【sequence:001】
注)タイトルは変わる可能性あります。
――Who force for either.
《誰がための力か》
――Who of the use for.
《誰がために振るうのか》
――The answer is not out yet.
《答えは未だ出ず》
――But I ....
《それでも、俺は…》
【sequence:001】
初めて、死を直感した。
まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。話ではヤバイということはよく聞いていたし、当然、危険なことは承知していた。けど、ここまでとは。
だって、思いもよらないだろ。急ごしらえの仲間はみんな死んだ。もともと俺含めて新参者の集まりだし、知った顔もない。でも、心が痛まないと言えば嘘になる。短い時間とはいえ、さっきまで笑いながら自分たちの夢を語り合った、仲間だったのだから。
なのに、なんでこんなことになったんだ。
俺たちのパーティーがこの塔の登頂を開始したのが一時間前。ピシャーチャの群れに襲われたのがつい十分前だ。
わずか十分足らず。それだけの時間で俺たちのパーティーは俺以外みんな死んだのだ。
「なんなんだよ、ここ……なんなんだ……」
こんなにヤバイなんて聞いていない。一発当てればぼろ儲けだと聞いて、いざ来てみれば、地獄じゃないか。血と臓物の生臭さが思考を鈍らせる。本当にここは人が来ていい場所なのか。
逃げなければ。せめて亡骸は持ち帰ってやりたいが、そうも言っていられない。何匹いるかもわからないピシャーチャの群れを掻い潜って全員を運び出すなど無理だ。それに、何人かはもう喰われた。散らばっている肉片が誰のものかなど、もうわからない。
吐き気と眩暈になんとか負けないよう堪えつつ、物陰から脱出の機会を伺うが、ピシャーチャは依然として俺の仲間だった肉の塊をむしゃぶりつくしている。
怒りすら湧いてこない。次にああなるのは自分だと思うと、気持ちが萎える。嫌だ。死にたくない。故郷のお袋に楽をさせてやりたいがためにこんなとこまで来たのだ。なのに、何も成し遂げられず死ぬなんて。
「せめてこの槍で……」
手に握られた槍がこんなにも頼りなく、今にも折れそうな小枝にすら見えてしまう。これで活路を見出せるだろうか。一瞬の隙を突いて、逃げることは可能だろうか。
できる気がしない。目に見えるだけでもピシャーチャは十体はいる。運良く一匹を倒せたところで、その後待っているものは死だ。
余裕綽々でいたさっきの自分を殴れるなら今すぐでも殴りたい。化け物の巣窟で、無意味に死んで、奴らの餌になるだけの人生が待っているんだぞと、言ってやりたい。
言っても詮無いことだ。
もう一度様子を伺う。依然としてピシャーチャはこの場から離れない。少しでも隙がないか。逃げ出せる隙が。
「あれ……?」
さっきまでいたピシャーチャが見当たらない。奴らの見分けがつくわけではないが、あのピシャーチャは仲間の肉を喰っていた。いつの間に移動したのか。いや、そもそもどこに。
空が暗くなった。
いや、違う。これは影か。影に覆われたのだ。雲じゃない。まるで人のような。でも、ここには人はいなくて。
恐る恐る、上を見た。
「あ……あぁ……」
岩場の上に、化け物が、いた。
「GYOOOOOOOOOOOOOOOOOOH……‼︎」
耳を裂くような、肌を刻むような、心を抉るような、悲痛さすら感じるほどの、叫び。
目が――あった。
ピシャーチャには、目はない。人を模した白い粘土細工のような姿に、頭部から下腹部ぐらいまでを裂くような、大きな縦長の口があるだけだ。
だけど、俺はこの時、目があったように感じたのだ。
「GYGYGYGYGYGYGYGYGYGY……」
心がすくんだ。
醜く歪んだ口が、俺という獲物を見て、笑っているように見えた。まるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。身体が動かない。心が、それを拒んでいた。
「ヒィ……」
ピシャーチャの頭から腹までが大きく裂けて、その口が開かれた。びっしりと並んだ棘のような歯がくっきりと見える。
もうダメだ。本能がそう告げていた。
逃げても無駄だと。
喰われ――
「おっさん無事か?」
どうやら反射的に瞑っていたらしい目を開けると、岩場の上にはピシャーチャの影はなく、そこには代わりに人の影があった。
