1-3「鬼の風紀副委員長」
* 天陽学園 昇降口 *
「かーわーもーとー!!お前!!また女子にセクハラ発言をしたらしいな!?」
ものすごい勢いで近づいてくる女子は、体から紛うことなき、どす黒いオーラを纏っていた。
「げっ…!!」
河本は後ろを振り返り、背後から近づいてくる女子を視界にとらえると、化け物でも見てしまったのではないかと疑いたくなるほどの表情を浮かべていた。
近づいてくる女性はどす黒いオーラにお似合いの黒髪。その髪は首丈ほどで、横に流した前髪を青色のヘアピンで留めている。普通に見てみれば豊満なバストに、ウエストも引き締まっていて、年齢とは不釣り合いの妖艶さを醸し出しているのだが、こちらに向かってくる姿を見るとそのような雰囲気は微塵も感じられず、その視界には俺の目の前の男しか捉えていないように見える。
そして、河本に近づいてきた鬼はプロレスラーに引けを取らない見事なドロップキックを河本の腹部へと決めた。そのドロップキックを決められ、地面に突っ伏す河本であったが、すぐに顔を上げ、その鬼に対して反論する。
「痛っ!何すんだ!?」
「それは自分の心に聞いてみろ!」
河本の反論に有無も言わせず、鬼はそう答えた。
――はぁ…また始まった…。いつもやり合ってるなぁ……この二人は。この光景も1学期以来か。
「俺は正直な感想を述べただけだ!断じて罪はない!」
――いやそこ威張るところじゃなくて、反省するべきところだろ。
「堂々と何言っているんだ!感想を述べるのが、そもそもおかしいだろ!?」
まったくその通りだ。思うのは勝手だがそれを口にしてはならない。それはスタイルに自信がない者への冒涜だ。
河本と怒涛の口論を繰り広げているのは俺の学園の風紀副委員長、山盛 冴。大人しくしていれば、顔も整っているし、出ているところもかなり出ていて、引っ込むところも引っ込んでいる。そのスタイルから醸し出される妖艶さから普通にモテそうなものだが。
性格が恐ろしくドSで、ついた異名が【鬼の冴】。
山盛のブラックリストに載った生徒は安全な高校生活が送れなくなるという噂があり、それに加え、凍てつく視線と暴力的な行為から一部の生徒から崇められており、わざと山盛に捕まる生徒もいるって話もある。山盛に捕まる頻度を考えると、河本もそっちの部類なのではないかと疑いたくなるレベルだった。
――ちなみに俺はそんな趣味はない。極めて健全な男子高校生だ。
「冴-!おはよー!」
鬼の形相を見せる山盛があかりの挨拶によりどす黒いオーラが消え失せ、正気に取り戻す。
「お!あかりじゃないか!おはよう……っと平もいたのか。お前、アタシのあかりに何かしてないだろうね。もし何かしたら…ね?」
あかりに挨拶を返した後、山盛はこちらに気づき、顔をこちらに近づけ、耳元で冷えた声で囁いた。
「してない!してない!決してしてない!」
俺はそんな恐ろしいことはできない。するつもりもないが、なぜか焦り、両手を前に突き出し、左右に大きく振るような動作をしてしまう。
「そ?ならいいんだが」
俺の動作を見た山盛は普通通りの声に戻り、俺に対する怪訝な目を解除してくれた。
先程の発言から分かる通り、山盛はあかりと小学校の頃からの親友であり、よく相談などをしているらしい。あかりにとっては良き理解者ってとこだ。
――俺には小動物を守る獰猛な虎にしか見えないが。
すると、後ろで突っ伏していた河本が立ち上がり、山盛がこちらに気を取られている隙に先程のドロップキックのやり返しなのか、とんでもないことを口にした。
「くそっ!こうなったら一矢報いてやる!山盛!お前だって名前と同じでおっぱい山盛じゃねぇか!」
――あ、馬鹿…。河本…やっぱりお前そっちの部類だろ?
――確かにお前の発言には同意するけどさ。スタイルかなりいいし。今の状況でも分かる通り、あかりと並んで見ても一目瞭…。
「何か言った?」
「いえ、何も」
――やっぱお前…能力者か何かだろ…。
俺の目の前にいた山盛は後ろからの恥辱の発言を受け、顔が赤くなると同時にこちらに走ってきた時の状態へと戻っていく。それは正しく獰猛な獣のように。
「○す!ぶっ○す!ぐちゃぐちゃにして○してやる!」
山盛は恐ろしい発言を呟き、河本の方へと身を翻し、河本を見据える。河本はそれに気づき、ものすごい勢いで逃走したが山盛も同様に追跡していき、光の速さで俺たちの前から姿を消した。
場が一瞬にして静まり返る。嵐が去った静けさとはこの事なんだと実感する。
――しかし、思い返してみると河本と山盛も小学校の頃からあんな感じなのだから、俺とあかりみたいな関係なのだろうか?鎖縁っていうか。そう考えてみると、その光景が少し微笑ましかったりする。
「大ちゃん?」
「ん?」
あかりは体温が引いたのか、制服のボタンを留めてこちらに顔を覗かせていた。
「ん?じゃないよ!?早いとこ教室行こ?遅刻したら、洒落になんないし」
あかりは俺の素っ頓狂な返事を聞き、少し不機嫌な声で答えて教室へ行こうと促す。
「そ、そうだったな!行こう」
俺はその不機嫌な声を聴き、少し怯みながらもその誘いに応じる。
そうして……俺たちは教室がある二階へと足を進め始めた。