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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter1・針路不確定
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炭鉱施設奪回2

 坑道内への第二次攻撃が開始された。

 今度は一つの坑道に決死隊が二十人と増員されただけではなく、装備の点でもシャベルやつるはしを携帯させた。

 工夫の宿舎らしき建物に隣接する倉庫で発見したもので、坑道内のバリケード破壊に役立つ。

 突入した決死隊をまず迎えたのは、またしても矢の猛射だった。坑道の口へ向けてとにかく撃てばいい敵に対して、こちらからは闇に紛れて敵の姿が見えない。楯を前面に押し出して、とにかく突っ込むしかなかった。

 突っ込んだ先で、坑道の半分ほどの高さに積まれたバリケードを挟んでの戦闘になる。下手に乗り越えようとすれば狙われるので、戦いながらバリケードの破壊を狙う。

 スコップやつるはしは、ときには武器になった。突き出したスコップが、骨を断てずに中途半端に腕を断つ。振り下ろしたつるはしが、頭蓋を割る。

 狭い坑道内、バリケードを挟んで対峙する敵はそう多くない。だがふとその向こうを見ると、何十人もが目を光らせて待ち構えている。

 決死隊の後ろに、後続隊が控えている。決死隊員が負傷すると、軽傷の者はその場で処置をし、重傷者は外に搬送して治療に当たる。正面以外からは絶対に襲われないと確信できるからできる事だ。

 決死隊は敵をかなり奥まで押し込んだ。しかし、押し込めば押し込むほど敵の抵抗は激しくなる。

 押し込んでいるというよりも、半ば敵が自ら退いている様なものだ。下がれば下がるだけ、敵は追い詰められたという感覚が強くなる。

 一方こちらは、入り口から戦場までの距離が伸び、重傷者の搬送も、交代要員の送り込みも手間がかかるようになる。

 敵は負傷者を搬送する後方も無いから、多少の負傷では怯まず、むしろより決死になって反撃してくる。


「テオ、前進が止まったのではないか?」

「止まりましたね。これ以上の前進は、難しいようです」

「それほど敵の抵抗は厳しいか」

「それもありますが、交替で送り込んだ兵の目が慣れず、まともに戦えない様です」


 日光が差し込まない坑道の奥では、松明の明かりが頼りだが、闇の中で明かりを掲げていては狙い撃ちにされる。敵もそれを分かって、あらかじめ奥の明かりを消して、闇に目を鳴らしていたようだ。

 壁に明かりを設置する余裕はなく、松明を持って入れば狙われる。そのまま入れば、闇に目が慣れないうちにやられる。


「いっそ、光で奴らの目を眩ませられないか?」

「坑道内も完全に闇と言う訳ではありませんし、松明程度では眩ませるのは無理なようです。日光ならば別でしょうが、大きな鏡でも無い事には」


 手詰まりと言う感じだった。これ以上は、押しても押し切れない。

 坑道の一つから、慌ただしく負傷者が運び出されてきた。かなりの重傷であることが、一目で見てとれた。考えるより先に、体が動いていた。


「おい、聞こえているか!」


 負傷兵の手を取り、握りしめながら声を掛けた。


「しっかりしろ! 生きると自分に言い聞かせろ!」


 生死の境から戻ってこれるかどうかは、えてして生きるという強い意志があるかどうかだ。

 同じ様な重傷者でも、希望を捨てない者が生き、そうでない者は死んで行く。そういう場面を、何度か見たことがある。

 負傷者の目は虚ろで、生気というものを感じなかった。良く無い兆候だと思ったが、声を掛ける以外、何もできない。

 ふと、いつかの少年の目を思い出した。屍の間に立っていた、返り血に濡れた少年だ。

 あの少年と、似たような眼をしている。だが似て非なるものだと思った。虚ろで、生気が無い事は同じでも、あの少年の目には恐怖を感じた。今、そこに在る目は、恐怖は全く感じない。絶望に満ちた目だった。

