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恋の咲かせ方を知らない花達~彼と彼女らは恋をする  作者: デブ猫太郎
Chapter3 戻ってくるまとまり
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3-6「突撃訪問」

* 11月1日 夕方 海花町南区 *


「この道を真っ直ぐ行って、次の角を右ね」


「おいおい、さっきから思ってたけど…これって職権乱用なんじゃ」


「何言ってんの大ちゃん!?使える権力はとことん使っていかないと!それに行動しないことには何も始まらないでしょ?」


「それにしては、些か強引すぎやしませんかね…」


 ここは海花町かいかちょう南区、冬が近づいてきたからか、先程までの夕景色が嘘のように陰り見せている時刻。俺とあかりは二人で携帯でマップを見ながらナビに従い歩いていた。なぜこんなところを歩いているのかというと。

 事は、現時刻から数時間前に遡る――


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


* 天陽学園 陽の棟 2年E組 *


 時は昼休み、生徒達が各々食堂や購買部などに行き、少し静けさのある教室。そんな中、彼女は俺に意気揚々とこう言い放った。


「単刀直入に言えば、突撃訪問だよ!!」


「はっ?」


「はっ?じゃないわよ。若葉ちゃんの家の住所を探って、私と大ちゃんで放課後に彼女の家に行くの!そうすれば、今の私たちがいくら彼女と気まずくても、お互いに関わりざるを得ない。いわゆる背水の陣ってやつよ!名付けて、【あかりんの仲直り突撃訪問サプライズ大作戦】!!」


「いや、ネーミングセンスだろ。てかお前、何でそんなテンション高いの?」


「ここ数日の鬱憤がたまってんのよ。これくらいハッチャけさせなさいよね」


 俺の顔に人差し指を突き立てて、にんまりの笑顔を浮かべる木之下きのしたあかりの姿がそこにはあった。ここ数日の彼女に比べてると、今の彼女の笑顔は清々しいくらいに輝いていた。


「昨日の電話といい、何か良いことでもあったのか?」


「それはね~、ないしょ!」


 人差し指を口の前に当てながら、怪訝な表情の俺に向けて、軽くウインクを決めていた。ここまでの変わり様だと、逆にこっちがペースを乱されるのだが。


「それで?住所を探るって言っても、どう探るって言うんだよ」


「ふふふっ。私に良い方法があるの」


 ーー何か含みのある言い方だな…。嫌な予感しかしない…。


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 その発言から数時間後――――

 場所は天陽学園、天の棟1階にある職員室。ほとんどの生徒が用でもない限り近寄らない場所であり、生徒会の俺達にとっては多少馴染みの深い場所なのだが。


 ――今すぐ、この場から逃げ出したい。

 

 なぜ俺がこう思うのかというと、目の前の状況を見れば明らかだった。


「なに!?茎元の住所を教えてほしいから、生徒名簿を貸してくれだと!?」


「ええ!生徒会にとって、彼女の最近の行動は見るに堪えないものです!今日なんかも授業中に居眠り、提出物を忘れたり等、指導の対象だと思うんですよね~」


「それは生徒会の仕事なのか?指導とはいえ、生徒の家に直接行くなんて行為…」


「何を甘いことを言っているんですか、先生!!そんな考え方では良き学校なんて作れませんよ!?」


「い、いや…そうは言ってもな。個人情報をそう簡単に教えるわけには…」


「そこは御安心を!【安心・安全】がモットーの天陽学園生徒会が絶対的に保証しますとも!」


「そ…そうなのか」


 ――それでいいのか、先生。


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 といった感じで、半ば強引に担任の先生である森野もりの先生から、生徒名簿を奪ってきたのであった。先生も通常のテンションが他の人に比べるととても高く、空気がすこぶる読めないことで有名なのだが。


