1-5「耳にした話」
しばらく都合で投稿できず、申し訳ありませんでした!今日からまた執筆します。
* 天陽学園 教室 *
俺は席に座ったまま、ある出来事をずっと思い出していた。
『俺はっ!!………お前を……』
『大地には………、関係のない話だよ……』
――っ!!新学期早々…嫌のこと思い出しちまったな…。とはいえ、左隣の空席を見るたびに思い出しちまうんだよな…。
そう簡単にあのトラウマが消えてくれるわけがない。消えてくれなんて思ってはいけない。そのことだけが今の俺を保っているものなんだから。
俺が頬杖をつきながら、左隣の空席を見ていると、背後の方から人間とは思えないほどのうめき声が聞こえてきた。
――はぁ…この声を聴くのも一学期以来か…。
「大地…助けてくれぇ…」
「そんなもん、俺の知ったこっちゃねぇよ。自業自得だろ?」
背後から現れたのは先程、下駄箱でのやりとりで山盛に追われていき、変わり果てた姿で戻ってきた河本だった。顔が傷だらけになっているところを見ると、山盛の奴にやられたんだと思う。山盛にそうさせているこいつが一番悪いのだが。
「河本、また冴にやられたの?あんたも懲りないねぇ」
教室の後方の扉が開かれ、呆れた表情で河本を情けをかけてくる人物がいた。先程まで俺の隣に座っていたあかりだった。ハンカチで手を拭いているところを見ると、どうやら俺が考え事に耽っている間にお手洗いに行っていたようだ。
「あいつは手加減ってものを知らなすぎるんだよ。たくっ…あのおっぱいだけデカいクソおん…」
河本が山盛に対して、陰口を言おうとした瞬間だった。河本の背後にどす黒いオーラ纏った鬼が出現したのを目撃した。
「まだやられたりないのか…?」
先程、河本が山盛に何をされたのかは知らないが、この傷を見る限り余程のことをされたのだろう。
「いえ、何もないです」
「そうか。ならいい」
もうこりごりだと言わんばかりに首を横に振る河本を見て、山盛は笑顔でそう答え握っていた拳を緩めた。
――山盛さん…?顔は笑ってるのに、未だにどす黒いオーラを体に纏ってるんですけど?しかも、今どこから出てきたんだよ…。怖すぎる…。
山盛は河本は笑顔で威圧した後、教室の前の方へと歩いていき一番前の列の真ん中の席に座った。この事から分かる通り、山盛もこのクラスの一員なのだ。そして、山盛の左隣の席は因縁の相手の河本である。
――お前ら、やっぱり運命の赤い糸で結ばれ…。
心の中で思おうとした瞬間、俺は反射的に顔を下に向けた。前の方からとてつもなく恐ろしい視線を感じとったからだ。やはり、今の思想は取り消しておこう。俺も河本のようになりたくない。
「そういえば大地。あの話聞いたか?」
山盛に威圧されていた河本がほっと一息つくと、突然よく分からない話題を切り出してきた。
「あの話って何のことだ?」
どうせ河本のことだから大した話ではないのだろうと思うが、話題に挙げられたためとりあえず聞き返してみることにした。
「さっき、職員室の近くを通りかかった時に聞いた話なんだけど、今日うちのクラスに転校生が来るらしいぜ?」
河本の話だから少し信憑性を欠いてしまうが、その話題に横の席に座っていたあかりが即座に食いつき俺達の会話の輪の中に乱入してきた。
「あ!それ私も聞いた!さっきトイレに行ったときに他のクラスの子が話してたもん」
あかりも聞いたとなると本当の話なのかと思い、雑念が消え去ってその話が現実味を帯びてくる。
「転校生?こんな時期にか?」
「親の都合とかじゃねぇの?」
「ふーん」
俺の粗末な返事に河本はつまらなそうな表情を浮かべた。
「ふーんって。あんまり興味なさそうだな?」
――転校生かぁ………。
「別に興味があるとかそんなんじゃねぇよ。ただ…」
「ただ?」
「ただ?」
俺の返答に疑問を持った二人が顔を見合わせ、首をかしげながら同時に返答した。
「俺達のクラスに入れられるなんて、可哀想だなって思っただけだ」
