第12話 役員聴取 〜後篇〜
私は、場を制し、声を低くして言葉を紡ぐ。
「四半世紀前、旧国営鉄道は赤字を垂れ流し、職員の風紀は乱れ、労組は自らを省みず、組織ごとに身勝手な主張を繰り返す、どうしようもない組織でした。
……しかし、そこには鉄道省以来、日本の鉄道輸送を支えてきた『雪にいどむ』男たちの誇りがあった。安全安心にかけた、定時輸送にかけた、熱い使命感があった」
私は、昂る自らを抑えるように、言葉を区切りながら伝える。
「確かに、国営鉄道は自分勝手にストライキをし、お客様に御迷惑をかけたこともあったでしょう。全国津々浦々まで引かれた鉄道は、ひょっとしたら空気を運んでいたようなものだったかもしれません。
赤字の原因を放置した放漫経営の罪科が、当時の国営鉄道総裁になかったとは言いません。
しかし、今の北日本旅客鉄道も、赤字と言われると、組織の中でお互いの部署を見て見ぬふりをしている。
これじゃあ、以前の国営鉄道と同じようなものじゃありませんか。
洗練された経営陣の皆さんを前に、こんな若造が一言言上する機会なんて、滅多にあるものじゃありませんので言わせて頂きましょう」
私は会議室で歩を進めながら、一人ひとりの取締役の顔を見ながら、まず目のあった松崎部長に訊く。
「松崎経営企画部長、線区別収支の良し悪しで、赤字路線を切るだけの経営企画なら機械にだって出来ますよ。
NR北は、いったい何を運んでいるんですか?
お子さん、学生、老人といった交通弱者じゃないですか。
NR北は、かけがえのない地域の人の足なんですよ。
客から金が取れないなら、自治体から、国から、路線を人質にして金を取る努力をしましょうよ。
値上げをしないことが矜持なら、そのプライドがNR北の経営にどれだけの悪影響を及ぼしているか考えてみてください」
次に私は、砂田常務の前で歩みを止めて、その呆然とした顔に言葉をかける。
「砂田常務、確かに厳しい自然環境については忖度申し上げます。その雪害に多くの人力が割かれているのも事実だ。
だが、それ以前に、余裕人員ゼロの組織が安全安心の輸送が出来るかどうか考えてみましょうよ。
雨の日、晴れの日、雪に埋もれる日、路線の状況は一日たりとも同じじゃない。
旭川の保線所で聞きました。30年、40年見てきたから検査数値を見るだけで乗り心地が分かるんだと。線路の悲鳴が聞こえるんだと。
不足した人員をカンと経験で補っていると言えば、聞こえは良いのでしょうが、そのカンと経験はタダじゃない。
人件費が高いと言う前に、しっかり予算を付けないと安心安全が保たれるはずがありません」
これまで、並み居る経営陣とは異なり、穏やかな面差しで私を見ていた黒岩取締役にも鉾を向ける。
「黒岩事業開発本部長、あなたの部門はこのNR北において、確かに売上、収益に多大な貢献をしている優良部門です。
札幌駅ビルの子会社はまさに金のなる木。もっと手をかけたい、もっと資本を入れたい、そのためにはNR北のグループに残るのが必ずしも良いことじゃない。そうおっしゃいましたよね?
ですが、札幌駅の土地は、そもそもNR北の交通の要衝にあるからこそ価値があるんでしょう?
NR北の大動脈が、心臓がそこにあるからこそ、駅ビルは大きく成長したんじゃないですか」
「いや、しかし……」
「しかしもカカシもありませんよ。鉄道会社の顔である駅ビルが、他の不動産デベロッパーの元で大きな顔が出来るとでも思っているんですか?
電車が来なくなった駅前の立地に何の優位性があるんですか?
改札口はどうして、駅ビルの入り口と対面するように開かれているんですか?
