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北日本旅客鉄道の行方 ~孜々営々のハイエナ~  作者: 錦坂茶寮
Ⅱ.銀証烈烈 〜北日本旅客鉄道篇〜
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第23話 法令遵守

 羽田から東京駅に戻る途中、機内モードになっていたスマホを通常モードに戻すと、留守番録音の表示が目に入る。再生をタップすると、船橋部長の個人携帯から入っている。


[椎野、山崎は鳥飼とりかい濱田はまだ綜合法律事務所にいる。思ったより元気そうだが、座敷牢のようなところで毎日、過去の一切の行動記録を書かされているらしい。NR東の多田部長に勝手に接触した件でケチが付いたようだ。当社ウチのコンプラはタチが悪いぞ、くれぐれも気をつけろ]


 先のレビュー委員会で問題になったのは、梁田氏の報告書を利用した利益誘導による背任行為だと思うのだが、どうやら、問題になっているものがまったく違っているようだ。


 外資系証券のコンプラは利益供与や賄賂の類には敏感だが、あとは、現地の弁護士に任せきりだ。

 そして、日本の濱田弁護士は鷹取社長の下僕となって山崎副部長を罪に陥れようとしているようだ。


 社に戻ると、船橋部長は不在でメールはなかった。

 よく考えると、船橋部長が個人携帯を使って連絡してきていることからして、社内のネットは社長の監視下にあることは警戒しなければならない。


 メールは、姫川社長の報告書修正の依頼メールが来ているぐらいだ。


 最終報告書修正承認依頼の件。

 あまり気分の良いものではないが、鷹取社長、纐纈営業本部長、山口MA本部長の3人と梁田氏、部内の全員をCCに入れて送信する。


 この依頼については、驚くほどすんなりと承認が降り、私は姫川社長に最終報告書をメールに添付して送信する。


「お仕事終了ですね」

 シャロンの声に、少し寂しさを感じながら答える。

「ああ、あとは、会社の選択次第だな」


「プランAとプランB、どちらになると思います?」

「プランB……以外だろうな」

 シャロンの挑戦的な問に、思わず即答してしまう。


「どうしてですか? ひょっとして、かちょーは砂田派ですか?」

「いや、さっぱり姫川社長の勝ち筋が見えないからね」


 それに引き換え、砂田派は、いざとなれば議長の豊田会長が『この報告書はケシカラン』などと言って、そもそも取り合わないことも出来る。さらに、数の力、過半数を制しているのは如何ともしがたい。


「賭けますか、かちょー?」

「『プランB以外』に、ならね」


 『プランA』でも目はあるが、『プランB以外』なら銀行馬券だ。

 シャロンは喜んで賭けに応じているようだが、勝算も、打算も無い無謀な博打としか言いようがない。


 果たして、勝った暁には銀座で鮨でも奢ってもらえるのだろうか。


 その日の帰り道で、山崎さんの窮地を救う方法や、逆に、鷹取社長と梁田氏を追い詰める方法を考えてみたが、まったく妙案というものが浮かんでこなかった。



 次の日、昼に姫川社長からメールが入る。


 昨日送った最終報告書についての謝辞と、2月13日の取締役会への報告に来て欲しいとの依頼だった。

 通常、報告会に社長が出ることは珍しいことではないが、取締役会で報告するというのは稀である。


 こうした場合には法人営業部の担当に同行してもらうのが、一般的なのだが、梁田氏の行方も分からず、NRの担当は暫定的に神沼法人営業部長になっていることから、必然的に連れて行くのはシャロンということになる。


 この頃には、NR北日本の案件以外の打診も入り始めていた。

 シャロンには打診のあった企業の財務分析を頼んでいたので、NR北の件はダメモトで訊いてみる。


「行けるか?」

「もちろんです」


 喜ぶべきか悲しむべきか、シャロンの貪欲さには、アナリスト職に必要なバイタリティと楽観性の裏付けがあるのだろう。



 ところが、次の週になって、さらに山崎さんを巡る状況はきな臭さを増してきた。

 船橋部長が5階の投資銀行部のセクションに降りて来て聞かされた話は、予想していたよりも相当に酷くなっていた。


「おそらく濱田弁護士は、山崎が厄介な仕事を持ち込んだ梁田を恨んで陥れようと躍起になっていた、との仮説を打ち出しているようだ」

「そんな馬鹿な話……濱田弁護士は、梁田の背任を調べているんじゃないんですか」


「邪推になるのだが、依頼した社長のシナリオが、そういう図式になっているのかも知れん。あと、梁田に関しては逆に、ゴシップネタを広げられた被害者として協力しているらしい」

「まったく、事実誤認じゃないですか」


「特に、NR北日本からの最終報告書調整で先方が『第三者』を『NR東』と修正する申し出があったのも、梁田が最初から真実を報告しようとしていた証拠になっているらしい」

「馬鹿馬鹿しい。コンプラ委員会は第三者機関じゃないんですか。これは茶番ですよ。早速、鳥飼濱田法律事務所に言って話してきます」


 カバンを持って出ようとする私を、船橋部長が制する。

「椎野、世の中に『第三者』なんていないよ。濱田弁護士も立派な当事者だ。ただし、社長の手先ということだ。関わると火傷をするぞ」

「それじゃあ、どうすれば良いんですか」


「コンプラもガバナンスも社長の道具だ。こういうときは目の前の仕事を馬鹿みたいに忠実にこなすしかない。下手に動くな」


 まったく、参ったというような諦め顔で、船橋部長は部屋を後にしていった。

※社内のネットは社長の監視下……金融機関ではCCを付けなくても、外部宛メールは自動的に上司にもBCCされるようになっている。もちろん、上司は自動仕分け機能で、部下からのメールをゴミ箱に移動させ、自分のメールのタイムラインを見易くしている。


※コンプラもガバナンスも社長の道具……よくよく考えるとコンプラもガバナンスも、具体的に導入を指示するのは社長なので、当たり前といえば、至極、当たり前のこと。

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