その答えを聞き、河本とあかりは再び顔を見合わせ、渋い表情を見せる。そして、場が少しだけ沈黙した。恐らくは二人も同じことを思っていたのだろう。
「まぁな」
「変わり者ばかり…だしね」
河本とあかりの返答は沈黙に耐え切れずに苦し紛れに出した答えのように思えた。
――あかりや河本の言う通りだ。こんな変わり者ばかりのクラスに入ったところで何の役に立つというのだろうか。
他のクラスならまだ良かっただろうにと思う。変わり者なんて良く言えば個性的などと言われるが、逆を言ってしまえば周りの奴らとは違う異端者なのだ。
このクラスに入るという事は必然的に他のクラスの子からそのような目に向けられるという宿命を始めから背負わされるという事だ。だから、俺はその転校生が少し不憫に思える。
そんなことを思っていると、教室の前方の扉が勢いよく開かれた。
「おはよー!お前ら!今日も元気かー?」
教室の前から現れたのは青のジャージに身を包み、テンションがやけに高く手には出席簿のようなものを持っている若い巨漢な男性だった。朝早くからこれだけの声を張り上げて、周りとの空気の違いを感じさせてしまっていた。完全に空気が読めてなさそうな人、俺達のクラスの担任、森野 元気先生だ。変わり者のクラスには変わり者の先生をといった感じに俺達は捉えている。
名前の通り元気な先生で顔立ちもそれなりに良く、人当たりが良いためそこそこイケメンと生徒から言われている。他のクラスの子から見れば人当たりが良く見えるようだが、それは他のクラスの子たちの評価であって俺達のクラスの評価ではない。
簡単に言ってしまえば、この元気の良さがこのクラスの関していえばとんでもなく空回りしてしまっていて生徒との心の壁を生んでしまっていると言ってもいいだろう。
先生は出席簿のような物を教卓の上に置き、クラス全員に聞こえるよういつもと同じように大きな声で呼びかけた。
「はーい!注目!今日はお前たちに転校生を紹介したいと思う!」
その発言によって教室の中に大きなどよめきが起こり始めた。どうやら知らない奴らがほとんどらしい。知らないのも当然だ。転校生でさえ、そもそも珍しいのだから。
「じゃあ、入ってきなさい!」
教室がどよめいている中、先生は教室の外の方へ声をかけた。クラス中の視線が教室前方の扉に注がれる。
そこから入ってきたのは………女の子だった。
顔は前髪と眼鏡によって隠れていてよく見えないが髪の色は黒、解けば腰の所ぐらいまでありそうな髪を黒いゴムで結び、結んだ髪を二つに分けて前の方に垂らしている。お下げという髪型だ。見た目だけで判断してしまうのはとても失礼のように思えるが、この風貌を見て誰しもが思ってしまうだろう。地味で真面目な雰囲気を感じると。
その女の子は先生の横へゆっくりと移動していき、教卓の前で足を止めた。すると、先生はその子との距離の判断ができていないのではと疑いたくなるほどの声で、隣で緊張気味に立っている女の子に話しかけた。
「じゃあ茎元さん!自己紹介を!」
その怒号のような声に女の子はびくりと肩を震わせた。その距離でそんな大きな声をかければ誰だって驚くものだろうと思い、その女の子が少し不憫に思えてしまう。
「は、ひゃい!!」
「「「「ひゃい??」」」」
クラス中が同時に同じ言葉を口にした。
「ち……違います!噛んだだけです!」
自分の失態に気づいた女の子は赤面し、手を顔の前で振りながら誰も咎めていないのに自らの失敗を自分から弁明していた。
――わざわざ自分で墓穴掘らなくても……。
女の子は手を振る動作を止め、胸の所に手を置いて一度深呼吸をする。深呼吸したことで少し落ち着いたのだろう。彼女は緊張できつく縛られていた重い口を開いた。
「え、えーと。本日からこのクラスに転校してきました。茎元 若葉と言います。これから…よろしくお願いしましゅ!」
――あ、また噛んだ。