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恋の咲かせ方を知らない花達~彼と彼女らは恋をする  作者: デブ猫太郎
Chapter3 戻ってくるまとまり
35/36

3-5番外「小動物VS小動物』

ほぼ1年ぶりの更新です!不定期更新なのでご容赦ください。

今回は前回の裏話になります。

✳︎ 10月31日 夕方 天陽学園 校門前 ✳︎


「どうしたらいいんだろ」


 ぽつりとそんな言葉を口にする。私は生徒会室を出た後、そそくさと帰路についた。

 心の中の暗さが晴れない。その原因は分かってる。若葉ちゃんの事と、朝の大ちゃんに言ってしまった言葉。


 ーーはぁ…なんか今日だけで、色々なことがありすぎて頭がパンクしそう。


 そんな大きな悩みを抱えながら、歩を進める。まもなく学園の校門を通り過ぎようとしたそんな時だったーー


「ずいぶんと沈んだ表情ですね。あなたらしくもない」


「っ!?」


私は不意にかけられた声に驚き、それと同時に視線を声が発せられた方へ向ける。その視線の先にいた人物に、私は大きな不満を口にした。


「何であんたがここにいるわけ?後輩」


「別にあなたには関係のない話ですよ、先輩」


 そこには頭から二つの尻尾を垂れ下げた少女。出会った当初から何かと馬が合わない後輩、ひいらぎ林檎りんごが校門に背中を預けるように立っていた。


 ――何でこの子がこんなところに。部活生以外はみんな帰宅したはず。


 そんなことを考えている私をよそに、彼女は言葉を続ける。


「まぁ、あなたのことはどうでもいいです。ところで、先輩はまだですか?」


「先輩ってだけじゃ、誰のことを指してるか、さっぱり理解できないわね」


「っ!?……あ、な、た、の、幼馴染のたいら大地だいち先輩のことですよ!そもそも、なぜ先輩と来ないんですか?空気が読めませんね、あなたは」


「……そんなの、あんたには関係ないでしょ」


 ――空気読めないのはどっちの方よ…。ほんとこの子とは合わない。それは私が気にしてるんだけど…。


 私にとって、悩みの種の一つである大ちゃんの話を出されるのが、今は致命傷に近いくらい心に来る。目の前にいる天敵は、私の嫌のところをいつも抉ってくる。そこが私がこの子が苦手な理由の一つなのかもしれない。

 

「じゃあ、先輩は後から来るんですか?それくらい答えられますよね?」


「さぁ、来るんじゃない?いつになるかは知らないけどね」


「そうですか。それでは気長にここで待たせてもらいます」


「そう、それはご苦労様だね。じゃあ、私は帰るから…」


 そう言って、彼女の顔すら見ないまま、彼女の前を通り過ぎようとした。なぜか自然と足早になっていく自分に焦りを感じながら――


「こんなこと、あなたに言うべきではないのかもしれませんが…」


「……なに。私、早く帰りたいんだけど」


 ――帰るって言ってるのに、まだ話しかけてくるなんて。何なの、この子…。


 と、私は心の中で大きな不満が漏れる。彼女からすれば、まだ会話終了のゴングは鳴っていなかったのだろう。しかし、私は不満と同時に、大きな焦りが生まれていた。この場から早くいなくなりたい、そんな気持ちが心の中を侵食しつつあった。

 それに加えて、先程から彼女の顔を見て会話ができない。人と会話している時に、顔も見ないなんてとても失礼なことをしていると思う。それが例え、天敵の柊林檎だったとしても。


「今回の件、身勝手ながら私も協力することにしました。今からそれを先輩にも伝えさせてもらいます」


「こ、今回の件って?」


「あなた方のクラスのことですよ」


「そ…そう。それはさぞ大ちゃんも喜ぶんじゃない?」


 ――なんで何も関係ないあんたが…。


 私は彼女の発言に、驚きが隠せない。なぜ彼女がこのようなことをことを言っているのか、なぜそのような考えに至ったのか、全く理解できない。頭の中がぐしゃぐしゃになっていくのも感じる。これ以上余計な情報が入ると、私自身が持たなくなりそうな、そんな気がした。

 私は逃げ出すように、彼女の前を通り過ぎ、学園を後にしようとした。その時、右手がすごい力で後ろに引かれ、おのずと私の身体も後ろへと持って行かれる。


「あなた、ほんとにそれでいいんですか!?木之下きのしたあかりはそんな人間じゃないはずです!もっと優しくて、誰かのために動ける人だと、あの子はそう言っていました!それは嘘なんですか!?」


