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【sequence:004】

注)息切れ間近

【sequence:004】


 ギルド、というものがある。いわゆる同業者の寄り合いのための組織で、仕事の斡旋などをしてくれる場所である。商人や、傭兵、そして裏社会に生きる者達にも同じようなコミュニティーが存在するが、この街で「ギルド」と言えばだいたい登頂者絡みである。

 ギルドの本部となっている街の中央区には高層建築物スカイスクライパーが建ち並ぶ。必然、人が集まる場所なので商業施設も充実させようとする。ここの発展も喧騒も、登頂者ありきのものなんだろう。

「いつ見ても酔いそうだ」

 塔程ではないにせよ、空を貫かんばかりの建築が立ち並んでいると、逆に空に吸われそうな気がしてならない。そんな事を考えるあたり、田舎者の証拠なのかもしれないけれど。

「そうですか? わたしは感じたことはないですが」

「高いとこ好きだもんな」

「煙にしてあげましょうか?」

「わぁーった。今のは俺が悪かった」

 少しからかっただけでメルティがにこやかに手のひらに炎を生み出してきたので、俺は降参のポーズをとった。おっかない女だ。やはり魔術とは違うのか、無詠唱ノータイムで発動されるあたりマジでおっかない。

 ぷりぷりと怒りながら、メルティは先にギルド本部へと入っていった。何やらぶつぶつと言っていたが内容までは聞き取れなかった。まぁ、どうせろくな事ではないと思うし、それはそれでよかったと安堵する。

 メルティの後を追うようにして入ったギルド本部の中は広く、しかしそれでも足らぬと言わんばかりに人で溢れていた。

 人種の坩堝とでもいうのだろうか、色々な肌の色で溢れている。この街は、もともと多くの人種がこの地に住まう。ギルドはその縮図のようにすら見える。

 人口密度が高すぎるせいで、なんとなく息苦しい。とはいえ混雑防止のため出入口は別になっているし、前に進まなければ出るに出られない仕様だ。行き届いたサービスも、この状況下ではストレスにしかならない。迷うことが無いあたりはありがたいことだが。何はともあれ、用は済ませなければならないわけだ。

 俺はとりあえずメルティの手をとったのだが、その手を取られた側は何に驚いたのか目を丸くして、半ば呆けた顔でこちらを見上げてきた。

「な、なんですか……?」

「はぐれるといけないだろ」

「あ、ああ。そうですね。何事かと思いました……」

 ほそぼそとなっていくメルティの声に訝しみ、俺は腰をかがめて彼女の顔をのぞき込んだのだが、すぐに逸らされてしまった。何を怒ってるんだ、こいつ。もしかして、手をつなぐのが嫌だったのだろうか。

 見た目はちんちくりんでも年齢で言えば年頃なんだろうが、この手の女との付き合いは残念ながらあまり身に染みていない、というか村の子供たちはほっといても寄ってくるからなぁ。よく分からん。

 とはいえ女に対して嫌がることを無理やり、というのは趣味ではないので、すぐに手を離そうとしたが、それとは裏腹にメルティは離さないようにきつく握り返してきた。どゆことなの。見下ろすと、妙に赤らんだ顔で、こちらを睨んでいた。いや、マジなんなんだお前。訳が分からん。

「何を怒ってるんだ?」

「怒ってません。……いえ、怒ってます」

「どっちだよ」

「アインのその態度がむかつきます」

「んなもんにいちゃもんつけられてもな……」

 性格は生来こんなもんなんで、怒られてもどうしようもないし、治す気もさらさらないんだけど。だいたい、俺が何をしたよ。

 心当たりがないし、理不尽しか感じない。まぁ、とはいえ、これ以上俺が反論した所で平行線を辿るしかないような気がする。つまりいちいち取り合っていると気疲れしてしまうってことだ。とりあえず手をつなぐのが嫌とかではないようなので、俺はそのままメルティを引っ張りながら、ギルドの受付へと向かった。

 少し列になっていたけれど、やがてすぐに俺たちの番が回ってきて、受付のカウンターに立つ女性が、「いらっしゃいませ」と恭しく礼をした。

 俺はそれに会釈で返すと、ポケットから手のひらに収まるほどのカードを手渡した。以前、ギルドに名前を登録する際に作らされた個人のライセンスカードなるものらしい。まぁ、膨大な登頂者を管理するためには必要なものなんだろう。

