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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter1・針路不確定
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取水施設奪回1

 緊急出動命令が下った。ラウ川中流域の取水施設が、所属不明の部隊によって占拠されたという。

 現在のユウキ家の勢力範囲は、ほぼ全域がこの取水施設から引いた水を利用している。取水施設を奪われたからと言って、すぐに水が使えなくなる訳ではないが、水の供給量は激減する。戦になったときなどは、深刻な影響を及ぼす恐れがあった。

 それに、水道橋の内部を通って敵が城内に進入してくるという事態も考えられる。もっと単純に、毒を流される危険もあった。

 もちろんユウキ家の側も、取水施設を無防備にしていた訳ではない。それなりの守備隊は置いていたはずだ。

 だからこそ、取水施設を奪われたという事にいち早く気付き、水道水の使用禁止の緊急命令を出すことが出来た。今のところ、被害らしい被害は出ていない。

 しかし、一刻も早く取水施設を奪還しなければならないことには違いない。奪回部隊に正規軍三百が送り出されることになり、その支援にゲオルク傭兵団にも出動命令が下った。

 これまでの盗賊掃討とは違う、初めての本格的な実戦と言って良い。

 命令を受けてから半日で傭兵団は出陣した。突発的な事態にも即応できる部隊。そうあることをゲオルクは望んだが、まず満足いく即応性だと思った。


「いよいよ、実戦だな」


 行軍中、隣を進むテオドールにそう漏らした。取水施設を襲撃するのが、ただの賊なはずがない。兵の一人一人が、緊張しているのが分かった。

 ゲオルク自身も緊張していると思った。ただそれを、表情に出さずにいられる。大きな戦も何度も経験したというのに、それとはまた違う緊張だと思った。


「実戦なら、今までだって積んで来たでしょう」

「盗賊相手ならな」

「同じ事ですよ。殺し合い、負ければ死ぬ。今度の相手は、今までよりも少し手強いだろうというだけの事です」

「そうだな。それだけのことか」


 そう言われると、ふっと楽になる。しかしテオも緊張しているという気配が、微かに伝わってきた。何とは言えないが、なんとなく言動が堅い。


「敵は施設に立て籠もるだろう。攻城戦に近い戦になるだろうな。守りの堅さは、砦とは比べものにならないだろうが」

「しかしこちらは、あまり施設を壊す訳にもいかないでしょう。施設を人質に取られている様なもので、攻めにくさは大差無いかもしれません」


 戦の話をしていた方が、お互いに緊張しなくて済むという感じがした。


「まあ、正規軍が出る以上、後方支援が中心になるだろうがな」

「その事ですが、出陣命令以来、何も命令や指示は届いていないので?」

「全く無いな。一応、入れ違いになることを考えて、砦から伝令を走らせる用意はしてきたが」

「まあ、何もなければそれに越したことはないのですが」

「テオは、ユウキ家を信用していないのか?」

「ユウキ家と言っても、今は残党に過ぎません。しかも意見の合わない四人の指導者がいる。その上資金繰りにも事欠いている。厳しい事を言いますが、これで当てにできるとは、到底思えません」

「否定できないのが辛い所だな。だが、だからこそ一人一人が支えなければならないと思うが?」

「それは、ゲオルク殿はユウキ家の家臣ですから。しかし私を含めて、多くの者はそうではありません」


 傭兵団のほとんどの者にとって、ユウキ家はただの雇い主に過ぎない。雇い主としての責務。即ち報酬の支払いが無ければ、見限って当然だと思っている。

 傭兵団を戦力として育て上げ、ユウキ家のために役立てようというゲオルクとは、根本的に考え方が違う。

 仕方のない事だった。人が集まり組織を作れば、頂点に立つ者の意思だけが通るというものでも無くなる。構成員一人一人が、自分の意思を持っているのだ。それを無視はできない。

 それに傭兵団には、一人一人の意思の在り処を見て、兵を厳選するだけの余裕も無い。敵対勢力の工作員でもない限り、誰であろうと受け入れて行かなければ、まだまだ組織として維持できないのだ。


「騙し騙しと言うか、上手く誘導していくしかないな」


 組織したばかりの傭兵団だ。人に例えれば、よちよち歩きの幼子のようなものだろう。上手い具合に立たせ、手を引いて誘導していくしかない。

 目的地まであと一両日という所で、先行している本隊からの使者と遭遇した、

 至急、本隊の兵糧を確保せよとの命令だった。必要経費は、傭兵団で建て替えておくように、とも言いつかった。


「本隊は、ろくに兵糧も持たずに戦に出たようですね」


 テオの言葉に、どこか嫌味な響きがある。


「急な事態だから、仕方があるまい。それに、兵糧の確保は元より非正規兵の任務だ」

「しかし、経費は建て替えろとは。まあこんな事もあろうかと、金銭は持って来ていますが」


 本隊の方から、後で支払うと言ってきた金額は、十分な額と言えるものではなかった。足りない分は、身銭を切るしかない。


「赤字になりますね」

「元より、金儲けのための任務では無い」

「兵への給与支払いはどうするおつもりで?」

「支払いもできないほどなのか?」

「いえ、給料分は別に確保してあるので、支払いが滞ることは有りません。ただ、こういう戦を何度も繰り返していると、いつか資金は尽きます。そうなれば兵も逃げる。それは、理解しておいてください」