 私が見たのは、真剣な眼差しだった。手を引いたのは、もちろん会話をしていた彼女。彼女は私に自分の身勝手な感情をぶつけてくる。そんな彼女の言葉に、怒りの感情がこみ上げてくる。

 

「あんたになにが分かんの!?勝手なこと言わないで!!余計なお世話だよ、色々と!」


 私は彼女の手を振り払う。勢いよく、手を振り払われた彼女の顔は驚いた顔をしていた。そんな顔を見て、咄嗟に今の行為と言動に罪悪感がこみ上げてくる。

 今まで彼女と、相性が悪かったとはいえ、ここまでの感情でぶつかったことはなかった。彼女の真剣な眼差しは、今の私には痛すぎたのだ。

 本当に自分が情けなかった。ただ彼女は、私に大事なことを伝えようとしていたに過ぎないのに、年下の女の子に年上の私が、ここまでの感情をぶつけるなんて。


「もういいです。見損ないましたよ、あなたのこと」


「……」


 返す言葉もない。本当に自分が情けなくて、吐き気がしてくる。今の行為に謝りもせずに、彼女から目線を逸らすことしかできないのだから。尚且つ、先程手を引かれたときに落とした鞄を拾ってそのまま帰ろうとしているのだから。


「もう余計なことは言いません。でも、これだけは言わせてください」


 彼女は言葉を続けるーー


 今の私に無視されようが、どんな感情をぶつけられようが、彼女の感情は折れることはない。


「逃げないでくださいね。今の…この状況から」


「…っ」


 私はその場から勢いよく走り出す。彼女の言葉から逃げるように。

 そんな時、朝の自分の発言が頭の中をよぎった。


『大ちゃん…今のは最低だよ』


 ――最低なのは…私の方だ…。



※   ※   ※   ※   ※   ※   ※


* 木之下家 家前 *


 私はあの場から逃げるように、一気に走った。色々な感情が心の中で渦巻いて、頭の中が真っ白になっていた。


『逃げないでくださいね。今の…この状況から』


 ――そんなの私が一番…分かってるよ。


 無我夢中に走ったせいか、いつの間にか自宅の前にたどり着いていた。鞄の中から、にっこりマークが描かれたキーケースを取りだしながら歩を進める。そして、自宅の玄関の扉に辿り着き、キーケースに付いた鍵を鍵穴へと差し込み、右へとひねる。カチッという音とが鳴り、ドアノブに手をかけて手前に引いた。


「ただいま~」


 私は元気な声で帰宅の合図を口にするが、誰からの返事もない。それもそのはず。奥のリビングからは良い香りが漂ってくるため、お母さんは料理に夢中なのだろう。しずくは自分の部屋で寝ているのだろうか、そんなことを考えながら靴を脱ぎ始める。


 すると、玄関からすぐそばの階段から軋む音がしはじめた――


「おかえり、お姉ちゃん」


「ただいま、しずく。起こしちゃったかな?ごめんね、私の声が大きくて」


「いや、元々起きてたから謝る必要ないよ。そもそも、そんな些細なことで謝ってたら切りがないっていつも言ってるはずだよ?」


 階段からゆっくり降りてきた茶髪の少女は、私の謝罪に苦笑いを浮かべ、そして私の前へとやってきて、腰に手を当てて頬を緩めていた。


「そう言わないでよ。私は大事な妹が心配なんだよっ!」


「いたっ。もうなにするの?お姉ちゃん」


「スキンシップ?」


「こんな手荒いスキンシップいらな~い」


 私がしずくのおでこにデコピンをすると、彼女はおでこを押さえながら、私を少し怪訝な表情を見せていた。

 しかし、そんな彼女の顔が少しずつ真剣な顔つきへと変わっていった。こんなしずくを見るのは非常に希なことだった。


 ――珍しいな。しずくがこんな顔するなんて、何かあったのかな?


