3-4「助っ人登場」
* 天陽学園 天の棟 3階 生徒会室 *
『だ…大地くんなら…分かってくれると…思っていたのに…。私が…馬鹿でした…』
あの時の茎元の表情、声、行動が頭の中から離れない。
――くそっ!!どうしたら…良かったんだよ…。彼女に【頑張れ!もっと頑張れ!】とでも言えば良かったのか…?
けれど、そんなことは俺の心が許さないだろう。俺は自分の心に嘘だけはつきたくない。
頑張って、頑張って、頑張って、あんな風になってまで、努力している人間が報われないなんて絶対にあってはならない。報われないのであるのなら、そんなものしない方が、ずっと良いに決まっている。
『大ちゃん…今のは最低だよ?』
――そんなことは分かってる。けど…、けど…。
「……。今日はこの辺で終わりにしようか?」
「へっ…?あ…はい」
「そうですね。………それじゃあ、お疲れ様です」
「……」
俺は不意に左隣から掛けられた声に、間抜けな反応を示し、目の前で作業をしていたあかりも手を止める。そして、鞄を持って生徒会室から出ていくあかりに、俺は何の声もかけることができなかった。
「何かあったのか?」
「え…えっと、ちょっと色々ありまして…」
「少しなのか、たくさんなのか、はっきりしないな…君は。ともかく、何かあったことには変わりないか。何があった?今日の君たち二人を見ていれば、簡単なことではないのだろう?」
「はい…。じゃあ……」
……………………………………
「今回の行動、意外にも君らしくないな」
「だから、言ったでしょう?会長は、俺を過大評価しすぎなんです」
「いや、そういうことではない。君は……何を焦っている?」
「…っ!!」
「今の君の焦りは、前の失敗と、何か繋がりがあるのか?」
俺はその言葉に、何も返すことができない。会長の言っていることは、図星でしかない。本質を突かれてしまっては、返すものも無いだろう。
「そうか。まったく…君は災難に巻き込まれやすい体質なのか?それとも、君が災難に巻き込まれに行ってるのか?どちらかと言えば、後者な気がするが…」
会長は俺の無言の答えを肯定の意思と捉えたのか、窓越しに外を眺めながら、冗談交じりに発言する。その発言は、会長なりの優しさなのかもしれない。
「どうしたら…良いんでしょうね?」
「それは私には分からない。前にも言っただろう?私は、君のような考えを、持つことは出来ないと」
「そ、そうですか…」
そういえば、そうだった。前にも、こうやって会長と話した時に、そんな風に言っていた。俺の行動は、私にとっては【異質な行動】なのだと。
「今日は、もう帰るといい」
「分かりました…。じゃあ、お先に失礼します」
俺は床に置いていた鞄を肩に掛け、生徒会室を後にしようとした。
「あ、そうだ。1つだけ…君に言っておくとしよう」
俺は会長の言葉に呼び止められ、歩みを止めて、彼女の方を向く。
「近くばかり見るな。もっと広く…全体を見ろ」
「……どういうことですか?」
「私からは…これしか言えない。けれど、これが君のヒントになると願っている。君なら、すぐに分かるさ」
――いったい…どういう意味なんだ…?
* 天陽学園 校門前 *
さっきの会長の言葉は、どんな意味が込められていたのだろうか。彼女は【その言葉】が、俺のヒントになることを願っていると言っていた。ならば、その言葉の意味を理解しなくてはいけない。
――近くばかり見るな、もっと広く…全体を見ろ…か。
つまり、俺の考えが視野が狭いという事なのだろうか。だとしたら…。
「もう!遅いですよ!いつまで待たせる気ですか?」
「え…?」
考え事している俺に対して、誰かが声をかけてきた。俺はその方向に視線を向ける。
――こんな遅い時間まで、俺なんかを待っているなんて…余程のもの好きもいたもんだ。
すると、そこには頭から2つの尻尾を生やした小柄な少女が、校門の壁に背中を預けるように立っていた。
「は…?何で…お前がこんなところに…」
「用がないと、私は先輩を待っていてはいけないんですか?だとしたら、先輩はとんだ鬼畜野郎ですね」
「そんな理不尽な制約をした覚えはねぇぇ!!」
そこにはいるはずもない。いや、正確にはいるのだが。俺を待っている理由も浮かんでこないような少女、柊 林檎が立っていた。
「んで、どうして待ってたんだよ?」
「まぁ…、こんなところで立ち話も難ですし、帰りながら…話しませんか?」
「えっ…」
彼女は少し顔を赤らめて、視線を泳がせながら言った。俺は彼女の口から発せられた言葉に驚きを隠せない。
それもそのはずだった。それは味わったことのない、味わうことのないと思っていた。俺が彼女と出会って以来、そんな態度すら見せなかった彼女の、初めてのお誘いだったのだから。
* 学園からの帰路 *
月の光の照らされた暗い夜道を、俺たちは歩いていく。けれど、何故だろうか。二人で歩いているという気がしないのは。
「お~い…、何で少し離れて歩くんだよ?」
「べ…別にいいじゃないですか?私がどこを歩こうが、先輩には関係ありません」
彼女は俺の1mから2m後ろをいる。そして、ゆっくり歩いている俺に追いつかないように、さらにスローペースで歩いていた。
「はぁ…、もう暗いんだから、横にいてくれ…。お前もあかりと同じかよ?」
俺は数日前のあかりの行動を思い出し、そんな言葉を口にした。
「き…木之下さんと同じ…。そ…それは聞き捨てならないので、仕方ないですね」
彼女はあかりと比べられるのが、余程嫌だったのだろう。少しずつ、ゆっくりと、俺の横に並んだ。その表情は、言葉とは違い、何故か嬉しそうにも見える。
――でも、まさか…こいつとこんな風に一緒に帰る日が来るなんてな。
俺は出会い始めの彼女と、今の彼女の変わりように、心の距離が少しずつ近づいているのだと思い、嬉しさを感じた。
「なぁ?さっきから気になってたんだけどさ?」
「な…なんですか?」
俺は彼女の目を見据えて、言い放った。
「お前、何でそんなにカーディガン…ぶかぶかなの?」
「……」
先程から、ずっと気になっていたんだ。彼女は学園指定の紺色のカーディガンを着ているのだが、少しばかり大きすぎるというか、身の丈に全くと言っていいほど合っていない。
カーディガンから手すら出ていないのだから、そんな感想を持つのは仕方のないことだし、彼女にその訳を聞いてみたい気持ちに駆られてしまったのだ。
俺がその言葉を彼女に向けると、それを受けた彼女は拳を作り、ぷるぷると体を震わせていた。
――あれ?まさか…地雷踏んだ…?