 時代は進むなぁ、なんて田舎くさい感想を一人抱いていると、受付の女性は俺とメルティを交互に見やり、朗らかに微笑んだ。接客の微笑みというよりも、何か含みを感じるものがあった。

「ようこそ、アイン・ストレルカ様。この度はどのようなご要件でしょうか」

 それについて問い詰める間も無く受付の女性が言うので、アインも釈然とはしないまでも、気のせいだろうと割り切って、早々に切り替えることにした。

「実入りのいい依頼がないか探しに」

「依頼斡旋のご希望ですね。でしたら、アイン様から向かって右手にございます昇降機エレベーターで、三階に向かってください。そこで専門のスタッフが対応いたします」

「あいよー」

 受付の女性が左手で指し示す方には、言われた通り昇降機なるものがあった。扉のようなものがあり、上には数字が並んでいる。以前来た際は一階しか利用しなかったため、気に留めなかったが、あれでこの建物を昇り降り出来るというのだから素直に驚きだ。

 とはいえ、そんな事でいちいち驚いていてはそれこそ田舎通り越してバカ丸出しだし、表情には出さずに努めた。努めていたのだが、すでにバカ丸出しの女が一人いたせいであまり意味をなさなかった。良くも悪くもそういった反応は正直らしく、ほえーと小さい口をまるっと開けて、昇降機を見つめていた。扉が開いて、昇降機の中に入ってもまだほえーと声を漏らしていた。他の乗客が不可思議なものでも見るような目でこちらを見ていた。

「今はこんな便利なものがあるのですね」

「キョロキョロすんな、恥ずかしい。田舎くせーぞ」

「だって、わたしの故郷にはこんなものはありませんでしたし。アインの所にはあったんですか?」

「あるわけねぇだろ。電気も通ってない村だぞ」

 ローディナスは電気エネルギーを利用しているらしく、至るところに電柱が立っている。先進的諸国の城下などならまだしも、自治領でここまでインフラが整備されているというのも珍しいのだが、それもリグ・ヴェーダの存在が大きい。塔の調査に伴い、各国からの支援なども今なお継続して行われているからだ。

 ともあれ、約二名のおのぼりさんはそのまま指定された階へとたどり着いた。これまた広い空間に人間がひしめいている。

 ここにも案内係の職員が立っており、促されるまま俺はカウンター近くに備えられた機械のボタンを押して、整理券を取った。「206」と書かれたそれと同じ番号が電光板に出てくるまでは待たないといけないようだ。

 そもそも登頂者の目的はリグ・ヴェーダの踏破だが、それ以外にも目的を持った者は多い。特に、塔の内部にはこの世界では見られないような、とどのつまり宝が眠ってるらしく、トレジャーハンターとして塔へ挑む者もいる。昨日のおっさんなんかまさに典型だろう。また、中継地点としての拠点も建設されているらしく、物販を搬出する商人の護衛なども登頂者の役割とされている。そういったこともあって、ギルドはこの手の依頼を集め、登頂者に提供するサービスも行われているのだ。要は小遣い稼ぎだな。

 というか、俺は日銭を稼ぐためにここへ来たわけじゃないんだがなぁ。それもこれもメルティが悪い。

「お前何食ってんの……」

 睨めつけるように小脇に立つ女を見たら、また何やら頬張っていた。おうこら待て。

「小腹が空いたのでベーグルを」

「登頂用の食料に手ぇ付けんじゃねぇよ。つーか小腹ってレベルじゃねぇし。何人分だ、それ」

「一人分ですが?」

「十人分はあるっつーの……」

 もうマジこの女なんとかしてくれよ。

 周囲が何事かとこちらをちらちらと見ているが、今の俺にはそんな事はどうでもいい。馬鹿の胃袋に消えたベーグルはもう仕方ないとしても、放っておいたら残りの食料にも手を付けかねない。