 治療に当たっていた兵の手が止まった。何故治療を止める。そう聞くまでも無かった。握っていた手から、力が抜けて行った。力以外の何かも、抜け落ちて行った。

 兵の目からは、絶望すらも消えていた。何も無い、ただ虚ろな瞳がそこに在るだけだった。瞼を降ろしてやると、意外なほどに安らかな死に顔だった。


「ゲオルク殿」


 背後から、テオの声がした。振り向かず、ただ立ち上がった。


「テオ、戦死者一名だ。記録を付けてやれ」

「はい」


 テオが後ろで指示を出しているが、ゲオルクの耳には意味のある言葉として聞こえなかった。

 戦だ、戦死者は出る。いまさらの事で、すでに慣れたことだ。だがそうせざるを得ないとはいえ、無理な戦で死なせたというのは、気が重かった。

 戦死者の体が毛布で包まれ、運ばれて行った。


「ゲオルク殿、撤退を進言いたします」

「撤退だと? まだ一人死んだだけだぞ」

「割に合いません。一見押している様で、その実、敵が下がっているにすぎません。損害も大して与えてはいないでしょう。そしてこの先、抵抗はますます激しくなります」

「現時点で戦死者が出る様では、これ以上押すと被害が半端では済まなくなると?」

「はい。それだけの犠牲を払う価値があるかと言えば――」

「例えここで敵を殲滅しても、もしアイヒンガー家が本気で進行してきたら、シュルツ家の領地ごとこの炭鉱も再奪回されるだろうな」

「犠牲を払うには、あまりに馬鹿らしいと思います。もちろん、最終決定はゲオルク殿の裁量ですが」

「いや、お前の言う通り、兵を退かせよう。当初の計画通り、ゆっくりと締め上げるしかあるまい」


 三本の坑道から兵を退かせた。狭い坑道内での戦いは押し合いのようなもので、負傷者は思ったよりも少なかった。ただどの兵も、疲労の色が濃い。そして、敵の損害も多くはないと思われた。


「右の坑道が、特に負傷者も少ないな? それでいて戦果報告も多い」

「兵の中に弓の名手がいて、坑道内でも的確に支援攻撃をしたそうです」

「ほう、そんな兵がいたのか。一度、顔を見ておきたい。連れて来てくれ」

「はっ」


 連れてこられた兵は、矢や背が低いががっしりとした体つきの、日焼けした髭面の男だった。足腰の鍛え方が、尋常ではないと見た。


「見覚えのある顔だな。名は?」

「イリヤと言います。小隊長を務めています」


 傭兵団の規模が大きくなって、新たに小隊長を兵の中から選抜させた。その一人か。ならば一度は会っているはずだ。


「弓の名手だそうだな?」

「それほどの事は。猟師をしていたというだけです」

「そうか。君の弓矢が戦果を上げたことは、多くの兵が証人だ。少ないが、褒賞金を出そう」

「光栄であります」

「ところで、なぜ猟師を止めて傭兵団に入った?」


 聞かれたく無い事を聞いたかもしれないと思った。しかし、なぜ戦争で生計を立てる生き方を選んだのか、聞いておくべきだと思った。


「ユウキ合戦以来、盗賊も、難民も、どこぞの兵も、こぞって山を荒らします。もう猟師では食っていけません」


 負けて追われる身になった人間が、山に逃げ込む。逃げ込んだ先で食糧を求めて、食べられる物を根こそぎにしていく、ということだろう。

 ゲオルクも一時、小隊を率いて山に隠れた事がある。地元の猟師などからは、早く出て行けという目で見られたものだ。しかし、武装集団相手では、言いたい事も言えない。


「戦乱は、民の生活の術を奪うな」


 しかし、座していても生活の術を奪われるから兵を挙げたのだ。いつだって、平和を得るために戦を始めるのが人というものだ。


「イリヤと言ったな。お前のことは、覚えておくぞ」

「団長に覚えていただけるとは、光栄です」


 大げさだ。自分は一介の傭兵隊長に過ぎない。顔と名前を憶えられたからと言って、何ほどの事も無い。

 できれば、兵士全員の顔と名前を覚えるようにしたいし、もっと深い事も知っていたいと思う。しかし、それには兵は多すぎるし、他の仕事もあって時間も足りないのだ。

 イリヤを下がらせると、坑道に立て籠もった敵への対策を打ち合わせた。入り口を封鎖し、音を上げて出てくるのを待つのが一番確実ではある。


「いっそ、本当に入り口を塞ぐように見せれば、泡を食って出てくるのではないか?」


 冗談のつもりでそんなことを言ってみた。皆笑ったが、一人テオだけが真剣な顔をしている。


「どうしたテオ。まさか真に受けた訳ではあるまい?」

「いえ、入り口を塞いでしまうというのではなく、もっと他の方法なら引きずり出せるのではないかと思いまして」

「例えば?」

「燻し出す、ように見せかけるなどどうでしょう。要は、我らが人質もろとも皆殺しにする強硬手段を始めたと思わせれば、出て来るはずです」

「そう上手く行くか?」

「水を流し込むなり、油を流し込んで火を掛けるなりすれば、もっと切迫した危機感を煽れるでしょうが、すぐに用意できるのは燻し出すか、閉じ込めるくらいです。それで上手く引きずり出せれば、御の字かと」

「ただ兵糧攻めにするよりはマシか。いいだろう。やってみよう」

「すぐに、手配をします」


 薪と、やにの多い松の生木が集められた。逃げ場のない坑道内では、煙にまかれる事は致命的だが、本当に殺すつもりはないので、松は少量だ。

 煙を坑道内に吹き込むにはふいごが必要だが、元々炭鉱なので坑道内に新鮮な空気を吹き込むふいごがあった。それとは別に、製鉄所にするつもりらしい建物からもふいごを見つけて用意した。

