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北日本旅客鉄道の行方 ~孜々営々のハイエナ~  作者: 錦坂茶寮
Ⅱ.銀証烈烈 〜北日本旅客鉄道篇〜
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第10話 鉄路刻刻 〜新幹線計画部〜

 札幌駅の駅上に「北海道新幹線」のイメージ広告が大きく掲げられている。もうすぐ、北海道新幹線がやってくる。そうした期待が伝わってくる。


 そして、私は、実は新幹線こそが、NR北を救う切り札になるのではと思っていたフシがあった。

 というのも、九州新幹線が先行開業区間で順調に営業運転を開始し、不採算だった鹿児島本線を自治体に路線譲渡して経営浮上させる新たなビジネスモデルを築いていたからだ。


 NR北で言うと、小樽~函館~木古内、の不採算路線を自治体に譲渡できる千載一遇のチャンスだ。しかし、北海道新幹線の全線開業は2035年予定で、経営計画に入れるには遠すぎる。


 そして、問題は他にもあった。


「東京から新青森が3時間なんです。そこから海峡線を下って函館を経由して小樽から札幌に来るのに2時間、5時間1分で間違いありません」


 東京~札幌間を飛行機よりも早くと言うのは無理がありすぎる。そもそも、新幹線と飛行機の移動時間の分水嶺は3時間であり、千歳~仙台間が主戦場と見て間違いはない。

 ただ、補完交通路線として天候に左右されずに札幌から東京まで4時間半以下で行けるのなら、商品性はあると見ていいはずだ。


 しかし、百々目どどめ新幹線計画部長の説明はまったくブレることなく新聞報道通りだ。

 私は、事業再建の鍵として新幹線計画の重要性を説きながら訊く。

「百々目部長、5時間で許されるのは素人のフルマラソンぐらいですよ。札幌~新青森はもう少し早くなりませんか?」


「まだ、出来てもいないものですから、架空の数字を引っ張っても意味がありません。そもそも、海峡線についても貨物列車との住み分けが必要ですので、『はやぶさ』型を時速140キロで走らせるとしたら、もっと遅くなりますよ」


 唐突に140キロなんて数字が出てくるあたり、まったく、夢もヘチマもない。


「青函トンネルなんて専用線でしょう。時速300キロで走れないんですか?」


「無理です。海峡線の規格では時速200キロが上限ですよ。それに、貨物列車が毎日25往復半、約2万トンの物資を運んでいます。国交省とNR貨物からの申し入れで、トンネル内の対抗速度は280キロ以下にとのことですので、時速140キロしか……」


 百々目部長の言い訳は、官僚の答弁よろしく『無理』『できない』のオンパレードだ。このままでは、再建が無理になってしまう。


「貨物なんか夜中に運べばいいんじゃないですか……」

 それを聞いて、仲裁に入ったのはNR東部日本から出向してきている千賀せんが副部長だ。


「まあまあ、椎野さん。海峡線の使用は青函連絡船を廃止して以来、貨客併用と決まっているんです。また、仮にそれを無視して新幹線専用にしたところで、東京~札幌5時間ですよ。それで、乗車率が山陽新幹線以下なら、半分以上、空気を運ぶようなものです。それなら、始めから貨客併用で良いじゃないですか」


 なんとなく、いい感じなことを言われたあとで、百々目部長が言う。

「札幌駅朝6時始発のはやぶさで、11時に東京に着きたいという需要が見えない以上、NR東部日本さんとのダイヤ調整もありますので、勝手に我がうちの都合だけで決める訳にはいきません」


 いったい、この部長、どこの会社の人なんだよ。北海道新幹線に夢見なくて、NR北の何に夢を見ろと言うんだ。

「しかし、千賀副部長、整備新幹線法のくびきが外れた東北新幹線は時速300キロの営業運転を実現しているじゃないですか。法令の計画速度は時速260キロが上限だったんじゃないんですか?」


「そうです。御存知の通り、整備新幹線法は需要面と技術面を見て最高速度を決めています。東京~仙台2時間、東京~新青森3時間というのはNR東が社運をかけて需要を見つけ出して、技術面の折り合いをつけた成果です。ただ、そのお話が東京~札幌5時間の北海道新幹線に当てはまるかどうかは疑問でしょう」


 そのあと、百々目部長が言葉を足す。

「椎野さん、仮に5時間1分を4時間半、否、4時間29分にしたところで仙台のように飛行機需要を取り込めるわけではありません。

 それに新幹線は安心安全でなければならない。商品性のために技術的リスクを侵す意味が分かりません。

 それに、NR北は北海道新幹線を成功させるために生き残っていると言って過言ではない……もし、新幹線事故を起こした日にはどうなるやら」


 そのあとも、6年後の函館開業を目指してNR東の全面的支援を受けて頑張ります、的な話を長々と聞かされる。




「まったく、面白くない」

 新幹線計画部のヒアリングを終えて、独りごちる。


「わたしは面白いですが」

 シャロンが微笑みながら言う。


「なんだよ、人が困ってるというのに」

「だって、かちょー、夢の超特急新幹線で3時間ぐらい話してましたよ。鉄分濃いすぎないですか?」


 客観的に指摘されて、私は少し自己嫌悪に陥る。

「でもさ、新幹線ぐらいしか突破口が、正直、見つからなくてさ。明日のマネジメント・インタビュー、どうしようかなあ」


 正直、この部分を直したら経営は軌道に戻るといった話が伝わってこない。つまり、明日のマネジメント・インタビューで訊くことが纏まらないのだ。


「かちょー、わたしがヒアリングシートをまとめて基本的な部分は質問シートを作っています。レビューしてくださいますか?」


 おぉ、シャロンが有能な部下に見えてきた。私は喜んで質問シートのレビューを引き受けることにした。

※北海道新幹線……『昭和の三大馬鹿査定』と言われる青函トンネルを利用した新幹線。元は、旭川~札幌~小樽~函館の道内1位2位の都市圏を結ぶはずだったが、現状では青森~函館までが供用中である。きのこ栽培に利用されかけた青函トンネルの救世主でもある。現在、札幌延伸線は、2030年度中の開業が予定されている。


※青函トンネル……1985年に本坑が完成し、既に開通後30年が経過したトンネル。大量の湧水を組み上げる必要があり、補修せずに埋めたほうが良いとの意見まであった。第2青函トンネル構想が盛り上がらないのは、裏を返すと需要が低いためである。本州九州間の関門海峡にトンネルが3本、橋が1本あるのと比較すると一目瞭然。現在、本州北海道の物流は主に貨物は内航フィーダ船、旅客は航空機で運ばれる。

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