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北日本旅客鉄道の行方 ~孜々営々のハイエナ~  作者: 錦坂茶寮
Ⅱ.銀証烈烈 〜北日本旅客鉄道篇〜
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第13話 担当交替

 東京・日本橋のオフィスに戻って、私は息もつかずに報告書を作成する。


『以上より、御社として、将来の経営統合を視野に事業パートナーの選定を進めることが必要と考えます――――』


 結論から報告書を作成していくと、単独再建が難しい以上、こうならざるを得ない。

 シャロンの作ったヒアリングシートをベースに各事業部門別にSWOT分析を加えて、改善策を示していく。


 まず、鉄道事業部門では全ての路線で赤字。これは、NR四国、九州とほぼおなじ料金収入で寒冷地対策、除雪等を賄っているためで、そもそも料金設定がおかしいのだろう。

 対策としては、せいぜい青森、秋田、山形、新潟の豪雪地帯を沿線に持つNR東に技術支援をしてもらうことだが、財務的な改善は限定的だ。

 NR東は首都圏に加えて東北・上越新幹線というドル箱がある。

 対するNR北には収益源となるドル箱路線がない。札幌近郊線ですら営業係数は『134』なのだ。


 鉄道が赤字でも沿線開発で黒字にするという可能性も無くはないが、鉄道の営業赤字が300億円以上も血を流していては、万事休すだ。果たして上場企業で営業利益300億円以上の会社が何社あるだろうか。


 シャロンのノーパソがカタカタと小気味良い音を立てると答えが出たようだ。

「上位250社ぐらいですね。年間300億円というと大手私鉄1社分の利益を軽く持っていきますね」


「そうだよな、日本のトップ250社に相当する営業利益を黒岩取締役の不動産賃貸とホテル、キヲスクに期待するのは酷だろう」


「そうですね。やはり、ここは教科書通りにシナジー効果(乗数効果、1+1が2以上になる統合)を追求できる外部の会社を探すべきかと思います」


 そう、合併がお互いにとってプラスになる場合、ディールとしては評価される。

 そのときに重要になるのがシナジー効果が得られるかどうかで、これが無いと単なる救済合併になる。


 NR北の救済合併は上場企業のNR東を始め、どの会社も絶対に飲めないだろう。


「そうすると、NR東を相手にするディールは成立しなくなる。新幹線は放っておいても相互直通するし、NR北とNR東は従来から共通周遊券や観光提携もしている。統合するメリットがこれだけ無いのも珍しい……統合デメリットだらけで、どうしようもない」


「どうするんですか。報告書の続き」

「ジャガイモとか玉葱とかを運んでるんだったら、思い切って、JAかなあ……」


 無論、JAは組合組織であり、事業連携はできても経営統合なんて有り得ない。


「ジャガイモや玉葱を運んでいるのはNR貨物ですよ」

「そうだよなあ」


 シャロンの何気ないツッコミで、ふと気がつく。

「貨物だ。シャロン、ちょっとNR貨物の企業情報を集めてくれないか」


「え、NR北の報告書はどうなるんですか?」


「とりあえず、放っておけ。あと、山崎さんを探さないと……」


 そう言った矢先に山崎副部長が投資銀行部に戻ってくる。

「お、椎野先生じゃないですか。グッドタイミングだね。例の報告書は進んでる?」


「結論以外はできました」

「よし、それを持って行こう。鷹取社長がなんでもいいからと報告を待っている」

「えっ? はあ」


 社長が報告を待っているとは一体、何を知りたいんだろうか。

 ひょっとして、私がマネジメント・インタビューでやらかした一件を突付かれるのだろうか。




 山崎さんに連れられて尋ねた社長室では、鷹取社長が手ぐすねを引いて待ち構えていた。

「椎野君、悪いねえ。寒いなか、出張してもらって」

「いえ、戦略案件ですので」


 私は、べつに嫌味のつもりではなかったのだが、鷹取社長は山崎さんに言う。

「山崎副部長、あなたがフォローしないから、椎野君がへそを曲げちゃったじゃありませんか」

「鷹取社長、椎野はいつもこんな感じですよ。あと、報告書も八割方終わっているようですので、お持ちしました」


「そうか、まあ、掛けてくれ」

 鷹取社長はパラパラと報告書を見て、結論部分で目が止まる。


「なるほど、結論はまだか? この先はどうなるんだ」

「まだ、考えていません」


 私は率直に言うと、社長はニヤリと微笑んで言う。


「うん、初案件にしては、よくここまでやってくれた。しかし、投資銀行部だけで解決手段を探るには限界がある。これからは法人営業担当の梁田君を中心にダリルリンチグローバー証券の総力を挙げてタスクフォースを組んで進めることにしましょう。椎野君は、そこのサポートに入ってもらえますか?」


