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北日本旅客鉄道の行方 ~孜々営々のハイエナ~  作者: 錦坂茶寮
Ⅱ.銀証烈烈 〜北日本旅客鉄道篇〜
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第21話 銀証烈烈 〜後篇〜

 私は、ダリルリンチグローバー証券の社長と本部長二人を前に言う。

「――――それでは、結論を申し上げます。

 鉄道事業継続のため、NR北日本は事業を上下分離し、鉄道運営会社と線路保有会社に別れます。

 その目的は、線路保有会社を北海道の第三セクター会社としてどうに保有してもらうことで、保線コストを転嫁できなかったNR貨物に適正な保線コストを支払って頂くことにあります。

 これで、200億の収支改善が見込まれます」


 私のレポートを見ながら鷹取社長が言う。

「それでも、鉄道事業赤字の300億のうち、100億は残るじゃないか」


「残る100億円のうち、70億円は既存の不動産事業で補います。更に不足ならNR貨物との統合を検討します」


 しかし、梁田氏案をこきおろした私への鷹取社長の批判は収まらない。

「そこがおかしいんだよ。さっきはNR貨物に200億も負担を押し付けておいて、その上、統合してくれだ? 虫でも湧いたか、椎野君」


「いえ、NR貨物に押し付けた200億は、実のところ、ほとんどを鉄建公団が調整金を出して肩代りします。この点については船橋部長が国交省に確認済みです。

 また、NR北とNR貨物の統合によって、両事業の運輸部門で統合効果が期待できます。

 さらに、NR貨物は全国で貨物駅の撤去跡地をマンション用地として転売するなど、不動産事業も活発ですので、こちらでのシナジーも期待できるかもしれません」


「大変結構な話だが、椎野課長、肝心のNR貨物はどう言ってるんだ? どうせ、何の裏も取らずに口からデマカセ言っているだけじゃないのかね。それに、貨物を統合しても30億の統合効果が期待できるかどうか……」


「NR貨物については、既にNR北日本との統合について協議に入りたい旨、マンデートを入手しております」


 私がそう言うと、今日、届いたばかりの調印済みのNR貨物の守秘義務契約書のコピーをシャロンが全員に配る。


「もしこれでも、不足があるなら、NR東のレバレッジド・バイアウトを検討します」

 この言葉に山口MA本部長が驚く。

「NR東のバイアウト? おい……時価総額2兆円だぞ」

 

「はい、仮に時価の30%増でTOBをかけるとして、2兆6000億円。いったい、契約書にどれだけの収入印紙を張るのか怖いぐらいです」


「かちょー、契約書に貼る印紙の上限は60万円ですよ」

 そう言いながらシャロンが、ダリルリンチグローバー証券プリンシパル投資部とNR北との融資実行予約書のコピーを配布する。


「さすがに、NR東のTOBに関しましては独占禁止法、旅客鉄道法、金融商品取引法、並びに米国証券取引法を含め検討が多岐にわたりますので、この場限りですが、NR北の覚悟の程をご理解頂ければと思います」


 私の説明が終わったと見るやいなや、梁田課長が反論する。

「……上下分離で補助金をちょろまかし、NR貨物を脅しつけて契約書に判を押させて、NR北にはNR東を子会社に出来ると吹き込む。椎野、お前の詐欺師っぷりには、ほとほと呆れるよ。今からでも関係各所に裏を取れば、破綻が見え見えなんだよ」


「それでは我々投資銀行部も、NR東の多田財務部長が仰っていた『北海道新幹線を手土産に四菱東京証券で部長になる』件を、関係各所に聞いて回りましょうか」


「な、何を言ってるんだ……椎野っ、言うに事欠いて有りもしないことをっ」

「有りかなしか、確かめますか?」


 私は、スマホを取り出して会話の再生を始める。


[……以前、西畑部長が『出向から戻ったら梁田君は法人営業部長だ』と仰ってまして……

……ああ、ニシハタというと、四菱東京の部長さん……

……ええ、証券資本市場部長の西畑部長です……

……私も部長になりたいよなあ。北海道新幹線みたいな手土産があれば、もうすぐ、ですけどねえ、部長の座も……

……梁田さんは課長ですから、新幹線が必要だったんでしょう……]


