時に問題として浮上していないからと、考えないようにしていたのだろう。

 結局、変化を嫌っていたのかもしれない。新しい場所に立っても、昔のやり方をできるだけ守ろうとしていた。

 まず変えるべきは、自分の意識だ。それを怠っていた。だがこれ以上怠る訳にはいかない。そのツケを支払わされるのは、自分ではない。兵の命で支払わされる。


「よし!」


 腹から声を出す。気合が入ったという気がする。隣にいたテオが、怪訝な顔でこちらを見ていた。

 傭兵団の拠点に戻ると、留守の間の情報がいくつか溜まっていた。

 その中に、気になる情報があった。困窮した農民による反乱が起きたという情報だ。場所はアンハルト郡北部。ここから北へ30㎞程の地域だ。

 鎮圧したという情報がないので、現在も継続中なのだろう。もし南下してきたら、ここで食い止めなければならない。

 ユウキ家上層部に指示を仰ぐ使者を送った。同時に臨戦態勢を取らせ、砦にも籠城戦を想定した備えをする。

 場合によっては、こちらから進攻して農民反乱を鎮圧することもあるだろう。困窮の末に蜂起した農民を討つのは気が引けるが、武装蜂起した集団を放置すれば、被害は拡大する一方だ。

 農民反乱鎮圧の先兵を命じられる事も覚悟して上からの指示を待ったが、戻って来た使者が伝えてきた命令は、意外なものだった。


「放置しろ、と?」

「はい。直接的な被害を受ける恐れが無い限り、こちらからは何もしなくて良いと」

「なぜだ。反乱が起きているのは、ユウキ家の領内だぞ」


 反乱鎮圧に割く余力がないとか、直接関わりの無い事にわざわざ首を突っ込みたくないとか、そんな先送りの理由は考えられる。

 しかし戦力が問題なら、傭兵団に何とかしろと、無責任なことを言ってきてもいいはずだ。実際、そうなる可能性が高いと覚悟して待ち構えていた。おかげで、肩透かしを食らったような格好だ。

 反乱が起きているのが、もはや名ばかりとは言えユウキ家の領内である以上、これを放置するのはどう考えてもまずいはずだ。統治能力の無さを晒している様なものだ。

 反乱を放置することで、ユウキ家に利は無い。今はまだ害も無いが、潜在的な危険は大きくなり続ける。ならば、芽のうちに摘み取るのがどう考えても得策だ。

 そうしないだけの理由。反乱を放置する事に因る利益が、何かあるとでも言うのか。


「どう思う、テオ?」

「さあ。放置して何の得があるのか、さっぱり。ただ……」

「ただ?」

「ひょっとしたら、場所が関係しているのかも」

「場所だと?」

「アンハルト郡北部は、総督府がちょっかいを出してきている地域です。農民反乱で困るのは、名目上の領主であるユウキ家よりもむしろ、不法占拠している総督府かもしれません」

「つまり、総督府が反乱に手を焼くのを期待して、放置している?」

「邪推に近い推測ですが。総督府の直轄領にも近いですから、あわよくば反乱がそちらへ移動すれば、ざまあないと言ったところでしょうか」

「馬鹿な。もし膨れ上がった反乱が、大挙してこちらに押し寄せてきたらどうする」

「どうしようもありませんね。人間、憎い相手が先に死ぬのが見られるのなら、船が沈んでも構わないというものですから」

「呉越同舟という言葉があるぞ」

「実際はそんなに上手くはいきませんよ。人間はもっとどす黒いものです」

「若いくせして人間に悲観的だな」

「どうもそういう性分で。それで、我らはどうしましょうか?」

「どうもこうもあるまい。命令には逆らえん。欠員の補充を募って、調練に勤しむしかあるまい」


 命令も急を要する依頼も無い以上、傭兵団がやるべきことは、戦力の補充と向上以外に無い。

 戦力の補充に関しては問題ない。募集を掛ければ、傭兵志願者はいくらでも集まってくる。特に最近は、ある程度名声を得てきた事もあって、相当数の志願者がいる。選別する方が大変だった。

