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北日本旅客鉄道の行方 ~孜々営々のハイエナ~  作者: 錦坂茶寮
Ⅱ.銀証烈烈 〜北日本旅客鉄道篇〜
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第7話 鉄路煌煌 〜事業開発本部〜

「おはようございます、かちょー」

 今朝のシャロンは非常に機嫌が良さそうだ。目鼻立ちが整っている分、いつも通り、化粧はやや薄めだ。

 しかし、昨日とスーツが違っており、外見に相当に気を使っているのは伝わってくる。


「山崎副部長は、もうお帰りですか?」

「ああ、6時に朝食をとって、7時50分の羽田便だって話だから、もう飛行機に乗ってるよ」


「昨日は散々奢らせちゃいましたねえ」


 そう、昨日の夕食は回っているとはいえ寿司は寿司。

 タワービルから夜景を見ながら食べるタダ寿司は、銀座の『鮨』なみに美味しかった。


「タダより高いものはないって言うから、給料分の仕事はしないとなあ」

「そう言えば、事業開発本部の総務課長のアポなんですけど、黒岩本部長がじかにお会いしたいとかで、差し替えになりました」


「へえ、わざわざ取締役自ら登場とは、何かあるのかな?」

「さあ、昨日の話だと駅ビル開発の話で2時間ぐらいは武勇伝を聞かされそうですけど……」

 そんな、武勇伝なんて聞きたくはない。

 しかし、将来の事業計画を当事者から直接聞けるのは有り難い。


 私は、シャロンと早々にホテルを出てタクシーを拾って桑園方面に向かう。



 黒岩取締役は、名前から受ける印象とは相反して小柄で色白だった。

 事業開発本部長室はかなり暖房が強めに設定されているようで、うかっとしていると睡魔に駆られそうで怖い。


「いやあ、せっかく東京から証券会社の方が来られると聞きましてね」


 秘書の女性が紅茶を持ってくるあたり、昨日の経営企画部と扱いがまったく違っていて怖い。


「いえ、仕事ですから」

「ついでに、儲かりそうな駅ビルについても、ご教授いただければ、なお有難いですな」


 駅ビルの単語に反応して、シャロンが昨日の話をする。

「札幌タワービル、昨日は食事に行きましたが満員でしたよ。盛況でした」

「おやおや、仰っていただければ、黒岩の名前でおさえておきますよ。あと、滞在中にお使いになられるようでしたら、こちらが優待券になります。お泊りは、ひょっとして?」


 駅ビルホテルですなどとリップ・サービスでもしようものなら、無料宿泊にでもしてくれそうだが、タダより高いものはない。無難に答えを選ぶ。

「いや、しがない安ホテルに泊まってます。出張費が渋くて困ります」


「そうですか、これはホテルの宿泊優待券、50%オフになりますのでプライベートでお越しになるときにお使い下さい」

 目を輝かせてチケットをガン見しているシャロンを横目に、丁寧に謝絶する。


「黒岩取締役、以前の札幌駅ビルのお話は昨日、松崎部長にお伺いしてますので、今後の事業展開についてお伺いさせて頂ければと思うのですが」


 私がそう言うと、黒岩取締役の顔が険しくなる。

「今後の事業展開ですか……それについては松崎は何か話しませんでしたか?」

「いえ、今日お伺いできるものと思って、特には伺っておりません」


 東京展開などというと、何を言われるか分かったものではない。

「そうですか。ちなみに、今後の経営計画について松崎は何か言ってませんでしたか? 鉄道事業本部がどうとか」

「あ、経営計画の数値については、鉄道事業本部は独自にお持ちだという話だけは聞いています」


「そうでしょうね。取締役の私ですら鉄道事業本部が今後、何に、いくら使うのか、教えてもらえない状況ですからね」

「ほう、それはどうしてでしょう?」


 黒岩取締役は、苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「資料をご覧になっているなら、ご存知でしょう。

