3-5「気持ちの天秤が動くとき」
六年ぶりに新たな話を書いてみました。遅れに遅れてすみません。
不定期ではありますが、少しずつ投稿できたらなと思います。
* 10月31日 夜 自宅 *
「ふぅ…」
俺は自室のベッドに勢いよく座り込んだ。今までの鬱憤が抜けていくかのように、思わず声が漏れてしまう。
『謹んでお受けします。先輩たちが笑顔で優勝を勝ち取るために……精一杯!!』
あの言葉。柊林檎がくれた感情は心の底から嬉しく思った。絶望、焦燥、怒りに飲まれていた俺の心を、安心で包み込んでくれた救いの手。彼女には悪いと思うが、今の俺たちにとって、たった一人の人間だったとしても、大きな戦力になり得るのだ。
「けど、これから…どう動くかだな」
彼女という戦力が加わったにしろ、人手不足は否めない。茎元若葉のあの状態から察するに、状況は最悪と言ってもいいだろう。
--そこに俺と林檎が助力したとして、3週間後に迫った天陽祭に間に合うのか?そもそも、俺がそこまで手が回るのか?生徒会の仕事だってあるのに?
いや、そんな事を言っていられる状況ではない。今はところ構わず、人に助けを求めるのが先決なのだろうか。しかし、そんな当てはほぼ無しに等しい。仮にその人たちが助力してくれたにせよ、その規模では大がかりな創作は難しいだろう。
「こんなことなら、和洋喫茶なんかにしなきゃよかったな…」
と、思わず愚痴が漏れてしまう始末だった。そんな時、ベッドの片隅で充電していた携帯電話が鳴り始める。
俺は寝転がるように画面を覗くが、そこに表示された名前に驚きと困惑が入り交じる。
--こんな時間に、何の用なんだ。学校ではあんな感じだったくせに。
いつまで経っても鳴り止まない呼び出し音に痺れを切らし、渋々画面に表示された通話ボタンに指を乗せた。
「もしもし」
『……出るの、遅くない?』
「別に遅くないだろ」
『何かやってたの?』
「おまえに教える必要はないだろ」
『なんか…冷たいね。大ちゃん』
--お前が学校であんな態度を取るから、どう対応していいか困ってるんだろうが。
そう、電話の相手。俺が今、少し曇った感情を抱いてしまう女の子。木之下あかりは俺の対応に対して、不満げに哀愁を漂わせていた。
「それで。こんな時間になんか用か?」
『用があるから電話してるんでしょ?てか、用がなくても電話くらいさせてよ』
--なんか数時間前にも同じような台詞を聞いたような気がするな。黒髪ツインテの女子から。
「わかった、わかった。それでご用件は?」
『大ちゃん。今から私が言うこと、絶対に馬鹿にせずに聞いてね』
「お、おう」
俺は、彼女の真面目な問いかけに、ひどく戸惑いを感じた。これから語られるであろうということがらに対しての、前準備が全く出来ていなかったのだ。そんな俺に構わず、彼女は次々と言葉を発した。
『私ね、どうしたらいいか分からなかったの。天陽祭のことも、クラスのことも、そして若葉ちゃんのことも。ほんとに自分がどうすればいいか分からなかった。友達として、若葉ちゃんのことを手伝って、寄り添ってあげないといけない立場のはずなのに。あのクラス会議の日からさ、私もクラスメイトと同じで若葉ちゃんがあんな状態になるまで、彼女を見捨てて放置してたんだよ』
「それは俺も同じだろ。第三者から見て、共犯者の俺に何を言って…」
『同じじゃないよ!!』
「っ!?」
普段、周りの前では見せない。いや、俺の前ですらほとんど見せることのない彼女の激情に、言葉が詰まる。
『大ちゃんはさ、若葉ちゃんのことを真っ先に考えてた!友達として…自分のことよりも…自分がどれだけきつくても、忙しくても、若葉ちゃんのことを考えてた!』
彼女はありのままの自分を、俺に対して漏らしていく。これが彼女の本当の顔であり、幼馴染の俺や彼女の家族でしか知り得ない裏側。普段はお気楽そうに元気に振る舞っている彼女の、見せたくない本質だった。
『でも…私は友達なのに…、彼女を優先できなかった!生徒会の忙しさを免罪符にして…私は生徒たちの代表だから、みんなの力のならなきゃって自分に言い聞かせて、彼女のことを放置したの!ほんとはそれは一番やってはいけない行為なのに…』