 引退を余儀なくされる負傷兵には、多くは出せないが金を与えた。怪我の具合に応じて差をつけてある。

 行く当てのある者はいいが、ほとんどの者は当てがないから傭兵になっている。追い出すのも忍びないので、引き続き傭兵団に置いて、武器の手入れなど雑務を与えた。

 武器の自前生産などに携わらせればいいのではないかとテオが考えていたが、今のところそんな余裕はない。

 生産に携わらせるにしても、そのための技術を新たに身に着けさせねばならず、それを教える者もいない。構想に対して、実現できることがあまりにも少なかった。

 実現できないと言えば、兵の調練もそうだった。今まではメキメキと実力を上げていたが、ここに来て頭打ちになっている。

 元が弱すぎたため、調練で大きく伸びていたにすぎない。それは分かっているが、未だ正規軍に完全に対抗する戦法も、傭兵同士で戦う際の有効な戦法も確立できていない。

 この情況で実戦を続ければ、いつ痛い目に遭わないとも限らない。そう思うと、調練はつい厳しくなる。


「ゲオルク殿、無理な調練をさせ過ぎだ。兵が潰れてしまう」


 見かねたのか、ハンナが抗議に来た。それがかえって何かを逆なでした。


「こんな程度の兵で戦を続けていれば、いつか大勢死ぬ。そうさせないために、死ぬほど鍛えぬいているのだろう」

「それには同意する。が、ゲオルク殿がやっているのは、鍛えぬいているのではなく、苛め抜いているだけだ。それでは兵は強くならん」

「なにを」

「ゲオルク殿が調練すると、せっかく鍛えつつある兵が潰れる。今すぐ止めていただきたい」

「潰れるなら潰れるでも良かろう。これで潰れる兵ならば、どのみち死ぬ」

「戦に出す前に全ての兵を潰して、何の意味がある。いかに団長と言えど、これ以上は容認しかねる」


 ハンナが剣を抜き、切っ先をこちらへ向けた。かっとして、剣の柄に手を掛けた。そこで思いとどまった。

 ここで彼女と私闘を演じて、何の意味がある。兵の前で団長と中隊長が、無様を晒すだけではないか。

 急に気持ちが冷えてきた。かっとしたのも、無意味に厳しくしているという自覚があるから、痛い所を突かれてかっとなったのではないか。

 一度そう思うと、もうどうでもよくなった。厳しい調練にこだわったのも、自分のやり方に固辞したのもだ。


「そうだな。調練は、お前とワールブルク殿に任せる」


 ハンナが意外そうな顔をする。それを直視できずに横目で見て、足早に引き上げた。


「どうやって止めようかと思っていましたよ」


 行く手にテオが待ち構えていた。一部始終を見ていたのだろう。


「いざとなったら、覚悟を決めて二人の間に割って入るしかないと思い始めていた所です」

「お前が割って入ったら、止めるどころか斬られていただろうな」

「だから、ゲオルク殿が矛を収めてくれて助かっています」


 別に、矛を収めた訳ではない。ただどうでもよくなっただけだ。


「焦っておられますな」

「そう見えるか?」

「良くなってきたとはいえ、傭兵団は所詮まだ寄せ集めに過ぎません。それが、見通しの立たない戦場に投入される流れになっている。なまじ戦果を上げたために」


 確かに、もうしばらく盗賊を相手にして、実戦での戦法を確立できればよかったのだろう。それが貯水施設の一件以来、情況次第では正規軍にも対抗できる戦力のように目されている。

 そう評価される部隊に育て上げたいとは思っていた。だが実力を上げるより先に、名声が上がってしまった。どこかで間違ったのだろうか。しかし、何も間違ったとは思えない。


「気休めになるか分かりませんが、アイヒンガー家はしばらく動かないのではないかと思います」

「なぜそう思う?」

「アイヒンガー家の当主、オットマールにしてみれば、家督を相続できて、反対派の始末も済んで、代々のシュレースヴィヒ郡の太守職も得て、当初の目的は果たしています」

「まあ、そう言えるだろうな」

「そしてそもそも総督府とは、一時的な共闘関係。すでに協力関係は解消して、小競り合いまで起こしています。そんなアイヒンガー家にとって、自分に不利益が無い限り、蒼州公派はいてくれた方が都合が良いはず」