 私はスマホを切ってから、狼狽の色を隠せない梁田氏に言う。

「昨日、NR東にご挨拶にお伺いした時、多田部長が非常に興味深いお話をされてたので、録音させて頂いた。仮に、この背任行為のウラが取れれば、お前は5年以下の懲役、50万円以下の罰金。即、懲戒解雇だ。梁田課長?」


 隣に陪席していた山口MA本部長が、重い口を開く。

「椎野君、今の話は本当か? 梁田君が今回の報告書を自分の出世に使おうとしているように聞こえたのだが」


 それに呼応するかのように、纐纈営業本部長も言う。

「四菱東京証券がNR東の主幹事に食い込んだ話は聞いていたが、まさか梁田課長、あなたが……」


 両本部長から責められ、ウンとも否とも言えずにいる梁田氏の代わりに鷹取社長が言う。


「ちょっと、ちょっと、今日はただの報告書レビューですよ。まあまあ、皆さん、落ち着いて下さい」柔和な表情で言いながら、私のほうには険しい顔で指示する。「とりあえず、椎野君、その物騒なスマホをしまいなさい」


 そして、鷹取社長は梁田課長の肩に手を置きながら、話を続ける。

「ここにいる皆さんが誤解をしないように申し上げると、実はNR北の砂田常務、つまり対象会社のキーマンからのヒアリングで、梁田課長の言う再生プランが浮上してきたとの理由を聞いております。しかしですね、梁田課長が報告書をNR東の都合の良いように私物化しようとしたと、悪意を持って言われれば……まあ、そう言えなくもないですかね」


 はたで見ていても、鷹取社長の言い訳は見苦しいばかりか、責任を梁田課長にすべて転嫁しようとしているようにしか見えない。

「そうですね、本件は取扱いが難しい点もありますが、結果として第三者に疑われるような事態を招いたことについては責任がないとは言えません。梁田課長、追ってコンプライアンス委員会に諮った上で結論を出します。今日のところはこれで席を外して下さい……ね」


 鷹取社長の手が梁田氏の肩をポンと叩いて離れると、梁田氏は鷹取社長の目を睨みつける。


 梁田氏の思いを代弁するつもりはないが、私は言わずにはいられない。

「鷹取社長、そう仰るご自身はいかがなんですか。天地神明に誓って、報告書の内容をご自身の利益のために利用したことはないと言い切れるんですか?」


 今度は、鷹取社長の舌鋒が私に向けられる。

「な、何を変なことを言っているんですか、椎野課長。私は、今、あなたの録音を聞いて初めてこのような事実があったのかと気づかされたばかりですよ。梁田課長もきちんと私に説明してくれていれば、当該会社クライアントの利益を無視してNR東の利益誘導を図るようなことは無かったでしょう。私も社長として今回の不祥事は深く反省し、今後の再発防止に最大限の注意を払う所存です。それとも、椎野課長は、まだまだ、何か疑っていたりするんですか?」


 盗っ人猛々しいとは、今日の鷹取社長のためにあるのだろう。

「疑うも何も、梁田課長が今回の件について、社内の誰にも相談せずに話を進めるなんて有り得ないでしょう。録音の中にはNR東の河東かわとう専務の名前も出てきています。上層部の関与が全くないとは、どう見ても不自然ですよ、鷹取社長」


「ほう、椎野課長は上層部、つまり、神沼法人営業部長、いや、纐纈こうけつ営業本部長や私までも、梁田課長とグルだったと、そう言いたいんですか」


 後ろのほうで、纐纈本部長が飛んだ見当違いの指摘に驚いている。


「まあ、椎野課長、あなたの持ち込んだスマホの録音にどれほどの信憑性があるのか知りませんよ。そのNR東の財務部長を名乗っている多田さんがご近所の別人だとしても確認のしようがありません。無論、梁田課長に厳しい処分を言い渡す前に、コンプライアンス委員の弁護士、濱田先生に相談の上、裏を取ることになりますがね。それより、椎野課長には何か別に上層部が関与していたと言い切れる証拠がおありなのか?」