「ねえ、しずく…」


「お姉ちゃん」


 彼女は私の言葉を遮るように言葉を続けた。


「少し、私の部屋に来れないかな?お話があるの、大事な」


「……わかった」


 そう言うと、しずくは身を翻して降りてきた階段を再び登り始める。

 彼女の真剣な要求に戸惑いを隠せない私だったが、彼女の要求を呑み、後を追うように階段を上り始めたのだった。


※   ※   ※   ※   ※   ※   ※


* 木之下家 しずくの寝室 *


「入っていいの?」


「姉妹なんだから、当たり前だよ。そんな些細なこと気にしないでって、さっきも言ったよ?」


「う、うん…」


 どのくらいぶりなのだろうか。しずくの部屋に入ったのは――


 視界に広がっていたのは、しっかりと整理された本の数々、ベッドの上にいる大きなウサギのぬいぐるみ、部屋の端に大きな姿見、そしてテーブルの上には皿に盛られたリンゴが置かれていた。

 以前はもう少し色々と散らばっていたような気がしたが、もうかれこれ数年前の記憶だった。

 しずくの病気が分かって、彼女の心が荒れ出して以降、あえて私は彼女の部屋に近づこうとはしなかった。病気のことで負担をかけたくないのもあるが、何より彼女が落ちていく姿を見たくなかったのが本音である。


「そこに座って?」


 しずくは部屋の中央にある円形のテーブルの横に指をさして、私を誘導する。その指示に従って、テーブルのすぐ隣に腰を下ろした。彼女もまた、私に続くようにすぐそばのベッドに腰を下ろす。


「それで、話っていうのは?相談?もしかして恋の悩み?なら経験豊富なお姉ちゃんが何でも…」


「経験なんてないでしょ?姉妹なんだからそれくらい知ってるよ」


「そんなにバッサリ切り捨てないでよ…。お姉ちゃん、悲しくて泣いちゃうよ?」


「はいはい」


 私の悪乗りをしずくは飄々とした表情で軽くあしらった。それに加えて、先程から感じる重苦しい空気。私にとって、あまり得意ではない雰囲気が部屋の中を覆い尽くしていく。


「お姉ちゃん」


「ん?」


「本当にこのままで良いと思ってる?」


「っ!?」


 しずくが発した言葉に私は戸惑いが隠せない。いつもなら彼女の前ではそんな素振りを感じさせない自信があるが、今はそんな精神状態ではないことが、自分自身でも感じ取ることができる。


 だが、しかし――


「な…何のこと?お姉ちゃん…しずくの言ってる意味が分からないな~」


「………」


 私は妹の問いにとぼけてみせた。苦し紛れの発言かもしれないが、妹に対して嫌な部分を見せたくなかったのだ。 

 姉として威厳。いや、意地なのかもしれない。姉として、妹の前ではしっかりしないといけない。強い自分でいないといけない。

 それは昔から変わらない私の固定概念だった。あの時、【妹を守らないといけないと決めたあの日】に心の中で誓った覚悟だった。


 はずなのに――


「お姉ちゃん、無理してるね」


「む…無理?」


 その覚悟が今、揺らごうとしている。


「私には分かるよ?お姉ちゃん、無理してる。きつそうな顔してるもん」


「きつくない!きつくない!しずくだって知ってるでしょ?お姉ちゃんはいつも元気で強いお姉ちゃんなんだから!何も気にしなくて大丈夫!」


 しかし、そう簡単に崩れるわけにはいかなかった。今崩れてしまったら、昔の私を否定することに繋がる。

 私はしずくにその気持ちを悟らせないように、笑顔で意気揚々と彼女を見据えた。


「お姉ちゃん…」


「ん?」


「じゃあ何で、お姉ちゃんの顔はさっきから引きつってるの?」


「え…」


 しずくの言ってる意味が理解できなかった。しかし、心が動揺したのか、私はすぐに部屋の端にある姿見に視線を向けた。

 そこに映っていたのは――



 弱いじぶんだった。



 私は急いで、顔をほぐし始める。こうでもしないと、笑っていられる気がしなくなった。


「お姉ちゃん…」


 私はまたしずくの方に視線を戻す。そして目に映ったのは、私の後ろをついてきてばかりだった弱々しいしずくの顔ではなく、すごく芯の通った強くて、優しい顔だった。


「お姉ちゃんがね、私の前だから弱いところ見せないようにしてるのは、前々から分かってた。だって、私たち…姉妹なんだもん。それくらい気づけないと姉妹失格だよ。でも、それは私のせい」


「ううん…、違うのしずく。お姉ちゃんはね」


「いや、違わないよ。私は散々お姉ちゃんに甘えてきたし、嫌なことだっていっぱい言ってきた。ずっと昔からお姉ちゃんに頼ってばかりだった」


「それは家族だから、当然で…」


「じゃあ…」


 その瞬間、暖かみを感じた。とても大きく聞こえる心臓の音。その音が不思議と心を少しずつ落ち着かせてくれる。今までに感じたことのない感覚。

 そして、彼女は声を振るわせながら言葉を続けた。


「家族なら…私のことも頼ってよ…」


「…っ」


「私にも弱いところ見せてよ…。私たち、お互いにたった一人しかいない姉妹なんだよ?今までお姉ちゃんは散々私を支えてくれた。だから、私にもお姉ちゃんを支えさせてほしい…」