「こ…これは…その…後々の事を考えての事ですよ!!これから大きくなるし、色んなとこが成長するんですから…。そう考えれば…利口だと…思いませんか…?……………見栄張って、大きいの買っちゃったなんて…死んでも言えない…」
――最後の方は、よく聞こえなかったが、そんな涙目で言ってくるなよ…。すごく悪いことしちゃったみたいじゃないか。
………………………………
「も…もういいです。さっき言ったことは不毛にしてあげます」
「す…すまん。ははっ…」
それから数分が経過し、ようやく彼女は落ち着きを取り戻した。数分戻らなかった所を見て、かなり気にしていたのだろうから、俺は素直に謝罪を述べた。
「私はこんな恥ずかしい思いをするために、先輩を待っていたわけではないので、そろそろ本題に入ります」
彼女の表情が、少しずつ真剣なものへと変わっていく。
そうだ。彼女は何か目的があって、俺をずっと待っていたんだ。だから、俺はそれをしっかりと聞かなければならない。
けれど、彼女が発した言葉は、俺にとって理解しがたいものだった。
「今回の先輩たちの件、私も協力させてもらいます。すでに、彼女…茎元さんとは、お話しして、承諾をもらっています」
「は…?何だよ…それ…」
俺はその言葉に驚きを隠せなかった。それと同時に、大きな疑念が生まれ始める。
「言ったままの意味ですよ。私も協力します」
「ちょっ…ちょっと待て…。く…茎元と話したって…。今回の件…お前には…全く関係ないんじゃないか?これは俺たちのクラスの問題で…。俺たちだけの…問題で…」
――林檎の気持ちは嬉しい…けど、こんなこと許すわけには…。
「はぁ…、どうせ先輩は協力してほしくないんでしょ?顔を見れば分かります。先輩は顔に出やすいんですから、気を付けた方が良いですよ?けど……、私はやめませんよ。先輩に反対されたとしても、やめません。今日は先輩に、それを言いに来たんです」
「馬鹿を言うな。これは俺たちの…」
「けど、こんなの無謀だって、先輩分かってますよね?本当は今すぐ彼女を助けたいと思ってますよね?けど、生徒会の仕事が忙しくて、手伝えないんですよね?それが原因で板挟みになってるんですよね?先輩は責任感が強い人だから、背負い込んでしまうのも、ごく数人しか頼みごとができないことも、知ってます」
彼女の怒涛の質問攻めに、俺は何も返せない。彼女も会長と同じく本質をついている。
「けど、先輩…」
そして、これが彼女なりの、俺たちを救うための手段――
「たまには…私を頼ってください?周りを頼ってください。自分一人で背負わないでください。……………周りを、信じてください」
――そうか。そうだったのか。会長が言っていたじゃないか。近くばかりを見るな、もっと広く…全体を見ろって。
俺は昔から、周りに迷惑をかけたくないと思ってきた。けれど、それが逆に周りの重荷になっていたことを、気付くことができなかったんだ。
茎元に代わってほしいと願う俺が、俺自身が変わらなきゃいけなかったんだ。彼女の言葉で、ようやく気付くことができた。
俺の周りには、こんなに優しい人たちがいるんだってことを。俺はたくさんの人に頼ってもいいんだということを――
「……ごめんな。俺、やっぱり不器用だわ。お前がこんなにも色々言ってくれてるのに、言葉一つでないんだから」
「そんなことないです。けど、先輩…ちゃんと言ってほしいです。私に向かって、言ってほしいです。言ってもらえたら、私…死に物狂いで頑張りますから」
彼女の言う通りだ。彼女が自らのクラスの出し物に加えて、俺たちの協力までしてくれるというのだから、きちんと言わなければならない。
彼女に対する、精一杯の感謝を込めて――
「ありがとう、林檎。お前の負担が大きくなるのは、分かってる。けど、このままじゃ…俺たちの計画が…彼女の思いが壊れてしまう。だから…俺たちに…協力してくれないか?天陽祭で優勝を勝ち取るために、彼女の思いを掴み取るために」
「ふふっ。よくそんな恥ずかしい台詞が言えますね?」
「おまっ…」
「でも、嬉しかったです。謹んでお受けします。先輩たちが笑顔で優勝を勝ち取るために…精一杯!!」
俺たちの、無理で、無謀で、無茶な計画は、思いもよらない小さな助っ人の登場によって、少しずつ上昇気流に乗っていけるような気がした。
次回は今回の話の裏話になります。次回、番外「それぞれの自己満足」




