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北日本旅客鉄道の行方 ~孜々営々のハイエナ~  作者: 錦坂茶寮
プロローグ 冥界の暗黒王に楯突いてみた
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Prologue シャロン、三途の河の女神

「……、シャロン」


――――シャロン、たしかギリシャ神話の三途の河

アーケロンの河守かわもりをする女神だったか。


 そうか、私は死んだのか。

 生前の記憶はかすかに残っている。

 2008年のリーマンショックで、勤めていたリーマンシスターズ日本現地法人は解散。

 退職後の再就職も上手く行かず、不況のどん底で絶望のなか、引きこもった。

 そして、一人暮らしのアパートで孤独死を迎えたと記憶している。


 せめて、リーマン以外の外資系証券に勤めていればと悔やまれるが、致し方ない。


 何かに乗せられ、ゆっくりとした速度で移動している途中、何も見えないなかで声が聞こえる。

 男と女だが、雰囲気からすると、父と娘のような印象を受ける。


「父さん、そう言えば、このひと、飛び乗りだけどオボルス銀貨(河の渡し賃)はもらわなくていいの?」

「なんじゃ、渡し賃は前払いじゃぞ。見どころがあると思って良人おっと候補として河中かわなかで拾い上げたとはいえ、いにしえからの商慣習は守らんとな」

良人おっと候補ねぇ」

「……まずいな、舟を戻すんじゃ。コヤツ、息がある。息を吹き返す前に向こう岸に戻すぞ」


 しばらくすると、朧気おぼろげながら視界も広がる。

 さすがに、冥界との境。霧が立ちこめ、幻想的で厳かな風景だ。

 うっすらと独特の腐敗臭が鼻をつく。

 気分が悪くなり嘔吐えずくが、幸い、胃はカラで何も戻すものはない。


 乗せられているのはベネチアのゴンドラのような舟で、かいを取っているのがシャロンと呼ばれる女性のようだ。

 凛々しい顔立ちに均整の取れた体つき、身につけている古めかしくも扇情的な衣裳のお陰で、下から見上げると劣情を禁じ得ない。


「おや、気付いてしまったようじゃな。これは仕方ない……どうじゃ、未だ生ける者。いさぎよく死して、わしらの仲間にならんか?」


 ん、待て、よく分からないし、死にたくない。

 私がポカンとした顔をしているのが伝わったのか、再び問われる。


「どうじゃ、わしの娘、シャロンと結婚してこの嘆きの河、アーケロンを二人して切り盛りをせぬか。永遠の寿命に、絶えることない仕事と積み上がる銀貨、満ち溢れる死の香り。悪い話ではないと思うが……」


――――冗談じゃない。死臭と銀貨で仕事をするのはハイエナぐらいなものだ。


 それに、三途の河の河守りなんて、さいの河原の石積みの次に避けたい仕事だ。


「断固、拒否する」


「ふん、やはり、生者せいじゃ風情ふぜいには、この仕事の真価が分からぬと見える。ただちに舟から降りよ、運が良ければ生きて帰れるであろうっ」


 シャロンの父にして暗黒王エレボスが杖をふるうと、その一閃で、私は容赦なく舟から吹き飛ばされる。

 とっさに手を伸ばし掴んだモノが舟の欄干らんかんではなく、シャロンの右腕だと気付いた時にはもう遅かった。


 彼女もろとも河に落とされ、幽玄の深みに落ちてゆく。

 しかし、暗黒王エレボスは、吹き飛ばされる娘にもこう言ったのだ。


「シャロン、良い機会じゃ。お主も人間界で、この仕事に値する男を探し、嘆きの河アーケロンに連れて来い」


 私の記憶はそこで途切れた。

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