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北日本旅客鉄道の行方 ~孜々営々のハイエナ~  作者: 錦坂茶寮
Ⅱ.銀証烈烈 〜北日本旅客鉄道篇〜
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第25話 取締役会 〜後篇〜

「まず、報告書46ページのプランA、当社の非中核事業である新幹線計画事業、駅ビル賃貸事業等をNR東に処分の上、鉄道事業の縮小均衡を図る再生計画方針のほうから採決に入らせて頂きます」


 そのとき、黒岩本部長が挙手をして発言する。


「会長、お待ちください。本日現在、出向中の貞本取締役はNR東部日本の従業員の地位を有しております。本件決議はNR東部日本への事業譲渡を含む案件を検討しておりますので、会社法355条、及び、369条2項の規定により、貞本取締役を票決に加えないことを確認して下さい」


 さすがに、豊田会長は議事記録係の総務部長に事実関係を確認した上で、監査役の松尾弁護士に確認する。

「松尾先生、今の黒岩取締役の発言は、法的に、その判断で間違いないかね」


「譲渡対象会社にNR東部日本の名前が上がっている以上、NR東の出向従業員兼務役員である貞本取締役は、NR北の取締役としての忠実義務が疑問視されます。黒岩取締役の言う通り、票決に加わわらないほうが良いでしょう」


 松尾弁護士の話を聞いて、砂田常務は慌てて言う。

「私も、NR東部の取締役から転じてこちらに来ている。姫川社長もそうだ。この二人は、その、忠実義務とかを問われないのかね」


「そうですね。既にNR東の従業員でもなく、取締役も退任しておられますし、特に利害関係を有しておられませんので、大丈夫でしょう」


 それを聞いた砂田常務の怒りは収まらないようで、貞本取締役に矛先が向かう。

「貞本、どうしてNR東の籍を抜いてないんだ。お前はNR北の取締役なんだぞ。戻ればNR東で役員になれる可能性だってあるのに、どうしてなんだよ。馬鹿」


「常務、そう仰られても、私はNR東では一部長に過ぎないんです。従業員の身分を捨てるなんて出来るわけ無いでしょう」


 二人の罵り合いを見ていた姫川社長が、静かに豊田会長に言う。

「粛々と議事進行をお願いします」


 バツの悪い顔で豊田会長が、その後の議事を進めた。


 結果は、予想通りの票割れをしたのだが、貞本取締役の票を欠いたことが決め手となり、豊田会長が議長票を行使すること無く、姫川社長の押す『プランB』が『4対3』で取締役会の承認を得た。


 驚いたことに、取締役会の直後、砂田常務は取締役退任届を姫川社長に提出し、慰留もむなしく、受理されたらしい。

 後任の鉄道事業本部長には井上副本部長が、本部長代行に就任。また、黒岩事業開発本部長が常務に昇進した。


 取締役会が終わったあと、帰り際に社長室で姫川社長と黒岩本部長に、今後の話の進め方も含めて膝詰めで話し合いに臨む。


「いやあ黒岩君、肝が冷えたよ。デキの悪い後輩を持つと苦労させられるよ」

「今回は社長に花を持たせようとしただけです。まさか私が会社法を紐解くようなことをするなんて、全然、ガラにもないことをさせられました」


 嬉しそうに話す二人を見ると、やはり、奇縁を感じてしまう。

「そう言えば、お二人は、北大法学部から同じ国営鉄道に就職されたんですね」


「まさか、これがポプラ並木の同窓生とは思えなくてね。家の同窓会名簿を見たら、同姓同名の黒岩君がいて驚いたよ」


 いや、そこまで来たら、後輩認定してあげても良いのかと思ったが、あえてツッコむこと無く、話題を進める。


「今後のNR貨物との接触ですが、まず、この取締役会決議をうけて、先方にアポイントを打診します。最初は、場所は東京で、NR貨物の荒木会長、石田社長、玉里たまり総務部長と会食をセットさせて頂く形で良いでしょうか」


「そうですね。こちらも豊田会長と私、そして、実務のところは総務部長か経理部長を帯同しましょう」

「承知しました」


 打ち合わせを終えて、会社を出るともう1時が近い。

 空はどんよりと曇っているが、心の中は日本晴だ。


「言ったとおりの結果でしょう」

 賭けに勝ったシャロンが嬉しそうに言う。


「ああ、4対3までピタリとはね」

「ふふふ、シャロン様はすべてお見通しです」


 とびきりのキメ顔でそう言われると、何か諦めにも似た感情が湧いてくるのが不思議だ。


「そう言えば、賭けとか云ってなかったか。ひょっとして、また駅ビル回転寿司で、ランチをご馳走することになるのか?」

「回転寿司はもとから織り込み済みです。請求書は追ってお送りします」


 桑園から札幌駅の北口まで、タクシーでものの5分で到着し、ドライバーさんに謝りながら車から降りる。


 非道いことに、その日はランチと称して回転寿司食べ放題状態で、シャロンはご飯を残しながら、上のネタだけを召し上げる暴虐ぶりだった。

※会社法355条……取締役の会社への忠実義務を定めたもの。一般的に忠実義務違反が予想される場合には、取締役会の審議、議決には加わらないものとされるが、往々にして、後日、発覚し、顧問弁護士に確認の上、議事録上でコンプラを確保する場合も多い。


※会社法369条2項……取締役の特別利害関係について定めたもの。取締役が検討事案について特別の利害関係を有する場合、審議、議決に加われないとしている。この適用については狭く解釈する判例と広く解釈する説に分かれている。


※上のネタだけを召し上げる暴虐……シャリは農家の皆さんの血と汗の結晶です。一粒残らず食べるように努めましょう。

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