「あれには、俺もさすがに引いたぞ。あの先生が顔引き攣ってたし、場の空気は凍りつくし、職員室中の視線が俺らに向いてたからな。あの場にいた俺の身にもなってくれよ」


「いいでしょ別に!時に物事には、強引さが必要なのだよ!」


「はいはい」


 ーー何でそうドヤ顔でそんな台詞が吐けるのか、是非とも聞いてみたいものですね。


 そんな会話しながら、ナビが記した交差点の角を曲がると、そこはいくつもの立派なマンションが建ち並んでいて、その前には様々な遊具が設置されている大きな公園が広がっていた。


「海花町にこんなところあったんだな」


「ここ、数年前に建てられたらしいよ。私も南区なんて全然来ないからよく知らなかったけど」


「にしても、こんなところにマンションたくさん建ててどうするんだろうな。海からもそんなに近くないのに」


「田舎の人口減少に伴い、町が行った開発プロジェクトらしいけど、そう上手くいくものじゃないんじゃない?夏こそ海水浴とかで観光客は多いけど、冬は全然だしね」


 開発といえたものではないが、確かにここに来るまでの道のりを考えると、他の区に比べて多少建物や住宅地が多い印象を受けた。俺の記憶では南区なんて、平地が多くて住民が少ないというのが最新だったはずなのに。時の流れというのはとても恐ろしい。


「なに、ぼーっと立ってるの?早く行くよ」


「お、おう」


 周囲を観察しながら進む俺をよそに、彼女はずかずかと歩を進める。気持ちが急いているのか、はたまた自分を落ち着かせるための行動なのか。いつも明るい性格の彼女ではあるものの、今日の明るさは俺の経験上では異常だった。

 昨日の夜、俺に感情をぶつけたあの電話。友達の手を一度突き放してしまったという事実は、彼女の心に大きな傷を残したのだろう。それと同時に、木之下きのしたあかりにとって、茎元くきもと若葉わかばという存在はそれだけの影響力がある存在という表れでもあった。


 俺達は、そのマンション地帯を奥へ奥へと進んでいく。鉄筋で造られた壁に、どのマンションも見ても三階建てで、恐らく入り口であろう場所にはどこも立派な観葉樹が飾られていて、高級感を漂わせる造りになっている。見れば見るほど、ここが自分たちの住んでいる場所と同じ町なのか疑いたくなるほどだった。


海花町かいかちょう南区1丁目アクアマリン406号室…。アクアマリン…アクアマリン…ってここよね」


 立派な建物達に目もくれず、進んでいた茶髪の少女はようやく足を止めた。そして、口を大きく開いて唖然とした表情を浮かべ、持っていた鞄と共にへなへなと地面へと腰を落としてしまった。


「ま、まじかよこれ」


「わ、若葉ちゃんってもしかして…」


 互いに引きつった顔を見合わせ、思わず咄嗟に思いついた言葉を口にしてしまう。


「「お金持ち!!??」」


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 数分間その場に立ち尽くした俺達だったが、少しの緊張感を肌に感じながら、少しずつ入り口へ歩き、再び立ち止まる。そして、人間の存在を感知したセンサーが扉をゆっくり両側へと開いていく。


「こんな場所に住んでるんだね、若葉ちゃん」


 中へ入ると、高級感があふれるタイルが一面に敷かれていて、天井も圧迫感を感じさせないほど高く、入ったばかりなのに困惑が隠せなくなるほどの雰囲気が漂っていた。

 奥に目をやると、もう一つ入り口とは違う大きめの自動扉があり、その前でウサギのようにぴょんぴょんと跳ねているあかりの姿があった。


「何やってんだよ。てか、勝手に知らない場所をずかずか進むんじゃねぇよ」


「大ちゃん、これいくらやっても反応しないんだけど何でだと思う…」


 跳ねることをやめたあかりは、不機嫌そうな顔でこちらへと振り返る。

 俺も扉の前に立ってみたが、開く様子はない。見たところ自動扉ではあるけれど、人に反応しないあたり、こちらからは開けることはできない仕組みなのだろう。防犯対策なのだろうが、本当によくできている。