 坑道の入口で薪が燃やされ始める。炎が大きくなってきたところで、葉の付いた松の生木をくべた。黄色み掛かった煙と、松脂の臭いが立ち上る。


「よし、吹きこめ」


 ふいごが動かされ始めた。ゆっくりと空気が坑道内に吹き込まれ、煙が一緒に吹き込まれて行く。中の人間には堪らないはずだ。

 いつ敵が飛び出してきてもおかしくはない。そのときは、決死だろう。正面には立ち塞がらず、外に出てきたところを左右から討つ構えを取らせて、待った。

 しばらく待ったが、敵は出てこなかった。十分は経っているはずだ。坑道の奥まで煙が届くのに時間が掛かるとしても、もう十分なはずだ。


「ゲオルク殿、一旦止めさせます。これ以上は、本当に煙に巻かれて死にかねません」

「まさか、とうに全滅していないだろうな。あるいは、実は脱出口があったか」

「どちらも、考えにくい事です」

「なら、なぜ何の反応も無い?」

「それは」


 テオが困った顔をする。さすがに何の反応も無いというのは、予想外の事のようだ。意地の悪い質問をしたか、と思う。


「中を偵察します。とにかく、内部の情況を知らないことには」

「そうだな」


 各坑道に三人一組の偵察を送り込んだ。坑道内はまだ煙が立ち込めているので、濡らした布で鼻と口を覆っている。


「どうだ! 何かあったか!?」


 反響するので、坑道の奥まで声は届く。外から声を掛ける兵に対して、中からはくぐもった声が聞こえてきた。


「なんだって!? もう一度はっきり頼む!」


 返答は無かった。坑道内は、静まり返っている。嫌な予感がした。


「どうした! 応答しろ!」


 坑道内に呼びかけた兵が、急に倒れた。うつ伏せで、何が起こったのか、すぐには分からなかった。

 坑道内から偵察隊の代わりに、敵が弾かれた様に飛び出してきて、傭兵団を蹴散らした。


「うわっ、敵襲! 敵襲!」


 三つの坑道から次々と飛び出してきた敵は、前を塞ぐ兵だけ倒し、脇目も振らずに真っ直ぐ突き進んでいく。


「追え! 追い討て!」


 叫んだが、兵が混乱してすぐには対応できない。馬に飛び乗り、剣を抜いた。


「続け!」


 馬腹を蹴った。着いてくる兵は少ないが、とにかく敵の背後に喰らいつけば、どうにかなる。

 最悪のケースは、このまま逃がした敵が領境に布陣するシュルツ家本隊を襲う事だ。特に、アイヒンガー軍と対峙しているときに背後を突かれれば、目も当てられない。

 逃げる敵の最後尾に追いつき、斬り込んだ。斬り込んだはいいが、すぐに囲まれる。

 敵も体力に余裕がある訳ではないはずだが、歩兵同士では逃げる敵を追いきれない。ゲオルクと共に敵に喰らいついたのは、僅かに数人だった。

 左から突き出される槍を掴む。それを捌く間もなく、右から来た斬撃を斬り払った。複数の敵を一度に相手にする情況が続き、後手後手に回っている。

 敵兵の一人が跳躍し、斬りかかってきた。その体が空中で、僅かに横に動いた様な気がした。剣が振り下ろされることはなかった。敵兵の体が地に落ちる。落ちた敵兵の脇腹に、鎧を貫いた矢が突き立っていた。

 槍を構えた騎馬武者が背後から突っ込んできて、敵を蹴散らした。馬を動かす余裕ができる。立ち位置を変え、体勢を立て直した。


「団長殿、ここは退け。多勢に無勢が過ぎる」


 ワールブルクだった。どこで見つけて来たのか、大きな騎槍を構えている。

 ここで退くのは忸怩たるものがある。敵を自由にする危険もある。しかし、この兵力で敵に喰らいつくのが無謀な事は、明らかだった。


畜生(シャイセ)! 撤退する」


 こちらが退くのを見ると、敵もまた一目散に去って行った。丘の上に登り、去っていく敵を見送るしかできなかった。その頃になって、ようやく味方が追いついてきた。


「忌々しい。何もかもしてやられたという事か」

「まあ、炭鉱は取り返したんだ。仕事はしたさ。報酬はきっちり取り立てるとしよう」

「雇い主が潰れて無ければな」


 炭鉱に戻ると、案の定坑道の奥に人質が囚われていた。幸い、死者や重傷者はいなかった。

 だが傭兵団には、死者と戦場復帰は不可能だろう負傷者が、合わせて十五人も出ていた。無理な追撃をしなければ、もう二、三人は少なかったかもしれない。


「敵の傭兵隊長は、イワノフと言ったな?」

「ああ。サムイル・イワノフ。逃げる敵の中に、遠目にだが奴の姿があった」


 アイヒンガーの傭兵イワノフ。厄介な敵を抱える事になったのかもしれない。

 なおかつ、これからの戦は正規軍だけではなく、今回のような傭兵を相手にする事も多くなるだろう。

 傭兵同士の戦い。正規軍を相手にするよりも、ずっと予想の付かない戦いになるだろう。ただの盗賊よりもよほど強く、正規軍よりもずっと何をしてくるか分からない相手。

 それを最初に始めたのが、他ならぬ自分たちであり、自分たちが手探りで作り上げつつある武器を、敵が真似してくる。

 優れた戦のやり方がすぐに真似されるのは、当たり前の事だが、何とも皮肉なものだという思いを拭いきれなかった。

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