「一番やってはいけない行為って、そこまで言わなくても…。実際、生徒会の忙しさも俺にはよく分かるし、お前が責任感が強いのもよく理解してるよ。でも、何でそこまで自分を責めるんだよ?」
『それは…』
俺の問いに彼女は言葉を詰まらせる。今、彼女の感情が、情緒が、不安定なのは耳元から聞こえる声で理解できる。怒り、悲しみ、焦り。柊林檎から助け船を出してもらう以前の俺と何ら遜色ない。負のスパイラルが起きてしまっていたのだ。
『それは若葉ちゃんが…、私に歩み寄ってくれたから。こんな私に【友達になってほしい】って、手を伸ばしてくれたから。だからこそ私は……彼女の手を…握り返してやらないといけないはずなの』
茎元若葉が彼女に授けたのは友情と言う名の堅い契約。それが彼女にとっては、あまりにも重い足枷になってしまっているようだった。
けれど、ただ一つだけ違うのは--
『でもさ、もう彼女の手を一度握らなかった事実はもう覆らない…。こうやって泣いて、喚いて、自分自身を責めたところで事態が好転するわけじゃない。こうしてる間にも、若葉ちゃんは一人で頑張って、苦しみ続けてる。だから私は…』
『もう…迷わない』
俺と彼女の違いはこれだった。自分のことを自分で瓦解する力。林檎の力によって、気持ちを落ち着かせた俺などよりも、ずっと難しいものだ。
これが彼女の決意、茎元若葉の力になりたいという熱い思い。ここ数日間、彼女が抱えていた感情や時間の全てが乗った言葉。迷い続けた彼女の、気持ちの天秤が片側に大きく動いた瞬間だった。
「そうか。それがあかりの決断なんだな」
『うん』
「自分がどれだけきつくても、茎元のことを優先する。彼女に反対されても、押し切れるだけの覚悟があるってことだな?」
『当たり前でしょ。私、もう決めたんだから。まぁ、今回に関しては…だけどね?』
心の底から決めた覚悟は、誰がどう思おうが止めようがないのが、人間という生き物の性だ。欲望という感情に忠実な生き物であるが故に、苦しんだり、もがいたりする生き物なのだ。そんな中でこの答えを導き出した彼女の誠実さに、感銘を受けざるを得ない。
「最後だけ含みのある言い方だな」
『ふふっ。大ちゃんには関係ないでしょ?』
彼女は心の靄を他人に吐露できたからなのか、俺のツッコミに笑みで応えた。
『色々聞いてくれて、ありがとね?大ちゃん』
「この程度でいいなら、お安いご用だ。いくらでも聞いてやる」
『……ばーか』
「どっちがだよ」
--学校での声の暗さや重さが嘘のように吹っ飛んだな。
それだけ彼女にとって、今回の件は重くのしかかっていたのだろう。その枷が解き放たれた今、もう彼女が止まることはない。木之下あかりという人間は、そういうやつだ。
『さて!すっきりしたし、さっそくこれから何をどうするか決めていこうか大ちゃん!』
「切り替えが早いな、お前は。そういえばお前に、言ってなかったことがある」
『ん?なに』
「林檎も今回の件で、力を貸してくれることになった。今は一人でも戦力がいた方が…」
『あっそ。じゃあ、二人で頑張ってね。さよなら』
「お、おい」
俺が発言するよりも前に、ブツッという音と共に彼女との会話は終わりを迎えた。
--ほんと、お前らいい加減仲良くしろよな…。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふぅ…。ごめんね大ちゃん。急に電話切って」
私は静まりかえった部屋で一人、ぽつりと口を開く。
--でも、今回こうやって踏み切れたのは…。
すると、部屋の扉からコンコンとノックする音が聞こえた。
「入っていいよ?もう電話してないから」
「分かった。じゃあ入るね?」
その返事と共に、部屋の扉が開かれる。
「もしかして、聞いてた?」
「そんな野暮なこと、私がすると思う?」
「ううん、嘘。かまかけてみただけ」
「もうお姉ちゃんは…」
扉の向こうから現れたのは、私の背中を押して、覚悟を決めさせてくれた人物。私と顔もよく似ていて、私よりも少し背が大きいだけの茶髪の少女だった。
次回は今回の話の裏話になります。次回「小動物VS小動物」