 初めて見るものに関心を寄せながら周りを見渡すと、金属でできたボードのようなものが扉の横に備え付けられている。そこには一から九までの番号がついたボタンと、もう一つ大きめのボタンが一つ、その他に小さめのカメラとスピーカーのようなものまで付けられていた。


「これを押すんじゃないか?インターホンっぽいし」


「なるほど、大ちゃん頭良い!!」


 ――いや、お前が周り見てないだけだろ…。


 彼女は金属板の前に移動し、4、0、6のボタンを押した後、隣にある大きめのボタンを勢いよく押した。すると、ピンポーンという音が鳴り、少しの静けさが訪れる。


「あ、あれ…誰もいないのかな?もう一回押してみる?」


「おい、そんな何回も押したらめいわ…」


『はい、土浦つちうらですが』


「「わぁ!?」」


 スピーカーからの突然の声に、お互いに驚きの声を上げる。


 ――女の人の声だ、でも…。


「つ、土浦さんですか?」


『そうですけど、何かご用?』


「「すいません!人違いでした」」


 俺達は思わず、その場で頭を下げて謝罪を述べてしまう。それもそのはず。俺達が探している人物の名前は茎元くきもとであり、土浦という名字ではないからだ。


「お、おいあかり。お前、部屋番号間違えたんじゃないのか?」


「そ、そんなわけないもん!!だって406ってちゃんと押したし…」

 

『ふふふっ。仲の良さそうな学生達さんね。若いって良いわね~』


「「あはは、それはどうも」」


 焦る俺達をよそに、スピーカー先にいる女性は茶化すような言動と共に笑い声を上げる。その声音からは悪気のようなものが一切なく、心底俺達の姿を見てただ笑っているという透明感があった。


「と、とにかく失礼いたしました!お、俺達はこれで」


 焦りと恥ずかしさを感じつつあかりの手を取り、すぐさまその場から入り口に向かって走り出した瞬間だった。


『ちょっと待って!学生さん!』


「え?」


 女性からの突然の呼び止めに、思わず足を止める。俺の隣にいるあかりも、頬を掻きながらなぜ呼び止められたのだろうと不思議そうな顔をスピーカーの方に向けていた。


「もしかして不法侵入で、警察に通報したりとか学校に連絡したりとか…」


『ふふふっ。そんな面倒なことしないわよ。その制服、天陽学園の学生さんよね?』


「え、ええ」


『もしかして、若葉わかばちゃんのお友達?』


「そ、そうですけど」


 女性から出る驚きのワードに、あかりの顔が不思議そうな顔から少し怪訝な表情へと変わっていく。俺も彼女と同じく疑問が頭の中を渦巻いていた。

 なぜ彼女から、若葉という名前が出てきたのか。なぜ茎元を知っているのか。そんな感情が次々と心に溢れる中、女性は更に言葉を続けた。


『あなた達がそうなのね?さっ、入って!入って!』


 すると、ギギギッ…という音と共に、開くことのなかった扉がゆっくりと開き始めた。


「ど、どうするの…大ちゃん」


「よ、よく分かんないけど、行くしかないだろ」


 少し身体を強ばらせながら、俺の右腕にくっついているあかりと一緒に扉の中へと入っていく。

 奥へ進むと広間のような場所に辿り着いた。左右には部屋番号が書かれた扉が何カ所もあり、かなり奥まで続いている。奥まで続いている廊下ですら、何にもの人が通ることができるであろう横幅があり、その廊下を少し進むと天井に【エレベーターはこちら】という案内板までぶら下がっていた。