 豊田、姫川、砂田と鉄道事業本部長は三代続いてNR東出身者ばかりだ。

 しかも、実質赤字を垂れ流して経営資源をことごとく食いつぶしている。

 我々事業開発本部でいくら稼いでも、鉄道事業本部がどんどん資金を吸い込んでいく……次の事業展開をしようと思っても、奴らがさせないんだよ」


「奴ら……ですか?」


「そうだ、国交省から言われて仕方なく来たようなことを言いながら、NR北の経営を壟断ろうだんしているNR東の奴らのことだ。

 事業投資案件なら実のところ、色んな所から売り込みが来ている。大通公園の西に建った新しいタワーマンションも、我々に最初に声がかかったんですよ。タワーと言えばNRさんだと言ってね。

 しかし、投資計画を出しても、姫川も、砂田も資金がないの一点張りだ。

 そもそも、我々の事業本部で出している利益と償却費キャッシュフローぐらい自由に使わせてほしいもんだ」


「黒岩取締役の悩みは投資資金不足ですか」


「ああ、今になってわかったよ。札幌駅タワービルを建てるときにテナント各社から資金を預かるデベロッパー会社は、NR北とは別会社にしてくれないかと散々言われて、駅ビル開発の子会社を作ったんだ。

 確かに、資金管理が鉄道事業本部中心になって行われると、まったく資金の流れが判らなくなる。そもそも、つかう額が桁違いにでかいんだ。

 我々も根っから別会社になったほうが良い気もするんだよ。来週の取締役会で、事業開発本部は別会社にしろと一言ガツンと言ってくれないかね」


 私とシャロンは顔を見合わせる。


「それが御社のためになるなら、分社化すべしとハッキリ言いましょう。ですが、今のところ、そうすべき根拠がありません」


 私がそう言うと、目の前に資料がドサドサと積上げられる。


「これが、他社からの提携開発案件の提案書だ。

 鉄道事業本部がカネがないと言うから私の所で止まっている。

 こんど、新幹線の函館開業が迫っているが、その関係の投資案件も山積みだ。

 どうだろう、鉄道とその関連事業、という関係で見るのはやめて、独立した不動産事業会社として札幌駅ビルもホテルも成功と言っていいレベルだろう?」


「関連事業一つ一つを、独立した事業として取り上げることは難しいかと思います。全てはNR北日本の看板を使った商売ですので」


 私がそう言ったのを聞くと、黒岩取締役はもう一度、私の顔をじろりと見て言う。

「椎野さんは、なかなかウンといってくれないねぇ。でも、私にとって、この事業調査、面白くなってきた。

 とにかく、昼からは鉄道事業本部のヒアリングだそうじゃないか。

 あそこは、NRの分割民営化の悪弊が詰まった部署だ。

 事業管理、資金管理、従業員管理、すべてNR東の砂田常務の胸三寸だ。

 組合対策といって組織を本社と支社、運輸部、工務部、電気部、車両部で場所別に機能別に分断してバラバラのたこつぼ型組織にしてしまった。

 そして自分の意に背けば、一生、支社送りだ。

 今じゃ、誰も砂田常務のやり方に異議を唱えなくなっている。

 あえて言えば、ガバナンスもコンプライアンスも無視した暴走だ。

 もう内部は腐りきっていると言ってもいい……

 椎野課長、外部のまっさらな目で鉄道事業本部の実情を報告書に書いてくれ。それが会社のためになる」


 黒岩取締役から期待の目で見られると、私から言えることは一つだ。

「御社のため、投資銀行部インベストメント・バンカーとして最善を尽くします」


 午前中のヒアリングは、ほぼ、黒岩取締役の独演会で終了した。

※デベロッパー会社……商業施設開発管理会社のことで、略して『デベ』とも言われる。商業施設等のマネジメント会社で施設に入っている店舗等の売上資金を日々吸い上げて管理をする。月締めで家賃等を控除した額をテナントに振り込むため、資金的には潤沢になる。


※たこつぼ型組織……極端に縦割り化が進んだ組織のこと。弊害として他の部門に無関心になり、自分さえ良ければいい、と言う全体を見ない組織になってしまう。ちなみに、たこつぼはタコにとって居心地がよく、引き揚げられるまで罠とは気づかない。

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