すべて、NR北と一心同体で開発してきたからこその賜物じゃないですか。
それを無視して、魅力ある不動産開発ができる力があるのなら、小なりとはいえ、旭川や函館でも同業他社並みに成功して見せてください」
そして、取締役ではないものの、会議に列席している百々目部長を見据えて言う。
「ものはついでだ。言わせてもらいます、百々目新幹線計画部長。
新幹線が札幌まで来る20年先まで、果たしてNR北という事業会社が存在するでしょうか。
あなた方の言う国策の新幹線。新幹線があるから企画も運輸も含めてNR北を潰せないなんて神話はどこから来たんですか。
東京~新大阪を二時間半で結んでいるならともかく、東京~札幌を五時間以上もトンネルだらけの電車で運ばれる、国民を無視した国策ですよ。
それが、羽田~千歳間を1時間半で飛んでくる人々を相手に受け入れられるとでもお思いですか?」
「それは、整備新幹線法が……」
「百々目部長、東京~札幌なら四時間で結ばなければ、新幹線の意味はありません。それが技術的に可能なら、出来なくしている法律に問題があるんじゃないですか。
実現できない法螺話なら信じなければいい。無理な夢なら語らないほうがいい。
ですが、可能なんですよ。できるんです。
なら、しないほうにこそ問題がある、解決しないNR北にこそ問題がある……と私は思います」
私はここまできて、さすがに周囲の空気と自分の熱量との間にある壁を感じる。
そして、ここに自分を呼んでくれた姫川社長のことを思い出して、我に返る。
「姫川社長、出来もしないことを語れとは言いません。
しかし、経営陣が夢を語らなくなったら、社員とその家族は生涯をNR北という牢獄に閉じ込められてしまいます。
コストカットもリストラも、必要ならすればいい。
しかし、その先にある夢や希望を語らないと、会社は社員にとって苦痛でしかなくなります。
NR北を、そんな会社にしてしまって良いのですか?
孜々営々と2600キロもの鉄路を敷設してきた先人たちに、申し訳ないと思わないんですか?
今の社員に夢を語れない、そして、引き継ぐべき路線を使い潰して将来に禍根を残す経営が許されるんでしょうか?
――――申し訳ありません。散々、勝手なことを申し上げました。
しかし、これがハゲタカの正体です。ハイエナの食事の儀式です。
ただ、どうやら、我々はいまのところ、歓迎されていないようです、姫川社長。
梁田が大変可愛がっていただいたようですが、このようなことになってしまい、大変申し訳ありません。
今回の調査報告に関する限り、責任はダリルリンチ・グローバー証券の投資銀行部にあります。改めて責任者を連れてお詫びに上がることになるでしょうが、今日のところは失礼させて頂きます」
「椎野、おいっ、椎野、お前っ」
さすがに山崎さんが、私の帰り支度を察して引き止めにかかる。
しかし、私は、姫川社長に言われた劇薬を、望みどおりに処方してやっただけなのだから、特に約束を違えたわけではない。
「椎野課長、待って頂きたい」
姫川社長の言葉に、私は帰り支度の手を止める。
「我々にも経営者としての矜持はある。一介の証券マンに断罪されて揺らぐようなものじゃない。日々、何がどうあるべきなのかを考えて企業経営にあたっている……ただ、経営政策が場当たり的と非難されても仕方がない部分は認めよう」
そこまで言うと、姫川社長の厳しい口調が、緩やかになる。
「どうだろう、資本市場の目から見て、NR北の経営がどうあるべきか。今一度、整理して教えてもらえないだろうか。それを拝見してから、臨時取締役会でNR北のあるべき経営について真摯に我々経営陣で検討してみたい」
姫川社長の目を見ると、視線が真っ直ぐに突き刺さってくる。その覚悟に、私は、まず目で応じ、言葉で応じる。
「はい、そこまで仰って頂けるなら報告書も作成し甲斐があります」
姫川社長は、私の胸中を抉るようなことを、ゆっくりとした口調で言う。
「椎野課長、くれぐれも、NR北を宜しく頼みますよ」
砂田常務は何か言おうとしていたが、他の役員は瞠目したまま小さく二言、三言、隣の役員と言葉をかわす程度で、マネジメント・インタビューは異例の幕引きとなった。
※異例のマネジメントインタビュー……往々にして、事前のヒアリングで方向性が決まっている場合、マネジメントインタビューは和気藹々と終わる場合もある。しかし、まったく擦り合わせもなくビジョンの見えない会社ではお葬式のようなインタビューで互いに契約の幕引きに入るケースもある。いずれも異例である。