「だ、大ちゃん…。私、ここ苦手かも…」


「お、俺も…」


 この異様な雰囲気に酔いつつも、案内板に従いエレベーターへと乗り込む。そして、扉横に備え付けられていく4番のボタンを押し、扉を閉じる。

 エレベーターは上へと進む。そして、ぴこんと音が鳴り4階へと辿り着く。目の前に広がるのは先程と同じく、大きな広間のような場所だった。周りを見回すと左には401、右には402と書かれた扉が見える。


「左が奇数で、右が偶数か」


「みたいだね。じゃあ、406は…」


 右側に目を向けながら、402…404の部屋の前を通過する。そしてーー


「ここ…だね」


「ああ…」


 俺達はついに406号室に辿り着いた。扉の横の表札には、【土浦】と刻まれてあり、インターホンに出た女性が名乗った名字と同じである。


「やっぱり…土浦だな」


「茎元…じゃないね」


 今のところ、この土浦という女性から、若葉というワードが出ただけでそれ以外の情報がない。確かに持ってきた生徒名簿と同じ場所に来たはずではあるが、俺達が間違った場所に来た可能性も捨てきれない。もし違った場合、今回の訪問は完全に無駄足になってしまう。しかし、そんな不安よりも、茎元若葉の力になりたいという思いが俺の身体を動かしていく。


「じゃ…じゃあ、押すぞ」


「う、うん」


 緊張からなのか、唾を呑む音や心臓の鼓動ですら敏感に感じつつあった。周りに聞こえているのではないかと思うほどに。

 そして、インターホンをゆっくり押そうとした。

 瞬間だった――


「がっ!?」


 バンッという音と共に勢いよく扉が開かれ、目の前にいた俺の顔面に直撃した。


「いたぁぁぁぁぁぁ!!」


 とてつもない痛みを感じ、思わず大声を漏らして、口を押さえながらその場に蹲ってしまった。それを見たあかりがすぐさま俺の隣に来て、焦った様子でしゃがみ込む。


「大ちゃん大丈夫!?血とか出てない!?」


「だ、大丈夫。大したことな…」


「えっ!もしかして扉の前にいたの!?なかなか来ないから、今から急いで迎えに行こうとしていたのに、タイミング良すぎない?学生さん…って大丈夫!?」


 ――ん?この声…さっきの。


 俺とあかりのやりとりを遮るように声を発した人物の方に目を向けると、長い黒髪の白いTシャツにデニムスカートを履いた女性が立っていた。しかし、その落ち着いた格好には不釣り合いな健康サンダルを履いている。

 その女性は、口に手を当てて痛がる俺を見て急いで近づいてきて、その場にしゃがみ込んで俺の顔をのぞき込んできた。


「口が切れちゃってるね。ごめんなさい、私急いでると年甲斐もなく周りが見えなくなっちゃうタイプだから…」


「これくらい、たいしたことないですよ」


「そんなこと言わない!さっ、早く中に入って治療しましょ?」


 女性は俺の手を取って、部屋の中に俺を招き入れようとした。すると、俺の腕を掴むもう一つの小さな手があった。


「ちょっと待ってください。なんか話が話がどんどん進んでるみたいで申し訳ないんですけど、お姉さん誰なんですか?」


 そのもう一つの腕の持ち主は女性に対して、少し強めの口調で問いかける。その言葉を聞いて、女性はすぐさま俺の手を離し頭を下げた。


「ごめんさい、簡単に【彼氏さん】の手を掴んじゃったりして。知らない女の人に手を掴まれるのなんて、【彼女さん】は見たくなかったわよね」


「彼女じゃありません!!」

「彼氏じゃありません!!」


「ふふふっ。ほら、息ぴったりじゃない」


 口に手を当てながら、戸惑う俺達にからかいの言葉を発した女性は微笑みながら手を前に組み、もう一度軽く頭を下げて、再び俺達に視線を向け。


「自己紹介がまだだったわね。私は土浦つちうら なぎ。あなた達のお友達、茎元若葉ちゃんの叔母おばよ」

次回「Happy Smile Again」

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