 鷹取社長が一段と迫ってきた時に、纐纈本部長が言う。

「そうだ、椎野課長。社内を糾弾するからには、それ相応の証拠が必要だ。もし、証拠があるなら、正々堂々出すべきだ」


 こうなっては、梁田課長も何も言わず、鷹取社長もダマテンを決め込んだ以上、何も出ないだろう。私は、やむ無く言う。

「分かりました。NR東の多田部長、四菱東京証券の西畑部長に協力を要請し、ことと場合によっては、証言調書を作成の上、コンプライアンス委員会に報告します」


「なるほど、現段階では確たる証拠がないんですねえ、椎野課長。当たり前の話ですが、事実がなければ証拠もないわけだ。いやあ、ご苦労様。まあ、かけ給え」

 鷹取社長は、私の肩を叩いて呵々大笑し、勝利を確信したようにして宣言する。

「皆さん、事実は往々にして下らないものです。時に現実の一部を曲げて解釈する心無い人もいますので、処分については慎重に行うことにしましょう。それと、梁田課長の報告書案については、NR東に利益誘導を図る向きはバッサリ割愛して、単純にプランAとして提示、加えて、椎野課長の案をプランBとして提示の上、結論はNR北に選択させると言うことでどうでしょう。両案とも甲乙つけ難い実効性を備えた提案です。悩ましい事案は我々で抱えず、対象会社に判断させるのがクライアント・ファーストの理念にも叶います」


 両本部長は鷹取社長の斡旋に応じて、結局、事業報告書は、私の最終案に梁田案にあった『NR東』の固有名詞を外して『第三者』に改めただけの再生計画案が記載され、最終報告書として承認された。




 レビュー委員会が終わった後、投資銀行部に戻る途中でシャロンが言う。


「高校野球の過去最高の試合って4対3のスコアだって知ってますか?」

「なんだよ、突然」


「今日の鷹取社長との一戦って、箕島星稜戦の同点での延長戦が、途中で終わっちゃったって感じなんですよね」

「なんだよ、シャロンは観戦して楽しんでたのか……で、どっちが箕島高校の栄誉に預かれるんだ?」


「さあ、分かりません。けれど、エースピッチャーも、代打の切り札も無しに一人で戦うかちょーの気が知れません」


 確かに、船橋部長も山崎副部長もいなかったのだが……私は、心の中で、せめて声援ぐらいしてくれても良いんじゃないかと独りごちていた。




 翌週の月曜には早速、人事情報が飛ぶ。


 異動:山崎正義(MA本部投資銀行部 ヴァイス・プレジデント職)

        【社長室長 ヴァイス・プレジデント職】


 異動:梁田寛生(営業本部法人営業部 ヴァイス・プレジデント職)

        【社長室付 ヴァイス・プレジデント職】


 シャロンが開口一番「山崎さん、栄転ですね」と言った口を、真っ先に押さえ込んだのは私だ。


「――――銀行が証券に下す懲罰人事か」

 金曜日のスマホ録音に入っていた山崎さんの声が、しばらく、私の頭のなかでリピートされた。

※レバレッジド・バイアウト……買収先の資産を担保に行なう公開買付けを言う。上記の場合、NR東の純資産を公開買付けの成立前に担保に入れることをダリルリンチグローバー証券プリンシパル投資部に約束して、NR東の株式買付け資金の融資を受けること。証券会社としては、公開買付けに大義名分が立たないと、単に市場を騒がせるだけに終わることから、実行に際しては慎重に審査がなされる。


※時価総額……会社の発行済株式総数に株価を乗じた積。会社の市場価値、規模を示す指標の一つ。兜町には、公開買付けに際しては、時価の3割増しという都市伝説がある。


※TOB……Take Over Bid. 株式の公開買付け。金融商品取引法に定められている会社の経営権を取得する株式の買い増しを行なう場合には必須とされる手続き。株主保護のための手続きだが、証券会社、証券代行業者が群がる利ざやの取れる手数料商売の側面は否定できない。


※ダマテン……元は麻雀用語で、テンパイ(上がりの一歩手前)の状態であるにも関わらず、リーチ宣言(一翻役)せずに黙っていること。心臓に負担をかけるため、家族麻雀では禁止をしている世帯もある。⇔オープンリーチ


※高校野球の過去最高の試合……NHK教育テレビ(現・NHK Eテレ)の過去最高視聴率29.4%を記録した1979年の箕島高校と星稜高校の夏の甲子園の一戦。延長18回ウラ、箕島高校のサヨナラ勝ちで終わった。正確には『4x-3』での決着。その年の夏の大会も箕島が制した。森村シャロンの年齢詐称が疑われ(以下略)

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