一瞬だが、何かが破裂するような音がして、べちゃっと何かが俺にかかったのだけはなんとなく覚えている。身体を見れば、全身が赤黒いものにまみれていた。鉄臭い。これは血だ。俺のではない。
「おっさん血塗れだぞ、大丈夫か? 生きてる?」
「それはあなたが今ぶっかけたやつですよ、アイン」
俺の後ろから、声がした。ひんやりとした、どこか幼い声。女の声だ。
振り返ると、小柄な少女が立っていた。見たこともないような、薄い桃色の髪の少女。まだ俺の半分くらいの年ではないのだろうか。こんな少女がなぜここに。
「おじ様、大丈夫ですか? とても生臭いです」
「おっさんだからなぁ」
「いえアインのせいです。反省してください」
「ごめんなさい」
岩場から降り立った人影の正体は、これまた年端もいかないような少年だった。少年が俺に向かって頭を下げる。
ふわりと揺れる少年の黒髪を呆然と見つめながら、俺は何が起こったのかを把握しようとした。
そうだ。俺を喰おうと襲いかかってきたピシャーチャ。あれはどうなったのか。理解が追いつかない。だが、そんなことも言っていられない。俺はほぼ倒れかかっていた自分の身体を起こそうとして、何か生暖かくてぬめぬめしたものに触れた。
慌てて手元を見ると、それは何かの塊のようだった。白い。一部に赤いものがついていて、そこに棘のような突起物があった。
血の気が引いた。
見覚えがあったのだ。
ただ、にわかには信じがたい。
たぶん、おそらく、これはピシャーチャであったろうものだ。その一部分だ。周りを見渡す。今気付いた。俺の周りは血と、そのピシャーチャの肉の塊で埋め尽くされていた。俺が被ったのは、つまり、ピシャーチャの……いや、やめておこう。考えたくない。頭を振る俺の視界の端に、大きく白いものが映った。なんだか見てしまうと後悔しそうで、俺の本能は避けていたが、意を決してそれを見た。
ピシャーチャの下半身だった。
腰くらいの位置がねじ切れていているし、全体的に形容しがたい形へと変貌しているため、ギリギリわかるような状態だが、おそらく間違いないだろう。
何を、どうしたら、あんな風になるのか。
誰がやったのか。そんなもの、答えは一つしかない。
だが、やはり信じられなかった。こんな、年端もいかない少年に、あんな芸当が出来るのか。どう見ても十代半ばくらいだ。ガキだ。特別筋骨隆々としているわけでもない。中肉中背の、その辺でよく見かけるガキ。俺の故郷にいるこのくらいの年のガキなんて、学業に勤しんでいるか、働いているか、せいぜい性悪のガキ同士はしょうもない小競り合いをしているくらいだろう。魔物の襲撃に対応するのは俺たちみたいなそこそこ武器が扱える男衆と、駐屯している兵士たちだし、それがずっと普通だと思い込んでいた。だからこそ、この目で見たものが信じられなかった。
だけど。
「アイン。残りも片付けましょう」
「おーよ。おっさんは任せるわ」
信じるしかないのかもしれない。
少年はくるりとピシャーチャの群れに身体を向けると、近くにいた一匹のピシャーチャに踊りかかった。速いなんてものじゃない。一瞬だ。俺の目には一瞬だった。ピシャーチャに肉薄した少年が何をしたのか、俺を喰おうとしていたピシャーチャと同じように、ねじ切れ、弾けた。
まるで巨人が巨大な腕で力任せに引きちぎったかのような、そんな荒々しいちぎれ方。俺にはそれしか表現しようがない。剣や槍ではあんな真似は出来ない。魔術なのか。俺は魔術には詳しくないが、確か魔術というものには詠唱がいるはずだ。あんな瞬時に成せるはずがない。
獅子のような雄叫びをあげ、さらに三匹目、四匹目を始末した少年はその雄々しさとは裏腹に、その動きは蝶のようで、まるで踊りを踊っているかのようだった。宙を舞いながら五匹目を始末した少年は、疲れを一切感じさせない軽快な着地をした。
手には、棒が握られていた。
棒。
少年の持つ武器は、
白塗りの、何の変哲もない、棒だったのだ。
◆◆†◆◆
「ここの焼き鳥美味いな! おっさんも食えよ!」
「味がわからん……」
「勿体無いなー。俺食っていい?」
「アイン、それはわたしの分です」
少年と少女は焼き鳥の取り合いを見ながら、俺は小さくため息を漏らした。
「ていうかよく食えるね……」
あんは凄惨な場面を目にして、肉を食う気にはなれなかった。正直、肉を見ただけで吐きそうだ。この子たちが肉を食べたいなどと言わなければ、即刻宿に帰って故郷へ帰る支度をしていたところだ。
結局、俺は助かった。
ピシャーチャの群れは少年が全て倒した。蹂躙という言葉が似つかわしいほどに、一切の妥協もなく、破壊し尽くしたのだ。
