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【sequence:002】

【sequence:002】


 ローディナスの街は広い。マルケスト帝国のハウエル帝から自治を任されたフルド公爵領。その首都としての機能も果たすこの街には多くの人々が集まる。

 この土地には巨大な塔があった。

 もはや塔とすら呼んでいいのかもわからない。神話に出てくるかの世界樹を思わせる、巨大な、天をも穿つ巨塔。

 百年前、突如都市部を飲み込むようにして出現したこの塔を調査しようと、昔の領主、つまりフルド公爵の曾祖父にあたる人が兵を送ったが、結果は調査隊の全滅という形で終わった。

 一端は諦めたものの、数年の後に第二次調査隊が結成され、その際も大打撃を受けたが、数名が生きて帰還を果たした。彼らの決死の探索により、内部の構造が少しだけだが解明されることとなったが、二度にわたる探索で領内の軍事力が著しく低下してしまい、これ以上兵を探索に向かわせることは困難とされた。

 それを受けて当時の大臣アンシュタウスの、「有志の勇敢なる者たちに探索を任せるのはどうか」という進言により、各地の傭兵や冒険者たちが集められた。これが登頂者たちの始まりとなった。

 探索開始から数十年が経ってなお最上階へとたどり着いた者のいない、巨大な塔。神域と崇める者、不吉の象徴と恐れる者、反応に差はあれ、多くの人々に多くの影響を与えた巨塔は、いつしかこう呼ばれるようになった。

 リグ・ヴェーダと。

 そして俺とメルティもまた登頂者として、高くそびえるあの塔の頂点を目指そうとしている。

 ……なんだけどね。

「まずは宿だよ」

「そうですね。わたし、野宿だけはごめんですよ」

 メルティはモリモリとなんか頬張っている。どうやらそこら辺の売店で購入したポテトを細くして揚げたもののようだ。何食っとんじゃこいつ。

 ちなみに俺がこの女と出会ったのはついこの間のことだったりする。なので別に旧知の中であるとか、そういうなんは全然ない。むしろ誰だコイツ。つーかパーティー組んでるのだって、半ば巻き添えみたいな感じだったからね。

 なんで俺はメルティのことを、ぶっちゃけよくは知らないのだが、こうしてしばらく行動を共にしてわかったことが一つだけある。

 それは常に腹ペコだということだ。

 とりあえずめちゃくちゃ食う。とにかく食う。起きたら何か食べてるし、着替えながらでも食べる。歩きながら食べるし、座ったらもっと食う。風呂でもなんか食ってるっぽいし、寝る前も食べている。もしかしたら寝ながらでも食べている恐れがある。つーかどこに入ってんの。お前の胃袋は異界に繋がってんのか。

 そんなこんなで金があっという間に尽きてしまい、とうとう宿代まで侵食してきやがった。つーか半分くらい俺の金だったんだけど、こいつそのあたり分かってんのかね。

 蓄えはそこそこあったつもりなので、それなりにマシな宿に泊まっていたのだが、そうもいかなくなってきた。安宿があればいいのだが、この時期はどうも新米登頂者が多い季節らしいし、どこも埋まってる可能性は高い。

 登頂中に助けたおっさんから運良く飯は奢ってもらったけれど、なんなら宿も提供してもらったらよかった。ミスったなぁ、と今更ながら後悔した。

 まぁ、あのおっさんも災難だったと思う。初めての探索であんな目に会うなんてそりゃ思ってもいなかっただろうし。一山当てるつもりだったんだろうが、出来たのは死体の山しかなかったのだから、夢も希望もない。

 でも同情はしにくい。なんせ、あんなのに苦労してるようじゃ塔の頂点なんか目指せるわけがない。かく言う俺も今回が初めての登頂だっのだが、とんだ肩透かしであった。師匠の方が百万倍強いし怖い。あ、思い出したら胃が痛くなってきた。

 思い出したくないことを思い出してしまい、自然とうなだれてしまっていたらしく、メルティがこちらをのぞき込んでいた。

「どうしたんですか、犬が玉ねぎ食べたような顔して」

「それ死んでるじゃん。……や、ちょっと嫌なこと思い出しただけだから」

「嫌なことと言いますと、前に言ってた故郷のお師匠様のことでしょうか?」

「まぁ、な」

 黙って置き手紙だけして出てきてしまったし、俺の持ってる棍も勝手に持って来てしまったものだ。いや、まぁ、もともとは譲り受けたものだから盗んだ訳じゃないけど。それなりに貴重な逸品だから、なんか後が怖い。一応、向こうじゃしばらくの間、村の守り神みたいに奉納されてたしな。

