1-4「変わり者達と過去のトラウマ」
* 天陽学園 陽の棟 二階廊下 *
階段を上り終わり、俺とあかりは俺達の教室がある二階へと辿り着き、教室を目指して廊下を歩いていた。
この天陽学園は職員室や特別教室がある天の棟、生徒達の教室がある陽の棟に分かれている。天の棟は四階建て、陽の棟は三階建てとなっていて、天の棟の四階以外は渡り廊下で隣接してある。陽の棟は構図は上から学年順に三年、二年、一年となっている。俺達の教室は二階の突き当たりの二年E組。
俺達は教室へと辿り着き、教室の扉を開けた。
* 天陽学園 二年E組 *
扉を開けると視界に入ってきたのは様々な会話をするクラスメイト達だった。
スマホゲームに没頭して夏休みでどのくらいレベルがあがった?とか何を手に入れた?などと話しているグループ。夏休みに覚えた手品などを披露しあっているグループ。四つほどの机を引っつけて卓のようなものを作り、テーブルゲームに没頭しているグループ。鏡を見ながら、髪型などをいじっていたり、ピアスなどを開けたりしている巷で言うイケイケグループ。これだけじゃない、他にも変わったグループがたくさんいる。
このクラスは変わり者共の集まり。他のクラスからは変わり者が多いため、常軌を逸しているECCENTRICのE。通称゛変わり者のE組゛などと言われていて、冷ややかな目で見られることは少なくない。
教室を見渡してみると、各グループそれぞれが夏休みの思い出話に花を咲かしているように見えた。しかし、俺にはこの光景が取り繕った上辺だけの関係にしか見えてこない。クラスのまとまりというものなど全くと言っていいほど無いと感じるのだ。俺はこの光景に疑問を覚えてしまう。
変わり者だから仕方がないなんてことはない。他のクラスの人達だって同じことだ。皆、自分が一人になりたくないが為に好きでもないものを覚えて必死に抗い、しがみ付いてるんだ。
【独りぼっちは嫌だ】という固定概念がしみついてしまっているのかもしれないが、そうであったとしても、自分の好きでもない物を必死に覚えて、自己防衛に回ろうという考えがそもそも間違いなのだと思う。良い人間関係はそんなもので作れるわけがないんだ。俺はこんな空間が少しばかり寂しい。
――クラスってそういうもんじゃないだろ…?もっとみんなで笑ったり泣いたりして、まとまりがあるはずなんだ…。でも、これは俺一人でどうこうできる話じゃない。俺一人が何か言ったところで変わるわけもなかった。これはクラス全員の意識の問題なのだから。
俺とあかりは教室に足を踏み入れる。俺とあかりはこのクラスのクラス委員であるため、クラス全員との面識が少しばかりある。そのクラス委員も半ば強制的になったものだったが。なので、クラスの全部のグループと軽い挨拶を交わしていくのもクラス委員の役割なのだと自分に言い聞かせてきた。
挨拶をしていきながら、毎度のこと思ってしまうことがある。そんな俺も【あれ以来】人の心に、事情に深く踏み込むことをしなくなった。あの時の出来事が俺に心に恐怖心を植え付けてしまったのだ。理想と現実は違うものだという恐怖心を。
先程、あんな偉そうなことを言っておきながら、結局は俺だって、こいつらと同じなんだ。人当たりがいいように振る舞って、自分を守っている卑怯な弱虫だ。
誰しも自分が一番好きで、大事で、自分を守りたがっているに決まっている。人間はそういう生き物なのだからと、俺は【あの時】それを深く実感した。人の心はこんなにも弱い物なのだを目の当たりにしてしまった。その光景を見てしまったがために、俺は人の心に踏み込んで行くことをやめた。
――もう二度とあんな思いだけはしたくないから…。
全員と挨拶を交わした後、俺とあかりは自分の席を目指す。教室の一番後ろの列の窓側から二番目の席、そこが俺の席だ。右隣はあかりで左隣は空席になっている。
このクラスは【あの時】から人数が一人少なくなってしまった。この席を見る度にその時の出来事を思い出してしまう。
「大ちゃん?難しい顔してるよ…?また…あの時のことを思い出してるの?」
あの時の出来事を思い出し、悲哀感に苛まれている俺を顔を見て、あかりはそのことを察したようだった。
「まぁ…な…」
あかりの問いかけに対し、少しばかり小さな声で返答する。
――まったく…こいつには敵わないな。昔から隠し事一つできないくらい察しがいいんだよな。
あかりは俺を見つめた後、俺の左隣の席に視線を移した。
「もう…あんな事起きないよ…」
あかりの気遣いからくる慰めに毎度のことのように助けられる自分に情けなさを感じる。
「そう…だよな」
しかし、そのような答えを返すことしか、今の俺には出来なかった。もう過ぎた時間は元には戻らない。起こってしまった事はもう覆すことなんてできない。
――もう起きてはいけないんだ。あんな出来事は…絶対に。
そう思う事しか今の俺には出来ない。あの時に抱えてしまった罪を忘れないようにするために――
そして、始まりの時が刻々と迫ってきているのだった。