 どうして、騒ぎを起こした梁田氏を起用するのか理解が追いつかないまま、山崎さんが反駁する。


「社長、社の全力を挙げて取り組むというのは分かります。しかし、中心が梁田というのは違うんじゃないでしょうか。椎野のほうが適任です」


「いやいや、法人営業をやっている梁田君は四菱東京証券でも実績のあるインベストメント・バンカーですよ。それに、この案件は山崎副部長も知っての通り破綻会社の救済案件です。それなら、証券会社より銀行で破綻事業会社の救済案件を数多くこなしてきた私のほうが一日の長がある」


 鷹取社長が俄然、やる気を出し始めたのを見て、山崎さんが気配を察して言う。

「それでは、社長には何か腹案でもお持ちなんですか?」


「腹案と言うほど立派なものじゃない。だが、こういう救済案件の場合、対象外社をグッドカンパニーとバッドカンパニーに分けるのがオーソドックスだろうねえ。そして、グッドカンパニーには提携先のファインディング業務の提供を、バッドカンパニーは破綻して身綺麗になってもらうのが、王道でしょう。椎野君も、これからこういう仕事が増えていくんだったら、梁田君の隣で勉強させてもらうと良い」


 私は、社長の言ってることが分からずに尋ねる。

「社長……NR北のグッドカンパニーとは、何を指していらっしゃるんですか? そこから、お教え頂きたい」


 私の言葉に、鷹取社長は手を打って喜ぶ。

「なるほど、あれだけ調査に入っていながら、まだ見抜けませんでしたか。それなら、教えて上げましょう。NR北の新幹線事業と札幌駅事業だ。そうそう、経営安定化資金をバッドカンパニーに持っていくのはもったいない。新幹線事業の買い上げに使いましょう。これでグッドカンパニーの事業バリューが上がって……」


 鷹取社長の話を途中で切って、私は声を上げる。

「NR北の誰も、グッドとバッドに分かれたいとは思っていませんよ。

 一握りの事業を救済して他の多くの事業を切り捨てるというのは、民間事業会社なら許されるのでしょう。

 ですが、公共交通を預かるNR北にその手法は通用しません。

 一部の路線のために他の路線を切り捨てるのは、旅客鉄道法の附則にある利用者利便の不当な侵害に該当し、国交省に介入権の行使を認めることになります」


 社長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、私を見て言う。

「ほう、事業デューデリの結論も満足に書けない奴は、銀行なら即、解雇ですよ。そんなに偉そうな口を叩けるんだったら、早々に本件のイグジットの絵を描いて持ってきなさい。来週中に報告書ドラフトを私がレビューします。もし、出来なければ、担当は梁田君に差し替えます」


「分かりました。間違いなく作成しましょう」

 私は、そう言って社長室を後にしようときびすを返す。


「なんだ、経験も実績も無いくせに出しゃばりやがって。山崎副部長、あなたの指導力が不足しているせいではありませんか?」

 社長の謗言ぼうげんにも山崎さんは動じない。


「いや、椎野は何も間違っていません。管理監督責任を仰るんでしたら、私も、船橋も、喜んで処分を受けましょう。それでは、私も失礼します」


 無理解な社長の言葉で、頭に血が上っていた私だったが、山崎さんの言葉によって一気に救われた気がした。





◇◇◇◇


「あ、もしもし、多田財務部長ですか。ダリルリンチグローバー証券の鷹取です。いつもお世話になっております。例の件、来週中には報告書を筋書き通りで提出させます。ドラフトは完成し次第、お持ちします。ところで、3月起債の主幹事の件はご検討頂いておりますか……ほう、証券のほうには既に接触して頂いてましたか……それでは詳細は、そちらに聞くことにします。はい、今後とも宜しくお願いします」


 鷹取社長は満足げに『NR東 多田財務部長』と表示されたスマホの画面を切った。

※SWOT分析……事業目的達成のための自社組織の強み(Strengths)、弱み (Weaknesses)、機会 (Opportunities)、脅威 (Threats) をカテゴリー別に分析し、組織としてどのように強みを活かすか?どのように弱みを克服するか?どのように機会を利用するか?どのように脅威を取り除くか?を分析し、目的達成のための経営資源配分を最適化する分析手法。ハーバード系が好んで使う。


※グッドカンパニーとバッドカンパニーに分ける……某ゼネコンの破綻処理で使用されて一般化した古典的再生手法。開発に失敗した案件などのマイナスの経営資源をバッドカンパニーに残し、新たに利益成長の見込める工事部門などを新会社に移してグッドカンパニーの再建を容易にするもの。無論、グッドカンパニーの株式の一部をバッドカンパニーに割り当て、債権者への還元も行うのがふつう。

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