 ――あ…もうだめだ。これ。


「もう……無理しなくていいんだよ?」


 何かが割れる音がした。

 それはおそらく心の殻。どうやら私の心は、もうとっくに限界だったらしい。


「う…うああああああ!!」


 目頭からダムが決壊したように、涙が溢れ出る。しずくの胸に抱かれながら、少しの間泣きじゃくった。

 そこには姉の威厳など、どこにもなかった。そこにあったのは――


「よしよし。大丈夫だよ、お姉ちゃん」


 家族の優しさだった。しずくは私の頭を何度も撫でて、私が落ち着くまで抱きしめてくれていた。

 こうして、姉妹しょうどうぶつ同士の少しの衝突はあっけなくけりがついた。言葉は少なかったかもしれない。けれど、それが大きな救いにもなりうることが証明された、たった数分の出来事だった。



※   ※   ※   ※   ※   ※   ※


 私は泣き止んだ後、しずくに全てを話した。クラスのこと、若葉ちゃんのこと。そして大ちゃんのこと、洗いざらい全部吐き出した。彼女はそれを何も言わず、うなずきながら静かに聞いてくれた。

 そして――


「やっと全部言ってくれたね。お姉ちゃん。ここ数日様子がおかしかったから、ようやく心の中がすっきりした感じがする」


 と、笑いながら応えてくれた。そして、ばつが悪そうに言葉を続ける。


「でもまぁ、実はこの事、林檎りんごからさっき全部聞いちゃったんだけどね…。大地さんとのことは知らなかったけど」


「あのくそりんご…いつの間に…」


「まぁまぁ、そう怒らないでよ?あんな感じだけど、私の【親友】なんだから」


 しずくは頬を膨らませて悪態をつく私をなだめるように、両手を胸の前で合わせて、簡易的に謝罪した。


「お姉ちゃんとしては不服かもしれないけど、あの子から事情を聞かなければ、お姉ちゃんとこんな話をすることもなかったわけだから。その点は評価してあげようよ。私が言うのもなんだかなって感じだけどね」


「……そうだね」


「うわ~…不服そうな顔」


 ――今回に関しては、あの子に1本取られた感じ。


 大きな不満を感じながらも、大きな感謝も感じていた。柊林檎という人物は本当によく分からない。私といつも衝突するくせに。


『逃げないでくださいね。今の…この状況から』


 今回みたいな助け船を出してくる。あの真剣な眼差しには、正直やられた。自分の根幹を見つめられているような気がして、すごく心が痛んだ。だからこそ私は。


「逃げないよ…もう」


「何か言った?お姉ちゃん」


「ううん、何でもない」


 覚悟は決まった。

 私はその場から立ち上がると、部屋の出口に向って歩き出す。


「さてと、しずくに痛いとこ見られちゃったし、お姉ちゃんもしっかりしないとね。じゃあ、ちょっと大ちゃんに電話してくる」


「大地さんと?」


「うん。あのバカは私がいないと何もできないのに、勝手に突っ走っていっちゃうから。ここいらで私が一発喝いれてあげないと」


「それでこそ、お姉ちゃんだね」


 そして、私は扉のドアノブに手をかけながら、私の前に舞い降りた救世主の方を向き呟く。


「ありがとね、しずく。大好きだよ」


「急にどうしたの?お姉ちゃん」


「なんか急に伝えたくなったの」


「理由になってないよ、それ」


 少しはにかみながら応える彼女を背に、私は部屋を出て隣の自室へと向かい、鞄の中に入れたままだった携帯電話を手に取ってその場に座り込んだ。


「はぁ…ふぅぅぅぅ」


 心を落ち着けるように大きく深呼吸をして、携帯のロックを解除して連絡帳を開き、あの名前をタップする。


「何から話そう…。朝からあんな感じだし、こんばんは!ってのは元気よすぎて空気読めなさすぎるし、今なにしてるの?とか?でもそれだと急に距離詰めすぎだし、あ~もう!分かんない!」


 色々な感情が入り乱れる中、ある人物の顔が頭をよぎった。


 ――でも、こんなことで悩んでたら始まらない。こんなことをしている間にも、あの子は苦しみ続けてる。


「よしっ!」


 私は意を決して、通話ボタンを押した。



次回「突撃訪問」

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