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北日本旅客鉄道の行方 ~孜々営々のハイエナ~  作者: 錦坂茶寮
Ⅱ.銀証烈烈 〜北日本旅客鉄道篇〜
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第18話 不埒千万

 昼近くに会社に戻ると山崎さんが、梁田氏を見たと言うので驚いて法人営業部のほうに向かう。

「ほら、あそこだ」

 山崎さんが指をさす方向を見ると、確かに梁田氏だ。早速、行って問い詰める。


「梁田さん、インフルエンザじゃなかったんですか?」

 私が声をかけると、梁田氏は驚いたようにして言う。

「し、椎野。それに山崎さん……いや、インフルエンザは検査の結果、ただの風邪だったんだよ」

 みえみえの言い訳に、少し嫌味を言いたくなるのは自然な感情だろう。

「梁田さん、NR貨物の石田社長、怒ってましたよ」


「それは、いきなり用件も言わずに社長にアポを取れとか、無茶なこと言うからだろう。当然、鷹取社長もNR貨物なんて行きたくもないと言ってたから、それを伝えたら、石田社長がカンカンでね。さすがにヤバいと思ったけど、そんなこと俺の知ったこっちゃない。どうせ、今朝は、社長にも会えずに追い返されたんだろう。まったく、いい気味だ」


 私は善人であれ、悪人であれ、自分の仕事をしない人間は嫌いだ。

 ここに来て、梁田の馬鹿さ加減と、かんさわる言葉に、私は感情を抑えることができず、梁田のネクタイを掴んで締め上げる。

「梁田っ、社内でこんな足の引っ張り合いをするのが、四菱東京の流儀なのか?」


 さすがに、ガタイの大きな山崎さんが割って入る。

「椎野っ、やめとけ」


 私が、梁田氏から引き剥がされると、梁田は喧嘩腰で言う。

「フッ、外資系投資銀行さんは、本当にお育ちが悪いねえ。頭で勝負できないとなると、力でねじ伏せようとするとは……だから社内では鷹取社長に嫌われ、社外では石田社長にも相手にされないんだよ? だろう、あんッ?」


 私は、山崎さんに肩を掴まれながらも、梁田に言う。

「いいえ、お陰様で石田社長からは、NR貨物のマンデートを頂けた。これで、NR北の案件を進めることができそうだ。そういうことで、レポートは完成させられそうだと、お気に入りのお前から鷹取社長に言っておいてくれ」


 精一杯の嫌味を込めて言い放つが、梁田氏はまったく聞く耳を持たないようだ。

「そ、そんなの、どうせ上辺だけだろ。脅しつけて取ってきた形だけのマンデートに決まっている。そもそも、NR北への報告書は法人営業部が作成しているんだ。お前たち投資銀行部の出る幕はない」


 私には、梁田がどうして報告書の作成担当者になっているのか、分からないので訊いてみる。

「どういうことだ? NR北の事業調査を進めたのは投資銀行部だ。なぜ、事業デューデリにすら参加してない法人営業部が、勝手に報告書を書いているんだ?」


「そりゃあ、社長命令だからさ。投資銀行部がレポートをまとめ切れないだろうから法人営業部に事後処理を依頼されていてね」


「それは無駄な心配、いや、要らぬお節介だ。レポートは私が、キッチリまとめ上げる。誰からも評価されないグッド・バッドの分割再建案はダリルリンチグローバー証券として外に出すわけには行かない」


 憐れむように、さげすむように、梁田は私をしげしげと見つめながら言う。

「まあ、そのレポートをレビューするのは鷹取社長なんだがね。椎野、お前は自分の立場がまるで分かってないねえ。可哀想を通り過ぎて、滑稽だよ」


「それでも、レビューを通すには投資銀行部を統括する山口MA本部長の同意が必要なはずだ」


 それを聞いて、嬉しそうに梁田氏は言う。

「だから、その山口本部長に御助言を頂いて、このレポートがあるんだ。ハハッ、椎野、悔しいのは分かるけど、無駄な抵抗はや・め・と・け。さてとぉ、昼メシだ、これ以上は付き合えない。山崎副部長、失礼しますよ」


 そう、吐き捨てるように言うと、梁田氏は私たちを置いて外出していった。



 梁田氏の机の上に置かれたレポートは、さすがに山口本部長が手を入れただけはあって、細かい数字の積み重ねにより、表面上は説得力のあるレポートが出来ている。


 山崎さんは口惜しそうに言う。

「よりにもよって、鷹取=山口のラインで固められるとはなあ。NR北の再建はグッド・バッド分割方式か」


「山崎さん、そんな誰も救われない解決法を、ダリルリンチとして提示するわけにはいきません。なんとしても梁田のレポートを引っ込めさせないと」


「椎野、社長と山口本部長を敵に回すなんて……まるで勝ち目がない。それに、そもそもNR北案件は、研修がてら。無理に首を突っ込まされた案件だろう。社長が引き取ってくれるなら、熨斗のしをつけてお渡ししようじゃないか」


 確かに、社長と本部長を敵に回して勝てる見込みは無い。無理が通れば道理が引っ込む典型パターンだ。


「このまま、NR北を無謀な救済案件に仕立てるなんて、レピュテーションリスクが高すぎます。こんな案件の進め方じゃあ、この先、誰もダリルリンチ・グローバー証券の話を聞いてくれなくなります。熨斗のしをつけて渡すとしても、渡す先が悪すぎます」


「それはそうなんだがなあ……椎野先生。ただ、今回ばかりは分が悪い。絵を書いてるのが鷹取社長で、バックにはNR東がついている」


「しかし、どうにかして、NR東と鷹取、梁田の卑劣なやり口を暴いてやらないと、NR北がオモチャにされてしまう……」


 この事実を知っていそうのは、NR東部の多田財務部長、それに同じく財務畑の清塚社長、あたりか。あとは、社内では鷹取社長と梁田氏だ。

 誰が一番、口を滑らせてくれそうかというと、それは社内ではなく、社外のNR東関係者だろう。


「山崎さん、NR東の多田財務部長にアポイントを取ることはできますか? 時間もないことですし、ここは正面突破で行くしかありません」


「なるほど、訊いてみるのはタダか……よし、早速、NR東にアポを取ろう」


 私と山崎さんは、そう言いながら、法人営業部を後にした。

※証券会社の昼休み……伝統的に11時30分~12時30分となっている。これは、東証の前場と後場の間に休憩を取ったことに由来する。為替を扱っているディーラーなどは24時間営業である。


※レピュテーションリスク……会社が不名誉な評価を受けるリスクのこと。風評リスクと言い替えても、ほぼ同じ意味で通用するのだが、圧倒的にレピュテーションリスクに支持が集まっている。

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