 兎角、緊急措置としてメルティから食料の詰まった袋を取り上げたのだが、すぐにこの女は手を伸ばしながらあーあーとわめき出した。子どもかお前は。

「なんで取るんですか」

「勝手に食うからだろ。むしろなんでお前が半泣きなんだよ俺が泣きてぇよ」

「わたしから食べ物を奪うなんて……アインは意地悪です。人でなしです」

「意地悪結構、人でなし上等」

「童貞イカ臭男」

「よーし表でろ。ぶっ殺してやる」

 童貞扱いされること自体は別に構わないのだけど、とりあえず喧嘩売られてるとしか思えない発言に対して腹が立つ。

「女の子には優しくしてください」

「それじゃあ優しくしくぶっ殺してやる」

「童貞って言われたのがショックなんですか? 大丈夫ですよ、わたしがいますよ」

 無駄に優しげな眼差しをこちらに向けるメルティを思い切りぶん殴ってやりたい衝動に駆られつつも、女を殴るのはよくないと、自身を諌める。

「こんな公衆の面前で人を悪様に童貞童貞と罵る女、こっちから願い下げだっつーの」

「むぅ……アインは清純な方が好みなんですか?」

「いや別に。単にお前が好みじゃないだけ」

「アインなんて嫌いです」

「おー。清々するわ」

 メルティは膨れっ面で俺の肩をポカポカと殴ってきたけれど、相手をするのも疲れたので、膝に片肘を突いて無視を決め込んだ。

 肩たたき程度のものだが、鬱陶しい。早く終われと思っていた矢先に、電光板に整理券と同じ数字が映し出された。

「順番みたいだし、行ってくるわ」

「わたしも行きます」

「来なくていいんだが……」

 正直、邪魔だし。

「何を言ってるんです。わたしたちはパートナー。どんな時も一心同体なんですよ?」

「ただの嫌がらせじゃん」

 一心同体とか言うなら、食糧問題をどうにかして欲しいもんだ。このままだとパートナーに殺される。しかも死因が女の食欲に巻き込まれての餓死とか笑えない。タンスに小指ぶつけて死んだ方がまだマシだ。

 まーそれでも、結局最後は俺が折れないと話が進まないんだろうなぁ、と半ば解けない呪いなんじゃないかと思い、嘆息混じりに俺は口を開いた。

「……邪魔すんなよ」

「もちろん。アインの邪魔なんて、わたしがしたことありますか?」

「したことしかねぇだろ」


◆◆†◆◆


 受付のカウンターの向こう側には妙齢の女性が立っていた。プラチナブロンドの髪を緩く束ねた、美しい女性だった。清楚な微笑みを浮かべた大きな瞳に見つめられ、少しだけ胸が鳴る。

 名前のプレートにはシアンジール・ジュナールと表記されている。

「えーと……」

 年甲斐もなく、というわけではないだろう。自分で言うのも情けない話だが、年相応に少し緊張してしまい、擦れかけた声を絞り出す。汗ばんだ手で慌てて自分のライセンスカードを取り出そうとしている俺に対して、予想を遥かにぶっちぎった、素敵な反応が返ってきた。

「やーん、可愛いー! わかーい! え? 何歳? キミ幾つなのー? あっ、待って。当てる当てる。えーと、十六歳くらい! あ、でも十八くらいかも! あっ正解? もしかして正解!? キミみたいな若い子が来るのとか久しぶりだわぁ! お姉さんちょっと高鳴っちゃうー! あっ、いらっしゃいませー! ご要件はなぁに? お姉さんになんでも言って! もうなんでも聞いてあげちゃうっ!」

「……いやあの」

 何かを言おうと伸ばした手から、ライセンスカードがひったくられた。凄まじい速さである。俺も呆けていたなけれど、それ以上に速い。

「そうだ名前! えーと、アイン君? 名前も可愛い〜っ!」

 う……。うざい……。

 そこはかとなく、どうしようもなく、うざい。

 が、こういうのは総じて無駄に連鎖する。もちろん、悪い方に。

「アインはわたしのものです」

 俺の脇に立っていたメルティが、カウンターに乗り出して、受け付けの女を睨みつけた。カウンターからぶら下がっているので、足が届いていないし、ぷらぷらと揺られている。というか腕がぷるぷると震えている。運動関係は全くダメな女だ。

