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北日本旅客鉄道の行方 ~孜々営々のハイエナ~  作者: 錦坂茶寮
エピローグ やはり、冥界の暗黒王には敵わない
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Epilogue アーケロン

「――――シャロン、思ったより早いじゃないか。ひょっとして、鎖で繋いでいる男が良人おっと候補なのか。ちょいと前には、賽の河原の石積みのほうが良いとか抜かしておきながら、やはり、この仕事の良さに気づいたか」


「まあまあ、本人の意志もあるから、起きたら聞いてみるよ。そう言えば、父さん。

 人間界で食べた死にたての魚ね……スシっていう料理は美味しかったよ。

 目の前に数珠つなぎになって、次から次に切り身が……ああ、買ってくればよかった」


 何も見えないなかで、すぐそこで声が聞こえる。

 男と女だが、雰囲気からすると、父と娘のような印象を受ける。


 娘の声はシャロンに、よく似ている。

 良くは分からないが、何か固いイスに座らされているようだ。


 ひょっとすると、ここが冥界との境なのか。

 ほのかに霧が立ちこめ、幻想的な殺風景が広がる。


 私はガクンと舟の揺れに起こされて、罰ゲームの開始を知る。


「シャロン、いるのか」

「あ、起きた。大丈夫? 怪我してない?」


「どうにかね」

「椎野かちょー、紹介します。父のエレボスです」


 シャロンと手錠で繋がれ、ゴンドラ舟に腰掛けて、闇の王エレボスに父親紹介されているシチュエーションと言うのは、瞬時には理解しがたい。


「初めまして、椎野憂です」

「ふん、わしは2度目じゃがな」


「そういえば、前回は名前を聞いてませんでした」

「シャロン、この男の何がいいんだ? 背は儂より低いし、肉付きは貧弱。何より風采が上がらぬ。頭も悪いに違いない」


「父さん、こう見えても意志の強さは折り紙付きなんだよ。

 世界恐慌も乗り越えてしまうし、国じゅうから見放された人たちを救おうとして、偉い人と掛け合って、戦って、最後に勝っちゃったんだから」


 シャロンの身振り手振りを交えた語り口に、驚いたようにして冥界の王は言う。

「そうなのか。それほど屈強には見えんが……」


 私にも覚えがないので、訊き返す。

「おい、シャロン。その英雄伝説はいつ出来たんだ?」


「ついさっきじゃない。

 父にふっ飛ばされたあなたが、リーマンショックを乗り越えて、みんなから見放されたNR北のために、経営陣と戦って、身内の社長と戦って、道庁と戦って、最後に砂田常務と戦って勝ったの……忘れたの?」


 忘れてはいない。シャロンの問いに顔を左右に振る。


「よくも、あれだけ不利な状況で戦い続けていられるわね。

 まあ、呆れるぐらいには、格好良かったんだけどさ。

 しかも、最後、勝っちゃうなんて……うちの父は絶望の神でもあるのに、娘としては失格ね」


 聞いていると、状況をお膳立てしたのがエレボス、シャロン父娘おやこのように思えてならない。


「おい、私は死んだのか? 勤めていた会社は? 船橋さんは? 山崎さんは? いったい全体どうなったんだ」


「大丈夫。生死の境をさまよってるだけだから。

 あと、NR北は、あの後、富良野の列車脱線事故で多数の死傷者を出して、経営危機のどん底よ。

 船橋さんも打つ手なしで手をこまぬいてるわ」


 私は、例の夢がただの凶夢ではないことを知って愕然とする。



「椎野憂、お主は、自分が生と死の境にいることを分かってないようだな。

 シャロン、戻ってくる時、死の儀式はどうした?」


「ちゃんとやったよ。死の口吻くちづけ


 そういえば、そんな軽いロマンスもあった気がする。

「なんじゃ、そうして甘やかすから、死者の自覚が足りんのじゃ」


「いいのよ。これからの契約次第なんだから」


 いきなり、近代的な契約という言葉が出てきたのだが、魂でも抜かれるのだろうか。そう思っていると、シャロンがキメ顔で私のほうを向いて言う。


「椎野憂、今一度、問います。わたしと結婚して、死臭に包まれた嘆きの河アーケロンで、永遠の寿命と積み上がる銀貨を対価に、働いてみませんか。まあ、お勧めではありませんが、前回のように転生もできますよ。ただ、オルボスの銀貨は戴きます」


――――冗談じゃない。死臭と銀貨で仕事をするのはハイエナぐらいだ……いや、これで啖呵を切るのは、前回のパターンだ。あれから、1995年にふっ飛ばされて、大変な目にあった。


 私にだって学習能力程度なら標準装備されている。


「シャロン、答えは今すぐか」

「待てないこともないけど、どうするの。船橋さんにでも相談するの?」


 言ってみるもんだ。

 それに、意外とけっこう待ってくれるものだ。


「と云うことは、できるんだな」


 そう言うと、シャロンが言う。

「父さん、向こう岸に着くまで、ちょっと待って欲しいって」


 向こう岸がおぼろげに見えてくるなか、エレボス爺さんが答える。

「まあ、いいんじゃないか。すぐそこだからなあ」


 それを聞いて、シャロンが言う。

「じゃあ、戻りましょう。レッツ時間旅行です。椎野課長」


「元の世界の元の時間に戻れるのか?」

「父と違って、わたしの術式では、時間軸を水平にしか移動できません。ですので、向こうでは1年ほど経ってますよ。こちらの10分は、向こうの10ヶ月に相当しますから」


 なんてことだ。10ヶ月の無断欠勤なら懲戒解雇もやむを得ない。

「とにかく、早く帰ろう」


「それでは、行きと同じ手順です。よみがえりの口吻を」

「えっ、いまここで?」


 私が、父の手前、まごついているとシャロンが幸せそうに目を瞑る。

 となりでは、エレボス爺さんが杖を振り回して、烈火のごとくお怒りだ。


「さっさと元の時間に戻って、向こう岸に着くまでに帰ってこいっ」


 言い放たれるやいなや、冥界一閃、私たちは吹き飛ばされる。


 有り難いことにエレボス爺さんの術式なら元の時間に遡行することも出来そうだ。

 それなら、富良野の事故も止められるかもしれない。


 手錠は掛かっていたが、私は、ぎゅっとシャロンの身体を抱きしめた。





(了)

ここまで読了頂きまして、有難うございます。


小説としては、一旦の区切りとなりますが、椎野憂とシャロンのお仕事モノは、ご要望があれば続けていければと思っています。

この業界について取り上げて欲しいと言うようなご要望がありましたら、感想欄の一言にお寄せいただければ幸甚です。


かなり、取材に時間と手間がかかりますので、遅くなるのはご容赦下さいませ。



 2017年8月 錦坂茶寮 敬白

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