「アインはそのお師匠様から棍術を習ったんですよね?」

「ん? うん。最初は強制だったけどな」

 なんなら矯正って言い換えてもいいレベル。

「やっぱりお師匠様と言うからにはアインより強いんですよね? ……どれくらい強いんでしょうか」

「湖が真っ二つに割れる」

「本当に人間ですか?」

 俺が知るか。そもそも、胃袋の容量を大きく超えてバカバカ飯食うおめぇも大概人間か疑わしいっつーの。

「歴代の達人の中には天を穿ち落雷を呼び、大地を轟かせて山を憤怒させ、大海を二つ割ったのもいるらしいから、自分はまだまだだって言ってたけどな」

「本当に人間ですか?」

 さしものメルティも信じられないという様子で同じ質問を投げかけてきたが、返答しづらい。

「確かにそこまでいくと眉唾だけど、師匠見てたらあながち嘘じゃない感じに見えてくるんだよなぁ……」

 だいたい叫んだだけで自分と比べて何倍もの体格の大人が五人くらい吹き飛ぶなんて瞬間を目撃したことあるからね。もうあの人、たぶん人間じゃない。

「でも、どうして剣とかではなく棒なんですか?」

「棒じゃなくて棍な、棍。まぁ、始祖は奴隷階級なんだと。落ちてる棒切れで戦う……というか、生き残るための術がこうして武術になった。よくある話だろ」

「なるほど。歴史あるものなのですね」

「それに加減も出来るしな。歴々の中には不殺の信条を貫く奴もいたらしいし……っと、この宿なら空いてるんじゃないか?」

 いろいろ話しているうちに、一件のボロい宿が見つかった。前のところに比べればだいぶんランクが下がるけれど、屋根があるだけマシと思った方がいいだろう。

「こんな古びたところにするんですか?」

「誰のせいで金がなくなったと思ってんだテメー」

 俺が横目で睨むと、メルティは素知らぬ顔でポテトを頬張っていた。このアマ、その餅みてーな頬そのままこんがり焼いてやろうか。

「これ以上探してもなさそうですし、わたしも疲れました。今日のところはここにしましょうか」

「一番楽してたくせに……」

 おっさん助けた時も、おっさんの護衛を頼んだのに、気付いたらおっさんの隣で座って本読んでたからね。なーんもやる気なかったもの。

「アインを信じていたからこそです」

「会って数日の俺の何を信じたっての?」

「人との付き合いというものは長さではなく深さだと敬愛する祖母に教わりましたので」

「じゃあ、その敬愛する婆さんに教えてやれ」

「何をでしょう?」

「他者理解のための時間は深さに比例する」

「相応の観察眼があれば時間は短縮出来ます」

 ああ言えばこう言う、面倒臭い女である。つーか腹立つなマジで。勝ち誇ったような笑みを浮かべる目の前のクソ女を、ぶん殴りたい衝動に駆られつつも、それはそれで負けを認めることになると、苛立ちを溜め息にのせて、虚空へと流し込んだ。

 何か言い返そうにも、もう疲れてしまった。おかげでぶん殴る気力も湧いてこないし、結果的にはいいことなのだろう。女に暴力は振るなと、師匠は俺に暴力で教え込んでくれた。

 疲れの原因である目の前の女は、一足先に「ごめんください」と言いながら宿の戸をくぐり抜けていた。文句を言ったかと思えば、決めれば勝手に動くあたり、師匠によく似ている。だからなんだろうか、どうも苦手なのは。

 ともあれ、俺も宿でゆっくり休みたい。

 メルティの後に続き、俺も宿に入った。


◆◆†◆◆


「中は清潔で、いいところですね」

「そうだな」

「宿代も相場より安いですし」

「そうだな」

「何よりご飯が美味しいです」

「そうだな……っつーかまだ食うのお前」

 このハーメルンという名の安宿で、二人部屋を一室借りることが出来た。それはいいのだが、部屋に着いて荷物を置くなり、すぐさまこの女は食堂へ向かい、夜食を三人前ほど注文した。反省の色はどうやらないらしい。知っていたけれど。

 しかも部屋に戻るとどこからともなく肉まんを取り出し、頬張っている。こいつの満腹中枢は一体どうなっているのか。職務怠慢もいいところだ。

「お前少しは考えて金使えよ」

「食事は大事ですよ?」

「限度があるだろ。それに、魔術って金かかるんじゃねぇの。触媒カタリストとかそういうの」

 メルティは魔術を行使する。特殊な呪法を用いて自然界に干渉することで、超常現象を引き起こすことが出来るのだ。

 こういった技能を持つ者を一般的に俺たちは魔術士と呼ぶ。本人はよく正確には魔術士ではなく、星術士ゾディアックであると言うが、俺からすればあまり違いが分からない。

 魔術は総じて発動までに時間を要するが、一度発動すれば一騎当千の威力を持つため、登頂者の間では重宝されている。俺が渋々ながらもこの女と組むことを承諾したのも、ひとえに彼女が魔術士だからだ。

 俺自身は魔術などからきしだし、よくは知らないのだが、魔術というのは対価が必要らしく、魔術士の多くは触媒を利用し、魔術を行使すると聞く。触媒も用途に応じて変える必要があり、高価なものも中には存在するというので、燃費はわりと悪い。

 つーか俺、こいつが魔術使うとこ一回しか見てないんだよなぁ。気が付いたらサボったりしてるし。やっぱり組むの辞めようかな。

 真剣に解散について考えていると、メルティが不服そうに頬を膨らませてこちらを睨んでいた。

「あんな、道具に頼らないといけない三流の手品と一緒にしないでください。それに、何度も言いますが、わたしの本分は星術サインです」

「違いが分からん」

「全然違います」

 毅然として言い張るので、そういうもんなんだという事にしておいた。こちらは魔術に関してはずぶの素人。プロに歯向かったところで得るものは何も無い。

「まぁ、魔術でも星術でもいいけど、たまにゃ働けよ」

「必要になればそうします」

 ホントかよ。

 働かない相棒に猜疑的になりつつも、辛抱の時だと思いなんとか己の平静を保つ。

 しかし今日はもうくたびれた。風呂に入ってとっとと寝たい。そう考えた矢先、部屋の戸が数回ノックされ、割腹の良い女性もとい大家のナルアが顔だけ覗かせた。

「言い忘れてたんだけど、今ボイラーが故障してるから風呂は使えないの。ごめんね」

 マジかよ。

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