 つーかお前のじゃねぇよ、と突っ込むよりも、そのメルティの姿は見ていて笑えてくるので、俺は堪えるのに必死だ。笑ったらあかん……殺されてしまう。堪えろ、俺。

「あらぁ? やだぁ! この子も可愛い〜! キミの妹?」

「妹ではありません。アインの伴侶です」

「やーん嫉妬してる〜。可愛い〜。大丈夫よぉ! あたし男の子も女の子も可愛い子ならどっちでもいけるから!」

 一体何が大丈夫だというのか、ご教授頂きたいとこだが、あえて知らない方がいいこともあるのだろうなと、明後日の方角を眺めながら、他人のフリをする。この場にいる以上、無意味なんだけど。めちゃくちゃ見られてるものね。とりあえず今だけくらいは逃避させて欲しい。

 つーかとんでもねぇ奴が受付してるな。ここの人事は何を考えているのだろうか。それとも働いてるうちにおかしくなったのか。だとしたらこの職場、闇抱えすぎじゃねぇの。

「あの、そろそろいいか?」

「よくないです。アイン、この女だいぶおかしいです」

 おめーもだよ、とは言わないでおいた。

 とりあえず腕もそろそろ限界のようなので、メルティの両脇を抱えて、彼女を俺の後ろに下ろす。ぷりぷりとしているが、こいつがいたのでは話が進まない。いや、俺でも無理な気がするけど。

「とりあえず依頼を見たいんだが」

「えー。もうちょっと話そうよー」

「ンな時間ねぇよ。あんたも仕事しろ」

「やーん硬派〜。お硬いなぁ。あっちの方はどうなのかしら〜」

「いい加減にしろ」

 突然の下ネタである。変化球投げんじゃねぇよ。

「もぅ。分かったわよぅ。えーと依頼ね? 一応いくつか来てるけど……あ、そうだ! あたしとめくるめく一晩を過ごすっていうのもあるわよっ! イェア!」

「いい加減になさい」

「あがっ!」

 何がイェアだ、と辟易し始めたところで、細いフレームの眼鏡を掛けた女性が変な女の背後からすっと現れ、頭をぶっ叩いた。分厚いファイルの束で、なかなかの勢いだったため、変な女はそのままカウンターに頭を打って向こう側へと消えた。死んだか……?

「職員が失礼致しました。三日間ほど働き詰めだったので」

「ああ、うん。うん……?」

 三日間働き詰めると人はあんなふうになるのか。いやならねぇだろ。人格壊すとかどうなってんだ、この職場。

「大丈夫なのか……?」

「死にはしないでしょう。起きたら始末書の地獄を味合うでしょうが……以降はわたしが代わって対応させていただきます」

「あ、ああ」

 こうやって人は壊されていくのかもしれない。

「依頼斡旋ですね。ライセンスカードは……ああ、この子が。ほら返しなさい。貴方が持っていていいものではありせん」

 眼鏡の女性がしゃがみこんでカウンターの裏に消え、がすんという鈍い音と「べぶし」という短い悲鳴が聞こえ、女性が再び立ち上がった。死んだか……。

「昨日からローディナスへといらっしゃったのですね。ですと、難度の高いものはあまりお勧めは出来ませんが……」

「その変気にしなくていいよ。実入りがいいもので頼む」

「分かりました。ですが、それに関わる生死などには我々は責任を負いかねますので、そこはご了承ください。喫緊のものですと……三日前からナルバ駐屯地に向かう手筈になっているサヴァンニ商隊の消息が絶ったとのことです。至急原因の調査をとの依頼が入っております」

「なるほど……じゃ、それで」

「了解しました。手続き致します。では、これが詳細となっています。明朝五時までの出発をお願いします」

「あいよ」

 ライセンスカードと、小さいファイルを受け取り、女性に会釈をしてその場を離れた。しゃがみこんでいるメルティに一言声をかけようとしたら、こいつはまた何か食べていた。ソーセージだった。

「だから、食料に手をつけるなよ……」

「ヤケ食いです」

「やっべ違いが分からねぇ」

 何本食べたのか知らないけれど、とりあえず残りを奪い取って袋にしまう。またあーあーとわめいていたが、無視をした。

「依頼受けたから、このまま出発するぞ」

「依頼へふは?」

「何食ってんの……」

「エッグマフィンです」

 どこに隠し持ってたんだ……。つーかそのマフィンでかくね。ほんとどこにしまってたの。

「もういいや。ともあれ二度目の登頂だ、今度は働けよ」

「わはっへはふっへ」

「食ってから喋れよ」

 メルティは口を高速でもきゅもきゅさせて、飲み込んだ。

「分かってますよ」

「ほんとかよ……」

 不安しかない。

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