「分かっている。分かっているつもりだ」


 それでも、ユウキ家の、蒼州公派の理念に殉じて戦うのが、ゲオルクにとっては何よりも優先する。それができないのなら、傭兵団長など今すぐに返上したい。

 本隊と傭兵団を合わせても、五百に満たない兵の兵糧なので、手荒な事はせずに集めることが出来た。

 しかし、一度に大量の食糧を買い集めれば、食料品の値は上がる。本隊の兵糧を集めるために使った資金のうち、一割ほどは傭兵団が負担せざるを得なかった。

 確保した兵糧と共に、傭兵団は取水施設をにらんでいる本隊と合流した。

 三百では、施設を包囲するには兵が足りない。しかし、軍事施設ではない取水施設は、出入りできる部分が限られている。出入り口を封鎖するには、三百でも十分な様子だった。

 兵糧を引き渡しと、傭兵団は後詰として後方に置かれた。戦力としては、期待されていないということだ。別に軽視されているという訳でもなく、ごく一般的な対応だ。


「まあ、質では正規軍に遠く及ばないのは、分かっている事だ。妥当な扱いだろうな。正規軍の戦を、せいぜい見物させてもらおうか」

「施設を占拠している兵が、どこの差し金かは分からないんですか?」

「分かっていない様だな。テオは、見当がつくか?」

「おそらくは……。いえ、根拠のない妄想を語るのは、止めておきます」

「そうか。まあ、どこの差し金でもいいさ。この施設を奪回しないことには、我らは飲み水にも事欠くということは、間違いの無い事なのだからな」


 取水施設内の不明部隊との戦闘が始まった。しかし、戦況は芳しく無いものだった。

 見取り図を見る限り、施設内に広いスペースは、奥の広間一つしかない。人が住むことを想定した構造をしておらず、狭い通路が入り組んでいる。

 そのため通路を封鎖して守りを固められると、突破に手間取る事になる。突破できても、入り組んだ構造に潜ませた伏兵に、背後から襲われるという事態が多発して、なかなか奥に進めないでいる。


「完全に地の利を取られているな」

「砦ではないので、しばらく囲めば兵糧が尽きて自滅すると思いますけどね」

「そうだろうが、取水施設内が餓死体で埋め尽くされるのは不味いだろう。長く居座られると、排泄物も出されるだろうし」

「惨殺死体でもどうかと思いますが」

「早く片を付けないと、先に死んだ死体が、腐乱死体になってしまう。それに、水源を押さえられて奪回も出来ないというのは、ただでさえ押されている立場のユウキ家の名声を、さらに下げることになる。これ以上ユウキ家を見限る者が増えれば、本当に空中分解しかねん」

「どちらにしても、早く決着を着けないことには良い結果にならないと」

「そうだ」

「ならそれを、軍議の席で申し上げればよろしいでしょう」

「言ったさ。ここは多少の犠牲に目をつぶってでも、早期解決を図るべきだとな。しかし、相変わらず犠牲を厭い、いたずらに戦を長引かせている」

「騎士の喪失が、致命的な損失となるという認識が、強烈に共有されているからですか」

「それもあるだろうが、おそらく、ケーラー男爵の兵だからだ」

「ケーラー男爵と言うのは確か……、非戦降伏派の?」

「一番近い所にいるのが、ケーラー男爵の派閥だったのだ。加えて他の三派閥から強行にせっつかれた事と、さすがに水の手を絶たれて黙っていられなかったらしい」

「重い腰を上げたのはいいが、腰を上げてからも鈍重な戦をしている訳ですか。これはもう、性格ですな」

「正直なところ、これ以上今のやり方を続けることに、不安を感じている。しかし、どうしたものかな」

「傭兵団の行動は、団長の権限内の事でしょう。ゲオルク殿独自に戦をしてしまえばいい」

「おいおい。気軽に言ってくれるが、後備が任務である以上、勝手に戦列に加われば、軍令違反だぞ」

「正規軍と一緒になって施設内に突入すれば、それは軍令違反でしょう。しかし、施設の周辺を警戒していたら、無防備の侵入口を見つけたので突入した。これなら、グレーゾーンでしょう」

「他に、侵入できるところがあるのか?」

「さあ? あくまで例え話です。そう都合の良いものがあるとは思っていません。ですが、このまま指を咥えて見ていても仕方がないでしょう」

「それはそうだが、仮に都合良く事が運んだとしても、命令違反すれすれを攻めるのは、後が不味くないか?」

「戦果さえあげてしまえば、主戦派の三派閥は我らを支持すると思いますよ。いや、戦果が無くても積極的な行動をしたとなれば、印象は悪くないはずです。少なくとも、いたずらに戦を長引かせるよりは」