「我々と総督府が争うのを、高みの見物しようと?」

「あわよくば漁夫の利も得ようと。しかしまあ、押領もあまりしてない様ですし、欲をかく気はなさそうですが」

「では、取水施設や炭鉱への侵攻は?」

「こちらの実力を試されたのかもしれません。あまりに弱体だと、総督府の足を引っ張る事も期待できませんから、実力を確かめたうえで戦略を練りたかったのか。あるいは、形ばかりとはいえ同じ陣営に属している、総督府への義理か」

「曖昧な推論だな」

「まあ、背後の理由はどうでもいいのです。蒼州公派の領地を押領する気なら、アイヒンガー家にはもっと良いやり方がいくらでもある。それをしないのは、その意思がないからだ。そう考えるのが一番妥当だという事です」

「そんなものかな。まあ、気休めにはなった」

「それは何より」


 テオが屈託のない笑みを浮かべる。この笑いの裏に、なかなか鋭い刃を隠し持っているのだから、案外食えない男だ。


「やはり七騎士家の次期当主ともなると、いろいろと情報網があるのか?」

「ご想像にお任せします」


 無い訳はないだろう。この蒼州で一番深く根を張り、情報網やその他さまざまな力を持っているのは、おそらく七騎士家だ。

 正確な年代は不明だが、およそ千年前。未開の地であった蒼州にやってきた七人の騎士が、新たな土地を開いた。それが七騎士家の先祖だ。だから、七騎士家は蒼州で最も古い家柄だ。それどころか、今の帝室よりも古い。

 騎士家の祖についてはかなり伝説化して、どこまでが本当の事か分からない。ただ七人の騎士たちがやって来る以前の記録はほとんど残っていないので、蒼州の歴史は騎士家と共にあると言って良い。

 そういう古い家だ。ただ古いだけではなく、千年という時を生き延びてきた、様々な有形無形の力を持っている。

 だから歴代王朝さえも、七騎士家には気を使わざるを得なかった。どれだけの力を持っているのか、底が知れない以上、迂闊に敵に回す訳にはいかないからだ。騎士家の方も、多くを望まなかったから、今に至るまで家を保っている。

 ところが、一体何があったのか、ユウキ合戦で七騎士家最大の家である、シュレジンガー家が離反した。今まで争いが無い訳ではないが、協力して騎士家の利益を守ってきた七騎士家が、おそらく初めて分裂した。

 ユウキ合戦で蒼州公派が敗北した理由の一つは、間違いなくシュレジンガー家の離反による諸侯の動揺だろう。

 今なおシュレジンガー家は総督府派に就いた『裏切者』のままだ。しかし、シュレジンガー家の領地は、他の騎士家に囲まれる様に位置している。加えて、騎士家同士で干戈を交えることも、今のところは避けているようだ。


「騎士家の分裂は、どう決着を着けたものかな?」


 何気ない口調で、テオにそう振ってみた。個人的な考えでも聞ければと思ったが、押し黙ったまま、何も応えない。


「いや、これは余所者が口を挟むべき話題ではなかったな」


 とは言え、騎士家だけの問題と言う訳にもいかないだろう。騎士家の意思は蒼州の意思。長い間そう思われてきた。

 その騎士家の意思が分裂しているのだ。誰もが、何が正解なのかが分からなくなっている。騎士家の分裂は、その象徴のようになっている。いずれ、何らかの火種になる可能性は高い。

 戦になれば、騎士家の戦力そのものは大した事は無い。せいぜい数百、シュレジンガー家ですら一千がやっとのはずだ。

 そして分裂している事に因り、戦力以外の力も、使い辛くなっているはずだ。ただそれが、未だ侮れない力を持っているのか、それとももはや張子の虎なのか、それは分からない。

 七騎士家は今、実に微妙な立場にある。一歩間違えば、千年続いた騎士家が絶えるかもしれない。

 そうなればその余波は、蒼州全土に及ぶだろう。無論、大きな戦乱を伴って。そうなれば、傭兵団も無関係ではなくなる。

 いや、それ以前に、騎士家を巡る様々な思惑が絡まって、暗闘が繰り広げられるかもしれない。戦もあるだろう。

 暗闘に、正規の軍勢は使い辛いはずだ。そうなれば、傭兵にその役目が回ってくる。

 戦乱の中央へ、深い所へ、少しずつ深入りしているのではないか。それも底なし沼のように、足を踏み入れたら抜け出せない。

 踏み込むことを望んだこともある場所のはずだが、どうにも嫌な気分は拭いきれなかった。

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