俺は、内にある何かわからないものを飲み込むように、麦酒を喉の奥へと流し込んだ。思いの外、ジョッキを強く置いてしまったようで、二人が目を丸くしてこちらを見つめていた。気まずいな。
「あーと……おっさん、やっぱ焼き鳥食う? 半分メルが食べちまったけど」
「いや、そうじゃないんだ。すまない。っていうか半分っていうか半分以上食べてるよ。欠片しか残ってないじゃないか」
少年の突き出した串には鶏肉の破片がこびりついていただけだった。気持ちだけでも要らないレベルである。
というか、そうじゃない。
「その、改めて、ありがとう。俺が生きているのは君たちのお陰だ」
「頭あげてくれよ、おっさん。別におっさん助けたかったわけじゃねぇんだし、単におっさんの運が良かっただけだって」
なんか今少年に酷いことを言われた気がするけど、気にしないでおこう。
少年の言葉に追随すように「そうですね」と少女が言った。そしてお茶をくぴっと一口飲み、ゆっくりとグラスを下ろした。
「わたしたちは通りがかっただけですし、こうしてお礼の焼き鳥も奢って頂きました。これで万事休すです」
最後がだいぶんおかしかったが、なんとなく言いたいことは伝わったので、突っ込まないことにした。というかこの二人、かなり変である。
「だいたい、おっさんの仲間連れて帰れなかったしな。どれが誰かもわかんねぇんじゃ仕方ないけど」
少年はハハハと笑っていたが、全く笑えない。
「思い出させないでくれ……」
「ま、なんにせよ生きてて良かったじゃん」
「……ああ、そうだな」
死んだ仲間には申し訳ないが、やはりそれは心の内に確かにある思いだった。生きて帰って来れた。一生の運を使い果たしたような気分だが、それでも、生を実感している今、俺は無類の幸せを感じていた。
「そういえば、君たちの名前をまだ聞いてなかったな」
「ん? あーそうか。メルが呼んでるから自己紹介したつもりになってたわ」
少年がにかっと笑う。よく笑う少年だ。まるで太陽のようだ。あの鮮やかな琥珀色の瞳が余計にそう思わせるのかもしれない。
「俺はアイン。アイン・ストレルカ。んでこっちが……」
「めるひーでふ」
「……君、何食べてるの」
少女は何かを口いっぱいに頬張っていた。もごもごと何かを言っているが、全くわからない。というか、見た目は可憐なのに、食べ方がとても意地汚い。
「とりあえず飲み込めよ」
アインと名乗った少年が言うと、少女は目にも留まらぬ速さでもごもごと口の中のものを飲み込んだ。食べ方は意地汚いけれど、口元をナプキンで拭うあたり食後は上品らしい。
少女は食事に満足したのか目を細めながらふぅ、と一息ついて、それから顔を上げ、向日葵が咲くような可憐な微笑みを俺に向けてきた。淡い海色の大きい瞳に髪と同じ薄桃の透き通った唇、小ぶりの鼻と幼さの残るふっくらした頬という、まるで精巧な造りの人形のような整った顔立ち少女だけに、俺は一瞬見とれてしまった。
「最高級イムディ豚、美味しかったです」
「ちょ……何勝手に頼んでるの。奢るとは言ったけど。ていうか幾ら……高い! 嘘でしょ⁉︎」
想像よりもゼロが一つ多いとか、なんなんだこの肉。そしてなんなんだこの子。失礼を通り越していっそ清々しいくらいだ。財布も清々しい。
「あ、申し遅れました。わたしはメルティです。よろしくお願いしますね。アイン、そろそろ参りましょうか」
「おう」
二人は荷物を持って席を立った。流れるような動作のせいで、一瞬ぼーっと見ほうけていたくらいだ。でも待って欲しい。
「よろしくってお会計? ねぇ、そのよろしく?」
「ごっそーさんな。おっさん、達者でやれよ」
二人はそのまま暖簾をくぐって外へと出て行ってしまった。止める暇すら与えない、颯爽とした退出だった。
彼らの後ろ姿が消えてもしばらくぼーっとしていたところで、ぽんと肩を叩かれる。振り向くと、店の店主が伝票を持ってにっこりと笑った。
「お客さん、お会計」
今日はとんだ一日だ。
手元が狂ったとしか言いようがない。もしくは気が狂った。だって、とある作品は改訂途中で放置してあるし、とある作品も放置。本職あるんでそもそも更新出来んのって状態だし。
でもなんかもういいやって、時間的にたぶん夜の危ない神経が顕になってるんだ思います。
なんかこう、感想とか貰えると嬉しいかなぁ…なんて。とにかくここまで読んでもらえて感謝の一言しか出てきません。
続くかは分かりませんが、今後ともよろしくお願いします。