「そういうものか」


 ゲオルクとしては、いたずらに軍命に背く様な行為はしたくなかった。ぎりぎり背信ではないとしても、あえてその様な行為をするものでもない。

 ぎりぎり背信行為ではないから行っても良い。それが横行すれば、統率が乱れる。軍令から毛一本もはみ出さないこと。それが軍の在り方としては、正しいと思っている。

 しかし、そうも言っていられない。負けて良い戦など無いが、今のユウキ家は特に、これ以上の負けは許されない危うい状態にある。戦を長引かせれば、どこに綻びが出るかもしれない。


「分かった。哨戒にかこつけて、施設の周囲を調査しよう」

「良くご決断なさいました」

「お前に、上手く乗せられた感が無いでもないのだがな」

「否定はしませんよ。ただ私は、私なりにゲオルク殿に足りない所を補い、助けようと思っているだけです。戦場にも、政治と言う奴が絡んできますので」

「政治ね」


 煩わしいとしか思えなかった。騎士は、忠節と戦働きがあればそれでいい。そう信じて来たし、これからもそうありたかった。

 傭兵団が周辺の哨戒の名目で、取水施設周辺を入念に調べ始めた。あわよくば内部に侵入できれば、奇襲効果も相まって早期に決着を着けられる。

 だがそう上手くはいかないもので、施設周辺をいくら探しても、侵入経路は見つからなかった。


「やはり、世の中そう上手くはいかないものか」

「まあ、駄目で元々でしたからねえ」

「ハンナなど、戦が出来なくてうずうずしているのではないか?」

「ハンナは戦争狂ではありませんよ。むしろ、戦は嫌いな性質です。無辜の民を傷つける事を、極端に嫌うというだけで」

「そうか。なら今回の様な戦は、あまり乗り気ではないか」

「まあ、自分から戦に出るだけあって、その辺の割り切りはできる妹です。ただ暇を持て余しているのは確かですね。兵の調練を熱心にやっています」


 確かに、施設内部の兵を救援しようとする敵も現れないので、兵を遊ばせないためには、調練でもするしかない。

 連絡役の兵が、のっそりと姿を現した。緊急事態と言う訳では無い様だ。


「団長。御報告があります」

「何か」

「ラウ川の哨戒部隊から、水の流れがおかしいので調査する、とのことです」

「流れがおかしい? 何か異変か?」


 つかの間、水計という言葉が頭をよぎったが、すぐに打ち消した。ラウ川は最大川幅2.5㎞に及ぶ、蒼州第二位の大河だ。せき止めることもまず不可能だ。


「さあ。実は異変に気付いたのは、たった一人の兵士なのです」

「ふうん。一人の言うことをわざわざ報告するとは、彼は自分の目によほど自信があるのか。おもしろい。現地を視察しよう」


 どうせ、ここにいてもする事など、何もないのだ。たまには自分の目で見回るのも、悪くないだろう。

 当然と言えば当然だが、取水施設から川まで、僅かの距離である。馬に乗る様な距離でもない。何事も無ければ、馬を洗ってやるかくらいの気持ちで川縁に赴いた。

 報告を寄越した哨戒班は、岸から水面を覗き込んでいた。そばに、錆びかけた古い鉄棒が一本落ちている。ついさっき水から上げられたばかりのようだ。


「何をしている?」

「あっ、団長! これは――」


 言おうとした兵の後ろで、水面が弾けた。裸の男が水中から飛び出してくる。


「行ける! 行けるぞ! ここから中に入れる!」


 興奮した面持ちで男が叫び、次いで状況が飲み込めずにキョトンとした。


「中に入れる、とはどういう事だ。取水施設に侵入できるのか」


 ゲオルクは下半身を水に浸けた、裸の男を問いただした。


「あっ、団長」

「質問に答えろ。ここから、取水施設内部へ侵入できるのか?」

「はい。取水口があって、そこに転がってる鉄棒を外して中に入ると、息が続く距離で施設内に入れます」

「良く気付いたものだな」

「元漁師なもので、川の流れは良く見えるんです」

「泳ぎも得意なようだな。お前、名前は?」

「デモフェイと申します」

「デモフェイ。兵を先導して、施設内に侵入できるか?」

「息がどれだけ続くかにもよりますが、百数える間息を止められたら、大丈夫だと思います」

「施設内には敵がいる。武器を持って侵入できなければ、意味がないぞ」

「剣を持って入るのは、十分可能です。長い武器は引っ掛かるかもしれないので、止めた方が良いと思います」

「いいだろう」


 すぐに兵に用意をさせ、デモフェイの先導で取水施設内部に侵入することにした。味方にも秘密にするため、夜を待って行動を開始する。

 取水口は川岸から少し離れたところに在るらしい。真上まで舟を調達して移動し、まずはデモフェイと、泳ぎの得意な者数名が先行する。


「へへへ。これを上手くやれば俺も、特別報酬がっぼり稼げるかな?」


 にやついた笑みを浮かべながら、デモフェイは舟に乗り込んだ。どうやら、かなり軽い性格をしているようだ。

 薄闇の向こうでデモフェイが、音も無く水中へ身を滑り落として行った。

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